2・キャラクターメイク
『ようこそ。エクステンドオンラインの世界へ』
気が付くと辺りは真っ白な、地平線の彼方まで何もないただの白い空間だった。
あるのは目の前に浮遊する「ようこそ」の文字と、それを読み上げる優しげな女性ボイスのアナウンス。
どうやらこのゲームは『エクステンドオンライン』というらしい。そういえばまだタイトルすら教えてもらってなかった。
そして、自分そっくりな人間が1人立っていた。
20歳だというのにまるで子供の様な小柄な体格。中学生、下手をしたら小学生にも間違われかねない低身長とまっ平らな体つき。
その顔に包帯はない。
しかし、紛れもなくそれは入院前の健康な頃の私の顔だった。
コンプレックスの常に眠そうなジト目。だけど、少し懐かしさで笑みが浮かんだ。
伸ばしっぱなしで飾り気のないセミロングの黒髪。しかも外側に跳ねる癖が付いてて厄介なんだ。
意識は無いのか人形の様に動く気配はない。
ふと気付いたら自分自身も同じ姿をしていた。
包帯は無い。何より体が動く。痛みもない。自分の体を見て、手を見て、動かし、徐々にその実感を深めていった。
少し目頭が熱くなった。
『自分のアバターを製作して下さい』
目の前に浮かび上がる文字とアナウンスが告げる。
これは機械が自動的に読み取った自分の体を再現しているものみたいだ。包帯やケガを無くして再現してくれるというのはとてもありがたい。
そういえば服装は白い簡素な肌着だけしか身に付けていない。まさかこれが初期装備という事? この格好で人前に出るのはちょっと抵抗があるんだけど……。
とりあえずキャラクターを作ろう。
念じると目の前にウインドウが現れた。
ガラス板の様に少し黒い色の入った透明な長方形。縁にはうっすらと金色の紋様が刻まれている。
大きさはパソコンのキーボードくらい。手にしっくりくる大きさだ。厚みは無く完全に2次元の物のようだ。
これで外見をいじれるのか。早速色々いじってみた。こういうのはちょっとワクワクする。
念願の巨乳を手に入れたぞ!
す、すごい! すごいぞこれ!! なんだこれ!? もはや諦めかけていたこの大質量! 未だ鏡を見てはまだ成長期! と誤魔化し続けて枕を濡らした20歳の夜。ついに私は本来の自分を取り戻したよお母さん!
自分の体と連動して目の前の人形の姿も変化するようだ。
次は身長。お、おお! 高い! 視界が高い! こんなに高い景色はお父さんに肩車してもらった時以来だ。
髪はサラサラのロングヘアに憧れていたので、エメラルドグリーンの綺麗な長髪に。色は好きな色にした。
タレ目気味だった目をちょっと大きなツンとした目に変更。さよならジト目。こんにちはパッチリおめめ。
瞳の色は髪と逆に赤。色々いじってみたけど、この色が一番しっくりきた。
我ながら美人じゃないか! すごい整形しまくりだけど! 私は……私は人生初の満足感にうち震えていた。
……しかし、その身体を動かしてみると体格の違いや間合い、下を向いた時の視界の悪さなど色々と不具合や違和感が酷い。
一応リハビリとして、体のカンを取り戻す事が目的である。これではリアル――現実の世界に戻った際、いざという時にズレが生じる危険性がある。一応警官なので、格闘時にそのズレが命取りになりかねない。
なので体型は初期化してしまった。実に惜しいけれど……。うん。しっくりくる……。
顔と髪は変更したまま。さすがにネットゲームでリアルと同じ顔をしているのはマズいし。
髪は死守した。女の命だもん。
性別は変更できない仕様みたいだ。リアルの体と同じものしか選択できない。
ネカマ行為――異性のふりはできない様になっている。
ようやく外見が決まりかけたその時、まだ触っていない項目があった事に気付いた。
どうやら種族を人間以外にも選べるらしい。なになに。今現在は、と。
【人族】
全てのステータスのバランスが良く、特に体力と聖属性が高い。闇属性は低め。
突出した強さはないが、どんな職業も幅広く器用にこなせる種族。
なるほど。種族によって長所、短所がある訳か。
【亜人】、【獣人】、【魔人】、【妖精】、【精霊】、と結構沢山ある。亜人と獣人はさらに細かく色々な種類があるみたい。
さらに種族ごとに獣耳や尻尾。角などが生えているものもあるようだ。
こういう種族がいるって事は世界観は剣と魔法のファンタジーなのかな? ジャンルもRPGの可能性が強い。
リシアめ。ちゃんと説明してほしかった。
試しに獣人とやらに変更してみる。
獣人のタイプ・イヌ。ピョコンとイヌ耳と尻尾が生えてきた!
