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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第4章・侵攻クエスト 剣戟の攻城戦
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28・空白地帯とコーヒーの香り

 グレイドッグの町を発ち、森を南下する。


 立ち塞がる木々。うねる木の根と積み重なって腐った葉。

 曲がりくねった樹木がどこまでも続き、枝々に繁った葉が空を埋め尽くしている。そのすき間からはまぶしい木洩れ日が覗いていた。


 先程、侵攻クエスト開始前までは夕方の日暮れ前だったはずが、開始の鐘が鳴った直後に空は正午の明るさを取り戻していた。

 すごく明るい。どうやら侵攻クエスト期間中は2時間ごとに昼間、夕方、夜と急速に移り変わっていくらしい。

 この前線地帯は領土ごとに様々な地形となっている。森林に荒野、山岳、湿原、他にも多数の環境が存在していて、これまた昼夜と多種多様な戦いが楽しめるという。


 足場の悪い地面だが、25パーティ、およそ120余人の軍勢は苦もなく駆け抜けていく。

 先頭は50レベル台の魔法職だ。これから戦いを控えている為、出現するモンスターの露払いを担当している。


 消耗すると回復手段に乏しい装備品を温存し、魔法で一気に殲滅しながら進む。MPは自動的に少しずつ回復するからだ。

 この地域は30レベル台のモンスターしか出現しないので、戦いはすぐに終わる。


 グレイドッグからリグハイン砦までの距離は30km程ある。途中いくつかスタミナ回復の休憩を挟む為、片道およそ3時間くらいかかるそうだ。

 今回、クエスト期間の半分が移動に費やされる事になる。

 攻城戦はそこから決着まで平均して約2時間前後だそうだ。


 孤立した領土であるリグハイン砦。

 ここから他の領土を攻めに行く敵オフェンスはないと推測されている。どこを攻めるにも離れすぎている為だ。それなら他の近くの領土から出発すれば済む。

 同様に私達の到着後に援軍を呼ばれても侵攻クエスト終了まで間に合う事はない。

 その為リグハイン砦の軍勢は専守防衛に徹し、予め多めの兵力を擁している。と、予想されている。


 グレイドッグの総兵力は55パーティ。約270人だった。

 グレイドッグの町にはディフェンス10パーティ、50人が守備に残る。

 それから私達以外のオフェンス部隊20パーティ、100人がまだ待機している。

 本来ならオフェンスはこのくらいの人数らしい。グレイドッグの東に隣接する敵領へと出撃する部隊だ。

 私達より1時間半後に出発し、そこからさらに1時間半で到着するとの事だ。


 クエスト期間が6時間と長いので、通常序盤は互いに守りに入り、主な戦闘は後半から終盤にかけてになるそうだ。

 それまではログアウトして休憩など、各々寛いでいるらしい。長いと思っていたけど、あくまで6時間は開催期間であって、全てをクエストに費やしている人ばかりじゃないみたいだ。


