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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第4章・侵攻クエスト 剣戟の攻城戦
35/87

35・アスタルテ

 私達は真っ暗な谷底をひたすら西へと進んでいた。

 どこに敵が潜んでいるかわからないので灯りは使えない。

 でも、満月が煌々と大地を照らしているおかげで、足場の確認に支障はなかった。


 さっきまでの喧騒が嘘の様に静かだ。時折虫の声や風が草を揺らす音が微かに聞こえる程度。

 こんな時でなければ月を見上げながらお団子を頬張りたい風情だ。昔修行の旅で行った東国の風習だ。


 やがて遥か見上げる程だった崖が途切れ、登れそうな箇所が見えてきた。無数に残った足跡が西の尾根の入口だと示していた。


「ここまでは問題なしね」


 先頭をベイブに任せ、殿を私、中央にリラを挟む隊列で進んでいる。

 尾根の入口が安全なのを確認してリラは杖を握る手を緩めた。


「やはりこっちの戦いは決着が付いたようだな」


 ベイブが先に尾根の入口にある段差に登って私達の方を振り返る。

 剣は握ったまま警戒していた。その普段からの振る舞いのおかげで後方にいる私達は安心できた。

 表には出さないが、リラにはやや疲れが見える。それでもわずかに緊張を緩める瞬間が得られるのはベイブの存在感のおかげだ。

 私も前に出てベイブに並ぶ。


「……ん」


 私は後ろのリラに手を差し出し、段差の上に引っ張り上げた。


「ありがと。ミケさん」


 ここからは前にのみ集中すればいい。

 とは言え、それ程強く警戒している訳ではなかった。

 私達の前方を先行する人物の存在のおかげかも知れない。

 ベリオンだ。

 性格に問題があるとはいえ、その実力は折り紙付き。平然と敵地を進んでいくので、代わりに前方の警戒と囮の役目を担ってもらっている。

 まぁそれでもリラも、特に私は別の意味で警戒しているのだったが。


「おい。さっきから何をジロジロ見てやがる」


 急にベリオンが立ち止まり、振り返った。

 後ろを歩いてるんだから視界に入るのは仕方ないだろ。


「そこのデカブツとチビは最初の戦いからずっとだったな。ケンカを売ってるなら買うぜ」


 む。バレてたのか。それにしてもベイブもやっぱり見てたんだ。


「いやなんの。素晴らしい身のこなしに見入ってしまっていたのだ! 噂通り見事な戦いぶり。とても勉強になったぞ!」


 臆面もなく褒めちぎるベイブ。ベイブは鼻息荒く何度も頷いていた。

 あれだけ敵対の意思を示してきた相手に対して、純粋に感心できるベイブこそ大した度量の持ち主だと思う。

 そのベイブよりベリオンの実力は確実に上回っている。

 私も戦いぶりを見てきたからわかる。未だ本気を見せないこの男は、他とは隔絶した力を持っていた。


「しかし、どうにも楽しそうなのか退屈なのかわからないな。戦ったり戦わなかったり。戦っても手を抜いたりと……。まるで何か企んでいるようだ」


 ベイブが腕を組んでわざとらしく首を傾げた。


「企む、か……。ククッ。そうだな。最後までお前らが生きてたらわかるかもな」


 それに対し、ベリオンは不敵な笑みを浮かべるだけで、さっさと前に向き直った。


「それより、見えてきたぜ」


 尾根を進むと、やがて石造りの城壁が見えてきた。

 高さは3階建ての一軒家程あり、飛び越えるどころか長槍を伸ばしてもとても届きはしない。上に足場があるらしく、矢を降らせて地の利を得ていたのだろう。

 中央には壁の大きさと対称的に小さな門があった。

 ……あった、というのはそれが既に跡形もなく破壊され、こじ開けられた後だったからだ。堅牢だったであろう城壁も食い破られた様に大きな穴がいくつも空いており、無残な様を晒している。

