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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第3章・神聖王国 廃砦の足跡
21/87

21・少女の行き先

 前回の内容で矛盾があったので、修正しました。


 ミケと共に2階へ上がり、集合したメンバーを「私とグラノ、バジル、それとパーティ「風」の4人」から「私とグラノ、バジル、それとパーティ「風」のマジックウィザードペア」に変更。ウィンドミルとゲイルは別の場所にいます。


 それと、2階の後衛組の配置を追記。

 3階に上がった私達を出迎えてくれたのは、突然飛んできた刃だった。


 階段を登った瞬間、それは顔を掠めて目の前の壁に突き刺さった。反りのある刀身のサーベルだ。

 仲間にこんな得物を使う者はいなかったはずだ。


「悪いな! こっちは取り込み中だ!」


 声のした方を振り返ると、マーシャルアーティストのゲイルが懸命に骸骨の剣士と殴り合っている姿があった。

 姿が見えないと思ったら、ここで戦っていたのか。

 相手は「スケルトンナイト」。白骨化した死体が怨念によって蘇ったモンスターだ。

 それもかなりの数。フロア中にある牢屋から這い出てきたようだ。皆1振りのサーベルを片手に武装している。


 階段を挟んで反対側では棒使いのウィンドミルがスケルトンナイトのサーベルを叩き落とし、その頭蓋を砕いていた。


「加勢できなくてスマン! ブレスを避けて階段を登ったんだが、3階は見ての通り骸骨の巣だ!」


 1階で2人は私達と別の階段から2階に登っていた。

 2階には南北の2ヶ所に上り階段があった。目の前で「ハードスケイル」のフォッコとエイドが倒され、ブレスを避けて2人は北側の階段に避難した。

 だが、3階に足を踏み入れた途端、牢屋の扉が一斉に開いてこのスケルトンナイトの群れが襲ってきたという。


「1匹ずつは大した事ない。でも数が多いんだ! キリがねぇ!」


 ゲイルが骸骨の頭部を遠くに蹴飛ばしながら悪態をつく。

 私達は南側の階段から上がってきた。2人はこのドクロの群れの中、私達が囲まれない様にここまで道を切り開いてきてくれたようだ。

 殿を務めていたのか、ウィンドミルは後方で敵の群れを押し留めていた。

 ゲイルが必殺技で前方の3体を粉砕すると、マジックウィザードペアも魔法で追撃して奥のスケルトンナイトを吹き飛ばした。ようやく合流できた「風」の仲間達は、互いに視線を合わせる事はなかった。しかし、それぞれその顔には力強い笑みを浮かべ、勢いを増していた。