 西に神聖王国陣営、東に魔王軍陣営の領土が広がり、グレイドッグなどの前線地帯で衝突している。

 侵攻クエストでは互いにその隣り合った領土同士で戦う事がほとんどだという。


 一応、お互いにオフェンス同士が遭遇しない様に進む。まぁ、運次第なので祈りながらになるんだろうけど。

 ここで戦うと、攻城戦に必要な戦力が無くなってしまうからだ。


 本来ならさらに遊撃隊として10パーティ程が組まれる。だがリグハイン砦攻略に人員をつぎ込んでいる為、隣の自領土が出す隊と兼用になるそうだ。

 他の領土では大体オフェンス20パーティ、ディフェンス10パーティ、遊撃隊10パーティの総勢力40パーティが派遣される。

 2部隊のオフェンスを擁するグレイドッグは例外と言える。


 リアルの戦争では城を奪い取るのに、籠城する勢力の数倍の軍勢が必要になるのが普通だ。

 しかし、プレイヤー自体が強力な兵器同然のこのゲームではそこまでの差はなくなっているという。それでも籠城側の戦力は5割増くらいと見積もっていいそうだ。


 そこで遊撃隊を活用し、オフェンスの増援に送るという手段もある。

 またはそれを読んで後詰めとして防衛に充てる事もできる。

 遊撃隊は互いの領土の中間程、どちらにもおよそ1時間で駆け付けられる位置に待機させるらしい。メッセージは送れるので、状況に応じて動いてもらえる。

 その他、遊撃隊を分割したり、オフェンスとディフェンスの配分を変えたりと臨機応変な駆け引きも決着を左右するカギとなる。


 まぁ、遠くにいる私達にはあまり関係ないんだけどね。



 しばらく走った所で景色が一変した。

 ずっと緑一色の森林を駆け抜けてきたのに、徐々に木々が減り、やがて草木一本生えていない荒野になった。

 グレイドッグの領土から出たのだ。


 ここから先はどの陣営の領土にもなっていない空白地帯。

 白と茶色の乾いた土。ひび割れた大地が地平の向こうまで続いている。

 砂漠は砂地より岩場の方が実は広いんだって聞いた事がある。そんな事を思い出しつつ、時折切り立った岩場や断崖を迂回しながら私達は走り続けた。


 地平線の果てまで広がる青空。その下を少し進んだ所で部隊は足を止めた。

 最初の休憩だ。こんな時と場所でなければいいピクニック日和なんだけどな。


 森から荒野と、地形を替えながら約10km程走っただろうか。

 足場が悪い中、全員が40分と少々で走り抜けたペースは悪くないと思う。

 休憩は15分程取らねばならない。スタミナ値が減ったまま戦闘に入っては全力で動けず、満足に戦えないからだ。

 特に私みたいな低レベルの残念キャラは真っ先にスタミナが尽きる。

 実際、私は集団の最後尾に少し遅れて休憩地点に到着した。もう少しでスタミナが尽きる所だった。危なかった。


「戦う前からこれで大丈夫かよ?」


 呆れてため息を吐きながら、ルクスが私を見る。

 そう言いながら走ってる最中ずっと付き添ってくれていた。


「……うん」


 まるで優しい上級生に面倒を見てもらっている下級生みたいだ。小学生か。

 なんだか情けなくて泣きそうになってきた。


「大丈夫。スタミナ回復するまでゆっくり休んでて。私、ちょっとログアウトしてくる」


 リラの笑顔が眩しい。

 今はお言葉に甘えてしっかり休ませてもらおう。私は大地にへたりこんだ。

 リラは宙を指でなぞるとウインドウを表示させ、触れる。

 すると、リラの姿が光の粒となって消えていった。


 侵攻クエストは長丁場だ。時折ログアウトして休憩を取る事も必要だ。

 あまり長時間のログアウトは最後に訪れた町まで自動的に戻されてしまう。だけど、1時間以内ならログアウトした場所から再開できる。


 というか、この遠いリグハイン砦に向かう部隊はかなり本気のプレイヤーばかり揃っているという事なのかな。

 こんな遠くにまで走り、長時間ログインし続けるなんて余程時間に余裕がある人じゃないと厳しいだろう。

 私はルクスを見上げた。


「ふっ。こんな事もあろうかと、普段から成績下げない様に勉強がんばってるんだぜ」


 あ、やっぱり学生なんだ。

 そういえば、お前私に時間の余裕があるか訊かなかったよな。まぁ、あるんだけどさ。まさかニートだとか思われてるんじゃないだろうな。


「遅かったな」


 スフィアルがこちらに歩いてきた。

 ぶっきらぼうに言うスフィアルだけど、ずっと集団の最後尾でこちらの様子を心配そうに見ていたのを知ってる。


「おう。ベイブは?」


「先頭」


「だよな」


 ベイブは先頭集団に混ざって走っていたみたいだ。

 と、そのベイブが手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。いい笑顔だ。運動してサッパリした感じだ。


