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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第3章・神聖王国 廃砦の足跡
20/87

20・地下大監獄

 ゴブリンを倒した私達は、しばらくして回復を終えて追いついてきたアシンさん達と合流した。


 はしゃぎながら先程の一部始終を語るデッドにみんな驚いていたが、割りとすぐに納得してくれたのが少し嬉しかった。

 アシンさん曰く、こんなに他人をベタ褒めするデッドは珍しいそうな。普段は一匹オオカミを気取って他人に深入りしないという。なんだかムズがゆいな。

 これならもしやパーティに誘ってくれるかも。と、思っていたのに、みんなはしゃぐデッドに遠慮して遠巻きに見守っているだけで終わった。余計な事を。


 手甲とすね当ては外してアイテムボックスに仕舞った。壊れてもうほとんど機能しておらず、ただの重りにしかなっていなかったからだ。

 予備のものは用意していない。いかに異次元空間のアイテムボックスとはいえ、収納できる数には限りがある。

 大体の人は壊れた際の予備の武器と回復アイテムを入れている。

 私は武器が無いので、ほとんど回復アイテムで占めていた。回復効果が少ない龍人族はより多く回復アイテムが必要になるからだ。

 あとは出先で手に入れた収穫物を収める為のスペースを少し空けてある程度。ちなみに獣身覚醒後の予備の服は最優先にしてある。


 鋼鉄でできていた装備が無くなったので、少し体が軽くなった気がする。もっとも、元々筋力の数値内に収まっていたので影響は微々たるものだけど。


 HPとMP、スタミナは時間経過で少しずつ回復していく。これならアイテムを消費することなく節約できる。

 回復量は体力がHPとスタミナ。魔力がMPに関係している。ただ、HPとMPはスタミナと違い、座っても寝転がっても回復速度に変化はないようだ。


 私の回復が完了すると同時に攻略を再開した。


「……おまたせ。ご心配、おかけしました」


「おう! 頼りにしてるぜ!」


「ミケさんをどう組み込むか。戦術を再考しておきますね」


 デッドとアシンさんが各々声をかけてくれた。


 そこからは順調に探索が進んだ。

 戦力は十分すぎる程にあるし、トラップもデッドがテキパキと処理していった。

 先程のトラップがこのフロアで最も難易度が高いものだったようだ。前回の攻略でデッドの探知をすり抜けたのもあれだったらしい。

 威力も高く、その一発でレイドがほぼ崩壊。防御力無視の瘴気ガスで、狭い通路だったのが致命的だったそうだ。

 今回、デッドは雪辱を果たす事に見事成功したのだった。

 それでもデッドはより慎重に、気を引き締めて攻略に臨んでいった。


 敵もその後2度遭遇した以外特に問題なかった。

 私が倒したのがこのフロアにいた敵の大半だったみたいだ。2度共ルインゴブリンが1体ずつ。前衛の棒使いウィンドミルとマーシャルアーティストのゲイルが速攻で倒してくれた。

