34・包囲
私とゴルディーク、ベイブとスフィアル、リラも混戦中の二の曲輪へ参戦していった。
戦っているのはゴルディークのパーティメンバーで、回復支援役のルケリアと前衛攻撃役のセーヴェン。そしてベリオンの3人。
たった3人で10人以上の敵を押し止めていたのだ。敵の半数以上は三の曲輪から後退していった敵だった。回復が間に合わず満身創痍だったのも大きいだろうが良く持ちこたえている。
「済まない。待たせた」
「なんの。思ってたより早かったわね」
前衛を抜けてきた敵がルケリアに迫ってきたが、寸前でゴルディークが切り伏せた。
ルケリアは笑って応えた。
「状況は」
「ギリギリね。セーヴェンが上手くやってくれてるおかげでなんとかなってる。……だけど」
ルケリアが向けた視線の先では、ゴルディーク達のパーティメンバーであるセーヴェンが敵の多くを引き付けて撹乱していた。
70レベル台のセーヴェンがそのレベル差で多くの敵を相手に1人、また1人と大剣で切り伏せていた。
セーヴェンはウェポンアタッカーの特殊型上位職『ダークナイト』。
闇属性の重力魔法で装備品を常時軽量化、より重量のある装備を多く装備可能な職業だ。
必殺技特化のソードブレイカーに対して、装備によって基本的なステータスが高く攻防共に柔軟な戦い方ができる。
大柄なゴルディークと対称的に体格は小柄で、全身を鎧で完全に覆い隠している。
紫の闇色に統一された装備品は現状のレベルで最上の物を揃えている。特に大剣はレベル以上のものを持つ事で、より重い装備を使用可能なダークナイトの強みを活かしていた。
技術で戦うゴルディークとはこれまた真逆に、ステータスの高さでゴリ押ししていく戦闘スタイル。体格を上回る長大な大剣を振り回す不恰好な戦い方だ。
本人もそれを自覚しているらしく、自らの役割をパーティの矛に集約していた。
その攻撃力は大剣に触れたと同時に爆ぜる様に敵を消し飛ばす。
しかし、敵も慎重になっており、技術の無いセーヴェンの攻撃はなかなか敵に当たらない。本来ならゴルディークが足止めをする事でその攻撃力を発揮できていたのだろう。
慎重に対処すれば当たらない。しかし触れたら死ぬ。そんなギリギリの緊張感が互いに拮抗状態を作っていた。
ただ、その一方。
「あっちがね……」
傷付くセーヴェンに回復魔法を施しつつ、ルケリアは視界の端に佇む男に溜め息を漏らした。
その方向に目を向ける。
そこには剣を納め、あさっての方向を眺めるベリオンの姿があった。
「ベリオン。あなたも戦ったらどうなの?」
「有象無象のザコ相手じゃ気が乗らなくてな。もっとマシな敵が出てくりゃあやる気も出るってもんなんだがよ」
ベリオンは気怠げにルケリアを一瞥すると、未だ戦っているセーヴェンとそれに群がる敵達に目を向けた。
だが、すぐ興味を無くし視線を外した。
ここに来てからずっとこの調子らしい。
ダークルーラーやソードブレイカーにも興味を示さず、時折自分に向かってくる刃を払い退ける程度。全くやる気を見せずとぼけた態度を通していたそうだ。
その為、時折前衛を抜けてルケリアに被害が及んでいたのだった。
「……ベリオンにはベリオンの考えがあるのだろう。俺達は俺達のすべき事をするぞ」
ゴルディークはベリオンを一瞥すると、ルケリアを促す様に剣を構えセーヴェンの加勢に向かった。
「俺達も行くぞ」
スフィアル達も回復し、参戦の準備を済ませていた。
私も頷くとゴルディーク達と共に加勢に向かった。
その時だった。
「……!」
走り抜けようとした私の首に、ノコギリ状の刃が突き付けられた。
「ミケさん!」
「なっ!? おい! 何をするんだ!?」
私の後ろにいたリラとスフィアルが咄嗟に叫んだ。2人共突然の事に目を見開いて驚いていた。
すぐに足を止めた私もこの首に当てられた刃に目をやり、ゆっくりその主の方へと視線をやった。
「おい。なんでこんなザコがここにいやがる?」
その先には、およそ味方に向けるものではない目でこちらを見下す魔人族の男。
