25・侵攻クエスト
「あれ? ミケじゃん!」
私は冒険者ギルド・アルテロンド支部に来ていた。
クエストの報告と鋭気を養う為に併設された酒場で1杯引っかけていた所だ。
この後どの防具を新調しようかと予算の計算をしながら、グラスを傾けた。
そんな時、背後から誰かに名前を呼ばれた。
ビックリしてコップの中身が少しこぼれてしまったじゃないか。かっこつけてグラスを揺らし、氷が奏でる冷たい音を楽しんでいたのに。
とりあえず何事もなかった様に平静を装う。
「よっ! 久しぶり!」
振り返ると、そこにはひとりの青年が笑顔で手を振っていた。
アッシュブロンドの髪。ちょっと可愛いくりっとしたタレ目で、人懐っこい面持ちの青年だ。
「ルクス……?」
このゲームを始めた初日に出会った4人組のパーティ「アラウンド ザ ダイヤモンド」の一応リーダー、ルクスだった。
「ゲーム楽しんでるみたいじゃん。あれから元気だった? こんなとこでどしたん? 休憩?」
「さっきクエストの報告をしてきた所。みんなも元気?」
相変わらずの様子だ。ルクスは遠慮なく相席にどかっと座ってきた。
「まぁね。マスター! オレにも同じの!」
ルクスは背後に手を振り酒場の店主を呼ぶ。
すぐに店主が私のと同じ飲み物を持ってきた。ルクスは礼を言うとコップを手に取った。
……が、口を付けてすぐに吐き出してしまった。
「うえ……!? こ、これなんだ!? 酒!?」
「うん。どうしたの?」
なんだ。ルクスは下戸か。というか、この世界の酒は悪酔いしない仕様のはずだけど。
「はあっ!? 酒って……そりゃゲームの酒は年齢制限ないけどさ……」
「……ルクスはお酒、苦手?」
「苦手って言うか……つーか子供の飲むモンじゃないだろ」
「失敬な。私、20歳」
「20歳!?」
ルクスは酒の入ったコップを倒し、イスを吹っ飛ばしながら立ち上がった。
その反応にはもう慣れてる。
「ルクス。ここにはクエスト? もうだいぶ先に進んだの?」
話を変えよう。
以前会ったときから結構経ってる。ルクス達のパーティも私同様レベルアップしているんだろう。
「20……」
話を変えろよ!
「ルクス」
「あ、はい」
よし。
「準備だよ。『侵攻クエスト』の。今日の夕方から始まるだろ?」
「侵攻クエスト?」
確か、陣営同士の領土争いだったっけ。それ以外はあまり詳しくない。
「今日週末じゃん。あ、まだ参加した事ない?」
私は頷いた。
という事で、侵攻クエストについてルクスから詳細を教えてもらった。
自慢気に語るルクス。かいつまんだ内容はこうだった。
『侵攻クエスト』
相手陣営の町や砦などの領土を奪い合う為、毎週末に開催される大規模対人戦闘イベントだ。
開催時刻は週末の夕方6時から日付の替わる0時までの6時間。
開催と同時にこの戦いに関する複数のクエストが自動的に開始される為、侵攻クエストという名称になっているそうだ。
クエストの目標は町や砦にいる『領主役のプレイヤー』を倒す事だ。
領主を討伐する事で、領主の地位が倒したプレイヤーに移動する。
開催期間中であれば何度でも奪い返す事も可能。
終了時刻時点で自陣営に領主が存在している事が勝利条件である。
ちなみに期間中は領主権の譲渡はできず、移行は簒奪のみとなっている。
勝利すると、開催期間が終了した時点でプレイヤー全員にクエスト報酬が支払われる。
また、たとえ途中で死んでしまった場合でも、参加していた領土で自陣営が勝利すれば報酬は得られる。
「まぁ、領主役とか主力のメンバーは時間に余裕がある人じゃないとできないだろうけどね。
PKされるとペナルティで期間終了まで大幅にステータスダウンするから、大半は倒された時点でログアウトするんだよ。
そういうのはよほど気合いの入ったゲーマーくらいだろうし」
なので再度参戦は難しい仕様になっているそうだ。
また、通常PKされるとランダムで装備中のもの以外の所持品、または所持金の30%から1つ奪われる。
しかし、幸い期間中はPKされても所持品を失う事はないというので、誰でも安心して参加できる。
敵の守りを突破して砦を陥落させたり、逆に地形を利用して敵の攻撃から町を守ったりとスリリングな戦いが楽しめるという。
要は攻城戦か。
昔、旅をしていた頃にかつての城跡を訪ねた時の事を思い出す。
『入る時は攻める兵士の気持ちで。出る時は守る兵士の気持ちで歩く』
分かれ道で上り坂が当然進む道だと思って進んだら、外に放り出されたり袋小路に誘い込まれたりしたんだよな。城を建てた者の意図にまんまと騙されたという訳だ。
こうして自分の足で歩く事で、城の構造が読み解けていくのが楽しかった。
中心部にたどり着くまでに何度矢で射られたか。そんな想像力を働かせながら歩いたっけ。
「場所は……どこでやるの?」
「首都以外の全ての町でやるんだよ。
でもまぁ、大陸中央部、国境のぶつかる前線地帯で戦闘になる場合がほとんどかな」
「ふ~ん……。私も参加できる?」
リアルと違いゲームではレベル差で大きく戦闘力が変動する。
私はまだレベルが低い。高レベルプレイヤーと比べたら戦車と子猫くらい差がある。足手まといになるんじゃないだろうかと思った。
けど、より難易度が高い方がいいリハビリになりそうだし、ちょっと興味がある。
「大丈夫だよ。レベルごとに部隊を分けて組まれるから、同じレベル帯のグループに入ればいいんだ。そうすれば後は上の人らが自分に合った配属先を決めてくれるからさ」