 二人とも素早い連撃で敵を圧倒していた。

 特にゲイルはパンチ1発で相手の体が軽く宙に浮いていた。そして空中に浮いたままの相手に5回も打撃を入れるなんて人間業じゃない。必殺技羨ましい……。


 やがて下へ降りる階段を見つけ、私達は2階へと足を進めた。




 2階は中央に下の階と繋がる大きな吹き抜けがある、広い部屋だった。

 いや、それは吹き抜けではなく、破壊によって床に空けられた大穴だった。壁も柱もあらかた破壊され、ひとつの大きな部屋となっていたのだ。


 敵はいない。大穴から覗く階下にも生き物の気配はない。

 階段が破壊されていたので、ロープを張って降りていく。



 1階に降り立った。

 広いエントランスホールだ。

 しかし、入口は破壊され瓦礫に埋まっている。廊下へ繋がる扉も全て破壊され、奥から建材が溢れてとても進むことはできそうにない。


 つまり、ここが終着点だ。


「皆さん、いよいよボスです。準備は万全にしておいて下さい。装備の最終チェックも確実に」


 皆頷いた。特にアシンさんのパーティメンバーは今度こそは、と想いを募らせているのだろう。目に宿る力がより強まったのを感じた。

 しかし、このフロアに他に出口はない。敵の気配も未だない。

 この殺風景な広間にこれといって変わった所はなかった。


 中央にそびえ立つ、ひとつの黒い石碑を除いて。


「では、デッドさん」


「おう」


 皆が最終確認を終えた頃、アシンさんがデッドを促して石碑の前に歩み寄った。


 私の身長より少し高い、直方体の石だ。

 近付いてみると、石碑には謎の文字が刻まれているのがわかった。

 全く読めない。リアルの世界で使われている言語じゃない。多分このゲームオリジナルの言語だ。一応法則性はあるみたいだけど。


 デッドが石碑に近付くと、文字が光を放ち始める。すると、普段見慣れた言語に翻訳された文章が、石碑の上に表示されていった。

 スキルを使った様子はなかったけど、これは『ルインブック』というスカウト専用スキルの効果だそうだ。


『ルインブック』

 神話の時代に使われていた古代文字を翻訳するスキルだ。

 しかも1度翻訳した文章は記録され、スキルを使わずとも自動的に再翻訳してくれるという便利な機能も付いている。前回ここにたどり着いた時に1度解読していたから、今回は自動的に表示されたという訳だ。