込められた殺気には微かな怒気が含まれている様に感じる。
「目障りだ。俺の視界に入るんじゃねぇ。さもなきゃここで殺すぜ」
低い声で私の首元に力を入れるベリオン。
それでも微動だにしない私に全く表情を変えず、しかしより強く殺気を込めたのが伝わってくる。
その様子に何か言い知れぬものを感じ取ったのか、リラとスフィアルは何も言えず固まっていた。
それを見かねて、私は刃を指先で押し退けた。
「……ザコには気が乗らないんじゃないの?」
刃だけでなく、向けられる殺気諸共跳ね除ける様に視線を返す。
「ああ。ただ大嫌いなだけさ。特にお前みたいなチビがな」
そう吐き捨てるベリオンだったが、やがて舌打ちをして剣を下げた。
「とにかく目障りだ。次はマジで殺す」
それだけ言うと、ベリオンは背を向けて先へ進んでいった。
「……もう大丈夫。行こう」
未だに固まっているリラとスフィアルに向けて手を振って大丈夫アピールしておく。
それで2人共ようやく大きく息を吐いて落ち着いたようだった。
対称的にベイブはずっと見守ってくれていたようだ。2人の後ろでニッと親指を立てて返してくれた。
「何だったんだろうね……」
リラがそっと私の肩に寄り添ってくれた。
ちょっとひと悶着あったが、私達も戦場へと駆け出した。
ただ、あの視線に込められていた苛立ちは何だったんだろう。そんな思いが一瞬よぎりつつ、銀髪が揺れる背中を見送った。
下の三の曲輪でも徐々に攻勢に転じていた。
生き残っている隊がアンデッドの猛攻を凌ぎつつ、仲間をこちらに送り始めていた。
二の曲輪にたどり着いた味方が上からアンデッドを攻撃。地の利を得、二の曲輪までの狭い道を守る事でようやく戦況が安定した。
登ってきた味方と力を合わせ、私達は二の曲輪を占領する事に成功した。
最終的に生き残ったのは18人となっていた。
あんなにいた味方がもうこれだけになってしまった。
私達は奥にそびえる石造りの建造物を見据えた。
堅牢な城壁が視界に入ったが、ここにいる全員で力を合わせれば容易に破壊可能だろう。
そして、金色のアイコンはその向こうを指し示していた。
「あと少しだ! ゆくぞ!」
ゴルディークは剣をかざすと先頭を駆け出した。
アンデッドを押し止める為にここへ到る道の手前に2人残し、ゴルディークの後ろを15人が追従する。
敵主力の40レベル台の部隊は殲滅し、切り札だったダークルーラーとソードブレイカーも苦戦の末に倒した。
アンデッドの集団も既に封じている。
後は敵領主が最後の壁として立ちはだかってくるだけだろう。
その最後の戦いに向けて、ゴルディークは前進した。
わずかな傾斜になっている二の曲輪を駆け登る。
進路にはまっすぐ横断する様に土塁が塞いでいた。だが大した高さではない。突撃するこちらの勢いを削ぐ為の物だろう。
私達は難なく土塁を乗り越え、その先へ躍り出た。
だが、そこで私達の進撃は止まった。
「なんだと……!?」
「道が……」
先頭のゴルディークが急に立ち止まり、後続の動きを制する。
私も同時に足を止め、その爪先の向こうを見ていた。
道が途切れていた。
本曲輪まで通じるはずの山の尾根は不自然に断ち切られ、深い谷となって進行を不可能にしていたのだ。
この不自然さは間違いなくこれが人の手によって作られた谷だったせいだ。
敵の侵入を防ぐ為に尾根を断ち切った人工の谷――堀切だ。
「ようこそ! よく来たな」
堀切を挟んだ向こう側、本曲輪に何者かが立っているのが目に映った。
黒いコートに身を包み、要所を黒鉄の鎧で固めた長身の男。
褐色の肌に逆立った短い黒髪。細くつり上がった鋭い目の魔人族だ。
手には長柄の戦斧が握られている。防具と対称的な白銀の刃。その刃は複雑に枝分かれした痛々しい荊の様な形をしていた。
そして、金色のアイコンが指し示しているのはまさにその男だった。
「罠か……」
ゴルディークが噛み殺す様な声で呟いた。
男はうっすら笑みを浮かべると、軽く片手を上げて合図を出した。
