26・配属
「では~。30レベル帯のパーティのリーダーさん。こちらに集まってくださ~い」
何やらプラカードを掲げた人が大声で呼びかけている。
ここはアルテロンド王城前の広場だ。
白い御影石の石畳で整えられた、広大な面積を誇る敷地。
シンメトリーの広場は両脇に花壇や街路樹が植えられ、その周囲は青々とした芝生。天気の良い日は日向ぼっこするのもいい。
中央には噴水がいくつもの水柱を上げており、市民やプレイヤーにとって憩いの場となっている。
広場は王城からまっすぐ進んで、噴水を中心に十字の形に大通りと交差している。
大通りは王城を囲む様に円を描いており、通り沿いにはずらりと商店街が続く。
この商店街はプレイヤーが店舗を買って、自らの店を経営できる様になっている。どんなお店にするかはプレイヤーの腕次第だ。
そのまま大通りを横切り、広場は区画を繋ぐ大門まで続く。
高く見上げる城壁にある大門。その門を中心に一帯は半円状に広がっている。
その門の前に何かある。
青く仄かに光る巨大なレンズ。
それは幾何学模様の刻まれた黄金の枠に収まっており、人間2、3人が十分に入るくらいの大きさがある。
膝くらいの高さでそれは静かに浮いていた。
その下には円形の台座が敷かれ、その広さはこの大門前の半分を占めている。
台座も金色の縁で囲われ、その内側は夜空の様な深い藍色の床でできている。
その床で、青く光る魔法陣がレンズを中心にゆっくりと回転していた。
これは『ポータル』と呼ばれる移動装置だ。
台座に乗って行き先を告げると、遠く離れた町に瞬間移動できるのだ。
とっても便利だけど、使うには行き先の町にあるポータルを最低1度使わなければならない。行った事のある町にしか行けない仕様だ。
私はルクス達のパーティに所属しているから、一緒に連れていってもらえる。
ちなみに行けるのは自分の所属している陣営の町だけで、魔王軍陣営の町には行けない。
ここから戦闘の行われる地域に移動するのだ。
私達はそのポータルのある大門前にいた。
多くのプレイヤーでごった返しており、ちょっと人混みに酔いそうだった。
その中で、数人のプラカードを持った人がプレイヤーを各レベル帯ごとに分けている。
よく見ると、プラカードに見えたのは頭上に表示された「メッセージウインドウ」だった。
個人に対する「メッセージメール」と異なり、頭上のウインドウで不特定多数の相手に文章を見せる事ができる。
どうやらここでレベル帯ごとにパーティをまとめ、その後配属する部隊と行き先を決めるみたいだ。
「じゃ、行ってくるから今回はどっちにする?」
先頭のルクスが歩きながら振り返った。
どっちとは何の事だろう?
「堅実にディフェンスだろ」
「オフェンス行こう!」
ディフェンス派のスフィアル。どっちか訊いたクセにオフェンスに決めたルクス。
「お? やんのかチビ?」
「リアルじゃ俺の方が背ぇ高いだろうが」
2人の間に火花が散る。
「ほら、ケンカしない! ルクスも勝手に決めない! ちゃんと相談する!」
2人を引き離そうと、リラが間に入る。
「「ジャンケン、ほりゃ!」」
2人は運を天に任せたようだ。
リラは呆れて腰に手を当て、2人から離れた。
「ふむ。前はディフェンスだったのだから、僕は今回オフェンスにしたいぞ」
ベイブはオフェンス派のようだ。
さて、そろそろ私にもディフェンスとオフェンスについて詳しく教えてほしいな。
「……ねぇリラ」
とりあえずルクスとスフィアルは忙しそうだから、放っておこう。
「侵攻クエストは攻城戦だからね。自分達の領土を守る籠城戦がディフェンス。敵を攻めるのがオフェンスだよ」
なるほど。
「ディフェンスは城の防壁を頼りに迎撃できるから少し有利なの。オフェンスはそれを攻略しながら敵のプレイヤーを倒さなきゃいけないからね。
だけど、オフェンスにも高レベルプレイヤーが付いているから、低いレベルでもしっかりサポートに徹すれば勝つ事ができるんだ」
確かに高レベルプレイヤーに領主さえ討伐してもらえば、勝利は得られる訳だ。
勝利時にその領土に関わったプレイヤー全員に報酬が支払われる。
なので、低レベルでも自分の役割を果たす事が大事になってくる。
リアルと違って生身のプレイヤーそのものが強力な攻城兵器みたいなものだから、歩兵だけでも攻城戦が成り立つ。
低レベルプレイヤーの役割はその高レベルの攻城兵器を守り切る事になる訳だ。
「私はディフェンスがいいかな。ミケさんもいるし、危険は少ない方がいいと思う」
リラは腕を組んで自分の考えを述べた。
確かに有利なディフェンスなら低レベルな私でも死ぬ確率は減るだろう。
とは言え、そう簡単にはやられないつもりだ。
たとえ途中で倒れても自己責任だ。そうなったらルクス達には自分達のいつもの戦いをしてもらえばいいんだ。
「ホイ、勝ったぁー!」
「く……っ!」
どうやら決着がついたみたいだ。
ルクスが拳を掲げて飛び跳ねている。
反対に2本指を突き出した手を見つめてうなだれているスフィアル。
「それじゃ行ってくるから!」
ルクスがそう言うと皆で見送った。
ベイブは笑顔で手を振っている。スフィアルは腕を組んで渋い顔をしていた。
「じゃ、オフェンスに決まった事だし、スフィアルもうじうじしない!」