 ミスティックマスターが使える劣化版魔法『ルインスペル』は同様の効果があるが、記録はできない。


「『ここに憎悪と悪意の権化を封ず。死と毒を振り撒く魂を解き放つ事無かれ。さもなくばこの大地に不浄の災厄がもたらされるだろう』」


 デッドが浮かんでいる文章を読み上げた。


 直後、光輝く幾何学模様が石碑から床を這い、壁や天井を駆け巡った。フロア全体を覆う巨大な魔法陣が出現したのだ。

 そして、次第に建物自体が揺れ始め、地響きと共に足下から放たれた光がメンバー全員を包み込んだ。




 光が収まると、私はすぐに辺りを見回し警戒した。

 レイドのメンバーは全員いる。皆一様に辺りを見回していた。

 私達は見覚えのない部屋に転移させられたようだ。


 円筒形の広いフロアだ。

 全て灰色の石でできた壁と床。窓はない。壁にかけられた小さなランプが、わずかに明かりをもたらしている。

 恐らくここは砦の地下階にあたる場所だろう。

 壁沿いをびっしりと小さな部屋が埋め尽くしている。その部屋は中がよく見える造りになっていた。それは、部屋とこちらを隔てる物が、頑丈そうな鉄格子だけだったからだ。

 フロアの中央からは上の階が見える吹き抜けが空いている。どの階も中央の吹き抜けを床が円形に取り囲んでいる造りのようだ。

 いくつもある階の最上部まで吹き抜けは続き、どの階も蜂の巣の様に牢屋が壁を埋め尽くしている。


 ここは牢獄。全5階層からなる地下大監獄だった。


「来ます! ここからはほとんど未知の領域です! 全力で警戒して下さい!!」


 アシンさんが叫ぶ。

 すぐに全員が吹き抜けの上空を見上げた。



 巨大な影が落下してきた。



 皆それぞれに武器を向け、後衛もいつでも魔法を放てる様チャージタイムに入っていた。


 肉の潰れる鈍い音。滝の様に流れ落ちてきたそれ。

 溶けた肉がこぼれ落ち、隙間から骨が覗く。

 大きな、草刈り鎌程もある鉤爪を持つ足を踏みしめ、ジュルリと水気の混じった音が耳に障る。

 紫に蠕動する筋肉が、見上げる程の巨体を引きずり、持ち上げた。


 そのおぞましい外見におののく私達。

 それを落ち窪んだ眼窩から、赤く輝く瞳でそいつは見渡していた。


「……コイツが、ドラゴンゾンビ……」


 誰ともなくその名を呟いた。


 腐敗した龍の屍が、紫色の瘴気を撒き散らしながら立ち上がった。


「全員散開! 包囲!」


 アシンさんの合図で各パーティの前衛組が象よりも大きなドラゴンゾンビの巨体を取り囲む。

 同時に後衛組が魔法を叩き込み、炎がその姿を覆い尽くした。

 先制攻撃は成功したかに見えた。


「うわああああっ!!」


 だが、炎を突き破り、骨の飛び出た長大な尾が薙ぎ払われた。

 壁際の鉄格子を根こそぎなぎ倒しながら、前衛のメンバーを次々と跳ね飛ばしていく。


 炎を踏みつけて、鋭い牙を並べた頭部が躍り出てきた。


「クッ! おい、後衛組! こっちだ! 俺についてこい!!」


 鉄格子の破片が飛び交う中、デッドが手招きして階段へと向かっていく。


「にゃんこ! ……ここは頼んだぜ」


 デッドはそう言い残して階段を駆け上がっていった。


「任せて」


 私は私の役割を果たすよ。


 前衛では棒使いのウィンドミルとマーシャルアーティストのゲイルが。アシンさんのパーティの戦斧使いバジルも尾の攻撃に巻き込まれ、重傷を負っていた。


「動けるか!? 一旦下がって回復して!」


 アシンさんが腐った肉を槍で刺しながら叫ぶ。

 その様子を無感情に眺めるドラゴンゾンビが爪を振り下ろした。

 後ろに飛び退きながら、アシンさんはその爪を槍で弾き飛ばした。


「しまった……ッ!」


 だが、それは罠だった。

 避けた場所。その隣には既にドラゴンゾンビの大口が牙を剥いて待ち構えていた。



「こっち。見て」



 突然耳元で囁かれた声に、ドラゴンゾンビの瞳がアシンさんから逸れた。


 私は瞳のすぐ横に立っていた。


 そして肩程の高さにあったドラゴンゾンビの瞳に、硬く固めた指を抜き放った。

 ガラス玉を割る様な硬い感触が指をなぞると、次いでヌルリとした液体にまみれたのがわかる。


「プリズムアロー」


 砕いた眼球の中から、炎と聖属性の魔法を頭蓋骨内に炸裂させた。


「ミケさんッ!?」


 ドラゴンゾンビの大きな頭部がその衝撃によって大きく反対側へ弾き飛ばされた。

 アシンさんが尻餅をつきながら目を見開いている。


「今のうち。体勢を」


 私はアシンさんに視線を投げると、こちらに反撃に出た噛みつきを身を捩って躱す。


 どうやら負傷したメンバーは回復を終えたようだ。アシンさんが指示して全員再び包囲陣形を作り上げる。ただし、今度は尾を警戒してドラゴンゾンビの上半身寄りに集まっている。