次の瞬間、私達のいる二の曲輪を挟む左右の崖下から、いくつもの影が夜空に飛び上がった。
空に飛び出してきたのは敵の鳥人族が左右5人ずつ。その全員が私達を囲み弓矢で狙いを定めている。
敵領主の周りにも配下の者達が整列して各々武器を構えていた。
私達は完全に囲まれていた。
「ハッハッハッ! ルルドは仕事を果たしてくれたようだな。理想的な構図だ」
「……まさかダークルーラーが捨て石とは……。完全に貴様に踊らされていたという訳か。ヴェイングロウ」
敵の領主、ヴェイングロウと呼ばれた男はゴルディークの言葉を聞くとニヤリと口角を引き上げた。
何もかもこの状況を作り出す為だったのか。
主力の40レベル台の部隊で真っ先に敵味方双方を潰し合わせ、ダークルーラーにその死者の群れで後方を塞がせたのも。
そのダークルーラーがこちらの鳥人族を執拗に狩っていたのも、尾根を断つこの堀切を隠し通す為。
そもそもこのリグハイン砦にこの様な堀切は無かったはずなのだ。
各領土はジオビースト捜索の為に各陣営共にくまなく調べ上げるので、その地形はおおよそ把握してあるのが常識だ。
だが、ただの弓矢でさえ土塁を貫通する威力を誇るこのゲームの世界。そして壊れた建物や地形が復元するのは12時間後。
その幅はおよそ20メートルはある。このゲームの体でも、とても飛び越えられる距離ではない。
恐らく魔法や必殺技で今回の侵攻クエストが始まる直前に掘られたのだろう。その威力ならば数時間でこれだけ掘り進めるのも不可能ではなかった、という事だ。
その堀切も外側に土色の布がかけられカモフラージュされているようだった。
表面には草木が縫い付けられ、地味な効果だが遠目では偽物と判別は難しい。
だが、これだけの規模の堀切を造るのはそう簡単な事ではない。必要な労力、時間も決して少なくはないはずだ。使用した武器も多く破損したに違いない。
ここまで周到な準備をするとは、今回の戦いに対する勝利への並々ならぬ執念を感じずにはいられない。その効果は皆が今身をもって実感していた。
そして、この谷間は守りの為の手ではない。こちらを必ず皆殺しにするという強い意志が伝わってくる。
完全にここを決戦の舞台に選ぶと読んでの対策だった。
全てこの男の掌の上だったのだ。
「ここまで綺麗にハマってくれるとは思わなかったがな! さすがはゴルディーク。猪武者だよ、お前は!」
大きくのけ反りながら笑い声を上げているヴェイングロウ。
ゴルディークは無言でヴェイングロウを睨み付けていた。
しかし、既に状況はそれしかできないまでに追い詰められていた。
「さぁて。挨拶もそこそこで悪いが、もう決着をつけてしまおうか。ソーサリーブレイド隊!」
ヴェイングロウが腕を振り上げると、その側に並んでいた配下達が一斉に剣を掲げた。
そして、さらに魔法を唱え出した。
総勢5人の剣に魔法の輝きが宿っていく。
「魔法剣か……ッ!」
『ソーサリーブレイド』
武器に魔法を込めて戦う魔法戦士。
攻撃に物理と魔法の両方の性質を持たせる事で、相手に合わせて状況を切り抜ける力に優れている。
筋力と魔力双方共に高く、それらに優れた魔人族との相性が極めて良い。
武器に付与した魔法を飛ばしての攻撃も可能で、近~中距離での幅広い戦闘が可能な職業だ。
これまでの戦闘でも幾人か戦ってきたが、この部隊は桁違いに強い事がわかる。
装備からして全員が40レベル台後半以上。5人と少人数だが、ヴェイングロウが用意していた切り札である。
その全員がレベル以上の練度を誇る選りすぐりの精鋭であろうと推測できた。
「放てぇ!!」
そのソーサリーブレイド達が一斉に武器を振るい、魔法剣を解き放った。
「全員防御ッ!」
ゴルディークが叫ぶ。
同時に皆迫り来る魔法の斬撃に対して防御姿勢を取った。
「ぐあああ!!」
「うわあああ!!」
だが、色とりどりの刃は防御した盾ごと爆発し、突き破ってくる。または展開した魔法防壁を切り裂いて術者に襲いかかった。