 後ろではグラノとバジルがウィンドミルの援護をして道を開けた。


「今の内だ! みんな階段まで進もう!」


 グラノが呼びかける。

 4階に進む上り階段は2人が切り開いてきた道の中にある。この階にあるのは西に位置するその1ヶ所だけだ。


「……デッドは?」


 私は姿の見えない最後の1人の行方が気になった。


「いや、 見てない。ここに来た時には誰もいなかった」


 ウィンドミルが応えた。

 じゃあ上の階か。死んだとは思えない。

 でも、ならデッドが来た時にスケルトンナイトが牢屋から解放されたんじゃ? 違うのだとすると、スケルトンナイトが牢から解放された本当の原因は――


 進行方向の床を突き破り、大地を裂く火山のごとくドラゴンゾンビの巨体が現れた。


 ――コイツが近付いたからだ。


 ドラゴンゾンビは皮膚が裂けるのも構わず、割れた床から這い出て三度私達の前に立ちはだかった。


 それよりこの位置関係はマズい。

 私達は今、全員が一塊に集まっている。正面にドラゴンゾンビ。背中にはスケルトンナイトの群れ。さらに、左右は鉄格子と吹き抜けの穴。

 そして、4階への階段はドラゴンゾンビの向こう側だった。

 逃げ場がない。


 ここでブレスか突進を受けたら全滅する。


 私はドラゴンゾンビの正面に立った。

 一か八かドラゴンゾンビの気を引くつもりだ。私は素早く半身に構え、拳を握った。



『憎い』



 水音で濁った様な、地響きのごとく低い声が、ドラゴンゾンビの喉からあふれ出した。


「しゃ……べった?」


 私はその異様に、固めた拳の行き先を見失ってしまった。


『我は魔王軍・空戦騎兵団所属……誇り高き龍騎兵』


 ドラゴンゾンビが一歩踏み出し、石の床に亀裂が入る。そして身体中の皮膚が裂け、体の内側から紫色の輝きが溢れだした。

 胸骨が開き、その中心部。心臓のある位置に紫色に輝くクリスタルがあるのが見て取れる。

 裂けた肉体からは紫色のオーラと共に瘴気が勢いよく噴出し始めた。


『憎い。

 我が使命は人族の砦を破壊し、この地を奪還する事。……果たさねばならぬ。

 だが、邪魔立てしたあの人族の……我らの命を奪い、この地に打ち捨てていったあの小娘は断じて許す訳にはいかん……!!