 私はドラゴンゾンビの鼻先に飛び乗ると、再び噛みつかれる前にその背に跳んだ。

 骨だけと成り果てた翼を掴み、思いきり膝で蹴り折りにかかる。しかし、木製バットの様には上手くいかなかった。

 翼が羽ばたき、鋭い切っ先で私を切り刻もうと振り回される。まるで電動ノコギリみたいな速度を、手足を使い捌く。

 いつの間にか長い首がこちらを向いていた。


「轟雷二段!!」


 直上に跳んだアシンさんが、閃光と化した槍をドラゴンゾンビ目掛けて放つ。二筋の光が刹那に頭部へと突き立った。威力重視の槍の必殺技だ。

 噛みつこうとしていた大口が叩き伏せられる。


「続けぇッ!!」


 ドラゴンゾンビが私に気を取られている隙を突き、斧に剣にと皆次々攻撃を加えていった。


 私も羽ばたきが緩んだ隙に胴の横へ降りた。

 だが、その時ドラゴンゾンビの後ろ足が、石の床に強く抉り込んでいるのを目にした。溜め込んだ力で硬い石が潰れてひび割れていく。不意に私は戦慄を覚えた。


「みんな逃げ……ッ!」


 私が言い切る前に、ドラゴンゾンビの足下が爆ぜた。

 風を切る音。ドラゴンゾンビは自らを砲弾とし、まっすぐ正面に突撃をかけたのだ。


 巨体の大質量を込めた突進。その最初の餌食になったのは、必殺技の硬直から動けなかったアシンさんだった。

 着地と同時にはね飛ばされ、鉄格子に激突するとバウンドして地面に装備の破片を撒き散らした。頭の陣笠が飛んで行き、地面に落ちて真っ二つに割れた。


「うわ!? シ、シールドカウンタアアア……ッ!!」


「バカ! 逃げろオーバルッ!!」


 その先まっすぐ正面にいたシールドディフェンダーは盾を構えその突進を受け止めた。受けた衝撃を相手に跳ね返すシールドディフェンダー専用スキルを使ったようだ。

 だが、その小さな反撃ごと巨大な頭突きは鉄格子を突き破り、奥の壁を爆散させてもまだ止まる事をしなかった。

 もうもうと煙が部屋中に立ち込める。


 爪が地面を抉り終わった頃、ドラゴンゾンビは壁に空けた穴から顔を抜き出した。

 そこにシールドディフェンダーの姿はなかった。飛び交う光の粒が、彼の死を告げていた。


 煙が晴れ、私は顔を覆う腕を退けてその光景を見ていた。


「マズい! 皆離れろ!!」


 誰かが叫んだ。

 私はドラゴンゾンビを見据えた。

 ドラゴンゾンビが頭から壁際に突撃したせいで、私達全員がその後ろ側、尾撃の射程に入っていたのだ。


「撃てぇッ!!」


 その時、上空から魔法の雨が降り注いだ。

 ドラゴンゾンビの背に炎が上がり、翼の1本が折れて四散した。

 ドラゴンゾンビが咆哮を上げた。


 2階に上がった後衛組が援護してくれたんだ。それぞれのパーティごとに3方から階下を包囲する様に散開している。

 見上げると後衛組に混じってデッドがさらに上へと駆け上がっていた。一人逃げる様なヤツじゃない。何かしら策があるのかも。


 ドラゴンゾンビが巨体に似合わず素早く跳躍し、こちら側に向き直る。同時に今しがた死んだオーバルの片割れ、同じくシールドディフェンダーのスクードが尾撃で鉄格子に叩きつけられるのが映った。


