36・追撃
「このまま最後まで敵を引き離せばそれで我々の勝利だ。敵の殲滅は叶わなかったが、致し方あるまい」
砦を放棄し、いくつも連なっていた最後の丘を越えていく。
月明かりの照らす夜道をひた走るヴェイングロウとそれに続く2つの影。
時折後ろを振り返りながら、ヴェイングロウは追ってくる者がいないか確認していた。
「まぁ、向こうもそれなりの戦力を注ぎ込んでくるって予想してたんだし、仕方ないんじゃない?」
ふわりと煙の様に宙に浮かびながら追従しているヘルゲート。
ヴェイングロウの横に並び、頬に指を当てて気の抜けた笑みを浮かべている。
「まだまだ油断はできない。ゴルディーク……奴はこれまで完璧な戦略で臨んだにも関わらず、幾度と無く逆境を跳ね返してきた。奴と何度もやり合ってきた私だから言える。あのゴルディークがこのまま諦めるはずがないッ!」
「心配性ねぇ。でも、まだ予備のプランも……」
「ヴェインさん! 危ない!!」
ヘルゲートが口を開いた瞬間、ソーサリーブレイドのサインが突然叫んだ。
突如夜空を何かが瞬いた。
雲ひとつない星空。そのひとつだろうと思えた。
だが、ヴェイングロウは咄嗟に戦斧を掲げ、同時に強烈な衝撃で吹っ飛んだ。
それは突然軌道を変え、まるで流星のごとく一直線にヴェイングロウに激突したのだった。
猛烈な勢いで小石の様に大地を転がり、2人は再び相対した。
「……ゴルディーク……ッ!」
「そうだ。決着をつけに来た。ここで、勝利をもらう!!」
即座に立ち上がり、各々が違う表情を浮かべながらにらみ合う。
彼らの傍らに横たわるワイバーンは光の粒となって舞い上がり始めた。
元々重傷だったのもあり、激突の衝撃を一身に引き受けた為だった。
その姿を一瞥し、ゴルディークは剣を構えた。
ワイバーンとアスタルテは三度ゴルディークの窮地を救い、勝利への希望を繋いでくれたのだ。その意志を、ゴルディークは深く噛み締めていた。
「3対1で勝てると思ってるのかしら?」
空中を舞いながら、ヘルゲートが躍り出た。
かざした右手に黒い光が集まっていく。
「ッ!」
しかしその掌の光を、突如飛んできた赤く輝く魔法の刃がかき消した。
「お楽しみの所悪いな」
「……そういえばアナタもソーサリーブレイドだったわね。フフ……!」
ヘルゲートが金色の瞳を向けた先にいたのは、銀色の鎧を身にまとった魔人族の男。
「決闘狂ベリオン! いつぞやの借りを返してあげるわ!」
ヘルゲートはわずかに口元を歪ませると、両掌に黒い魔力を収束させ始めた。
「ヴェインさん! ヘルゲートさん!」
「君の相手は僕達だ!」
剣を振りかぶったサインの前に、ベイブが立ち塞がった。
両手で握った大剣を体の横に構え、やや後ろに置いた重心をいつでも前に……って、これバットの持ち方じゃないか。
でも、全く微動だにせず安定した佇まい。その迫力に相手も警戒していた。
そんなベイブの両隣やや後方に私とリラが並ぶ。私はすぐにベイブのフォローができる位置取りだ。
このパーティで最もレベルが高く近接戦闘に秀でているのはベイブだ。
私が最前線で闘ってもいいが、魔法剣の特性をまだよく把握していない。下手を打ったら即死もあり得るので、経験のあるベイブに前衛を任せた。
相手はレベル40台後半のソーサリーブレイド。対してこちらは30台後半。3人で互角のはずだ。
言葉を交わす間もなく剣戟がぶつかり合った。
「獣身覚醒ッ!!」
「アサルトドライブ・筋力転化ッ!!」
ゴルディーク、ヴェイングロウ双方闘気を迸らせ、武器を交える。
