18・マクシミリアン砦跡
アルテロンドの北にある商業区を出て、街道を進む。
マクシミリアン砦跡はアルテロンド北のすぐ見える位置にある。その北方と東方に崖を望む丘の上に建っており、アルテロンドの都より古い時代からあるらしい。
草原の中にある街道。その石畳はすっかり緑色の雑草で覆われ、人の手が久しく入っていない事がわかる。
道に添って東側にはかつては城壁だった石壁が続いている。だが進むにつれて次第に崩れ去り、壁の痕跡を残す石が点在するだけのものへと変わっていく。
さらに街道を行くと、徐々に辺りは草木の無い灰色の荒れ地となっていった。
そして丘を登り、霧の様な瘴気が漂う陰鬱な砦跡に到着した。
レイドのメンバー構成はこうだ。
まずアシンさんのパーティ。名前は「レッドピース」というそうだ。
槍使いのアシンさんと大剣使いのグラノ、長柄の戦斧使いのバジルの3人が前衛。全員ウェポンアタッカーだ。
弓使いのウェポンアタッカー、フォルマージとホーリーオーダーのカルネの2人が後衛、と物理攻撃に特化した5人パーティだ。弓使いのフォルマージは私を除けば今回のレイドで唯一の女性だ。
全員アシンさんと同じく赤を基調とした装備品を身に付けている。
けど、東国風の格好をしてるのはアシンさんだけだ。今は陣笠風の円錐形の帽子を被ってる。戦闘態勢なのかな。右手には槍を握っている。木製の柄にまっすぐな刃を取り付けた素槍だ。その刃は長く、鈍色に輝く刃紋が芸術性と作り手のこだわりを感じさせる。攻撃力は高そうだ。
もう1つのパーティ。私より先にアシンさんとレイドを組んでいたパーティだ。
棒使いのウェポンアタッカー、名前はウィンドミル。棍という長柄の棒を使う。攻撃力は控えめだが射程を長短自在に操れる扱いやすい武器だ。
もうひとり、格闘職のマーシャルアーティスト、ゲイル。この2人で前衛を担っている。こちらはメリケンサックの様な武器を装備して、打撃重視の戦い方が得意と窺える。
それと後衛はミストラルとブラスト、2人のマジックウィザードの計4人パーティ。スピード重視の戦い方が得意みたい。全員攻撃職でやられる前にやる先制攻撃で戦略を組み立てるタイプだ。回復役は募集中らしいが、私はお呼びでないそうだ。ちっ。
パーティ名は「風」。
最後に参加したパーティ「ハードスケイル」。
前衛は長剣と盾を使うシールドディフェンダーが2人。名前はそれぞれスクードとオーバル。マジックウィザードのフォッコとホーリーオーダーのエイドの2人が後衛と、防御重視の組み合わせだ。バランスもいい。
そして、スカウトのデッドと私のペア。
基本的に探索と遊撃担当。私はデッドの護衛だ。
「ここがダンジョンエリアの入口です」
アシンさんが指差す方向には街道を挟んで立っている、1対の朽ち果てたオベリスクがあった。
この入口から先がインスタンスダンジョンになっている。同一のレイドにいない者や、1度クリアした者は別々の空間に行く事になる。
私達は頷くとその先へ足を進めた。
「まったく、陰気な所だぜ」
最初に目に入ってきた光景は瓦礫でできた小高い山々。かつては立派だったと窺える城壁が崩れてできたものだ。
それを見渡すと、デッドは口元の覆面を指で下げて軽く息を吐いた。
正面にかろうじて形を残す門が建っており、その奥に砦らしき建造物が見える。
しかし、どうやら1階部分は崩れた瓦礫で埋まっており、入口らしき場所は見当たらない。
「入口はこの山伝いに登った砦の最上階にあります。その前に、まずはここを切り抜けましょう。デッドさん」
「おう。もう見てる。門の向こう正面と、左右の山の上にそれぞれパーティを組んでやがるな。それからその奥にもチラホラ何かいる。とりあえず、やはりまだこの付近にトラップの類いはねぇみたいだな」
『ディスクローズ』
周囲に潜む生命反応を探知するスカウトのスキル。射程範囲は自身から半径20メートルだが、1方向に集中すれば100メートル程まで探知できる。
ミスティックマスターのデテクトの上位互換だ。さすが本職。
『エクスプローラ』
トラップの存在を感知するスキル。射程は正面10メートル。