物理、魔法両方を併せ持つ性質が防御を困難にしていた。
左右を包囲する敵鳥人族も同時に攻撃を繰り出してきた。
連続で繰り出された無数の矢が襲いかかる。
「ぎゃあああ!!」
その攻撃は後方でアンデッドの大群を抑えていた2人を襲った。
いきなり背中を射たれた2人は矢に対して防御を試みた。
だが、アンデッドに気を向けながらの抵抗は集中を欠き、次々と矢が体に突き刺さっていく。
そして、気付いた時にはアンデッドの侵攻を許し、背後から蠢く腕の大群に絡め取られ飲み込まれてしまった。
「まだ諦めるな! 活路はある!」
ゴルディークが声を張り上げるが、それが虚勢である事は誰の目にも明らかだった。
足下に斬撃が着弾し、衝撃波でHPが削れていく。
私達のパーティも攻撃を凌ぎながらも活路を見出だせずにいた。
「スフィアル! 何かいい作戦はないの!?」
リラが光の壁と杖で攻撃を受けつつ叫んだ。
「……クソ! 無理だ! こんな状況で全員助かる方法なんて無い!!」
スフィアルも氷の礫をばらまきながら応戦していたが、絞り出す様に悪態を吐くので精一杯だった。
防御不能の攻撃に、この密集した状態では回避もままならない。
反撃しようにも遠距離攻撃に乏しい前衛職は総じて戦う術を失っていた。
「ここまでかよ……っ!」
スフィアルが拳を震わせ呟いた。
スフィアルはルクスの事に責任を感じているのかも知れない。
普段パーティを引っ張っていくルクスと、その方針とぶつかりながらも上手くいく様に冷静に立ち回るのがスフィアルの役割だった。
自分が周りを見ていればルクスは無事今もここにいたんじゃないか。咄嗟の機転に優れるルクスならこの場を上手く切り抜ける良い方法を思い付いたんじゃないか。
しかし、必死に考えるも頭は堂々巡りに同じ場所をさ迷い、答えは出なかった。
リラも何も言わず見守る事しかできずにいた。
「スフィアル! ここを脱する事ができるのはキミしかいない! 僕がなんとかする!!」
突然、ベイブが大剣を振り回し、スフィアルに向かってきた矢を弾き飛ばしながら叫んだ。
ベイブの言葉にスフィアルは歯を食い縛ってその顔を見上げた。
「……ッ! ベイブ、お前はどうするんだよ!」
スフィアルは声を張り上げた。
スフィアルにはベイブの言わんとしている事がわかっていた。その手段自体は考えていたのだろう。
しかし、納得できない手だった。
「なんの。必ず切り抜けてみせるさ!」
「スフィアル……」
ベイブとリラがスフィアルを見つめる。
それでも、スフィアルは判断を下しかねていた。
誰も、何も言わなかった。皆紡ごうとしていた言葉を躊躇っていた。
「ベイブ。任せられる?」
そのスフィアルの前に出て、私はベイブにそう訊ねた。
「ミケ!?」
「スフィアル。私も手伝う。ベイブは絶対になんとかする。……だから、やるべき」
スフィアルに向き直り、私は言い切った。
少し驚いた顔をしたスフィアルだったが、少し考えて決心がついたようだ。
「……ベイブ! ここは任せた!! 後で必ず合流するぞ!!」
ベイブは大きく頷くと、ニッコリと歯を見せた。
「おうとも! 安心して任せるといい! 逆転の一打、しかと目に焼き付けるのだ!!」
ベイブは剣を掲げ、前に進み出た。
そして、左腕に装備していた盾を西側の空に陣取る敵鳥人族に投げつけた。
容易く避けられる。
「当たるかそんな――」
それに気を取られたわずか一瞬、ベイブは空を飛ぶ敵の眼前に肉薄していた。
「おおおッ!!」
飛び上がった勢いのまま、ベイブは大剣を薙ぎ払う。
だが、その切っ先も無情に空を切った。
敵は悠々とそれを見送ると、矢の狙いをベイブの眉間に定めてニヤリと笑みを浮かべた。
その表情が突如豹変した。
「ライトニングボルト!」
私は指先を向け、ベイブの背から飛び出した。
「うわっ! 痛てっ!」
渾身の魔法だったんだけどな。針で突っつかれた程度の反応しかされなかったけど、それだけで十分だ。