 憎い! 必ずや滅ぼしてくれる!!』


 怖い。

 ただでさえエグい見た目してるっていうのに、作った人は本当に性格悪いと思う。


 この小娘って、王様が言っていた伝説の少女の事か。

 この砦の周囲が荒れ果てているのもこのドラゴンゾンビの瘴気のせいなんだろう。

 じゃあ、その少女はこのドラゴンを倒した後、供養もせず次の目的地に旅立ったのか。その後このドラゴンはドラゴンゾンビとして蘇り、何らかの方法で封印され今に至ると。

 少し、ドラゴンゾンビを憐れに思うと同時に、その少女に対しどこか言い得ぬ嫌な気持ちを抱いた。


 ドラゴンゾンビがブレスの用意を始めた。胸のクリスタルが輝きを増していく。噴出する瘴気も増えたおかげで、瘴気が溜まる速度も上がっているみたいだ。


 ドラゴンゾンビの言葉に気を取られていたが、今が絶体絶命の危機だという事を思い出した。

 どうする。やけくそで殴りつけようか。脇を通り抜けようにも全員が逃げるには間に合わない。高まるオーラの輝きが、死へのカウントダウンを告げていた。



「天墜槍撃!!」



 突如、一筋の閃きが流星のごとく降り注いだ。

 槍の穂先がドラゴンゾンビの頭部を床に叩き伏せ、行き場を失った瘴気が体の至るところを爆散させる。クリスタルの輝きや噴出する瘴気も止んでいた。


「やっぱりブレスは放つ直前に頭を潰せば阻止できるみたいですね」


 ドラゴンゾンビの頭に槍を突き刺し、降り立ったのはサムライ。いや、ひとりの足軽だった。


「アシン!」


 グラノ達「レッドピース」のメンバーがその名前を呼んだ。

 そこにいたのは紛れもなく、我らがアシンさんだった。


「すみません。かなり手痛いダメージを負っていたので、回復がてらデッドさんの手伝いに行ってました」


 アシンさんが指差す方向。上を見上げると大きなリフト、それもフロアの中央に空く吹き抜けを全て埋め尽くすくらいある、新たな床が降りてきていた。


「お~い! 待たせたな! これで思う存分戦えるだろ!」


 デッドが誇らしげにリフトに乗って登場した。

 どうやら最初からこれを動かす為に上を目指していたようだ。


 実は前回の攻略時、5階まで追い詰められ、その時はそこで力尽きたアシンさん達。

 だが、ふと天井と思っていたものに違和感を覚え、これがリフトだと当たりを付けていたのだ。

 他の階では鍵がかかって開かなかった牢屋の扉。それが5階だけ開くのが確信を深めたそうだ。

 駆け付けたアシンさんとしらみ潰しに牢屋を調べ、ついにその1つに隠し階段を発見したのだった。


「とまぁ、無事6階からリフトを降ろすのに成功した訳よ。」


 いつもならウザいデッドのドヤ顔だが、今だけは最高にカッコよく見えた。


 再びドラゴンゾンビが動き出し、崩れかけた体を持ち上げた。

 アシンさんもすぐに飛び降り、振るわれた爪を躱し様に槍で斬り飛ばした。


「皆、姿が変化したという事は決着が近いという事です! この階で終わらせましょう!!」


 皆が武器を握る手に力を込めた。

 特にアシンさんのパーティ「レッドピース」のメンバーは皆、共にかけ声を上げ走り出した。帰還したリーダーによって皆闘志を漲らせていた。


 全員でドラゴンゾンビを取り囲む様に陣形を組む。足場が広くなったおかげで縦横無尽に駆け回る事が可能となった。

 しかし、同様に大量のスケルトンナイトもリフトに上がり込んできた。


 それを迎え撃ったのは拳と棒。

 それぞれが素早くドクロの群れを蹴散らしていった。


「こっちは俺らに任せろ! ボスは頼んだ!」


 「風」の4人。ゲイルとウィンドミル、マジックウィザードのミストラルとブラストがリフトの端に散り、各々スケルトンナイトの足止めを買って出てくれた。

 先程からずっと前衛の2人は大群を相手にしていたんだ。もはや回復アイテムも尽きて満身創痍のはずだ。


「手伝うぜ。ずっと牢屋を漁ってたから体が鈍っちまいそうだったんだ」


「助かる!」


 デッドも2振りのナイフを両手にそちらへ加勢した。



 こうしてドラゴンゾンビと相対しているのはアシンさんのパーティと、そして私だった。


 全員がそれぞれの目標に駆け出した。


『おのれ……。矮小な人族めが……! 我は追わねばならぬのだ。 我が使命を阻むばかりか、我らの命を奪ったあの小娘を!

 邪魔立てするのならば、この身朽ち果てようとお前達を滅ぼしてくれる!! おのれぇッ!!』


 ドラゴンゾンビが牙をむき出し、叫ぶ。

 心臓の奥まで響いて来るようだ。たとえ作られた設定の憎しみとは言え、今目の前で私に向けられている叫びは本物だ。

 どんな因縁があるかは知らないが、このドラゴンは――


 ――このドラゴンは本気で私達と戦っている。


 剣戟の響きが駆け巡った。

 アシンさんが貫き、大剣が、戦斧が、弓矢が、光魔法がドラゴンゾンビに向かっていく。


 私も残り全ての力を注いで敵を討ち倒す。

 終わりが近い今こそ使うべき時だ。果てるまでの短い時間。これで決着をつける。



「……獣身覚醒ッ!!」



 長い髪が闘気で舞い上がり、腕が大きな爪と鱗で覆われた龍のものへと変貌していく。

 角が大型化し、腰には龍の尾が現れた。


「『スピリット』『ビルド』『フォース』!!」


 さらに支援魔法をかけ直し、ステータスを向上させた。思った通り、獣身覚醒で支援効果も遥かに上がっている。


 そして、黄金に輝く瞳を向けると、一気にドラゴンゾンビとの距離を詰めた。

 赤い闘気を漲らせ、私はドラゴンゾンビの額に拳を突き立てた。


「はっ……ぁあッ!!」


 砕けた頭蓋骨の欠片が飛び散る。さらに無数の連打を叩き込むと、ぐらりと頭部がのけ反った。

 その衝撃が消える前に、頭をさらに両拳で地面へ叩き落とす。


 骨だけの翼が私を引き裂く為に羽ばたこうとするが、私はそれを掴み取り今度こそバラバラに砕いた。


『ゴォアアアアッ!!』


 ドラゴンゾンビは突っ伏した格好から勢いよく牙を剥き出し、私に食らいつこうとする。


「甘い」


 だが、私はその顎に爪を食い込ませて受け止めた。必死に口を動かし私の手を振りほどこうとするが、絶対に放してやらない。掴んだ顎の骨に亀裂が入るのも構わず、無理やり口を閉じさせる。