「ただいま!」


「おかえり。ベイブ。どうだった?」


「この空白地帯はモンスターが少ないな。時折遠巻きにこちらを見ているものが見受けられたくらいだぞ。やはり噂通りかも知れない」


「やっぱりそうか……」


 ベイブの返答にルクスは何やら考え込む様子だった。

 何の話だろう。


「噂……?」


「ああ、ここがまだどこの陣営の領土にもなっていない空白地帯なのはわかってるよな」


「うん」


「で、その空白地帯を領土にするには、その地域に出現する主『ジオビースト』を倒す事でそこに町を作る事ができるようになるんだ。

 そのジオビーストなんだけど。出現するのがどういった条件なのか、領土ごとにまちまちなんだよね」


 この果てしない広さの土地の中でそれを調べるのか。考えただけで気が遠くなりそうだ。


「……モンスターが少ないのと、そのジオビーストが関係ある……?」


 私は首を傾げながらルクスを見た。


「まぁ、俺もまだよくわからないけど、モンスターの異常行動はジオビーストと関連性がある場合が多いみたいだし。たぶん近い内にここは領土になると思う」


 そうなればリグハイン砦に隣接し、侵攻しやすくなる訳か。

 でも、それだけならここを獲った後でリグハイン砦に攻め込めばいい。

 では、何故今回攻め込むのか。急ぐ理由が他にある?