しかも自分の意思で自在に操れるし、神経が通っているみたいに触れた感触もある。顔を変更してあるおかげで我ながら可愛い。ふさふさしてる。
タイプ・ウシにしてみると今度は角が生えてきた。他にも色々な動物がある。
種族は一度決定したら変更はできないみたいだ。じっくり考えて選ぼう。
コンソールを操作して他の種族も色々試してみる。
試してみて、ふとある種族が気になった。
【龍人族】
序盤は幼龍形態でステータスが最弱の種族だが、レベルアップして「成龍」、「龍神」へと成長する事で全種族を上回る最強のステータスになる大器晩成型。
属性値は全て均等で、成長後は非常に高くなる。
翼で空を飛べるが、幼龍形態では飛行できない。
他種族にはないペナルティがある。
獣人族の一種みたいだけど、成長で見た目が変わっていくというのは楽しそう。生き物を育てる感覚に近いものがある。
しかも空を飛べるようになるのも楽しみ。
よし、これに決めた。
ウインドウをタッチすると小振りの角が現れ、耳も鱗に覆われたやや尖った長いものになった。
背中には小さいがコウモリみたいな膜の張った翼が現れた。小悪魔っぽいなこれ。自由に消したり出したりできるみたいだ。
まぁ、動く時邪魔になりそうだし、普段は消しておこうかな。どうせ飛べないんだし。
更に顔には左頬にタトゥが刻まれている。黒いラインが組み合わさった幾何学模様が妖しい雰囲気を醸し出している。
これらのデザインは細かく変更できるみたいで、色々いじってみた。
よし。決まった!
ウインドウに現れた決定の項目をタッチ。ページがめくれる様に新たな項目の入力画面が表示された。
『職業を選択して下さい』
武器で戦うものや魔法を使えるもの。両方を組み合わせて戦える職業もあるし、アイテムを作り出せるものやモンスターを操る事ができるものもある。
職業によってレベル上昇時の伸びやすいステータスが異なる。
どの種族関係なく全ての職業に就く事が可能。ただ、種族の性能に合った職業を選ぶのがセオリーだろうな。
一応リアルで得意な素手での格闘専門の職業もある。これにしようか?
いや、待って。ならいっそこっちに……。
最後に残ったのはキャラクターの名前である。
これは決めていた名前がある。
子供の頃読んだ絵本のお姫さまの名前『ミシェーリナ』。
ミシェーリナ姫はドジで騙されやすいお人好しだけど、決して諦めないがんばり屋さん。当時はこんな明るく楽しい人になりたいと憧れた覚えがある。
コンソールに文字を打ち込んでいく。
しかし、コンピューターの……入力は苦手。あ、間違えた。バックスペース、バックスペース……。
突如手元に新たなウインドウが現れ、不意を突かれたせいで項目に触れてしまった。
動体視力には自信がある。
『名前を決定します。よろしいですか? はい/いいえ』と、書いてあった。
どうやらバックスペースと間違ってエンターを押してしまったみたいだ。
『名前を決定しました。
それではエクステンドオンラインの世界をお楽しみ下さい。あなたの冒険に希望と幸運があらん事をお祈りしています』
えッ!?
「はい」押しちゃってた。
『キャラクターネーム:ミケ』
ミケッ!?
視界が光にあふれ、ここに来た時同様光の奔流となって移動が始まった。
こうして私シェリル改め、ミケが新たな世界に誕生した。