リラがスフィアルの背中をバシンと叩く。
「痛っ! うじうじなんてしてないって!」
スフィアルはのけ反り、痛みで少し声が裏返った。眼鏡を直しているから本気で嫌がってる訳じゃないんだろうな。
「はっはっはっ! 大丈夫! うじうじしている時のスフィアルは強い! 心配はいらないさ! 僕が保証しよう!」
みんなのやり取りを見ていた私に、ベイブが声をかけてきた。黙って見守っていたから不安に思っていると思われたみたいだ。
とりあえず頷いておいた。
「おい! ベイブまで! ミケもそんな目で見るな!」
私がどんな目をしていたかはさておき、ルクスが戻ってきた。
「お~い。今回は20レベル帯のグループに登録してきたぞ」
「そっか。そうだね。それがいいかも。よくやった、ルクス!」
リラがルクスの肩を叩いた。
「だろ?」
ルクスも誇らしげだ。すぐ調子に乗る。チョロい。
ルクスはこちらを向いてウインクした。
今回初めて侵攻クエストに参戦する私の為に、パーティレベルより低いレベル帯に登録してくれたみたいだ。
「ルクス。ありがと」
「おう! 感謝しろよ」
イタズラっぽい笑顔を浮かべるルクス。
「で、場所はどこになったんだ?」
スフィアルが訊ねた。みんなの関心もそこにあるようで、一様にルクスの返答を待った。
「30レベル帯ルートの『リグハイン砦』。その予備隊だ」
「「は?」」
それを聞いてリラとスフィアルは顔を引きつらせた。
リグハイン砦は現在魔王軍陣営が所有している領土の中でも比較的低いレベル帯の場所にあるそうだ。
参戦する敵もそれほど高レベルのプレイヤーは出てこないだろうと予想されており、道中に出現するモンスターも安全に倒せる。
さらに、こちらは70レベル台と高レベルのパーティが指揮を執るそうだ。
大抵30レベル帯の戦場では50~60レベル台のプレイヤーが隊長を務めるらしいが、今回は勝利を確実にする為により高レベルのパーティが配属されたとの事。
何やら割と重要な拠点らしい。
で、私達の予備隊とは低レベルプレイヤーの為のお試しみたいなものだ。経験を積ませる為に、各隊それぞれ少数のパーティが参加している。
まぁ、雑用係だ。
と、まあここまでは良い。
問題はすごく……遠い事だそうだ。
このリグハイン砦は周囲の領土から遠く孤立しているので、敵の増援が来る可能性が極めて低いという。
敵の援軍が来れない程の距離を数時間かけて走り抜けなければならないのだ。
私は構わないけど、リラは頭を抱えていた。まぁ、普通の女の子はそんなに走る事なんてないしね。
というか、移動だけで数時間も取られるなんてクソゲーすぎるでしょ。改善案出した方がいいんじゃないだろうか?
籠城戦の基本は外からの援軍――後詰めが到着するまで城を守り切る事である。
なので、オフェンスは後詰めが来る前に決着を付ける必要がある。
攻略に手間取り、後詰めが到着すればもはや攻城どころではなくなるだろう。時間切れで、または疲弊した所を蹴散らされて籠城側の勝ちだ。
攻防の成否は後詰めが左右すると言ってもいい。
その後詰めが来ないのは大きい。
ちなみに配属先もオフェンス、ディフェンスの他に、後詰めなどの遊撃隊になる事もある。
「……仕方ない。時間もそろそろだしな。じゃあポータルでリグハイン砦に1番近い町に飛ぶぞ」
スフィアルが促すと、みんな頷いた。
「あ、ちなみに行ったら戻って来れないからね。ミケさんも準備は大丈夫?」
リラも気を取り直したみたいだ。
準備は大丈夫。回復ポーションも補充したし、装備も手甲とすね当てを新調した。
以前のものより少し肉厚な鋼が使われている。私は武器を使わないので、防御力の要である手甲に重量の大半を割いている。
高レベルの相手にどれだけ通用するかわからないが、そう簡単に破壊される事はないはずだ。
私は頷いた。
ポータルは午後6時からクエスト期間中は使用不能になるそうだ。
なので、使えるのは行きのみになる。
いざ戦いが始まったら敵領土への進軍は徒歩にて行わなければならない。その方が戦の臨場感があるからかも知れない。
さらに死んだら首都へ自動的に送還されてしまうので、戻って再戦できないというのも緊張感を生む要因になっている。
私は気を引き締めた。
「よ~し。じゃあ出発!」
ルクスがポータルに乗って行き先を告げると、私達は青い光に包まれていった。
足下から姿が消えていくのを感じる。
転送が始まった。
次回投稿は13日午後8日予定です。
次回もまた説明回になります。
最近、ジュピタースタジオさんという作者さんの
『北海道に魔物が出たので地元ハンターが出動してみた』
という作品を読んで、これまた感銘を受けました。
前回紹介した作品とは打って変わって説明文の多い文章で、しかしそれがむしろ面白いという素晴らしい作品でした。
説明自体が様々な技術や法律などの豆知識、トリビアであるからだと思います。スラスラ読めて自然と頭に文章が入ってくる感じでしょうか。説明文のお手本にしたい作品です。
もし本当に魔物が現れた場合の役場やハンター、警察がどの様に対処するのか。それを現行の法律に則って解説していくお話です。
面白かった。
次回第27話『グレイドッグ』
お楽しみに!