 ドラゴンゾンビの喉を思いきり蹴り上げた。喉の肉を破り、口腔内に足が突き抜ける。首の肉がわずかに引き千切れた。


 埒が開かないと判断したのか、前肢で私を狙っているのが見えた。


「させねぇ! ミケさんよ!」


 しかし、その腕を大剣が貫き地面に縫い付けた。反対側では戦斧が腕を破壊していた。

 後ろからも弓矢と光魔法が降り注いでいる。


 ドラゴンゾンビは強引に自らの顎を破壊し、私の拘束から逃れた。

 私も手に残った下顎を投げ捨てる。


 その時、ドラゴンゾンビが後ろ足に力を込めているのが見えた。この戦いで何度も大きな痛手を被ってきた突撃。

 もうそろそろ見飽きた頃だ。今度は今までの様にはさせない。


『 滅びよ人族。必ず全てを破壊し尽くしてくれる……!! 小娘め、憎い! おのれ、憎い!! オオオオオオッ!!!』


 咆哮と共に一気に地面が爆ぜる。巨大な砲弾が私目掛けて号砲を上げた。


 避けない。

 体を回し、後ろから前へと全体重を脚に乗せた。大質量の砲弾に対し、後ろ回し蹴りのカウンター。必殺技の無い私が撃てる、最も強い一撃。



「今持てる、私の全てを込めてッ!!」



 赤い闘気と紫色の瘴気がぶつかり合い、激しい衝撃波を生み出した。


 激突の反作用で私は後ろに跳ね飛ばされた。空中を2、3回縦に回転し、勢いよく背後の鉄格子にぶつかった。鉄格子がひしゃげ、数瞬の後に私は地面に崩れ落ちた。


「……ぐ……っは……」


 だが、追撃は来ない。

 私はなんとか視線を上げた。

 そこにあった光景に、私の顔に笑みが浮かんだ。


 衝撃でドラゴンゾンビの鼻骨は砕け、勢いよく跳ね上がった頭部が首の骨を真っ二つにへし折っていた。

 今になって、爆ぜた骨片が辺りにパラパラと降り注いでくる。

 折れ曲がった首から、逆さまになった頭が力なく垂れ下がる。ついにドラゴンゾンビの目から光が失われた。


 同時に私もスタミナが尽きた。

 体から闘気が消え、身体も元の姿へと戻っていった。衣服も焼き切れる様に煙を上げ、朽ち始めている。

 覚醒の反動で力を失いながらも、私は腕に力を入れて体を起こした。足は既にHPを全損し、動かなかった。

 これ以上はもう戦えない。



『憎い』



 ぶら下がる首から腐った体液と濁った声がこぼれ落ちた。


 突如ドラゴンゾンビの目に光が戻り、逆さまの頭部がブレスの用意を始めた。

 胸のクリスタルが激しく輝き始め、全身から瘴気が迸る。


『あの……人族の小娘だけは……逃してはならん……』


 噴出する瘴気がこちらに迫ってくる。ブレスを撃たれる以前に、この状態で瘴気を浴びたら私のHPが保たない。


「くっ」


 やれる事はやりきった。

 あとはみんなが力を合わせれば勝利は間近だろう。その場に居られないのが、残念だけど。できればその瞬間まではここにいたかった。

 少し悔しいな。



 その時だった。

 何者かが私を抱き上げた。


「おう。よくがんばったな。にゃんこ」


「デッド……!」


 朦朧とする視界で見上げると、デッドがいつもの笑みを浮かべているのが映った。

 デッドは私を抱え上げると、そのまま後ろへ駆け出した。私はわずかに残った力でデッドにしがみついていた。


「どうして」


「生憎、俺じゃ足手まといだとよ」


 自嘲気味にへっと笑うデッド。

 私が視線を傾けると、向こうに親指を立てているウィンドミルとゲイルの姿があった。

 まったく。かっこつけて。


「……デッド。ありがと。助かった」


 デッドは笑みを浮かべながら流すと、瘴気を噴出させているドラゴンゾンビの方を振り返った。


「アシンさん! やっちまってくれ!!」


 デッドが叫んだ。


 そして、その相手はそれに応えてくれた。