ゴルディークの体から赤い光が立ち昇り、元々大柄な体がさらに大きく膨れ上がる。顔は黄色と白の毛に覆われ、頬の黒い模様がより濃く刻まれていく。
縦に裂けた緑色の瞳が射殺す様にヴェイングロウをにらみつけた。
「うぉおおおおッ!!」
そのゴルディークの剣を白く輝く戦斧が弾き返した。
だが、ゴルディークも負けじと2撃、3撃と打ち返す。再び鍔迫り合いの形になり、ギリギリと刃が軋む。
「策を労してばかりいるからか、交えた武器から伝わってくる気迫が足りんぞ!」
ゴルディークの大砲の様な蹴りがヴェイングロウの腹を穿つ。
たまらず目を丸く剥いてくの字に折れるヴェイングロウ。
「……なめるなァ!!」
ヴェイングロウは折れそうになる膝に鞭打ち、立つ。
そして後方に引き下げた戦斧を振り上げ、渾身の打ち下ろしを見舞った。
「グオ……ッ!」
剣を握る両手にありったけの力込めてそれを防ぐゴルディーク。上半身を吹き飛ばされそうになる威力。足の指先から頭の天辺まで総動員してそれに耐えた。
だが、突如胸ぐらを掴まれ、鼻っ面に強烈な頭突きがぶち込まれた。鼻にツンとした痛みが走り、衝撃に視界が大きく揺さぶられる。
その視界の片隅に獣のごとき形相で吠えるヴェイングロウが一瞬映った。
「くくっ。悪くない……!」
仰け反った頭を戻すと、ゴルディークも剣を持たない左拳でヴェイングロウの顔面をぶん殴った。
グラつく視界に歯を食い縛り、ヴェイングロウもまたゴルディークに向き直った。
「うおおおッ! 私は……負けんッ!!」
「ぬぅんぉおおおッ!」
ベイブが分厚い大剣を全力で振り抜く。
相対する敵ソーサリーブレイド、サインは細身の長剣でそれを事も無げに受け止めた。
元々レベル差がある上に筋力魔力双方高いソーサリーブレイド。
攻撃力より防御に重きを置いたシールドディフェンダーのベイブでは単純な力に大きな差が開いていた。
それでも、左右の脚を前へ横へと入れ替えながら、ベイブは次々と大剣のラッシュを叩き込んでいく。
レベルが同程度ならば恐らくベイブが押し勝っていただろうが、相手も精鋭に数えられる一員だけあって的確にそれを捌いていた。
「お前達に構っている暇はないんだ! すぐに終わらせてやる!」
サインが剣に炎をまとわせ、迫りくるベイブの大剣にぶつけた。その瞬間、爆炎が迸りベイブは後方に吹き飛ばされた。
「ぬぅおおお!」
足を踏ん張りながら耐えるベイブ。
しかし、崩れた態勢のベイブにさらなる追い討ちがかかる。
「まず1人!」
剣を翻し、サインはベイブに刃を向けて振り下ろした。
「させない」
だが、私がベイブとサインの間を塞いだ。
そして斬撃が最高速に達する前に剣を握る腕を掴み、相手の力を利用して背負い投げる。
それだけでは終わらせない。同時に相手の後頭部を掴み、全体重を乗せて顔から思い切り地面に叩きつけた。
リアルじゃ絶対人間に使っちゃダメな技だけど、多分あまり効いてないだろう。
私はすぐに飛び退き距離を取った。間一髪、足首を刈り取る様に剣が振り払われた。
地面に剣を突き立てながら立ち上がるサイン。
「ありがとう、ミケ。助かったぞ!」
こちらも後方でリラがベイブの回復を済ませていた。それに私は親指を立てて応えた。
腕で顔を拭いつつ、サインは次の魔法を剣に込めている。
「くっ。いつ投げられたのか全然わからなかった……! でもこれならどうだ!」
サインは剣を腰溜めに構え、後ろに跳んだ。その距離から居合い抜きの様に剣を振るうつもりのようだ。
