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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第4章・侵攻クエスト 剣戟の攻城戦
30/87

30・開戦

 25話で通常PKされた場合のペナルティを追記しました。


 27話と29話で少しゴルディークの装備について加筆しました。

 防御職としては攻撃的な装備構成への言い訳みたいなものですが。

 回復が完了し、私達は丘陵地帯を進んでいる。


 白ローブことアスタルテが翼竜に乗り、上空から地上を見下ろしていた。

 黒い鱗に覆われた小型のドラゴン「ワイバーン」だ。小型と言えど翼を広げれば人ひとりを乗せて飛ぶ程度の大きさは十分にある。

 夕陽に照らされた大地にその大きな黒い影を落としながら、空を羽ばたく。


 上空から丘の影に伏兵がいないか調べながら部隊を進めている。同時に迷路の様に入り組んだ谷間の道順を見る為だ。

 使役する魔獣もスタミナが半分を切ると高度を維持できなくなり、機動力も格段に落ちるようだ。なので丘を飛び移りながら移動していた。


 他の丘からもいくつかの人影が空に舞い上がった。

 鳥人族のメンバーだ。アスタルテのワイバーン同様刻む様に丘から丘へと渡っている。


 私達は上空の偵察組の指示を受けつつ谷間を進んでいく。

 行軍中、もう奇襲はなかった。

 やはりあれは偵察がメインだったのだろう。これはある程度想定してあった事で、だから即時対応できたのだ。前哨戦としては1人の死者もなく、まあ良好な結果だった。


 歩いている最中、私はその戦いを思い返していた。


 部隊長のゴルディーク。

 奇襲への状況判断。オートシールドがあるとは言え、ほぼ全ての攻撃を剣と腕に装着した盾で撃ち落とす技術は凄まじいものを感じた。

 他のパーティメンバーや50レベル台のプレイヤーがレベルによる力押しであったのに対し、プレイヤーとしての技術の高さを窺わせる。


 ルクスはともかく、ベイブ、スフィアル、リラの面々も瞬時に対応、応戦していた。

 降り注ぐ攻撃を連携して防ぎ、隙を見て反撃を放っていた。おかげで私は無傷だったよ。ありがとう。

 特にベイブ。矢と同等の速度で迫る火球を大剣で防ぐのみならず、正確に打ち返す技術には驚かされた。やはり普段からの振舞いからも、並みのプレイヤーとは一線を画すものがあると思えた。


 とはいえ、ゴルディークといいベイブといい、装備に重量と必要魔力量以外の制限が無いせいか、やや攻撃的な構成になっているのは防御職としてどうなんだろう。

 ベイブも大剣を両手で握って使っているし、盾は申し訳程度に左腕に固定してある小さなものだけだ。

 大剣自体を盾としてシールドディフェンダー専用スキルで衝撃を緩和しているみたいだけど、どうにもそれだけじゃない気がする。


 そして、私達の前方にいたべリオン。

 2振りの剣による二刀流。左右共に黒で統一された長剣。その刀身は先端までカギ爪状の刃が並んで、ノコギリの様相を為していた。

 その刃にはひとつずつに血抜きの溝が彫られ、そして研がれた刃には朱色の彩りをわずかに黒の中に添えている。

 鍔から柄にかけて牙の様に湾曲した刃がナックルガードの役割を担う。

 禍々しい外見だが、見た目と違い切れ味は悪くなさそうだった。


 ベリオンは自らに向かってきた攻撃のみを紙一重でかわし、その刃で魔法を切り裂いていた。

 敵の攻撃を己の技で迎撃するのはゴルディークと同様だ。

 荒れ狂う嵐の様な攻撃と、反面繊細さを持ち合わせた技術。オートシールドも無しに無傷で回避し尽くしたその技量は、正直ゴルディーク以上だった。

 それもパーティメンバーのモブ達と談笑しながらだ。まだ実力の底が見えない。


 こうして私が見ていたのも気付いていたのか、いないのか……。



「ここだ」


 ゴルディークが歩みを止め、唸った。すぐ後ろを歩く仲間達が武器を持つ手に力を入れていく。

 丘陵地帯を越え、私達は広くなだらかな上り坂に出た。十数人が横に並んでも十分な広さがある。

 坂は丘陵地帯に囲まれた、一際高い山の尾根に繋がっていた。


 そして、金色のアイコンはその頂上、西日に照らされた石造りの建造物を指していた。

 私達はついにリグハイン砦の中枢を一望できる場所に立ったのだった。


 ゴルディークが砦を背に、こちらを振り返った。


「長い道程、ひとりも欠ける事なくよく付いてきてくれた。

 道行き次第では途中で死ぬ事もあるだろうが、残された者はその死すら糧にして前へ出ろ。

 ここまで言わずとも、この場にいる皆なら分かっているものだと思う。戦好きの物好き諸君ならば。

 ならば、生きても死んでも……皆、悔いなく戦えッ!