私達は放物線を描き、谷底へ落ちていく。
包囲を抜けたのだ。
「逃がすかッ!」
敵が私に矢を射った。
その矢は突然視界に割り込んだ太い腕に突き刺さった。
「こちらのセリフだぞ!」
ベイブが大剣を投げつけ、敵を弾き飛ばす。
「ミケッ!!」
翅で空を飛べるスフィアルがリラを抱えながらこちらに手を伸ばしていた。
私は空中で精一杯手を伸ばし、スフィアルの手を取った。
「リラとミケを頼んだぞー!!」
木霊する声だけを残し、ベイブはそのまま暗闇へと消えていった。
スフィアルは振り返らなかった。
私の手を掴んだまま空を西へ向けて滑空していく。
西へ行けば別の尾根へ向かった部隊と合流して、体勢を立て直す事もできるかも知れない。
「お、重い……!」
「重くないし!」
「……」
苦悶で表情を歪めるスフィアルにリラが憤慨した。
「2人も抱えてるんだ! 仕方ないだろ!」
両手に私とリラをぶら下げながら飛んでるんだ。それも飛翔力の弱い妖精族の翅で。だから私は無言だ。
この作戦が考案された時点で重装備のベイブは役割が決まっていた。
「ぐっ!」
スフィアルが突然呻き声を漏らした。
「どうしたの?」
「しつこい……な」
チラリとスフィアルの背中に矢が突き立っているのが目に入った。
背後に2人の敵鳥人族が追ってきていた。
「スフィアルッ!!」
「……2人共。このまま崖沿いに投げるから……後は走れ」
「何言ってんの! あんた!」
不安気に叫ぶリラをよそに、スフィアルは急に軌道を変えた。その肩口を矢が掠めていった。
「行けッ!!」
そのまま岩壁に激突し、スフィアルは私達の手を離した。
「ベイブに頼まれたからな……」
私とリラは崖を滑り落ちながら、遠くなっていくスフィアルを見送るしかなかった。
「『ブーストマジック』!!」
スフィアルは崖下を一瞥すると、追い縋る2人の敵に向き直った。
そして、自身にスキルを施す。
MP消費量を増加させる事で魔法攻撃力を強化するマジックウィザード専用スキル。
「『ライフコンバーション』!!」
続けてさらにスキルを重ねる。
HPを急激に消費し続け、その間魔力を大幅に上昇させていく諸刃の剣であり切り札でもあるスキルだ。
「お前らだけはここで倒すッ!」
スフィアルの手から赤い炎が立ち昇り、燃え盛る槍が形成される。スフィアルが手を前にかざすと、炎の槍は勢いよく撃ち出された。
相手はそれを避ける動きを見せるが、槍はその軌道を読んで見事にどてっ腹を貫いた。
そして、敵ごと爆散して光の粒へと消し去った。
ただ、同時に放たれた敵の矢もスフィアルの胸を貫いていた。
「やってくれやがったな! この野郎ッ!!」
爆炎を突き抜け、空に舞い上がったのは敵の片割れ。
受けたダメージに目を血走らせ、スフィアルに渾身の必殺技を撃ち出した。
幾本もの閃光がスフィアルの体を突き抜け、串刺しにしていく。
「ぐ……あ……ッ」
グラリと後ろに倒れ、力なく高度を落としていくスフィアル。
それを尻目に敵は私達が落ちていった谷底へ進路を取った。
「行かせっかよッ!!」
既にMPは尽き、翅も片方千切れて墜落死を待つだけ。攻撃手段など最早失われているはずだった。
手にしていたのは魔法攻撃用のオーブ。
スフィアルはそれを頭上に構え、右脚を軸に捻りを加える。
さらに左足をわずかに持ち上げ、体重を前方のそのさらに向こうへと突き動かす。
そして、全身のバネを総動員した力を右手に握ったオーブに込めて、投げた。
「バカな……ッ!?」
自身に突き刺さった鈍い音に驚きを隠せない敵。
綺麗な投球フォームから放たれた球は緩いカーブを描きつつ、敵の背にある翼を見事にへし折っていた。
叫び声を上げながら落下する敵を眺めながら、ついにスフィアルの翅も浮力を失った。
全ての力を注ぎ切ったスフィアルもそのまま闇の底に落ちていった。
だが、スフィアルは満足そうに笑みを浮かべていた。
やがて、暗闇の中に一粒の光が散った。
「スフィアル……」
私達は多少ダメージを負いながらも、無事に崖の底に降り立っていた。