「いけない……。全員散開。……逃げろッ!!」


 アシンさんが槍を杖にして立ち上がり、声を絞り出した。鎧が砕け、脚にも大きなダメージを負っているのかその歩みは遅い。


 直後、ドラゴンゾンビが咆哮と共に瘴気のブレスを吐き出した。

 その毒ガスの奔流はまっすぐアシンさんへと向けられていた。


 私はすぐさま走ると、アシンさんを突き飛ばした。

 かろうじてブレスを避け、2人共地面に転がる。


 しかし、ドラゴンゾンビはブレスを吐き続けたまま、それを横に薙ぎ払った。


 ウィンドミルとゲイルがブレスをかい潜って避けたのが見えた。だが、スクードは体勢を整える間もなく直撃を受けていた。


「……このブレスは防御力無視の攻撃です。触れたら防具を素通りして直接HPにダメージを食らいます……!」


 アシンさんが苦々しげに呟く。

 ブレスが止んだ後に、スクードの姿は無くなっていた。


 再びドラゴンゾンビの背に炎が上がる。

 2階から魔法が降り注ぎ、ドラゴンゾンビの行動を阻止しようと攻撃が続いた。

 だが、ドラゴンゾンビはそちらに顔を向けると、口を大きく開ける。

 放たれたブレスが1人のマジックウィザードを飲み込んだ。


「フォッコ! ここまで届くのか!? 」


 上でそのパーティメンバー、ホーリーオーダーのエイドが倒れた仲間の所へ走りながら舌打ちする。フォッコはまだかろうじて生きているようだ。すぐに回復魔法をかけていた。


 急に、わずかだけど私の脚が重くなった気がした。

 HPが減っている。攻撃を受けた記憶はない。だが、足下に紫色の霧が漂っているのに気付いた。


「全員、すぐ上の階に逃げて下さい!」


 全員すぐにそれに気付いた。アシンさんが呼びかけると皆一目散に階段へ走った。

 ブレスの瘴気だ。それが攻撃が終わった後も消えず、この密閉された地下牢に溜まり始めていた。


 私も回復ポーションとヒールをアシンさんにかけると2階へと向かう。

 階段はフロアの東西南北に4ヶ所。一番近い方へ走った。

 既に階段に着いていた大剣使いのグラノと戦斧使いのバジルが腕を振って叫んでいる。


 ふと、アシンさんが私を突き飛ばした。

 私は前へ押し出されながら、後ろを振り返った。

 瞬間、アシンさんと私の間を分断する様に巨大な尾が落ちてきた。衝撃で石の床が砕け、弾ける。


「上で会いましょう!!」


 尾の向こう側からアシンさんの声が聞こえてきた。

 尾がこちら側を薙ぎ払う。

 私はギリギリ階段にたどり着き、階段が破壊される前に2階に登る事ができた。


「ア、アシンは?」


 グラノとバジルが駆け寄って訊ねてきた。

 私は応えず、階下に向かって声を張り上げた。


「待ってる! 後で!」


 下で戦闘音が鳴り響いた。



 吹き抜けから下を見ると瘴気の霧が、部屋を満たす様に量を増やしていた。ドラゴンゾンビがブレスを放つごとにこの瘴気が地下牢に充満していく。

 それを避ける為上へ上へと戦場を移していく事になるようだ。全5階が瘴気で埋まるまでに決着をつけなきゃいけない。


 不意に大質量が隣に飛び乗ってきた。重量で石の床が砕ける。


「あ……」


 口に出す前に、それが瘴気のブレスを解き放った。


 回復中のフォッコとエイドがその直撃を受けた。

 ブレスが通り過ぎると、そこにフォッコの姿はなくなっていた。


「えええええあああわわあああ!!」


 パニックを起こしたエイドも吹き抜けから足を踏み外し、階下の瘴気の中に落ちていった。光の粒が飛ぶのが見えた。


「おおおおおおおッ!!」


 こちらに背を向けているドラゴンゾンビ。

 こちらには私とグラノ、バジル、それとパーティ「風」のマジックウィザードペアが いた。全員誰ともなく弾ける様に攻撃を仕掛けた。

 二筋の魔法が爆炎を上げ、重い2振りの刃が巨体に襲いかかる。

 背後からの不意打ちが功を奏し、厄介だった尾がついに切断された。


 私はそれを尻目に駆け出し、ドラゴンゾンビの正面に立った。


「お前の相手はここだ」


 私は真正面から鼻面にまっすぐ、正拳突きを打ち込んだ。

 ドラゴンゾンビはほとんど意に介していない。


 だが、ドラゴンゾンビは私の挑戦を受けてくれたようだ。すぐに口を開きブレスを放つ用意を始めた。


 放たれるより早く、その顎下に滑り込み、喉元の肉に手刀を突き刺す。


「プリズムアロー」


 肉の内側から炎の矢で焼いていく。

 顔をのけ反らせたドラゴンゾンビは前肢で私を踏み潰しにかかる。