 存分に楽しんで勝とう!!」


 ゴルディークが吠え、敵の待ち構える砦に向けて両手の剣を高々と掲げた。

 後ろに続く全員が沸き立った。


「「「ウオオオオオッ!!!」」」


「やってやんぜぇ!」


「フルボッコだぁ!」


「経験値袋だぜヒャッハー!!」


「……ちっちゃいは、悪くない!」


 私も拳を突き上げ叫んでいた。

 ちっちゃいはステータスだ。愛でるべき個性だ。誰にも文句は言わせない。

 ふっ。どうやら私もいつの間にか訓練されたゲーマーになっていたようだ。


「では総員。全力で突撃せよ!」


 ゴルディークが大地に足を踏み出す。そして地面を蹴り、烈火の如く駆け出した。

 全員が雄叫びを上げながら武器を掲げ、それに続く。

 誰も彼もが声を上げて全力で走る。振り上げた拳に高ぶる感情を表現しながら。皆嬉々としてこのゲームを楽しんでいるのだ。

 私も。



 この山は頂上を中心に東西と、ここ北の三方へと尾根が広がっている。


 正面、北から先頭はゴルディークのパーティが先行。その後ろをベリオンのパーティと、レベルが高い順に続く。

 総勢13パーティの本隊だ。


 別動隊として、2組の50レベル台のパーティがそれぞれ西と東の尾根へと回り込んで包囲しに行く作戦だ。それぞれ6パーティが挟撃する。

 戦力は分散してしまうが、120人が力を十全に奮うには尾根の幅が狭すぎる。

 それでも十分な人数はある。東西から逃げ道を塞ぎ、あわよくば数に任せて押し潰しにかかる事もできる。


 そして、北の本隊が正面から敵本陣を攻略する。

 この北側の尾根が最も広く、敵本隊も待ち構えているならここしかない。

 故にここに最大戦力を投入する。ここが、決戦の舞台だ。


 敵の総数は不明だが、こちらより少ないと想定している。

 もし互角に近い数がいるならば、先程の丘陵地帯で決戦を仕掛けて来ていてもおかしくなかった。

 しかし、あくまでも偵察に終始したというのはそういう事なのだろう。

 それでも確証はないが、今ある情報だけで足りない分は想像で判断しなくてはならない。


 3つの隊には鳥人族を分散して配置しており、空から状況の把握を任せている。

 それと、本隊の中から予備隊として5パーティが後方待機している。

 レベルが低いパーティで、状況に合わせて各分隊の応援や物資の運搬などが主な仕事だ。20レベル台で登録してある私達もその中だ。


 ゴルディーク達がまっすぐ坂を駆け上がると、切り立った急な断崖が坂を塞いでいた。

 綺麗に整えられた人工的な急斜面――切岸だ。切岸には草木がなく、土も硬く固めてある為登る事は難しい。

 どうやらこの砦は主に土を加工した、かなり原始的な城塞のようだ。地形そのものの特徴を最大限活かした加工が施されており、その造りは地形と人の手の両方が一体となって私達を阻む。