だが、まず剣の届く距離ではない。その不自然な行為に、首筋がヒリヒリと危険を知らせる。
「ミケ! 伏せるんだ!」
ベイブの声が耳に届くと同時に、私は咄嗟に身を伏せた。
頭上を風が通り過ぎるのを感じた。
「あっ! ベイブ!」
リラの呻き声で後ろに目を向ける。
次の瞬間、鋭い金属音が響き渡った。ベイブがリラを庇う様に後ろへ突き飛ばし、前方の地面に大剣を突き立てて何かを防いでいた。
それは剣の軌道を延長、両断する見えない魔法の剣閃。
「前だ! ミケ!」
ふと耳に届いた風切り音。視線を前方に戻すと、目の前に剣の切っ先が迫っていた。
ベイブの咄嗟の声に、しかし私は軽く手を振って応えた。
これで魔法剣の特性は大体把握した。
魔法剣の攻撃は基本的に全て剣の動作に依存する。
1つ。武器に魔法を込めて斬りつける。
これは武器が触れた瞬間発動し、爆発などの追加効果が発生するもの。物理攻撃に魔法攻撃がプラスされ、高い攻撃力を生む。
だけど、触れなければ魔法は発動しない。
2つ。剣の射程を延ばした遠距離攻撃。
相対する者は間合いが取りづらく、接近戦から中距離戦までを優位に戦えるソーサリーブレイドの長所だ。
しかし、その軌道はあくまで武器の延長線上にしか発生しない。
3つ。必殺技と違い、攻撃後の硬直が発生しない。
代わりにクールタイムが存在するので同じ魔法剣は連続して使用できない。
それと1つの魔法剣は1度しか攻撃ができず、魔法を込め直す際に一瞬隙を生じる。
ならば、触れず、軌道に入らず、再装填までの隙を突く。これで存分に攻撃できる。
私は上半身を仰け反らせて剣をやり過ごすと、バネの様に体を跳ね戻し一気に相手の懐に潜り込んだ。
鳩尾に拳を打ち、顎を掌底でカチ上げる。
相手もすぐに袈裟斬りを返してくるが、手首に肘を打ち込み威力を殺す。さらに密着し、わき腹に拳を打ち込んだ。
サインは剣の間合いを取ろうと一歩退がるも、瞬時に私も一歩踏み込み距離を詰める。
そして頭の角を握って跳び上がり、無防備な顎に膝をブチ込んだ。
角を押さえての蹴り。全ての衝撃が逃げる事なく顔面を貫いたはずだ。
「何故だ!? なんで剣が当たらない!?」
サインは狼狽しつつ、それでも元気良く剣を振り回していた。
その剣を躱しざまに、剣の死角からハイキックを側頭部に突き刺す。
やはりレベル差が大き過ぎるせいで私の攻撃ではほとんどダメージがない。まるで鉄の塊を殴っている様な感触に、そろそろ手足が痺れてきた。
昔、子供の頃にクマと戦った時の事を思い出す。私も今と違ってまだ小さかったので打撃が通用せず苦戦した。
ついに追い詰められたという時、駆けつけたお父さんがワンパンで倒してくれたっけ。
だけど、上手く翻弄できたようだ。私が一方的に攻撃を当てていたおかげで敵は明らかに焦っている。
私は立ち止まった。
相手の真っ正面、剣の間合いに入ってのノーガードの仁王立ち。これを好機と見た相手は冷静な判断力を失っていたのもあり、まっすぐ剣を振り下ろした。
「プリズムアロー」
「ッ!?」
突き出した指先から撃ち出した光の矢が、相手の目から一瞬だが確実に視力を奪った。
行き場を失った剣が空を切り、おぼつかない足が一歩、二歩と前へ出る。
「後をお願い。ベイブ」
「任されたぞぉおあッ!!」
サインの戻った視力が最初に捉えた光景。それは突撃してくる暴れ牛。
そして、その暴牛が放った残像。
「獣身覚醒!!」
ベイブの大剣がサインの体を大きく切り裂いた。
「がああッ!?」
