3・始まりの町アルバ
風が、ある。
光が収まると、私は立っている地面が土である事を感じた。
天を仰ぐと、青空には温かい太陽が輝き、白い雲がゆっくりと流れていた。
時折感じる風には草木の青い香りが含まれている。
私は目を閉じ、深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。
まともに息をするだけでもずいぶん懐かしく感じる。ずっと命を繋ぐ事すら自力でできず、機械に頼る生活を送っていたのだ。
目を開くと視界に映る情報を整理し始めた。
ここは小さな町だった。
木でできた古い建築様式の家がまばらに建っており、街道沿いには所々大きな木が生えている。地面も現代の様に舗装してある訳でなく、剥き出しの土が踏み固められたものが道となっていた。
しかし、私の様に新たにこの世界にやって来た人々を歓迎する為か、多くの屋台が店を構えていた。どこも色鮮やかなノボリや看板を掲げ、飾り付けられている。とても賑やかなお祭り騒ぎであった。
町の名前は『アルバ』というらしい。
私達プレイヤーが最初に降り立つ、始まりの町だ。
周囲には私と同じく初めてこの世界に訪れたプレイヤー達が走り回っていたり、屋台を覗いたりしていた。
時折鎧兜を身に付けている剣士や、怪しげな紋様の描かれたローブをまとった者を見かける。多分あれは魔法使いなんだと思う。
やはり世界観はファンタジーで間違いなさそう。
ようやく長かったキャラクターメイクが終わりゲームの世界に降り立った。本当に別の世界へと旅行に来たみたいだ、と改めて実感した。
ミケ……。名前ミケ……。
……ネコじゃん。
お姫さまから畜生道にブチ込まれた。どうしてこうなった。周りの人達はきっといい名前にしたんだろうなぁ……。
洋服もオシャレだし。
……服ッ!?
そういえばさっきまでほとんど下着同然の格好でキャラクターをいじってたんだった。あの格好で人前に出るのはレディとしてあるまじき行いだ!
しかし、いつの間にか身に付けている服装は、外に出ても問題ない普通の服になっていた。
色はベージュのシンプルなTシャツとスカート。所々髪と同じエメラルドグリーンのアクセントが入っている。
民族衣装みたいな模様が施されたオリエンタルなデザイン。普通に古着屋とかに売ってそうなオシャレな服かも。
スカート丈は膝くらいまであり、靴も飾り気のない平たい靴。
周りにも同じ様なデザインの服を着た人達がいっぱいいる。どうやらこれが新規キャラクター用の初期装備のようだ。
客観的に見たら「ザ・村娘」な出で立ちで「はい。ここが始まりの町・アルバです」と案内を始めても違和感はゼロだ。
ちょっとクルクル回ってスカートをはためかせてみる。普段スカート穿かないから一度やってみたかった。
ザ・村娘な見た目だが、これからめくるめく冒険の旅が始まるのだ!
軽く体を動かし、シャドーのつもりで拳や蹴りを宙に見舞うと、ウキウキとその場を後にした。
その後、その場にいた周囲の者はポカンと呆気に取られていた。
何人かはそれをマネしようとパンチやキックを放つが、何故か上手くいかず皆首をかしげるばかりだった。
身体が軽い!
久し振りに走っているからというだけではない。このキャラクターの体が戦う為にできているからだと思う。
ちょっとしたアスリート並みの動きはできるみたいだ。私もそこそこ動ける様に感じる。まぁ、以前の8割くらいかな。
そのまま町を飛び出し、草原に躍り出た。
青々とした草花が覆い繁り、風に吹かれて広大な緑の絨毯が一斉に波打つ。
青い薫りに混じってかすかに花の甘い薫りが鼻腔をくすぐる。
一面の緑の中に時折灰色の大きな岩が頭を覗かせ、目印の役を買っていた。
視界の果てまで続く草原には一本の街道が真っ直ぐどこまでも続いている。
私はその街道の始まりに立っていた。
「おぉ……。いい景色」
世界が広い。
あの退屈な白い病室に閉じ込められて以来、夢にまで見た外。
あふれ出る喜びに身を委ね、この果てしなく広い草原の景色を私は噛みしめた。
草原と同じ色の髪を風が撫でていく。なびく髪を押さえると、自然と笑顔がこぼれた。