 すぐさま後ろに跳び、その左右からの爪を躱していく。

 よし、敵の注意が上手く私に来ている。

 再びこちらに狙いを定めた顔を真横に蹴飛ばす。わずかに軌道が逸れ、鋭い牙が私のわき腹を掠めていった。


 ドラゴンゾンビの背後で味方がまだそれぞれ刃と魔法で攻撃しているのが見えた。

 だが、それと同時に後ろ足の爪が地面に食い込み、力を溜めているのが目に入った。


 マズい。


 ドラゴンゾンビの突撃が私を襲った。

 わずかにかすっただけなのに、私ははね飛ばされ鉄格子にぶつかり床に2、3度叩きつけられて転がった。髪留めが壊れて長い髪が解かれた。


 この突進で他の4人と距離が空いてしまった。援護は期待できそうにない。


 即座にヒールと回復ポーションを使うが、瀕死だ。ここから立ち直るまでには回復量が足りない。

 かろうじて体を起こした私は、顔を上げて前に向けた。


 目の前には、牙を並べた大口が開けられていた。


「かかって……こい」


 ちょっと強がる。

 でもダメかも。立ち上がる事すらできない。

 仕方ないから目の前の牙に1発パンチを入れた。腰の入ってない手打ちだけど、やってやった。


 すると、ドラゴンゾンビの顔が軽くのけ反った。


 パンチのせいじゃない。側頭部に1本の矢が突き立っていた。

 矢の飛んできた方向を見る。1人の女性が弓を引き、構えていた。

 あれはアシンさんのパーティメンバー。プチワイバーン戦で後衛組に指示を出していた弓使いのフォルマージだった。

 隣にもう1人いる。こっちも確かアシンさんのパーティメンバー、ホーリーオーダーのカルネだ。


 ドラゴンゾンビがそちらに狙いを替えた。瘴気のブレスが一斉に放たれる。

 フォルマージとカルネはこの階を円形に取り囲む床を、こちらに向かって駆け出した。


「ミケさん! 待ってて! すぐ行くから!」


 それを追う様にブレスを横薙ぎに振るうドラゴンゾンビ。

 フォルマージは走りながら何度もドラゴンゾンビに矢を突き立てていく。

 このゲームに命中や回避に関するステータスは無い。遠距離攻撃は全てプレイヤーの技量で命中させなければいけない。走りながら矢を当て続ける腕前は大したものだ。


 矢を受け、頭を何本もの矢で串刺しにされながらも、ドラゴンゾンビのブレスはまだ2人を追っていた。

 私はドラゴンゾンビの目にプリズムアローを撃ち込んだ。聖属性の光の矢だ。

 一瞬目標を見失ったドラゴンゾンビ。間一髪、服の端を焦がす程に迫っていたブレスの速度がわずかに緩んだ。


 カルネは追いすがるブレスにヒーヒー言ってる。そしてついにドラゴンゾンビの横を懸命に走り抜けた。

 オマケに私の横も通りすぎていった。おい。


「ひーひー! ヒール! ひー!」


 通りすぎた後で思い出し、ちゃんと私に回復魔法をかけていってくれた。額に汗をかき、達成感に溢れた顔をしている。

 ありがとう。助かったよ。だから泣きそうな顔をしない。

 おかげで脚が動く様になった。私は床を叩いて立ち上がると、カルネの後を追った。


「ありがと」


「ど、どういたしま……ひゃーッ!」


 再びブレスが速度を上げた。カルネはまた迫り来るブレスに悲鳴を上げた。


 そんなやり取りの間、殿と囮を担っていたフォルマージはすれ違い様にだめ押しの1本を見舞った。振り下ろされた爪を間一髪避ける。それと同時にようやくブレスが止んだ。

 恨めしそうにこちらをにらみつける顔が、吐き出された瘴気の雲から飛び出していた。


 既に2階の床まで瘴気が溜まりつつあり、私達はグラノ達他の仲間と合流して3階に退避した。

 次回投稿は1月2日午後8時予定です。


 戦闘によって部位破壊が起こるボスが書きたかったのです。

 ちなみに、初めて部位破壊ができるゲームに出会ったのはヴァルキリープロファイル2でした。

 カツカツガードされている所を一気に畳み掛けて、ガードごとバラバラに粉砕するのは最高の気分でした。


 次回、ボス戦後編『少女の行き先』


 お楽しみに!



 12月31日修正。


 2階の後衛組の配置を追記。


 ミケと共に2階へ上がり、集合したメンバーを「私とグラノ、バジル、それとパーティ「風」の4人」から「私とグラノ、バジル、それとパーティ「風」のマジックウィザードペア」に変更。ウィンドミルとゲイルは別の場所にいます。

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