トラップの隠蔽性能が高いと感知できない場合があるが、自身に近い位置程発見率は高くなる。スキルの熟練度を上げる事でも発見率を上げる事ができる。
魔法やスキルも必殺技同様、多く使用すればそれぞれ熟練度が上がり性能が向上する。
私もよく使うプリズムアローの性能が上がって、射程がかなり延びたんだ。威力はスズメの涙程しか上がらなかったけど。
「正面の門はダミーです。右側の山から登りましょう。ここは時間が経つにつれ次々と敵パーティが増えていきます。追っ手を防ぎつつ駆け抜けて下さい」
アシンさんの呼びかけに全員が頷くと、皆右側の山に移動を始めた。
門と左右の山から同時にモンスターの群れが姿を現した。
それぞれ現れた場所でパーティを組んでいるのがわかった。
斥候として黒い犬型のモンスター「ガルム」が1頭ずつ先行している。
前衛に簡素な革鎧を身に付けた小型の人型モンスター「ルインゴブリン」が3体。緑色の体に手甲やすね当てを身に付け防具がそこそこ充実している。
武器は槍や剣。盾を装備している者もいる。小柄だが筋肉はしっかりついており油断はできない。
そして、奥に控える大きな人影。
他のルインゴブリンより一回り大きな体格をしている「ゴブリンナイト」が1体。
両刃の大きな片手斧を持っている。鉄製の鎧と左右に角飾りを生やした鉄兜を装備しており、ルインゴブリンとの格の違いを主張していた。
よく見ると、後ろに弓を背負っている。
「俺達と風の前衛組は先行して進路を切り開いて下さい! ハードスケイルの前衛は殿を。後衛は全員中央で待機しながら前進お願いします!」
私も前衛組に回りたかったが、一応魔法職なので待機する事にした。
アシンさんなりの戦略があるのだろうし、計算を狂わせる種になるのは良くない。ギリギリまで後衛に徹しよう。
デッドはアイテムボックスから弓を取り出し、遊撃するようだ。
アシンさんが槍を握りしめ、文字通り一番槍として敵パーティに向けて駆け出した。
「うおおおおおっ!!」
すっごい足軽ルックが似合う。
先行してきたガルムを素早く貫き、すぐ横に槍を振って瓦礫の山から投げ捨てる。
続く前衛組も一気にルインゴブリン達とぶつかった。
後方でも殿と先行してきたガルム2頭が戦闘を開始していた。
ゾロゾロと門と左の山からもゴブリン達が追ってくる。こいつらが追い付くまでに進路を切り開きたい。
「後衛組、迎撃用意! 上からプチワイバーンが来ます! 数は少ないので落ち着いて狙って下さい」
瓦礫の山の向こうから、鳥の様なものが飛び立つのが目に映った。暗い深緑色の鱗に覆われた体を翻し、高く、高く上昇していく。
あれが「プチワイバーン」か。大型の鷲よりもっと大きい。アイゼネルツ坑道で対峙したサラマンダーよりも一回り大きい小型の龍だ。
それが2体。上空を旋回している。
一緒に待機していたマジックウィザードが雷の魔法を放つが、それを上回る速度でかわされてしまった。舌打ちするマジックウィザード。
再び魔法を放とうとするが、弓使いのウェポンアタッカー、フォルマージがそれを制した。
彼女はギリッと弦を絞ると、空中に狙いを定めてじっと静止する。
しばらくして、空中を旋回していたプチワイバーンがこちらに向かってまっすぐ突撃してきた。
それを機と見てフォルマージは矢を放った。矢は吸い込まれる様にプチワイバーンの眉間に突き立ち、その動きを止めた。そして彼女の合図と共に全員で魔法を叩き込み、プチワイバーンは消し炭と化した。
不意に飛んできた矢を掴んだ。
矢は前方のルインゴブリンの奥で控えていた、ゴブリンナイトの弓から放たれた物だった。
あと数センチでフォルマージの首に刺さる所で、私は間に合った。
狙われた彼女は空中に釘付けだった為、私が矢を止めてからようやく気付き驚いていた。
前方ではルインゴブリン達を倒し終えた前衛組が、ゴブリンナイトを刺し貫いた所だった。
「すまない! 無事かっ!?」
前衛の一人がこちらに向かって叫んだ。
「な、なんとか無事!」
フォルマージはそう返すと私の方に向き直った。
