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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第4章・侵攻クエスト 剣戟の攻城戦
37/87

37・領主

「ダークネスレイン!」


 ヘルゲートが両腕を大きく開き、その掌から無数の黒い閃光を解き放った。

 黒い閃光が散弾のごとくばらまかれる。


「アハハハッ! どう? 今の私はダークルーラー! ルルドと違って私が追究したのはその攻撃性能。素早く敵を追い詰め、有り余る手数で根こそぎ貪り喰らう戦闘スタイル。これこそがダークルーラーの真の力、あるべき本当の姿よ!」


 次々と黒い閃光が槍の様に地面に突き刺さり、ハリネズミにしていく。

 その中を縦横無尽に駆け回りながら、ベリオンは全て紙一重で避けていた。


「防戦一方ねぇ。ダメージ覚悟で近寄ってくれば一太刀くらいは入れられるかも知れないわよ? その方が私もすぐ近くで悔しがるアナタの顔を見られるもの。でもまぁ、その前に死んじゃうかしら? アハハハ!」


「!」


 ふとベリオンは自らの足元に視線を向けた。

 ヘルゲートが突き出した掌を空に向けて振り上げると、ベリオンの足元に無数の魔法陣が出現した。

 地面を埋め尽くす紫の光。その瞬間、真下から一斉に上空へ向けて黒い刃が滑り出した。

 柱の様に長大な刃がベリオンを囲み、黒い荊の園を作り出していく。

 その様を眺めながらヘルゲートは口元に手を添え嗤っていた。


「なす術無いでしょう? フフフ。そのまま手足をもがれた虫の様にのたうち回るといいわ。

 さあ、とくとご覧なさい! これがダークルーラーになって得た上級魔法を超える極大魔法! 空間ごと闇に飲まれて押し潰されるがいい! ロディス・ジン・ディアボロ……」


 派手に迸る魔力を収束させようと両手を前方にかざしたヘルゲート。


「ほぇっ!?」


 だが、その瞬間己の身に起きた異常に気付いた。

 舌が喉に張り付き、不意に口から変な声が出た。しかし、それもそのはず。


 自身の両手首から先が無くなっていたのだから。


「御託が長ぇよ」


 手首に気を取られた数瞬。

 ビクリと視線を跳ね上げた先。息がかかる程の距離で自分の顔を覗き込む瞳がそこにあった。


「……決闘狂ーーッ!!!」


 喉が裂ける程の叫びを上げるヘルゲートだったが、その胸は2本の刃に刺し貫かれていた。




 幾度も打ち合い、互いに全身に傷が増えていくゴルディークとヴェイングロウ。

 ゴルディークの剣がヴェイングロウの左角を切り飛ばし、ヴェイングロウの戦斧もゴルディークの左頬を深く切り裂いた。


「こうして! お前と立ち会うのも何度目になるだろうか!」


「思えば、貴様と正面からやり合うのは初めてだな! ゴルディーク!」


 互いに退かず前へ出る。その踏み出した足が交差し、拳をぶつけ合う。

 ぶつかり合った両者の左手は砕け、共に深手を負った。


「ハアッ!」


 だが、拳が離れた瞬間、ゴルディークの剣が一歩先んじてヴェイングロウの太腿を斬りつけていた。


「ぐあっ!?」


 軸足を奪われた事で態勢を崩したヴェイングロウに、ゴルディークが追い討ちをかける。

 わき腹を切り裂き、戦斧の刃を弾き返し、ヴェイングロウの左目を斬り捨てる。

 そして出来上がった死角。返す刃でヴェイングロウの首筋にトドメの一撃を繰り出した。

 勢い良く振られた剣が、刃を通して肉に食い込んだ感触を伝えてきた。


「何!?」


 だが、その刃は届いていなかった。

 それは砕けた左手。その突き出した掌を刺し貫いて、そこで止められていた。ヴェイングロウの首まであとわずかという所で。

 そして、残った右目でゴルディークをまっすぐ視界に捉えていた。


「ゴルディークーーッ!!!」