 槍を薙ぎ払い、周囲の防壁から溢れ群がってきたスケルトンナイトを粉々に粉砕する。

 パラパラと地面に散らばる骨片を踏み締め、彼は駆け出した。


 2度敗れ、今度こそはとこの決着の為に努力を重ねてきたんだ。今、この場にいる者で、最も勝利を望んでいるのは彼だ。

 私の横を通り過ぎ、握った槍に力を込めてまっすぐドラゴンゾンビに向かっていく。


「ありがとう。デッドさん。ミケさん!!」


 そして、一筋の刃が胸のクリスタルに突き刺さった。

 刃の突き立つ場所から亀裂が走り、徐々にクリスタルは光を失っていく。ついに光が消えると、同時にクリスタルは音を立てて砕け散った。


『……だが、もう疲れた……。

 憎しみと呪いを抱き、永劫の時を焼かれ続けるのは苦しい。

 この時代の人族よ。どうか我を眠らせてくれ……。そして願わくば――』


 今までにない穏やかな声だった。

 ドラゴンゾンビはゆっくり動きを止めると、その巨体を静かに横たえた。


 蛍火の様に光が舞い始めた。

周りを囲んでいたスケルトンナイトも皆動きを止め、倒れて光を放っている。

 やがてドラゴンゾンビの体は光の粒となって消えていった。光が上空へ舞い上がり、部屋を満たしていく。

 それはまるでこのドラゴンの魂が天へ昇っていく様な、そんな光景にも見えた。




 光に包まれ、気が付くと私達は全員砦のエントランスホールの石碑の前へ移動していた。


「勝ったのか?」


「多分」


 皆口々に呟く。そうして皆に伝播した頃、ようやく全員がそれを実感した。



「「「勝ったーーーーっ!!!」」」



 皆互いに抱き合ったり、手を取り合ったりして各々喜びを分かち合っていた。

 私はその端でへたりこんで座っていた。


「やったな。にゃんこ」


 ふと頭に手が乗せられた。デッドだ。

 いつも子供扱いされるのはシャクだけど。まぁ、今回くらいは頭を撫でさせてやってもいい。今は私も少し寛容だからな。ふふっ。


「お疲れ様です。ミケさん。デッドさん」


 一通りパーティメンバーと喜びを分かち合ったアシンさんがこっちに駆け寄ってきてくれた。


「今回はありがとうございました。お2人の活躍のおかげで無事攻略する事ができました」


「よせって。俺は俺の役割を果たしただけだ」


「うん」


 デッドも私も、アシンさんも皆がそれぞれがんばったから攻略できたんだ。せっかくの称賛だけど、私達は揃って辞退させてもらう事にした。


「それにしても変ですね。シナリオクエストはクリアすれば自動的に次のクエストが発生するらしいんですが」


 アシンさんが首を傾げる。


「デッド。あれ」


 私は石碑を指差した。

 ルインブックの機能で自動的に翻訳が開始されるはずが、デッドが側にいるのに石碑に変化がない。


「ん? ちょっと待ってろ」


 デッドが石碑を覗き込み、ルインブックのスキルを発動させる。



『決闘の果て。東へ去る勇者を見送り、誇り高き龍ここに眠る』



 文面が変わっている。


 それを見た瞬間、ファンファーレと共にクエストクリアの文字が目の前に表示された。


『シナリオクエスト「マクシミリアン砦跡にて、封印されし魔物を倒せ!」をクリアしました。おめでとうございます。


 次のクエスト


「神山の武勇。己が力を示せ!」


が開始されました』


 どうやら次の目的地のヒントのようだ。石碑によると今度は東へ向かうのか。


『クエスト報酬・ドラゴンハート』


 目の前にアイテムが現れ、手を差し出すとゆっくりその中に収まった。

 クエストをクリアしたからアイテムがもらえるみたい。赤い大きな宝石のはまったネックレスだ。綺麗。


 早速装備して効果を見てみる。


『ドラゴンハート:【筋力+2%】』