「ありがとう。助かりました。というか、スゴいですね……!」
驚愕と興奮を顔に浮かべたフォルマージに、私は親指を立てて応えた。
前方が開き、私達は駆け出した。
瓦礫の山を乗り越えてたどり着いたのは中庭だった。恐らくは練兵場だったのだろう。瓦礫以外には特に何も無い、しかし綺麗に整地された石の床だ。
周囲はまだ形を保った外壁で囲まれ、奥に1つだけ小さな門がありそこから上へ進む階段が見える。
そして、階段から降りてくるルインゴブリンとゴブリンナイトのパーティも見えた。
「後衛組! 今です。やっちゃって下さい!」
敵が階段から出てくる前に、弓矢と魔法で何もさせず殲滅した。さすがアシンさん。むごい。
「油断しないで! 上からも来ます!」
左右の外壁の上から姿を現したゴブリン達が次々と飛び降りてくる。
殿も後退し、この中庭で4パーティの敵に囲まれた事になる。上空にはさらに増えたプチワイバーンが3体旋回していた。
「おいおい。囲まれちまったぞ。どうすんだアシンさんよぉ?」
デッドが殿の援護をしつつ、前方のアシンさんの下へ駆け寄る。それだけ全体の距離が近付いているのだ。
「大丈夫です。ここに足の速いガルムは出ません。全員一気に階段へ走って下さい!」
アシンさんと前衛組が階段の左右を守りつつ、階段に向かって走る後衛組を援護する。
殿もシールドディフェンダーがゴブリンナイトの放つ矢を防ぎながら追い付いてきた。それを先に階段へたどり着いた後衛組が魔法と矢で援護する。
そして、殿が階段に到着したと同時に全員で階段を駆け上がった。
アシンさんの指示で階段の門を魔法で破壊すると、敵がもう追ってくる事はなくなった。
「全員無事ですね? しばらくここは敵が出ません。今の内に回復しておいて下さい」
「ひゅ~う。さすがアシンさんだぜ。あの大群をこうもまぁ簡単に切り抜けるたぁな。これなら楽勝じゃねぇか? な? にゃんこ」
デッドが腰に手を当て口笛を吹いた。正直ダサい。やめた方がいいと思う。うあぁ~。頭を撫でるな。
「なんの。本番はこれからです。この先は最上階。広いバルコニーになっています。そして、先程より多くのルインゴブリン、ゴブリンナイトが待ち構えています。幸い数は増えませんが、逃げ場がないので完全に力押しでいく事になります。全員、心してかかって下さい」
全員が息を飲み、武器を持つ手に力を込めていた。
敵の数も多いが、1体1体の力も決して弱くはない。ここまでレベルの高いアシンさんが力押しで先行して、皆の道を切り開いてきた。しかし気を抜けば皆が倒され、作戦が瓦解する危険度も低くはない。
皆の間に緊張が走るのが感じ取れた。
ただ、私はやっと出番が来た事に心が弾んでいた。
階段を登り、広いエントランスにたどり着く。その向こうから大量のモンスターが待ち構えている気配が漂っていた。
しかし。
「じゃあ、お願いします」
アシンさんがそう呼びかけると、後衛組が一斉に階段から頭を出して魔法をばらまいた。
そこかしこで爆炎が上がる。じっと待っていたゴブリン達は不意討ちを食らい、床に転がり回った。
先制攻撃は成功した。
「作戦通り、一気にいきます!!」
アシンさんの掛け声と共に前衛組が全員躍りかかる。
アシンさんとそのパーティが奥にいたゴブリンナイトを引き受ける。
そして、他のパーティは転がるルインゴブリン達を次々バルコニーから突き落としていった。
これだけで約2割の敵が綺麗にいなくなった。相変わらずアシンさんの作戦はむごい。いやスゴい。
後衛組はバルコニーの端へ散って、外に向かってそれぞれ構えていた。
次々と飛び上がってくるプチワイバーンの群れ。
「迎撃用意! やり方はさっきと一緒! 前衛組が道を開くまで邪魔をさせないで!」
フォルマージが後衛組のメンバーを鼓舞する。
「よし。にゃんこ。俺達の持ち場はこっちだ! ついてこい!」
デッドが私の手を引く。その呼び方について、後でたっぷり話し合おうじゃないか。あと手を引くな。子供じゃない。
アシンさんがゴブリンナイトを槍で殴り倒した側を、私達は横切っていく。
その先の入口を塞ぐ扉に、私は手をかけた。
開かない!
