27・グレイドッグ
ゴルディークの装備について加筆修正しました。
光が晴れると、景色が一変していた。
白亜の街並みが、一瞬で無骨な四角い石を積み上げた灰色の町へと替わっていた。
視界に入った建物を見てみる。
粗く切り出された灰色の石を積み重ねた基礎の土台。その表面は所々を緑色の苔が覆っている。
木で作られた柱と、漆喰の白い壁で建てられた家々。柱も腐敗と防虫対策か、黒く塗られている。ゲームの家が虫に食われるのかどうかわからないけど。
窓は小さく、凸凹のある透明度の低いガラスがはめ込まれていた。
屋根にはベージュから明るい茶色と色とりどりの瓦が敷き詰められている。
足下もアルテロンドの白い石畳とは違い、凸凹の多い灰色の石材で作られている。加工も粗く、いたる所ににすき間がある。そのすき間から苔や雑草の緑色が這い出していた。
そんな町を囲む城壁。これも粗い石を積み上げたものだ。さすがにすき間は無いが、こちらも苔の緑色が所々を染めていた。植物の蔓もいくつかはびこっている。
一定の間隔で上に櫓が建てられており、見張りらしき兵士が外を警戒していた。
櫓は丈夫そうな太い丸太で組み上げられ、町の外を向く面は石で覆って防御力を高めてあるようだ。
城壁の外に緑が見える事から、ここは森の中に作られた町なのだとわかった。
それとこの町の造りからして、ここはまだ出来て間もない砦だと推測できる。
私と同様ポータルで転移してきたプレイヤー達でごった返し、この無骨でみすぼらしい町は少々不似合いなお祭り騒ぎとなっていた。
私は背後を振り返った。
灰色と緑の混じる無骨な町に、違和感あふれる黄金と青に輝くポータルがそこに鎮座している。
そして、アラウンド ザ ダイヤモンドの仲間達がいた。
「こんな狭い所にこれだけ人が集まると違和感しかないな」
辺りに視線を向けたルクスがそう呟いた。
「……私は転移って初めてでビックリした」
「ここはグレイドッグの町。いくつかある最前線の内の1つだ。そろそろ行くぞ。俺達の隊に合流するんだ」
スフィアルがさっと話を切り上げ、促す。
どうやらこの町は私達の行くリグハイン砦とは違う戦場に向かう人達もまとめて転移してきているらしい。
恐らくここに籠城する部隊も含まれているんだろう。
ここから何組かの部隊に分けられるのだろうけど、それでもかなりの人数になりそうだ。
ここ、グレイドッグはこの世界の舞台となっている大陸のちょうど中央部。西の神聖王国と東の魔王軍の国境がぶつかる最前線にある町の1つで、この町も東に魔王軍領と接している。
私達の向かうリグハイン砦は南南東の離れた場所にある。30レベル帯のルートにある最南端の戦場だ。
ついさっきまではるか西のアルテロンドにいたはずなのに、ずいぶん遠くまで来たものだ。
「ミケさん。危ないと思ったらすぐ私の所に来てね。龍人族は回復しにくいだろうけど、私の回復魔法ならそれでも十分回復できるから」
リラが私の肩に手を乗せ、微笑んだ。
私のレベルが低いせいで気遣われているのもあるけど、回復役としての自信も高いのだろう。いざとなったら頼らせてもらおう。
「うん。わかった。おねがい。リラ」
「さて、あっちのようだぞ。僕らも行こう」
ベイブは私達を促すと後ろから付いてきた。
町中でも殿とは関心する。自然とそう振る舞うのは習慣によるものなのか。マイペースでなかなか読めない人物だが、しっかりしている。
私達がたどり着いたのは石造りの一際大きな建物の前だった。
他の建物と同様の灰色の石の基礎だが、壁も全て石造りで堅牢。
小さな窓にも鉄格子がはめ込まれており、簡単には侵入できないだろう。その小さい窓からはここから魔法や矢を放つ役割もあるのだろうと窺える。
屋根にベージュや茶色の瓦が使われているのは他と同じだが、いくつものバルコニーがある。屋根の一部が開閉してそこから出入りしたり、開けたすき間から攻撃したりもできそうだ。
その建物の入口はひとつだけ。
周囲に掘られた水堀にかけられた1本の細い橋。
橋の向こう側は建物の石壁に囲まれ、少し曲がった先に扉があるらしい。こちらからは見えない。
外側から直接扉に魔法を放たれて破壊されるのを防ぎ、壁を盾に迎撃もできる。
扉が橋を渡って少し曲がった先にあるのも、建物の壁に囲まれているのも、扉に迫った敵を建物の壁にある窓から魔法や矢で一網打尽にする為だ。
かかっている橋は一転木造だ。これはいざという時自ら燃やして侵入を阻止する事ができる。
破壊しても建造物や地面などのオブジェクトは12時間で自動的に元通り復元される。なので遠慮なく破壊する事ができる。