 石を使った建造物は最奥の建物だけのようだ。


 そしてその切岸の上は広場の様になっているのだろう。ズラリと敵兵が横に並んでいるのが視界に入ってきた。

 その多くは頭の横に角が突き出ている魔人族だ。


 魔人族は筋力と魔力に極めて優れた種族だ。属性値も全てが平均以上あり、特に闇属性は全種族最高値を叩き出している。

 反面体力と、特に聖属性が低い。それ故回復魔法が使える者はこちらと比べて少ないと想定される。


 その攻撃に特化した種族が、断崖の端に積み上げた土塁の上から弓矢や魔法の準備をして待ち構えていた。


「来るぞ!!」


 ゴルディークが叫ぶと同時に敵の放った攻撃が雨の様に降り注いだ。


 一瞬で前線は火と雷、矢と土煙の渦巻く嵐と化した。

 叫び声を上げて尾根から足を踏み外し、両脇の谷底に落ちていく者。無数の矢で針ネズミの様になってしまった者や火ダルマと化してがむしゃらに転げ回る者もいる。


「やりやがったな!」


「お返しだゴラァッ!!」


 それでもこちらの勢いは衰えない。むしろ良い具合に気合いが入ったようだ。

 反撃の魔法が土塁ごと敵を吹き飛ばす。必殺技で閃光と化した矢も次々土塁を突き破り、虫食いの様にその壁ごと奥の敵を抉り取っていく。



「うわ、すっげぇ」


「出番が来るまでヒマだな」


「では今のうちに腹ごしらえをしておこう」


「あ、じゃあサンドウィッチ食べる?」


 一方、後方の私達は呑気なものである。

 みんなでリラの取り出したバスケットから、美味しそうなサンドウィッチをいただく。


「むふふ」


「どうしたん? 変な笑い声上げて……」


 語尾に「キモい」って付けながら、ルクスが眉をひそめた。失敬な。

 私は気にする事なくアイテムボックスからアップルパイを取り出した。


「わあっ! 美味しそう!」


 リラもやっぱり好きなんだ。立ち込める甘い香りに歓声を上げていた。

 実はさっきのコーヒータイムにお土産にアップルパイを少し包んでもらったのだ。


「みんな。どうぞ」


 私はそれをリラのバスケットの隣に並べた。


「うわ美味そう! じゃ、俺もこれ」


 そう言ってルクスもアイテムボックスからポットを取り出し、白いカップに温かな紅茶を注いでいく。ほのかに甘く落ち着いた香りが届いた。


「いい香り……」


「だろ?」


 私が目を閉じて息を吸い込むと、ルクスが自慢気に笑った。


「相変わらず紅茶だけは妙に美味いんだよな。お前」


「まぁね。紅茶にだけはこだわりがあるのさ!」


 いつもの様に胸を反らすルクス。

 眼鏡を直し、スフィアルもカップを手に取って香りを堪能していた。


「では、いただこう!」


 ベイブももうたまらんとばかりに手を伸ばした。

 みんなそれぞれ食べ物を取り出して並べていく。

 前方で鳴り響く爆発音を肴に、私達はしばしこのゆったりした時間を楽しんでいた。



 しかし、被害は地の利を取られているこちらの方が大きい。

 前衛を務めるゴルディークら高レベルメンバーが攻撃の大半を引き受けているとはいえ、このままではじり貧だ。


 その時、先頭に動きがあった。

 徐々に切岸の右に進行方向を変えている。

 どうやら道があるらしい。切岸を回り込む様に1本の細い道が通っているようだ。

 切岸の真下には沿う様に堀が設けられており、下から攻撃がしにくい工夫がなされている。

 道を挟んだその反対側は深い谷底。道は人一人が通れる程度の細い幅しかなかった。

 切岸を大きく回り込み、その背後付近にようやく敵の拠点となっている広場――曲輪に登る入口があるようだ。


 だが、この道は渡っていく過程全てで、敵の攻撃に囲まれる造りになっている。

 左手にはこれから乗り込まんとする曲輪からの妨害。さらに、正面上方にも足場が張り出しており、左と正面2方向からの遠距離攻撃にさらされながら渡っていかなければならないのだ。