 おお! 筋力の足りない私にはうってつけの品物だ。……魔法職だけど。


 首に下げた宝石を手にしてみる。


「デッド。……似合う?」


「う~ん。……微妙」


 この野郎。ウソでも似合うって言えよ。


「そんな目で見んなよ。お前、自分の格好見てみろ」


 わかった。見てみる。

 ぼろ切れとネックレスを付けただけの半裸の変態が、ここにいた。


 くっ。殺せ!



 スタミナがゼロになっていた為回復に少々時間がかかったが、私は動ける様になるといそいそ予備の服に着替えた。


 そういえば、獣身覚醒中はスタミナが尽きるまで全力で動けた。通常はスタミナ値が半分を切ると動きが鈍り始めるというのに。

 覚醒の恩恵か。なら獣身覚醒はスタミナが半分を切ってから使うのもありだな。


 私の着替えが完了した。

 皆全然気にせず仲間と喜びあっていたり、他のパーティメンバーにお礼を述べていたりしていた。アシンさんもケロッとした顔で話しかけてきてたしね。


 わかってる。

 私はむしろここにそういう趣味の人がいなくて安心だよ。ホントホント。メリハリって大事だもんね。リアルの体をスキャンしたままの体形だけど、それがかえって功を奏した感じで良かったと思ってる。うん。

 生まれて初めてこの謙虚な身長とスリムなAAAサイズに感謝してるよ。若さって素晴らしい。

 でも、ちょっとくらい気にしてもいいんだよ? ほら私寛容だから。

 デッド。頭を撫でるな。殺すぞ。




 私達は砦跡を出て帰還を始めた。

 帰りはエントランスホールの壁が崩れ、そこからすぐ屋外に出る事ができた。

 ボスを倒したおかげでモンスターも出現しなくなっていた。

 ダンジョンエリアを出て、私は砦跡が遠くなっていくのを見ていた。


 あのドラゴンもこれで憎しみが霧散した訳ではないだろう。

 大昔から、それこそ神話の時代からこの地で自分を殺した相手を憎み続けてきたんだ。簡単に許せるものではないはずだ。死して尚激情に向かわせた出来事があったはずなのだ。

 もちろんデータ上のモンスターなのだから、気のせいなんだろうけど。何かを私達に託した様な、そんな気がしたんだ。


 これからもあのドラゴンは新たに足を踏み入れたプレイヤー達と戦い、毒と怨念を撒き散らしていくのだろう。ずっと。

 それでも、今ここにいる私達の中でだけは、憎しみを忘れて天へ還っていったと。そう思いたい。


 私は誰にも気付かれない様に、ひとり砦跡に礼をした。

 1匹の誇り高い龍が、安らかに眠れる事を祈って。

 皆さん、新年明けましておめでとうございます。

 読んでくれてありがとうございます! 今年もがんばって書いていこうと思います。


 次回投稿は9日午後8時予定です。


 書いててノリノリの熱い戦いでした。

 「序盤のボスなのに強すぎないか?」と戦闘バランスに不安を覚えながら書いてましたけど。

 一応攻略法としては


「尾撃は正面で相対する。ジャンプして飛び越える。通路が狭くなる2階に行く前に切り落としておく」


「突進は溜め中に軌道から出る。直進しか出来ないので、実は2階以降はある程度距離を取れば円形になっている通路にぶつかり停止する」


「ブレスは溜め中に頭を叩き伏せれば止められる」


 などで防ぐ事ができました。

 アシンさんの直接戦闘の技術はそれほど高くありません。しかし、しっかり敵を見極め攻略法を暴いていくアシンさんなら恐らく今回負けていたとしても、次回は1人でもボスを倒せたかも知れません。

 ちゃんとゲームらしい攻略法も考えてるんですよ!


 次回、第22話『居酒屋で祝勝会』


 お楽しみに!

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