細いのも敵の侵入を制限する効果がある。
小さいが、これは確かに城だ。
私達がいるのは橋の手前にある広場だ。
そんな城を見上げた後では、何の遮蔽物もない広場は矢の一斉射を受けそうで身が震えた。
その広場の先。橋の袂にひとりの男が佇んでいた。
「皆、注目してくれ。俺が今回、リグハイン砦攻略の指揮を執るゴルディークだ」
男はこちらを見据えると、声を上げた。
叫んでいる訳ではないのによく通る低く力強い声。
大きな体格の男だ。かなりの体格であるベイブよりもさらに大きい。
頬に稲妻型の黒い模様と、先端が黒い黄色い毛の耳。その黒い部分にはひとつの大きな白い斑がある。
トラの獣人族だ。
「……ゴルディーク。重腕のゴルディークか」
傍らでスフィアルが呟いた。
「知ってるの?」
「まぁ、いつも攻城戦で活躍してるから有名だよ。勝率も7割超えてるし。今回はラッキーかもね」
と、ルクスが答えた。
私はその男――ゴルディークを見据えた。
全身を鈍色のプレートメイルで覆い、一目でその重厚な防御力がわかる。
その鋼板ひとつひとつの造りも相当の手間をかけてある。火と金槌で鋼の強度と硬度、そして粘り強さが極めて高いレベルで鍛え上げられていた。
さらに剣や矢のインパクトをずらす様に精巧な丸みを帯びた形に加工されているのが見て取れた。
こうして鍛造された鋼は薄くとも丈夫になる。
そんな鋼板を幾重にも積み重ね、その鎧は完成していた。
そして、特に腕部はより多く鋼板が組み合わされた物となっていた。
両腕の手首にはその上にさらに鋭い刺の付いた小型のスパイクシールドを装着している。防御力と共に攻撃力も備わった盾だ。
重厚な手甲の上に重ねて固定、手首と一体化してある。おかげで盾を装備したままでも両手は自由に物を持つ事ができる様になっている。
腰には2振りの長剣が差してあり、両腕の手甲と盾、そしてこの二刀流の手数で攻撃を捌く攻防一体の戦い方をするのだろう。
大剣や戦斧、大鎌の様な重量武器よりずっと軽量な長剣だからこそギリギリ二刀流ができる構成とも言える。
装備重量と必要魔力量が許す限りあらゆる武器、防具が装備可能な仕様とはいえ、ここまで偏った装備傾向はそうそう無い。
重腕。
確かにこの男、ゴルディークの武装は腕に集中的に固められているようだった。
「リグハイン砦まではかなりの距離がある。各員、侵攻クエスト開始と同時に出発する。
大多数の兵力が予想される為、速攻、短期決戦で行く。詳細は移動の途中で説明する。
では、出発まで各自自由にしてくれ」
リアルとは違い、見知らぬ者が多い中でも敬語を使わないようだ。ネットゲームでの人との関わり合いに慣れているのもあるだろうが、それだけではない。
己の存在感を誇示する事で士気を上げ、皆に戦いに挑む心構えを作らせる。
実力も備えているならば、そんなリーダーに付いていきたいと思うのはリアルと一緒だ。
さらにキャラクターになりきり、隊長という役を演じる事でより効果を高める。
いや、演じるというより本気なのだ。
演技ができる程器用な人物ではないように見えた。どちらかというと無骨でストイックな印象。
なんでわかるかって言われたら、それはなんとなく私と似た匂いを感じるからだ。
ゴルディークはそう言うと背を向けて城へ消えていった。
その後ろをパーティメンバーらしき者達が追っていく。
「うわ~。さすがに出発早いなぁ~」
ルクスが頭の後ろで腕を組み、唸り声を上げた。
「う~ん。走るのかぁ~……。リアルじゃなくて良かったかな」
「普段の走り込みの成果を見せる時じゃないか!」
「リアルでもこんな距離走らないだろ」
みんなゲンナリした様子だ。
どうやら戦いより先に乗り越えなければならない試練があるみたいだ。
「……ねぇ。そんなに遠いの?」
私は一番近くにいたルクスの袖を掴んだ。
「まぁな……。空白地帯をひとつ挟むから、大体30kmくらいあるかな」
「30……」
なかなかあるな。ひとつの領土は大体直径十数kmあるらしく、こちらの領土とあちらの領土、さらに同じくらいの広さの空白地帯を挟む為、合計30km程になるそうだ。
でも、トップアスリートも凌駕するこの体なら走破するのは問題ないだろう。疲れもほとんど感じない仕様だし。
ただ、スタミナ値が尽きると動けなくなってしまう点が不安要素だ。リアルなら30kmくらい走っても戦いに支障はないんだけどな。……今は入院中だけど。
「どけよ」
不意に迫ってきた人影が私のいた場所を通過した。
それは人混みを気にする事もなく、傍若無人に自分の道を作っていた。