 そして、その城壁では数人の人影が今まさに門を潜ろうとしている所だった。




「やっ! ……はッ!!」


 アスタルテは左右に跳びながら戦斧を避け、後退していく。

 そして距離を測りながら矢を放った。


「小賢しいなぁ!」


 その矢を斧で弾きながら、ヴェイングロウは刃を返し斬撃を飛ばす。


 アスタルテは圧倒的に不利ながらも、かろうじて戦いの均衡を保っていた。


「ハハハッ! この距離で弓矢ぁ! 無謀にも程がある! ハンドレッドナイヴズ!!」


 ヴェイングロウが斧を振るとその軌跡が光を帯びて分裂し、無数のナイフの形を取った。


「どう踊るか見てやる!」


 ヴェイングロウの合図と共に無数の刃が散弾銃のごとく発射された。


「ッ!!」


 咄嗟に手足でガードしたものの、ナイフの群れは容赦なく防具ごと手足を穿っていく。弾け飛んだ籠手の破片が地面に突き刺さった。

 すぐに回復ポーションで手足を治すが、それで回復ポーションは最後となってしまった。


 ふとアスタルテは首を傾けた。

 直後、頭があった位置を戦斧が通り過ぎた。偶然耳に届いた風切り音に気付かなければ上半身が斜めに滑り落ちていただろう。

 アスタルテはそのまま体を倒し、地面を転がりながらヴェイングロウの側面に回り込んだ。

 そして、起き上がるより早く片手一杯に掴んだ矢を弓に番えた。


「3連……グレネードショット!」


 光り輝く矢がアスタルテの指から離れた瞬間、ヴェイングロウの上半身が轟音と共に爆ぜた。眩い光と一気に広がる爆炎。

 一瞬にしてヴェイングロウは燃え盛る業火に包まれた。


 爆発の衝撃で、暴れ狂う膨大な炎の塊が周囲に吐き出される。並みの相手であれば消し炭すら残らない威力だったはずだ。

 だが、間髪容れずアスタルテは次の矢を弓に番えた。


 相対する炎から紫色の雷が迸った。

 アスタルテが矢を放ったと同時に、炎の頂点から紫電をまとった戦斧が突き出された。


「へヴィクラッシュダウン!!」


 稲妻と共に打ち下ろされた戦斧は地面を砕き、爆炎ごとアスタルテを吹き飛ばした。


「く……ッ」


 土煙を巻き上げながら転がるアスタルテ。無数の紫色の火花が体を刺していく。

 勢いが止まってもその体は倒れたまま動けずにいた。魔法剣の紫電によって体の自由が奪われていた為だった。

 直撃は避けたものの、その威力はアスタルテのHPのほとんどを一撃で食い千切っていた。

 わずかに指先が土を引っかく。地面に這いつくばったまま、それでもアスタルテは少しずつ顔を上げた。


 だが、そこにあったのは自分の頭めがけて今まさに振り下ろされんとする、斧の切っ先だった。


「チッ……。装備が少し破損しただろうが」


 アスタルテの粘りに苛立ちを滲ませつつ、ヴェイングロウは再度斧を振り下ろした。


 アスタルテは目を見開いてそれに釘付けとなっていた。


「な、何!?」


 斧は落ちて来なかった。

 アスタルテの視線の先で、ライオンの頭がヴェイングロウの右腕に牙を突き立て食らい付いていた。

 ライオンと山羊の頭部を持ち、蛇の尾とコウモリの翼を生やした魔獣だ。

 傷だらけの体を押して、戦斧を持った腕を押し留めていたのだった。


「ミルフィーユ……!」


 アスタルテは脇に投げ出された弓に手を伸ばした。

 だが、それは爆発の衝撃で真っ二つに壊れ、使い物にならなくなっていた。

 それでもアスタルテは地面に拳を打ち付け、立ち上がろうと試みる。


 魔獣の牙はヴェイングロウの右腕を噛み千切らんと渾身の力で押さえつけていた。

 しかし、ヴェイングロウは動かない右腕から左手に斧を持ち替え、ライオンの頭を思い切り叩き潰した。