前線地帯は低レベルから高レベルまであらゆるレベル帯があり、それぞれに幾多の町や砦が存在しているそうだ。
なので、皆レベルに合った地域へ赴く事になる。
基本的に戦闘は同レベルの部隊をぶつける。
低レベルの地域は多くのプレイヤーが参加可能故に、高レベルのプレイヤーが少数混ざって行くのがセオリーとなっているそうだ。高レベルプレイヤーの方が経験豊富だからか、隊長として部隊を引っ張っていく場合が多い。
ただ、各陣営の総戦力は今の所ほぼ拮抗しているそうだ。なので、あまり上のレベル帯から大人数を引っ張ってくる事はできない。
「上の人って言ってもあまり細かい取り決めをしてる訳じゃないんだけど。好きな者同士で組んで戦いを楽しめばいい、と割と適当な感じだね」
一応軍師らしき者はいるらしいけど、戦略レベルでは正面からのぶつかり合いが暗黙の了解となっているそうだ。
まぁ、ゲームだし。楽しければそれでいいというスタンスなんだろう。私も賛成だ。
「ところでミケ、今何レベル?」
「……14」
「うわ低っく!」
うっさい。龍人族は成長遅いんだよ。
私がにらみ付けても全く意に介さないルクス。こんにゃろ。
ちなみにルクス達のパーティはみんなレベル38に上がったそうだ。
全然差が縮まってないし。
「しょうがない。オレらのパーティに入るか?」
「え……!?」
突然の申し出に私は飛び上がりそうになった。というか椅子から少し浮いた。
「いいの?」
あっけらかんと笑うルクス。
「一応レベル20以上推奨だけど、14じゃ……それも幼龍ミスティックマスターなんて誰も組んでくれないだろうし。孤立したらすぐ死んじゃうからな。
ま、オレがなんとかフォローしながらやっていけば大丈夫だって」
「おおぉ……! ルクス、ありがとう!」
気が付いたら私はテーブルから乗り出してルクスに抱き付いていた。
「はっはっはっ! もっと感謝してもいいからな! あと、戦利品の分配は8:2ね」
おい。アコギな比率だな。私の感謝を返せ。つーか戦利品なんて無いだろ。
「冗談はさておき、あとはスフィアルのヤツをどう説得するかだな~。ま、なんとかなるだろ」
あ、これルクスの独断なんだよな。
スフィアル。マジメそうな子で、奔放なルクスといつもぶつかってるって言ってたな。
「私が、お願いする。自分で」
説得……。
私の最も苦手とする分野のひとつだ。がんばるしかないな。
私は心の拳を握った。
「……話は大体聞いてた。全く……ルクス、お前な」
「ミケさん。久しぶり!」
「僕は構わないぞ。歓迎する! ミケ!」
振り返ると、私の背後からルクスのパーティメンバー、アラウンド ザ ダイヤモンドの面々が現れた。
そこにいたのは、呆れ顔で眼鏡を直す小柄な妖精族の男の子、スフィアル。
パッと笑顔で手を振るエルフ族の少女、リラ。
堂々と、それでいて自然体。つぶらな瞳の獣人族の巨漢、ベイブが立っていた。
というか、私の正面に座っているルクスには皆の姿が見えてたはずだ。コイツ、わかってて話を進めてたのか。
「みんな、久しぶり」
私は席から立ち上がって声をかけた。一応、お願いする立場だから座ったままじゃいけないと思った。
みんなとりあえず好意的な様子だけど、ちゃんと自分の言葉でお願いしなくてはいけない。
それが筋というものだ。
「わかってると思うけど、足手まといになるようなら置いてくからな」
と、スフィアル。
そうだ。その通りだ。
ならば私もその覚悟で臨む事を誠心誠意、今できる最高の言葉で伝えよう。
私は床に膝を着き、手前に手を置いて静かに頭を下げた。
「……どうか、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」
言った途端、仏頂面だったスフィアルは真っ赤になり、視線を反らしながら眼鏡を直し出した。照れてると眼鏡を直すんだよね。
というか、激しく動揺してる。
おかしいな。
大事なお話をする時のお願いの仕方だってお母さんに聞いたんだけど、間違ってたかな? 今までの人生で何回かやってるぞ。もし間違っているなら、結構ヤバい。
「よ~し! 話がまとまったところで腹ごしらえといきますか!」
ルクスが笑いながらパンと手を叩いた。
「ま、まぁ……そうだな。マスター。俺達にも2人と同じ物を」
スフィアルは眼鏡を定位置に直すと、手を上げて店主を呼んだ。
「あ」
ルクスが何か言おうとしたけど、その前に3人は運ばれてきたコップに口を付けた。
みんな一斉に吐き出した。
次回投稿は2月6日午後8時予定です。
長い説明をどうわかりやすくするかに頭を悩ませる回が、これからしばらく続きます。
最近読んだ『アネコユサギ』さんという作者さんの
『異世界の戦士として国に招かれたけど、断って兵士から始める事にした』
という作品に感銘を受けて、少し文章の書き方を直していこうと実験しています。
少ない文章で場面の説明を済ませ、それでも容易に情景が想像できる表現力。
それをお手本にして、文章を最小限に削ってみています。
ですけど、よほど言葉選びのセンスがないと難しいですねこれ。
次回第26話『配属』
お楽しみに!
それと自分なりの文章の書き方をまとめた『小説を書き始める際の心構えなんかをつらつらと』もよろしくお願いします。
自分の為のメモみたいなものですが、もしかしたら私と同じ初心者の方のお役に立てるかも知れません。