私が差し出した手に掴まると、リラは力無く微笑みながら立ち上がった。
「……私達だけになっちゃったね……」
私にはかけられる言葉が無かった。知り合って日の浅い私とリラでは事情も違う。
私が考えあぐねていると……。
「……っよし! 私達で頑張らなくっちゃ!」
リラは自らの両頬を叩くと両手で拳を握って見せた。
そうだ。足を止めるにはまだ早い。リラはそれがわかっている。強い女の子だ。
私も力強く頷いた。
「ミケさん。まずは西の隊と合流しよう。あっちにはあの人がいる。もしかしたらこの状況をひっくり返せるかも知れない」
私は西の隊の顔ぶれを思い出してみた。
確かに1人、飛び抜けて強いのがいたのを思い出した。
「スフィアルは頑張ったな!」
谷底の奥からヌッと姿を現した巨漢。
「ベイブ!」
声を上げるリラの顔に明るさが戻った。
ベイブはニッコリ笑顔を浮かべながら歩いてきた。
全身にダメージを負ってはいるものの、割りと元気そうだ。受け身を取ったら大丈夫だったらしい。すごいな。投げた剣と盾もすぐに見つかったそうだ。
「いやぁ、ビックリする人物に会ったぞ」
そう言うと、ベイブは体を横に避けた。
やがて、暗闇の向こうから1人の男が歩み出てきた。
早々に姿が見えなくなっていたと思ったら、私達より先にあの場を脱していたのか。
「よう。なんだお前らか」
不敵な笑みを浮かべるその姿を捉え、私の口からその男の通り名がこぼれた。
「……決闘狂」
現れたのは決闘狂・ベリオンだった。
「……ミケさんに何かするつもり?」
リラは咄嗟に私の前に出て、私の姿を自身の体で庇った。
その杖を握る手に力が入っていく。気丈には振る舞っているものの、隠し切れない緊張が気配から感じ取れた。
私はその勇気に感謝しながら、リラを制し前に出た。
恐らく何かされるにしても、先程の様子からまずは私だろう。
「まだ生き残ってたのか。チビ。悪運だけは強ぇらしいな」
誰がチビだ。この野郎。
相変わらずこちらを見下す視線を隠そうともしない。こうやって息を吐く様に相手を挑発しているおかげで決闘相手には事欠かない訳だ。
「悪運だけかどうか、試してみる……?」
「ハッ。威勢もいいらしいが、遊んでやるヒマはねぇ。楽しみにしておいたご馳走が待ってるんでな」
口元に笑みを浮かべると、ベリオンは私達の横を通り過ぎ先へ進んでいった。
全く歯牙にもかけない。ちょっと悔しいけど、ベリオンの言う通り今はそんな場合ではない。
リラがホッと息を吐いて杖を下げた。
その肩にベイブと私が手を置くと、リラは短く「ありがと」と返してくれた。
ベイブは終始笑顔だった。恐らくこの場では何も起きないとわかっていたんだろう。大した男だ。
なんとか私達は窮地を脱した。
全員無事にとはいかなかったが、これで勝利への希望が見えてきた。
「行こう」
その時、私達の頭上を黒い大きな影が通り過ぎていった。
「ガァアアアッ!!」
次々と迫り来る斬撃を2振りの剣で撃墜していく。さながら暴風雨の雨粒1つ1つを狙い撃つ様に。
防戦一方の絶望的状況だったが、ゴルディークは諦めていなかった。
「所詮、物理防御に特化したヘヴィウォールだ。ヤツに魔法剣を集中させろ!」
ヴェイングロウの声に、にわかに攻撃がゴルディークに集中する。
徐々に被弾が増え、動きにも精細が欠けてきた。
「ぬぅッ!!」
不意に複数の斬撃が重なり、その威力が高まった。
受けたゴルディークの剣から嫌な音が耳に届く。一気に亀裂が広がり、ついに手にした剣の1振りが真っ二つに折れてしまった。
「ハハハハ! 無様だなゴルディーク!」
ヴェイングロウが腕を振りかざし、嘲笑を飛ばす。
「おのれ……ッ」
歯噛みするゴルディーク。
その死角から敵鳥人族が弓矢を引き絞って狙いを定めていた。その弦がキリキリと音を立て、矢が必殺技の輝きを帯び始める。
それがまさに射たれんとしたその瞬間。
「グアッ!?」
大きな黒い影が敵鳥人族を背後から斬り刻んだ。