「こ……このバケモノめッ! 身の程を知れ!!」


 腕に食らい付いたままの魔獣を引き剥がし、放り投げる。

 だが、それでも残った山羊の頭と蛇の尾が脚に食らい付いた。その瞳はただ一点、ヴェイングロウの顔を睨み付けていた。


 己の命をも顧みない執念。

 絶対に主を傷つけまいとする使命感。何度斬り付けても死なないその目に、ヴェイングロウはわずかに動きを止めた。

 主を守ろうという従魔の本能。いや、その意志に一瞬だけ気圧されていた。

 ただのAI。システムによって構築された、ただのプログラムに過ぎないはず。そんなモノに何故ここまでの力強さを感じるのか。理解が追い付かないでいた。

 ほんのわずか一瞬、そんな思考の渦に囚われた。


 しかし、すぐにそれを振り払い、戦斧を打ち降ろした。

 切っ先から光の粒が舞い上がるのを見届ける前に、ヴェイングロウは戦斧をアスタルテに向けて振り下ろした。


「キャンディ、ゴーッ!!!」


 まさに振り下ろしたその瞬間。

 アスタルテは腹の奥から声を絞り出した。

 その声はヴェイングロウを通り越し、遥か上空を向いていた。


 ミルフィーユと呼ばれた魔獣が作った隙。

 ヴェイングロウが囚われた一瞬の間が、その一撃に繋がった。


「がっ!?」


 ヴェイングロウが上空を振り仰いだ直後、戦槌のごとく急降下してきた巨大な影がヴェイングロウを踏み潰した。


「ワイバーン……ッ!?」


 もうもうと立ち込める土煙から黒い大きな翼が突き出した。

 ヴェイングロウは地面にうつ伏せに組み伏せられ、太いカギ爪がその体を押さえ付ける。


「ふ……ふざ……ふざけるなッ! どけッ!!」


 アスタルテ虎の子のワイバーン。使役する魔獣の中で最も高い戦闘力がある相棒。

 その強い筋力と有利な態勢もあって、ついにヴェイングロウの動きを封じ込めた。

 強引に拘束を振りほどこうとするヴェイングロウだが、わずかな時間は稼げる。


 直後、魔法剣の影響が消えた。

 跳ねる様に立ち上がり、アスタルテはローブの懐から数本の投げナイフを抜き放つ。

 そして、相棒が押さえる仇敵に向けて、全力でそれを投げつけた。


「『アサルトドライブ・筋力転化』ァアアッ!!!」


 ヴェイングロウは引きつった叫び声を上げながらスキルを行使した。

 咆哮が突き抜けると同時にヴェイングロウの体から眩い光が迸る。

 そして、肩を掴むカギ爪を音を立てながら無理矢理引き剥がした。今までほとんど動けなかったのが嘘の様に。


『アサルトドライブ』

 一時的に筋力を魔力に、または魔力を筋力に変換、上乗せする事ができる魔人族固有のスキル。

 それによって、そのどちらかに極振りさせた戦い方が可能となる。


 ヴェイングロウはワイバーンの脚を強引に跳ね除けて、胴体を下から斧で斬り上げた。

 そして、そのまま持ち上げた戦斧をまっすぐアスタルテに向ける。


「ぐおぉおおおッ!!」


 幾本のナイフがヴェイングロウの胸や腹に突き刺さる。

 しかし、それに目もくれずヴェイングロウは腕を振り下ろした。


 一瞬の衝撃。

 金属のぶつかり合う音。風が駆け抜け、土煙が舞う。


 ナイフを投げつけた姿勢のままだったアスタルテ。

 だが、赤い軌跡が左肩から右腰にかけて切り裂いていた。


 アスタルテは目を伏せた。

 霞む視界にふと映り込んだ、明るい月。

 夜空に浮かぶ白い満月に、アスタルテはぼんやりと見とれていた。やがてそんな自分に気付いて、何となく場違いだなと自嘲した。

 地面に横たわり、仰向けに夜空を見上げるその表情には微かな笑みが浮かんでいた。

 