 後続が崖上へ反撃を打ち上げて援護しているが、ゴルディーク達をもってしてもその歩みは遅々として進まない。彼らも攻撃を防ぎながら応戦していた。



「おっと。そろそろ出番かな」


 ルクスがサンドウィッチを食べ終え、カップに注いだ紅茶を飲み干した。満足気にホッと息を吐くと、ゆっくりとカップをアイテムボックスに仕舞う。緊張感の欠片もないな。

 まぁ、私も堪能してるんだけどさ。

 サンドウィッチは手作りらしい。今度リラに作り方を教えてもらおう。


 前線で負傷した者達が後退してきた。

 彼らが回復するまで、私達とバトンタッチだ。


「ミケ。離れるなよ」


「すぐ行く」


 ルクスに呼ばれた。皆も既に戦闘態勢だ。

 ルクスとべイブが前衛。後衛はリラとスフィアル、そして私だ。

 私は前衛の補助に徹して様子を見る事にした。初めての侵攻クエストだしね。


「よっしゃ! いっちょ暴れるとしますか!」


 ルクスが弓を構えると、それを合図に私達は駆け出した。


 私達は坂を駆け登り、切岸の前にたどり着いた。

 下から見上げる断崖は想像していたより高く見えた。実際剣や槍ではとても届く距離じゃない。


「ぬんっ!」


「セイントウォール!」


 降り注ぐ攻撃をべイブが大剣で弾き飛ばし、リラの作り出した光の壁が受け止める。


「今だよ!」


 光の壁に手をかざしながら、リラが叫んだ。


「おうよ!」


「任せろ! ランスエクスプロージョン!」


 ルクスの放った矢が敵の1人の眉間に突き立つ。

 スフィアルの作り出した炎の槍は土塁ごと敵を貫き、槍自体を爆弾とした大爆発が複数の敵を空中に巻き上げた。

 ちょっと戦果に差があったせいか、誇らしげなスフィアルを見ながらルクスは悔しげに口を尖らせた。


「ようし。見てろよ! スプレッドレイン!!」


 ルクスは矢を番えると、敵の遥か頭上へと放った。

 狙いを外したのかと思いきや、ルクスは不敵な笑みを浮かべていた。

 ルクスが放った矢を目で追うと、敵の頭上を越えた辺りで矢が輝き始めた。


「食らえ!」


 瞬間、矢が弾け無数の光の雨となって、ひしめいているだろう敵の真っ只中に降り注いだ。断崖の上から多数の悲鳴が聞こえる。

 ルクスはこちらを振り返り、得意気にニヤリと笑って見せた。


「クッソ! 今の誰だ!」


「アイツだ! あのマヌケなツラした小僧だ!」


 切岸の上から次々と敵が顔を覗かせる。どうやらご立腹の様子だ。

 拡散した分威力も分散してしまう攻撃だったらしい。おかげでダメージよりむしろ怒りを買ったみたいだ。


「やっちまえ!」


「うっそ! やべっ!」


 ルクスに攻撃が集中する。

 次々とすぐ側に爆炎が着弾し、飛び散った破片でダメージを負うルクス。


「ルクス大丈夫!? セイントウォール!」


 すぐさまリラが側に寄り添いルクスを回復させ、続けて防御魔法を展開させる。

 ルクスは少し調子に乗りやすいのが珠に傷だ。


「ルクス。無茶しない。私もこれくらいしかできないけど……」


 私はフォース、ビルド、スピリットの魔法をかけ直す。

 一応パーティのみんなには私の強化魔法をかけてある。リラが回復に専念できる様にする為、私は支援に専念する事にしたのだ。


「あ、あの野郎……。かわいい女の子達にちやほやされやがって……! 殺すッ!」


「許せん! 万死に値する!」


「おい! 魔法使えるヤツ! 爆裂魔法用意しろ!」


 あ、ルクスへの攻撃が増した。続々と敵が増員されていく。

 でも、私達から離れると今度は飄々と避けていくルクス。さっきと動きのキレが違う。

 あとかわいいって言ったやつ。お前は後回しにしてあげる。


「ヒュージフレ……ぎゃあああ!!?」


 突如上の一角を様々な攻撃が襲い、爆発が起きた。

 一部の攻撃がルクスに向かったおかげで、他方への警戒が弛んだせいだろう。

 周囲の味方がルクスを狙っていた敵めがけて攻撃を集中させた。


 これを契機に敵の戦線は崩れ出した。

 こちらからの攻撃に対処できなくなり、皆土塁の奥へ退がっていく。

 ルクスはペロリと舌を出して笑っていた。あ、ワザとだな。コイツ。まったく大したヤツだ。


 その時、別の戦場で激しい激突音が鳴り響いた。

 切岸の上で何かあったようだ。


「重腕のゴルディークだぁ!!」


 叫び声と同時に何人かの敵兵がバラバラと切岸から落下してきた。

 既に致命傷を負っていたようで、地面に激突する前に光の粒となって消滅していった。


 ゴルディークが無事道を渡りきり、曲輪へと侵入したのだ。

 次回投稿は13日午後8時予定です。


 さて、いよいよ開戦です。

 リグハイン砦中枢の山は日本のある山城を参考に作りました。形は分かりやすい様にかなり簡略化していますけれど。


 これから怒涛の戦闘回が続きます。度重なる戦いに、胸焼けする心の準備をお願いします。


 次回第31話『三の曲輪攻略戦』


 お楽しみに!

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