突然背中の翼を失った敵鳥人族はそのまま崖下へと落ちていった。
敵も味方もその一瞬の出来事に目を奪われた。
そして、次の瞬間それを理解するより先に黒い影が……否、その背に乗った人物が射った幾本の矢が、対岸の敵を襲っていた。
「こちらへ、ゴルディーク隊長」
敵の体勢が崩れたその一瞬、黒い影は敵と味方を分ける谷の上を駆け抜けた。
その背に乗る白い残像。
高く涼やかな、それでいて力強い声。
確かにそれはゴルディークに向かって発せられたものだった。
ゴルディークはそれに向かって手を伸ばした。
敵が意識を黒い影に向けた時、既にそれは背後に降りて白銀の弓を構えていた。
「遅くなって申し訳ありません」
影は黒い鱗に覆われ、空を埋める程の翼を有した黒い竜。ワイバーンだった。
ワイバーンから舞い降りたのは白いローブを纏った女性。
流れる金色の髪の隙間から、射抜く様な深緑の瞳が覗いていた。
それは西の隊に向かったエルフ族のサモナー、アスタルテだった。
「いや、助かった。アスタルテ。礼を言う」
ゴルディークもワイバーンから降りて隣に並び、残った1振りの剣を両手で握る。
これで互いに地続きとなった同じ足場である。ゴルディークが存分に力を振るえる様になったのだ。
握った剣の感触を確かめながら、ゴルディークは獣の形相で牙を剥き出した。
「サモン・ビースト」
アスタルテが唱えると、その背後の空間から6体の魔獣が召喚された。
各々が牙や爪を打ち鳴らし、敵意に満ちた唸り声を上げる。
全身に闘気を漲らせ、次の瞬間敵ソーサリーブレイド達に襲いかかった。
「チッ! 報告にあったサモナーか! 西は全滅したのか!」
ヴェイングロウは顔をしかめると、すぐに部下に指示を飛ばした。
「所詮はモンスターだ! 恐るるに足らん! 鳥人族、しばらくお前達で向こうを抑えておけ! ソーサリーブレイドに手も足も出なかったヤツらだ。遠距離攻撃で封じ込めてしまえ!」
「ルケリアッ! セーヴェンッ!!」
空の部下に叫ぶヴェイングロウの背後から、咆哮が飛んだ。
敵の声をかき消し、空を割る様な大絶叫。それは深い谷を挟んだ仲間に、確かに伝わった。
「そちらは任せた! 俺はヴェイングロウを殺るッ!!」
ゴルディークは吠えると剣を振りかざし、まっすぐヴェイングロウに躍りかかった。残った全ての力で、剣を握り締めて。
「セーヴェン。私達も負けてらんないわよ!」
「…………」
ルケリアが隣の仲間に目配せすると、セーヴェンは無言で応えた。
そして、2人は後方から迫り来るアンデッドの群れへと走った。
「ヴェイングロォオッ!!」
ゴルディークはヴェイングロウめがけて一気に刃を走らせた。
暗い谷間の距離だけ絶望的に開いた状況だったが、なんとか五分以上にまでひっくり返った。
ゴルディーク自身満身創痍、わずかな希望かも知れない。
しかし、確かにそれは繋がった。
ついに敵領主の首に手が届く距離まで近づいたのだ。
「侮ったな。ゴルディーク」
だが、突如その刃は横薙ぎの斧に弾き飛ばされた。
斧は甲高い金属音を響かせ、その勢いを失う事なく並走していた魔獣に激突した。その脇腹を突き破った斧が、硬い鱗を叩き割りながら胴体を上下に両断する。
「ショコラ!!」
地面を跳ねながら光の粒となっていく上半身。
それが視界に入った瞬間、アスタルテは斧の持ち主へ矢を向けた。
戦斧は全武器中、大剣を凌ぐ攻撃力序列第一位。他の追随を許さぬその威力は一撃を以て相手を絶命させ、軌道上の全てを破壊する。
一撃に特化、集約された1つの究極。それが戦斧なのだ。
ヴェイングロウは白銀の斧を翻し、舞い上がった光の粒を払い除けた。
「私が何の為にここまで温存していたと思ってる。クククッ。そのボロボロの体でどこまで保つかな? ゴルディーク!」
寸分違わず眉間を狙ってきた矢を切り払い、さらにヴェイングロウはゴルディークが態勢を立て直すより早く斧を振り降ろした。
刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。
「グオォ……ッ!」
ゴルディークは振り上げた剣の刃を空いていた手で支えた。
手に刃が食い込むが、そうでなければこの重さに剣ごと体を縦に割られていただろう。
すぐさま剣を横に一閃して反撃に打って出るが、ヴェイングロウは既に後ろに飛び退いて刃は空を切った。
「甘い!」
絶大な攻撃力の代償として、その重量故に大きな隙を生じる戦斧。
だが、ヴェイングロウは飛び退き様に斧を引き、刃を空振りさせると魔法の刃を飛ばしてきた。
斧の短所を遠距離攻撃で補っており、さらにすぐ振り回して追撃してくる。
「ヴェイングロウ……!」
「今や私も70レベルだ。万全だったらわからなかっただろうが、こうなる事も想定済みなんだよ! お前もだ。サモナー!」
鍔迫り合いをしている2人の死角から、アスタルテが矢を番えていた。
「……ぐ……!」
だが、ヴェイングロウはゴルディークを押し退けると、手にした戦斧の柄でアスタルテを殴りつけた。
「この程度じゃ、まだ私の勝ちは揺るがないぞ?」
腹を突かれ地面に転がるアスタルテ。
ソーサリーブレイドと戦っていた魔獣の1体がそれを察知し、敵に背を向けた。
なりふり構わずアスタルテを庇う様にヴェイングロウの前に立ち塞がるも、斧に叩き割られ絶命した。
ゴルディークとアスタルテの2人を同時に相手取り、さらに魔獣を倒しながらも平然としているヴェイングロウ。
敵の領主を担う実力は伊達ではない。
「隊長。提案があります」
「……聞こう」
アスタルテがヴェイングロウを視界に捉えたまま囁く。
ゴルディークはそれに耳を傾け、少し逡巡すると了承した。
「何をコソコソしてる? 当ててやろう。そこのエルフを囮にしてゴルディーク、お前が隙を突いて私を倒そう、なんて腹だろう?」
ヴェイングロウは嫌らしく口角を引き上げ、戦斧を肩に預ける。
2人は返事をせず、駆け出した。
即座にアスタルテが弓矢を構え矢を放つ。
「ハハハッ! 無駄無駄!」
ヴェイングロウが戦斧で矢を防ぐ。そして返す刃でアスタルテに狙いを定めた。
しかし、すぐに様子がおかしい事に気付いた。
「ぐあああ!!」
少し離れた場所で叫び声が上がった。
ヴェイングロウが視線を向けると、魔獣と拮抗していたソーサリーブレイドの1人が崩れ落ちた。
そして、舞い上がる光の粒の向こうには剣を払い、新たな獲物を求めて走り出すゴルディークの姿があった。
わずか一瞬。視線を逸らしたその瞬間、ヴェイングロウの肩口に1本の矢が突き刺さった。
「クククッ。まさか……お前1人で私の相手をしようというのか……?」
ヴェイングロウは視線を戻すと片手で無造作に矢を引き抜き、握力でへし折った。
その視線の先にあったのはたった1人、次の矢を弓に番えるアスタルテの姿だった。
「そうですね。退屈はさせないと約束します」
余裕を見せるヴェイングロウだったが、その耳に再度断末魔の声が届いた。
「隊長が一仕事終えるまで、私に付き合っていただきます」
戦場には不似合いな、静かな声でアスタルテは微笑んだ。
次回投稿は10日午後8時予定です。
戦いもいよいよ佳境に差し掛かって参りました。
いつも文章を作る時は無音で書いてるんですが、推敲する時は逆に音楽全開で進めています。
BGMがあった方がより作品の世界に入り込めるんですよね。
今回みたいに激しい戦いの時はやはりゲームやアニメの戦闘曲をヘビーローテーションしてます。
今回はロマサガ リ ユニバースのボス戦。疾走感ある激しくもどこか切ない旋律が良い……。
前回のダークルーラー戦は艦これの「シズメシズメ」。あの初っぱなから爆発するイントロと重低音。ワルそうな雰囲気。大好きです。
ミケが活躍する時は鉄血のオルフェンズやフェイトアポクリファのメインテーマみたいな力強い曲が多いです。
くっ。自分に音楽の才能があればキャラごとのテーマ曲を作ってヘビロテするのに……!
次回第35話『アスタルテ』
お楽しみに!