「……ハァッ! ハァッ! ハァッ!」


 戦斧の柄を杖にして体を支え、ヴェイングロウは立ち上がった。想像以上の抵抗を見せた格下の敵に、存外な消耗をさせられた。

 その苦戦の末の勝利に、ある程度の満足感を得ているのだろう。ヴェイングロウの口角が引き上がる。

 ヴェイングロウは倒した相手を見下ろし、戦斧の切っ先をその喉元に突き付けた。


「私の勝ちだ! ハハッ!」


 吹いた風にアスタルテの体が金色の粒となって舞い上がり始める。もはやHPは全損し、消え行くのを待つのみ。

 それでも。


「いいえ。私の勝ちです……」


 それでも、アスタルテは最後に強く囁いた。


「!」


 ヴェイングロウはハッと視線を上げた。




 私達が本曲輪にたどり着いたのは、敵領主の斧がアスタルテを切り裂いたのとほぼ同時だった。


「アスタルテッ!!」


 走る私達の先頭。彼女のパーティのリーダー、ネストが名前を叫んだ。

 その声が耳に届いたのか、アスタルテはわずかに親指を立ててから光の粒となり消えていった。


 あれから私達は西へ進んでいた部隊と無事合流できた。

 西の城門での戦いは拮抗しながらもやや優勢に進めていたそうだ。

 だが、しばらくして主力であった私達の隊の窮地を知らせるメッセージが届いたという。私達と一緒にいた誰かが送ったのだろう。

 それで居ても立ってもいられずアスタルテが先行していったのだそうだ。

 それでも残ったメンバーで辛くも突破に成功。そうして今ようやく追い付く事ができた。



「決着が近いな。ヴェイングロウ」


 ヴェイングロウは声の方向に顔を向けた。

 その頬を掠め、風切り音を響かせながら剣が弾き飛ばされていく。その剣を追う様に光の粒が舞い散った。


「ゴルディーク……!」


 視線の先にあったのは、ソーサリーブレイドの胸から剣を引き抜くゴルディークの姿だった。

 今や敵の数は領主のヴェイングロウと、最後に残ったソーサリーブレイド1人にまで減っていた。


 アスタルテは時間稼ぎに全力を注いだ。命を賭けた特攻が希望のバトンを繋いだのだ。


 そして、私達と共に現れた西の隊は13人。最早この状況においては決定的な大軍勢である。


「……潮時か」


 ヴェイングロウは戦斧の切っ先を地面に降ろすと、小さく呟いた。力なく肩を落とし、その様子はまるで諦めたかの様に見えた。


 だが、その口元には不気味な笑みを湛えていた。


「まだまだ運は私を見放していないらしい」


 その時、東の空から数多くの雄叫びが上がった。


「西では貴様らが勝ったようだが、東はこちらの勝利だったようだな」


 腹の底から込み上げる様な笑い声を漏らし、ヴェイングロウはゆっくり一歩退がる。

 その向こう、東の尾根沿いに押し寄せる多数の敵影が私達にも視認できた。数は恐らくこちらと同等。


「謀は私の専売特許。まだまだ保険は残してあるのさぁ!」


「逃がすか!」


 逃げる気配を見せる敵領主に西の隊のメンバーが一斉に躍りかかる。



「シャドウブラッドソーン」



 ヴェイングロウの背後から放たれた、静かな声。

 影の様にまとわりつく気配を感じた瞬間、ヴェイングロウを捉えていた味方の視界が大きく揺らいだ。


「ぐあぁ!?」


「これは!?」


 地面から飛び出してきた無数の棘が味方を貫いていく。その黒い槍の様な棘は勢いを増して次々と生まれ出でてくる。


「闇属性魔法!! まさか……ッ!!」


 ねっとりとした笑みを浮かべるヴェイングロウ。

 その背後に、夜空の闇からこぼれ落ちる様に黒いローブをまとった人影が姿を現した。


「アラ。随分と追い込まれてるんじゃない?」


 闇をまとった人影は嘲る様に囁いた。


「貴様が遅いからだ。ヘルゲート。何を遊んでいた」


「いいじゃない。これはゲーム。遊びなんだから楽しまなくっちゃ」


 身に付けているのは金色の紋様が描かれた漆黒のローブ。その紋様は一定のリズムで脈動し、まるで血管を模した様な回路の様相を成していた。

 紫の長い髪を滴らせ、その頭上には金の荊飾りが施された黒い冠を戴いている。

 白い肌に側頭部から2本の黒い角を生やした魔人族の女。

 ヘルゲートと呼ばれたその人影はくすりと微笑み、金色の瞳を三日月型に歪ませた。


「ダ……ダークルーラー!?」


 黒い棘で負傷した味方から戦慄が広がった。


 だが、その黒い棘がたちどころに切断されていく。

 次々と地面から突き出てくる魔法の槍を、全て自身に届かせる事なく切って捨てている1人の男。


「フフ。まだ活きのいいのがいるじゃない」


「どいつもこいつも返り討ちにした覚えのある顔が、雁首揃えてずいぶんと楽しそうじゃねぇか」


 嘲笑を含んだ声がその場に響いた。

 切り払った剣をゆっくり下げ、ベリオンは悠々と足を前に進めた。


「貴様……!? 決闘狂!?」