 振り上げられた戦斧がゴルディークの右腕を斬り抉る。

 その瞬間、右腕のHPが全損し剣を握る感触が喪失した。剣が宙にこぼれ落ち、地面に突き刺さる。


 呻き声を噛み殺すゴルディーク。

 視線を上げると視界に入ったのは後は振り下ろされるのを待つばかりの戦斧と、雄叫びを上げるヴェイングロウの姿だった。


「私の勝ちだァーーッ!!」



 そんな時だった。


 私がヴェイングロウの背後に立っていたのは。


 ゴルディークとの戦いで周りが見えていなかったのか、ヴェイングロウにとっては完全に不意討ちだったようだ。突然現れた端役の存在に一瞬、意識を奪われた。

 そして、口を滑らせた。


「なんだこのチビは!?」


 私は湧き上がる猛烈な衝動に、ヴェイングロウの鼻っ面めがけて全力でハイキックをブチ込んでいた。


「誰がチビだ」


 ぶっ殺すぞ。この野郎。


「グ……ハッ!?」


 レベル差でダメージはほぼ無いはずだ。

 それでも、戦斧の太刀筋は幾分鈍らせた。


「オートシールド・一極集中!!」


 へヴィウォールであるゴルディークには一定のダメージを防ぐ障壁が全身を覆っている。

 既に度重なる連戦でボロボロに損傷していたオートシールドだったが、それを戦斧と接触する一点に集中させた。


 幾層にも重なる分厚い障壁を、戦斧の刃は容易く全て断ち切った。

 だが、ほんのわずかに鈍った太刀筋は、丸太の様な腕に深く食い込んだ状態で止められていた。

 防御に回した右腕は音を立ててあらぬ方向にひしゃげた。そして、肘から先が光の粒となって消えていく。

 だが、動かない腕は盾としてその役割を全うした。


『それは最後まで取っときなさい』


 戦斧を受け止めた一瞬。

 ゴルディークは左手で腰に下げた最後の回復ポーションを使った。既に深手を負って剣を握る力は無かった左手。

 しかし、それでも回復ポーションを使うくらいには動いてくれた。


 わずかに回復したゴルディークの左手が剣を取った。


「お前は強かったぞ! ヴェイングロウッ!!」


 光輝く剣が、ついにヴェイングロウを捉えた。


「ッ!!!」


 刃がわき腹から胴を斜めに通り抜けた。


 目を見開き、声にならない叫びを上げるヴェイングロウ。

 ぐらりと体が揺れ、戦斧の柄が手を離れてガランと音を立てて転がる。

 そして地に膝を着くと、座したまま顔を伏せた。

 戦いの果て。この結末にどの様な感情を抱いたのか。夜の暗闇に紛れ、その表情は見えなかった。

 ヴェイングロウは脱け殻の様に俯いたまま、やがてその体は光の粒となり消えていった。



『ヴェイングロウが倒されゴルディークに領主権が移行しました』



 その瞬間、アナウンスが流れて私達の勝利を告げた。

 侵攻クエストが始まって5時間以上。今ようやく、その戦いが終わったのだ。


 ゴルディークの獣身覚醒が解け、容姿が獣から人へと戻っていく。

 そして、そっと剣を鞘に収めた。

 ゴルディークが私の方を向いた。


「君のおかげで何とか勝利を得る事ができた。礼を言う。ありがとう」


「ん……。私も、楽しかった。でも……」


 でも、最後の一騎討ちを途中で邪魔しちゃった感が否めない。ちょっと申し訳ない。


「気にするな。ここは戦場だ。不意討ち、挟撃、あらゆる状況があってしかるべきなのだ。誇っていい」


 顔に出てたか。ようやくお互いに笑みがこぼれた。


「……最後の侵攻クエストを勝利で飾る事ができた。これで思い残す事は無い」


 ゴルディークは大きく息を吐いてその場に力無く腰を下ろした。


「最後……?」


 ふと聞こえた言葉に私の口からこぼれた。


「うむ。今回の戦いを最後に北の中立陣営に移籍しようと思っていてな。今まで上からの要望で戦場に駆り出されていたが、これからはのんびり未踏査地域の開拓に乗り出すつもりだ。