「で、同様にリグハイン砦の北東側の空白地帯はもうほとんど条件がわかってるらしい」


 北東の空白地帯は魔王軍陣営の最前線に隣接している。

 もし、そちらが魔王軍陣営に取られたら、これまでと違いリグハイン砦に敵の援軍が来れる様になってしまうのか。

 ならば、恐らく今回がリグハイン砦攻略の最後のチャンスになるのだろう。

 今回リグハイン砦攻略に失敗した場合、北東の地とリグハイン砦。最悪北西に位置するここも全て魔王軍の手に落ちる事になるかも知れない。

 だけど、リグハイン砦を獲ればこの地域一帯全て獲れる可能性が高くなるのだ。

 少し、今回の戦いに挑む心構えが強くなった気がした。



 ルクス達も各々休憩に消え、私1人になった。

 ふと、そんな事を考えていたら、どこからか芳ばしい香りが漂ってきた。

 この荒野に似つかわしくない良い香りに、思わず鼻を動かす。私はフラフラとその香りに誘われて歩き出していた。




  そして、私がたどり着いたのは――


「……ふう。やっぱりコレが一番落ち着くわぁ」


「こっちでもなかなか良い豆が手に入ったのでな。多少、満足のいく出来になった」


「でも、まだまだって顔ね」


「ふむ。野生種でここまでのものがあるのならば、まださらに良い物もあるかも知れん。とりあえずいくつか種として持ち帰ったものもある。栽培可能ならしてみるつもりだ」


「そうね。今回の侵攻クエストが終わったらようやくできる様になるわね」


「ああ。それに、俺の方でも色々試してみたい事もあるしな」


「ふふっ。それは楽しみね」


 香りに誘い出された先で、ちょうど部隊長のゴルディークとそのパーティメンバーらしき女性が岩に腰を下ろして寛いでいる所に遭遇した。

 他の仲間達は休憩中だろうか。2人だけだ。

 2人共手に白いマグカップを持ち、どうやらこの香りはそこから漂ってきているようだ。黒く輝くコーヒーからは温かな白い湯気が昇っていた。


 私が鼻を動かしながらフラフラ近付いていくと、ふとゴルディークと目が合った。


「あ……」


「む……?」


 お互い言葉が出て来ない。私は口下手だし、向こうは突然やって来たこの変なヤツを怪訝そうに窺っていた。


「あらあら、いらっしゃい。コーヒーお好きかしら?」


 言葉が出ず固まっていたら、隣の女性が声をかけてきてくれた。ふんわりとした笑顔の柔らかな人だ。

 水色の紋章が描かれた白い法衣をまとっている人族の女性。

 後ろで結い上げられた明るい水色の髪には金色の髪留めが着けられている。

 側に水晶で作られた杖を置いており、髪色と同じ淡い輝きをゆらゆらと地面に映し出していた。


「あ、はい」


 咄嗟に肯定しまったが、そういえばコーヒーって習慣にする程飲んでなかったな。

 私は毎朝いつも牛乳だ。まだ伸びるって信じてる。

 だけどこの胸を満たす良い香りに、私の好奇心はすっかりくすぐられてしまっていた。


 私の返事に気を良くしたのか、女性はゴルディークに目配せする。

 ゴルディークはそっとアイテムボックスから新たに1つマグカップと、ポットを取り出した。

 そして、そのマグカップに静かにコーヒーを注いでいく。アイテムボックスの中は時間が止まっているようで、黒く透き通った表面から熱々とした湯気が立ち昇った。


「熱いぞ。気を付けろ」


 ゴルディークはそのコーヒーの注がれたマグカップを私の前に差し出した。


 近くで見るとその体格は遠くで見たよりずっと大きく感じる。座っているのに立っている私の視点とほとんど変わらない。

 ガッシリした顔つき。黒い縞模様の刻まれた頬と、短く揃った白い顎髭。トラの獣人族というのもあってかかなりの強面だ。

 分厚い手甲と籠手を装備している大きな手。にも関わらず、カップを持つ手からは小さな物音1つしない。

 力強い手だけど、カップの扱いはとても繊細だった。


「いただきます」


 私はマグカップの取っ手を掴むと、口元に運んだ。

 ふわりと芳ばしい香りが広がる。カップに口を付け、熱さに気を付けながらチビチビと、やがてクイッと一口飲んだ。


 思ってたより苦くない。コーヒーを飲み慣れない私でもとっても飲みやすい。

 口に含んだ瞬間、遠くから感じていたのとはまた違う香りが鼻腔を通り抜けた。コーヒーらしい芳ばしい香りだけじゃなく、キャラメルみたいに少し甘い感じもする。

 このまったりとした、しかし後に引かない甘さと、ちょっぴり添えられた小さな苦味。

 コクリと飲み込むと、一転爽やかな酸味を感じる儚い後味。

 それらが混じる事で作り出している、この複雑で華やかな味わい。


 端的に言うならば。


「美味しい。すごく」


「……そうか。良かった」


 ゴルディークは大きな体で身じろぎすると深く岩に座り直し、呟く様に1つ深い吐息を漏らした。


 そう言えば、豆の種類や煎り方でコーヒーの味は変わるって聞いた事がある。

 砂糖やミルクは入っていないと思うんだけど、これをコーヒー本来の味だけで表現してるのか。なんだか凄いな。


「これは……隊長が?」


 表情は変わらない。厚い眉の下から鋭い視線をまっすぐ私に向けている。

 そんな眉間にシワを刻んだ強面のままなんだけど、なんだか少し嬉しそうに見えた。

 隣の女性がクスクスと静かに笑った。

 なんだかちょっと意外だ。ストイックに戦いだけに一生懸命な印象だったから。

 でも、そうだな。一生懸命この味を出すのに打ち込んだ様な、そんなまっすぐなコーヒーだった気がする。


「ささっ、こちらもどうぞ」


 女性がアイテムボックスから満面の笑みで何やら取り出した。


「こ、これは……!」


 芳ばしく焼き上がり、艶やかな琥珀色に輝くまん丸の生地。

 網目に重ねられた生地の隙間からは黄金色のリンゴが顔を覗かせている。さらに生地には明るい色のカスタードクリームがたっぷりと塗られ、見た目からもその甘さが伝わってくる。


「女の子はこっちも好きでしょ? 特製のアップルパイよ」


 全く以てその通りだ。大好きだ。おっと、ヨダレが……。

 私は無意識に伸ばしかけた指を窘め、引っ込めようと努力した。無理だったけど。


「いいの?」


「ええ、もちろん。せっかく作ったんだもの。それに、客観的な感想も欲しいのよね」


 彼女が丸皿に乗せられたパイを切り分けると、辺りに焼いたバターの甘い香りが広がった。


 料理もできるんだ。このゲーム。

 聞くと、どうやらフィールド上の植物から採取したり、モンスターを倒した際に食材を入手する事ができるらしい。

 食材を切ったり焼いたりはリアルと変わらないやり方でできるという。もちろん調理道具は必要になる。

 ただ、面倒だという人は自動で切ったり、時間を指定する事で加熱や発酵といった時間のかかる工程を一瞬で完了させる事も可能なんだとか。電子レンジより便利だ。

 その代わり細かい調整はできないので、上級者などよりこだわりがある人は自分の手と五感を駆使してアナログな調理を楽しんでいるんだとか。


 それと、1度作った料理は「レシピ」を保存して、材料さえ揃えれば次回からは自動で全く同じものが作れるそうだ。

 ただ、同じ食材でも入手した場所や時期によって微妙に味に違いがあるそうなので、全く同じ完成品になる訳でもないらしい。

 これも自分で食材と対話しながら微調整しなくてはいけないそうだ。奥が深い。


 ちなみに、食材や料理は使用してもステータスへのプラスは全く無い。

 その代わり、アイテムボックスの使用スペースが通常のアイテムとは別枠となっており、こちらは容量が無限になっている。なので沢山所持していても必要なアイテムを持てなくなるという心配はない。