 その姿を目にした瞬間、ヴェイングロウはにわかに表情を曇らせた。

 だが、すぐに口元を歪ませ笑みを貼り付けた。


「魔人族の面汚しめ。貴様の登場は予定外だが一対一ならいざ知らず、ここは私の得意とする戦場だ。今日地にひれ伏すのは――」


「生憎、俺の相手はお前じゃねぇよ」


 だが、ベリオンは躱す様にヴェイングロウを遮った。

 ベリオンの不穏な笑み。その見透かす様な目に、ヴェイングロウは何故か口をつぐんだ。


「うおおおっ!」


「領主を守れぇえ!」


 東から敵の援軍が続々と雪崩れ込んできた。

 こちらの隊と剣戟を交わし、けたたましい激突音を響かせる。


「……退くぞ! ヘルゲート。サイン。付いてこい!」


「あん。もう行っちゃうの? 遊び足りなぁい」


 ヴェイングロウはヘルゲートとソーサリーブレイドの生き残りを促し、私達に背を向けた。


「ま、待てぇ!」


 ネストが敵と戦いながら叫んだ。50レベル台の彼でも身動きが取れずにいた。

 敵が足止めのつもりで上手く立ち回っている為だ。敵は挑発混じりにニヤニヤと笑みを浮かべながら剣を構えた。


 だが、その背後を青白い軌跡が切り裂いた。


「ガァアッ!」


 地面に倒れる間もなく、敵は光の粒となって消し飛んだ。


「ゴルディーク隊長!」


「よく来てくれた。ネスト。……アスタルテにも後で感謝の言葉を伝えなくてはな」


 ゴルディークが歯を剥き出しながらネストに並んだ。

 そのゴルディークが口にした名前を聞いて、ネストはふとある事に気付いた。


 と、同時に2人を黒い影が覆った。


「キャンディ! 無事だったか!」


 上空から2人の側にアスタルテの魔獣、ワイバーンが降り立った。かろうじて生きていたようだ。

 だが、重傷を負っており動作は重苦しく弱々しい。


 そのワイバーンにネストが駆け寄った。


「おい、アスタルテ! 聞こえてるだろ!? なら、わかってるな!」


 ネストはワイバーンに向かって倒れていった仲間の名を呼んだ。

 すると、ワイバーンがまるで頷く様に鎌首を下げてネストの方を向いた。


「『マインドジャック』。サモナーは一時的に自分の魔獣と感覚を共有できる。たとえ、どんな離れた場所からでも」


 ワイバーンはゴルディークに視線を移し、じっと見つめていた。

 どうやらこちらの意思は伝わっているようだ。

 ずっと離れた王都アルテロンドからこのワイバーンにこちらの意図を伝え、指示を出しているらしい。

 既に戦線を離脱したアスタルテ。倒れても尚戦おうというその意志に、ゴルディークは深く頷いた。


「うむ。では、共に行こう。最後の戦いだ!!」


 ゴルディークはワイバーンの背に飛び乗った。

 直後、ワイバーンは鎌首をもたげ、翼を大きく広げた。


「隊長。ここは俺達が凌ぎます! 良い報告を期待してますよ! キャンディ、頼んだぜ!」


 ネストが言うやいなや、ワイバーンはそれを一瞥して遥か上空に飛び上がった。


 既にヴェイングロウ達の姿は見えない。

 時刻はかなり深まっている。侵攻クエスト終了の0時まで最早1時間を切っていた。

 敵はこのまま逃げ切り、時間切れで勝利を得るつもりだろう。スタミナが心許ないこちらと違い、ヴェイングロウは温存していた分まだ余裕があるはずだ。

 ここで距離を取られたら我々の敗北は決定的なものとなる。


 だが、魔獣の機動力はプレイヤーの足とは一線を隔す。

 ゴルディーク達はまるで流星の様に夜空を駆け抜けていった。



「だとよ。お前らも来るか?」


 向かってくる敵を造作もなく斬って捨てると、ベリオンは後ろの私達へと振り返った。


「見物くらいはさせてやろうってんだ。後は好きにしな」


 ベリオンは薄ら笑いを浮かべ、すぐにヴェイングロウが去っていった東の尾根に向かっていった。


 既にネストは新たな敵と交戦中。他の仲間達もそれぞれ自分の戦いで手一杯で動ける余裕はなさそうだった。


 そんな中、ベリオンが開けた道だけが敵のいない空白地帯となっていた。

 故にベリオンの後ろに位置していた私、ベイブ、リラだけが唯一動ける状態にあった。


「行こう!」


「うむ!」


「うん」


 リラが先んじて一歩前に出た。

 振り返ったリラに私とベイブも頷き、ベリオンの後を追った。

 次回投稿は17日午後8時予定です。


  最近、創作が捗るコツを発見。

  まずパソコンの前に座ります。

  左手にスマホ、右手にペンタブ。

  文章をスマホで書いて、想像力が尽きたら絵を描く。絵を描いて、集中力が尽きたら小説。

 と、交互に作業してみました。

 意外に進むので文字、絵両方嗜む方は一度お試しあれ。

 ネコに妨害されるのでどちらも停止する場合が多々ありますが。


 次回第36話『追撃』


 お楽しみに!

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