「開くわけねぇだろ。その為に俺がいるんだ」
デッドが扉に取り付いた。見てろ、と言わんばかりにニヤリ笑みを浮かべて見せる。
「コイツが解けるまで俺を護衛するのがお前さんの仕事だ。足止めだけでいい。無理すんなよ! 『アンロック』!」
デッドが扉に向けてスキルを行使すると、デッドの手の中に光の格子で作られたルービックキューブの様な物が現れた。
『アンロック』
錠を解除する為のスキル。
現れたパズルを解く事で解錠される。錠のレベルが上がるとパズルの難易度は上がるが、スキルの熟練度が上がれば逆に難易度は下がっていく。
「……任された。一歩も通さない。のんびりくつろいでて」
「へえ。言うねぇ」
解錠を始めたデッドを背中に守りつつ、私は目の前に振るわれた剣を捌く。
そしてその主、ルインゴブリンの鳩尾に思いきり前蹴りを叩き込んだ。
体をくの字に曲げながらも、ルインゴブリンはすぐに体勢を立て直した。その顔にヘラヘラとした笑みを浮かべて。
フォースの魔法で筋力を強化しているはずなんだけど。強いな。トンネルオークより体格は小さいけど、力はもっとありそうだ。
再び降り下ろされた剣の持ち手を受け止めると、その肘の内側を軽く叩く。
すると、反動で曲がった腕が自らの顔に剣を突き刺した。ルインゴブリンが痛がる前にその柄を蹴り抜き、剣を貫通させる。
ルインゴブリンは倒れるより前に光となって消えた。
うん。相手の力と武器を利用すれば効果は高い。
効果の程を確認しながら、飛んできた矢を掴み、折る。
「ここは通さない……って、言った」
より大柄なゴブリンナイトが弓を投げ捨て、幅の広い斧を手にした。それを腰から引き抜くと、そのまま真横に薙ぎ払ってくる。
仰け反ってかわすと、通り過ぎ様にバック転の要領でその手首を蹴り飛ばした。
すっぽ抜けた斧が、脇を通り抜けようとしていたルインゴブリンの頭部を弾く。そして、走る勢いのままデッドの横に転がって光となって消えていった。
デッドが驚いて変な声を上げたのが聞こえた。後でからかってやろう。
仲間をやられて恨めしそうにこちらをにらむゴブリンナイト。半分はお前のせいだろ。
ゴブリンナイトが長い腕で殴りかかってきた。
力任せの素人パンチをやり過ごすと、踵で膝の裏を蹴り抜いた。膝を着いたゴブリンナイトの側頭部に間髪入れず膝蹴りを見舞うと、兜の角が折れた。
しかし、ゴブリンナイトはこちらをにらむとすぐに立ち上がろうとした。
直後、槍の穂先が背後からゴブリンナイトの胸を貫いた。
「あれっ!? ミケさん、魔法職だよね!?」
駆け付けてきたのはアシンさんだった。目を丸くした驚愕一杯の顔で槍を握っている。ゴブリンナイトと格闘していたのがまさか私だとは思ってなかったんだろうな。
私は返事の代わりに、プリズムアローでアシンさんの背後に迫っていたルインゴブリンを撃ち抜いた。雷属性で一瞬動きを硬直させたルインゴブリンを、アシンさんが振り向き様に槍で貫く。
「よしっ! 解けたぞ! みんな急げ!」
背後からデッドが叫ぶ。
「前衛組は各自後衛組の援護を! あと少しだ!」
駆け寄ってくる後衛組のメンバーを前衛組が盾や武器で守りつつ、入口に集合し始める。アシンさんも押し寄せるゴブリン達を留めつつ、離脱の頃合いを測っていた。
その時だった。
上空の弾幕が薄くなった隙を突いた1体のプチワイバーンが、退却中のマジックウィザードの1人に突撃を始めた。
「しまっ……! フォッコ!」
護衛のシールドディフェンダーをすり抜け、直接防御力の低いマジックウィザードを狙っている。
そのマジックウィザードも魔法を発動させようとするも、チャージタイムが完了するまでに間に合うとは思えなかった。
あわやその牙が彼に届こうというその瞬間。
私はプチワイバーンの背で、その翼に組み付いていた。
後衛組を狙うプチワイバーンが見えたので、即座にその軌道の上スレスレに跳躍したのだ。
飛ぶ為に軽量化してある体と、薄い膜の張った華奢な翼。私はその両翼にしがみつくと、全身に力を込めてバラバラにへし折った。
プチワイバーンは浮力を保つ事ができなくなり、軌道を変えてマジックウィザードの頭を掠めて墜落していった。
私が離れた場所に着地した頃、プチワイバーンは側にいた前衛組に退治されていた。
「立てる?」
私が手を差し伸べると、マジックウィザードのフォッコはその手を掴んで立ち上がった。顔は未だ何故助かったのか理解してない様子だったけど。
再び走り出し、ついに全員が砦の中へと侵入する事に成功した。
次回投稿は19日午後8時予定です。
ゴブリンは、皆殺しだ。
ゴブリンの村を作るアニメを観た後に、ゴブリンを皆殺しにするアニメを観ては心を痛める今日この頃。
今章のメインキャラクターのアシンさんとデッド。
いつも新キャラを作る時は結構悩むんですが、この2人は割とすんなり性格が定まりました。おかげで会話が進む進む。
対称的な性格の、良い兄貴分達です。
ただ、キャラクターが増えたせいで文章がごっちゃりした感がありますね……。モブに名前を付けるかで最後まで迷いましたし。上手くまとめるのが今後の課題です。
そして、やはり戦闘シーンは書いてて楽しい! これからしばらく怒涛の戦闘回が続く予定です。
次回第19話『砦跡内部』
お楽しみに!