私は避けたけど。
「痛っ!」
だけど、意識を向けていなかったリラがぶつかって転んでしまった。
「リラ! おいっ! あんた、何す……げっ」
ルクスがリラを助け起こすと、ぶつかってきた張本人に怒声を浴びせ……ようとして、表情を凍り付かせた。
スフィアルも同様に動けないようだった。顔を強ばらせ、硬直している。
ベイブは視線を頻繁に動かし、何かを確かめているようだったが。
私もソイツの方に視線を向けた。
「なんだ。俺に用か?」
まるで悪びれた様子も無く、ソイツはルクスに視線を落とした。
明らかに相手を軽んじた、見下した目。
私には見覚えがあった。
「……失礼。ぶつかってごめんなさい。注意が足りなかったのは私の落ち度です。気を付けます」
リラはルクスの手を取って立ち上がると、頭を下げた。
相手はそれを一瞥すると、何も言わず踵を返した。
「……大丈夫? リラ」
私は駆け寄ると、リラの顔を覗き込んだ。
リラならああいった手合いは叱り飛ばすと思ったんだけど、何だか様子が違った。
「うん。大丈夫。ふぅ……。戦いの前に争い事はマズイもんね。」
緊張を解いたリラは大きく息を吐いた。
「アイツは?」
私はまだ見えるアイツの背中に目をやった。
「あれは『決闘狂』だよ」
ルクスが額を拭いながら言った。視線はまだアイツの去っていった方向をにらみ付けていた。
「ここ最近、犯罪にならないPK『決闘システム』で名を上げているプレイヤーさ。
気に入らない相手は決闘で叩きのめし、欲しい物も決闘で奪い取る。レベルで勝る相手を打ちのめす事にしか悦びを感じない、文字通りの決闘狂いだよ」
立ちはだかる者は誰彼構わず決闘を挑み、未だに無敗記録を更新中だという。
過去に20レベルも格上の相手を打ち破って以来、トップクラスのプレイヤーも手を出せなくなっているとか。
態度が悪く、そこかしこで争い事が絶えないので評判は最悪なのだそう。
ルクスがこうも他人を悪く言う事は珍しい。ネットゲームは人と人が関わり合うものだから、マナーが大事だ。それを守らず振る舞うのはいい気がしないのは確かだ。
特に、今回みたいに仲間が被害に遭えば尚更だろう。
でも、なんでアイツがここにいる?
流れる長い銀髪。全身を白銀に輝くプレートメイルで包み、黒いマントを羽織っている。
腰の両脇に差した2振りの長剣。
嫌悪感を抱かせるあの相手を見下した目付き。
浅黒い肌と真横に突き出した角の――
「――魔人族」
以前、アイゼネルツのカフェで私にアイスをぶちまけた、あのいけ好かない男だった。
ただ、ここは神聖王国の領内だ。そしてその陣営の侵攻クエストを行っている。
神聖王国の陣営に魔人族は所属できないはずだ。
「ヤツは中立陣営だ。神聖王国、魔王軍のどちらの陣営とも自由に協力できるんだよ。傭兵として雇われる事で、一時的にその陣営の侵攻クエストに参加できる。
種族問わずね」
困惑する私にルクスが説明してくれた。
それはつまり、誰と敵対するのも自由、という訳か。
決闘狂・ベリオン。
私はその名前を胸に深く刻み込んだ。
突然、鐘の音が鳴り響いた。
私が思案していると、その音で意識を引き戻された。
空全体から鳴り響く様に発生した音。
見回してみたけど、この町に鐘は無かった様に思える。
「始まったな。この鐘は侵攻クエスト開始の合図だよ。今から6時間、戦いが始まったんだ」
ルクスは遠くに見えるポータルを見ながらそう囁いた。
ポータルを見ると、青い光を放っていたレンズは光を失って黒く濁り出した。黄金の枠も灰色の石に変わっていく。
浮力を無くし、ゆっくりと地面に着いて機能を停止したようだ。
これで、もう後戻りはできない。
再び城から姿を現したゴルディークとその一行が私達の中を割って歩んでいく。
自然と皆が道を開けた。ゴルディークは皆方に顔を向け、時折声をかけて激励していた。
そして私達群衆を渡り切ると、皆の方に振り返った。
「 総員出撃! 此度の戦いも勝利で飾ろう!!」
次回投稿は20日午後8時予定です。
さて、色々新キャラが登場して参りました。
装備の金属について、昔工業高校で勉強したのを思い出しましたね。
私も石炭で鋼を熱し、ハンマーで叩いて小刀を作った事があります。あのオレンジ色に輝く鉄を叩く時の少し鈍く、小気味良い音に病みつきになったものです。
また次回も説明回です。すみません。
その代わりにちょっとした食事回にもなってます。乏しい語彙力でどこまで食レポできるか不安ですが……。
次回第28話『空白地帯とコーヒーの香り』
お楽しみに!