 だが、まさかこんな所でヴェイングロウに当たるとは思わなんだ」


 そういえば、敵領主……いや、元領主か。あっちからやたらと突っかかって来てた様に見えたけど、やっぱり顔見知りだったのか。


「……ヴェイングロウ。ヤツとは何度も戦場で相まみえていてな。お互い因縁がある。今回勝ったのでこちらが勝ち越しているがな」


 ゴルディークは何とはなしに呟くと、クックッと笑った。


「俺の勝率を削っているのも大半ヤツの仕業だ。毎回周到に罠を仕掛け、戦場となるフィールドに合わせ様々な戦術を駆使してくる厄介な相手だ。今回も最初にダークルーラーが現れた時点で気付くべきだった」


 恐らく強豪のプレイヤーを雇って配置していたのだろう。

 そういえばダークルーラーを初め、高レベルの敵は連携を取っている様には見えなかった。それは皆ソロプレイヤーだったから個々の方が動きやすかったのかも知れない。

 大局的に見ればそれぞれが最大の効果が発揮できる様に配置されていたと思う。その辺りはヴェイングロウの手腕といった所か。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」


 ゴルディークが残った左手を差し出した。ボロボロの手だ。

 鎧は無残に砕け、傷痕で赤い軌線だらけの腕。その負った怪我の数が、この戦いの道のり激しさを物語っていた。


「ミケ。私の名前」


「ゴルディークだ」


 その手を私も握り返した。



 6時間続いた侵攻クエストも残り30分を切っている。終了したらログアウトして寝よう。さすがに疲れた。

 一応治療の一環なので、こんなに長時間ゲームをしていても咎められる事はない。

 実際頭が活動してる以外、体は睡眠をとっているのに等しい。リアルの体は病院で24時間モニタリングされており、健康状態に問題はない。怪我人だけど。


 ベイブとリラも疲れたのか、その場に座り込んでいた。

 こちらに気付いて笑顔で手を振ってくれた。私もそれに手を振って応えた。


 ベリオンの方もとっくに終わっているようだ。

 事も無げに佇み、遠くを眺めている。


 ……何を見ている?


 その目は輝き、口元には不敵な笑みをたたえていた。まるで新しいオモチャを見つけた子供の様に。

 獲物を前にした獣の様に。


「む? どうかしたのか?」


 私の様子を不思議に思ったのか、ゴルディークが声をかけてきた。

 返事をせず、私はベリオンの視線の先を追っていた。

 何か、嫌な予感がする。


 夜の黒に塗り潰された大地。仄かに舞い降りる月明かりが薄らと地面を浮かび上がらせている。それ以外は時折草木が風に揺れてキラキラと瞬くだけ。

 その静かな囁き声だけが耳に届く。


 だけど、確かな違和感があった。

 何も無いはずの静かな夜の荒野。その中に、パズルのピースが合わない様にずれた箇所がある。


「ッ!?」


 気付いたのか、ゴルディークが跳ねる様に立ち上がった。


 それは、地平線の先から現れた小さな点。

 闇夜から浮かび上がる様にゆっくりと、しかしあふれ返る様に湧いて出てきた。



 大量の足音を伴って。



「間に合ったか! いや、間に合わなかったのか? お~いヴェイングロウ! 死んだか!? ガハハ!」


 やがてそれらは形を成し、私達の前にたどり着いた。

 ゾロゾロと雪崩れ込んできたのは総勢20人に及ぶ、敵の援軍。

 その先頭に立つ初老の巨漢が地響きの様な笑い声を上げながら、手にした矛を肩に担いだ。


「バカなッ! あり得ん!!」


 驚愕に目を見開くゴルディーク。


 来るはずのない援軍。

 私達は気付いていなかった。

 消える間際、ヴェイングロウの伏せた顔に笑みが浮かんでいた事に。

 次回投稿は5月1日午後8時予定です。


 そういえば、これが平成最後の投稿になるんですね。

 無事「平成JUMP」「昭和の未解決事件」へと成り果てました作者です。


 次回、第38話『デモニド』


 令和最初の投稿をお楽しみに!

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