より大きな暴牛と化したベイブはサインが剣を構え直すより早く薙ぎ払い、斬り上げ、さらに振り下ろす。
次々とサインの体に赤い軌線が刻まれていく。
「ブリンクスラスト!」
斬られながらもサインは剣に魔法を込めた。その切っ先が高速で振動し、残像で分裂する。
その刃がベイブの肩に刺さり、振動する刃が何度も傷口を抉った。
その一撃は互いに相討ちとなって、両者共に深い傷を負っていた。
「ぬおおおッ!!」
「はあぁああッ!!」
だが、それに構う事なく2人は次の一撃を繰り出す。
再び両者を斬撃が襲い、それでも互いに攻撃の手を緩めない。両者共に腕が、胴が、脚が深く刻まれていく。
「ブラストエッジ!」
ベイブの横薙ぎの一閃を左腕に受け、耐えながらサインが剣に魔法を込めた。大剣を片腕で押さえ込み、剣を突き出す。
反射的に左手首に装着した盾で防御するベイブだったが、接触点で起こった爆発で大きく吹き飛ばされた。
粉々になった盾の破片が周囲に降り注ぐ。
「ラセレイト!」
今の爆発でベイブとサインの距離が離れた。その刃の届かない距離で、サインは再度刃を後ろに引き下げた。
魔法剣の間合い。
見えない剣閃がベイブに襲いかかった。
「セイントウォール!」
だが、ベイブの前に飛び出したリラが光の壁で斬撃を防いだ。
物理攻撃はすり抜けてしまうが、魔法に対して防御力を発揮する防御魔法。それは魔法の剣閃にも有効だ。
ベイブに命中する寸前で霧散していく剣閃。
「きゃ!」
だが、半分物理攻撃の性質を含む斬撃と、そして高過ぎる攻撃力が光の壁を突き抜けリラを切り裂いた。
崩れ落ちるリラを一瞥する事なく、サインは剣に必殺技の輝きを乗せて動き出していた。
渾身の力を込めた、恐らく最後の一撃。
ベイブも既に態勢を立て直していたが、最早その切っ先は目と鼻の先に迫っていた。
だが、その剣を握る指は上段に振り上げた私の足によって蹴り潰されてしまった。
「き、貴様……ッ!? また……一体なん……!?」
驚愕に見開かれた目が私に向けられる。
私に注意が逸れたその一瞬。それで勝敗は決した。
「デラックスグレートフルスイングッ!!!」
サインの上半身がグルンと空を一回転する。
全力を乗せたベイブの必殺技がサインの胴を横一閃に両断したのだ。
空をキリキリと回転し、地面に落ちる前にサインは光の粒となって消滅していった。
光がようやく消え去った頃、ようやく私達は肩の力を抜いた。
なんとか勝てた。
すぐに倒れたリラを見たが、かろうじて生きているようで安心した。
ベイブもギリギリHPが残っている。体力と防御力、HPの高いシールドディフェンダーだった事。さらに獣身覚醒でステータスが上昇していた事が幸いだったのだろう。
魔人族は筋力と魔力は高いが、反面体力は低く設定されている。
さらにソーサリーブレイドという職業も近接職としては体力に劣る為、非常に繊細な立ち回りを要する。
リラの回復魔法も要所で効果を発揮していたのもある。
その組み合わせが最終的に僅差でこの勝利をもたらしたのかも知れない。
もちろん私もがんばった。
ホッと一息つくと、不意に背中に気配を感じた。
私のすぐ背後に誰かがいた。
次回投稿は24日午後8時予定です。
健康診断で体重が8キロも増えていたのがショックでダイエットを開始。
1ヶ月でなんとか5キロ落としました。
しかし、今度はお腹が空いて美味しい物に恋い焦がれる毎日。
もしかしたら今後は食事回が増えていくかも知れません。
次回、第37話『領主』
お楽しみに!