 食器や調理器具も同様だ。


 焼き上がったリンゴの甘酸っぱい味と、コーヒーの爽やかな苦味はお互い邪魔をせず共に味を引き立て合っている。

 思わずこぼれてしまう笑顔。サクサクとした食感を楽しみつつ、私は流されるままにアップルパイを堪能していた。



「侵攻クエストは初めて?」


 すっかり食べ尽くしてしまった頃、女性はにっこり微笑んだまま尋ねてきた。


「初めて」


 コーヒーの最後の一口を飲み干し、「ほう」と息を吐きながら私は頷いた。


「あまり気負わず楽しんでね。まぁ、私達が言えた立場じゃないんだけど」


 そうだ。そういえば何故この30レベル帯のリグハイン砦には不自然な70レベル台のゴルディーク達が配属されたんだろう。ちょっと気になっていた。


「……隊長達はどうしてここへ?」


 私の問いに、マグカップ片手にゴルディークが口を開いた。


「俺達の行き先、リグハイン砦。孤立した領土であり、周りの空白地帯を手に入れる足掛かりとなる重要な拠点だ。

 だが、どうやらそれだけではないらしい」


「……?」


「あくまで噂で聞こえてきた事で俺達もそれが何なのか、本当にあるのかどうかもわからん」


 ゴルディークは顎髭を触りながら唸った。


「それを確かめに行くのが、今回の俺達の役割だ。もしかすると陣営にとって有利になるものが眠っているかも知れん。まぁ、念の為レベルの高い俺達を寄越したという訳だ」


「他に人手がなかったってだけなんだけどね」


 女性が空っぽになったマグカップを抱えたまま補足し、クスクス笑った。

 ゴルディークは小さく唸ると、ポットを取り出し女性に差し出した。女性もそれに気付いて、自らの空っぽになったマグカップを差し出した。


「ありがとう」


「これでちょうど最後だ。それを飲んだらそろそろ出発しよう」


 美味しい食べ物につい時間を忘れていたが、もういい時間が経っていたようだ。私もそろそろ仲間達と合流しないと。

 

「ごちそうさまでした。コーヒーもパイも、すごく美味しかった」


 私がマグカップを返すと、ゴルディークは静かな笑みを浮かべて受け取った。

 もっとも、強面のせいでひどく獰猛な顔になっていたんだけど、本人は気付いてないんだろうな。


 上機嫌で手を振る2人に見送られ、私はその場を後にした。

 よほど私の食べっぷりが良かったらしい。そういえば、美味しいものを食べると顔がとろけてるって言われた事ある。




「お、ミケ。どこ行ってたんだ?」


 ルクスが私を呼んだ。もう先に帰ってきてたみたいだ。既にスフィアルとベイブも戻って待っていた。


「ちょっとね」


 私はそれだけ言ってふふふと笑った。後でみんなをビックリさせてやろう。

 ルクスは少し怪訝そうな顔をしたが、すぐにどうでもよくなったのか「そっか」と笑い返していた。


「ただいま~」


 光の粒が集まって形を成していく。リラが戻ってきた。


「おかえり」


 私は軽く手を振ると、リラも笑顔で手を振って返してくれた。


「ミケの回復も済んだみたいだし、すぐ行くぞ」


「うむ!」


 さりげなくスフィアルも心配してくれていたみたいだ。

 自身もウインドウを開き、ステータスを確認している。皆既にスタミナは回復したようだ。

 ベイブは変わらず元気そうだった。



 それからさらに10km程進んで、荒野の中で2度目の休憩を取った。

 そして、ついに私達は荒野の果てを越えた。

 次回投稿は27日午後8時予定です。


 味覚の表現ってムズカシイですね。

 人気の作品は皆さん食レポが上手なので、私も見習いたいものです。


 今回コーヒーの味を表現する為に、仕事中に破損させて弁償した缶コーヒーを117本飲んでテイスティングした経験が活かされました。

 おかげで安い缶コーヒーと高い缶コーヒーの味の違いがわかる様になりましたよ。得難い経験です。


 もうしばらくコーヒーは見たくない……。


 次回第29話『リグハイン砦』


 ようやく戦闘あります。

 お楽しみに!

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