13・飛行船
私達はアイゼネルツの町に戻ると、防具屋に直行した。
獣身覚醒が収まると、龍人族特有のペナルティで装備が全て破壊されてしまったからだ。
ちなみに獣身覚醒中はスタミナ値の消耗が早くなり、ゼロになると強制解除となる。そうなるとしばらく身動きすらできなくなる。
なので、そうなる前に任意で解除するのがセオリーとなっている。今回は割と短時間で戦闘が完了したので良かった。
体中から溢れていた闘気が消え果てる。
鱗と爪が元に戻ると、全身の装備が焼き切れる様に煙を上げて朽ち果てていった。鋼鉄で出来ているはずの手甲やすね当ても音を立てて砕けてしまった。
焼けたボロ切れをまとうその姿は、まるで戦場に立つ一体の鬼だった。
しかし、平和な町に戻ればただの半裸の変態である。
上に羽織るローブをシェルティが貸してくれた。これからは万が一を考えて予備の服を用意しておこうと思う。
ちなみに下着だけはシステム的保護がかかっているおかげで、傷ひとつ付いていない。
衣服も黒コゲのボロ布になってしまっているが、かろうじて胴体部分は衣服の体を成す程度に残っている。
装備品はダメージでも損傷するんだ。さすがに戦闘で全裸に剥かれたら酷いクレーム物だろうし。ありがとう全年齢対象。
帰り道、ボスだったサラマンダーがいなくなったからか、もうモンスターは現れなくなっていた。
シェルティは肩に乗るサラマンダーを撫でてご機嫌そうだった。
さっきまでの敵意剥き出しだった様子とはうって変わって、もうすっかりなついてしまっている。
使役するモンスターには個別に名前を付ける事ができるらしく、シェルティは「ハーベスト」と名付けた。
収穫、とは農家らしい。早速もうハービィと愛称で呼んでいる。
そういえばサラマンダーを使役しているビーストテイマーは滅多にいないそうな。
このアイゼネルツに滞在するレベルでサラマンダーを捕獲するのは、後衛職のビーストテイマーにとって難易度が高いようだ。
確かに飛んでるし、近付くだけでも一苦労だったしね。大抵は魔法や弓矢で接近する前に倒してしまうだろうから、使役するのは至難の業だろう。
また、このすぐ後の町に行けばより強いモンスターが比較的簡単に捕獲できるというのが一番の理由との事。
ま、そんな事関係なくシェルティはハービィを可愛がっているけどね。
私が撫でようとしたら避けられた。悔しい。殴ったのを根に持ってるのかも。
私は戦いの中、レベル9に上がっていた。
私は新たに初級支援魔法をいくつかと探索魔法を覚えた。
『フォース』『ビルド』『スピリット』
初級支援魔法。
それぞれ筋力、体力、魔力を一時的に少し上昇させる。
特にフォースは攻撃力の足りない私にとってありがたい。頻繁に獣身覚醒する訳にもいかないからね。
『デテクト』
初級探索魔法の一種。
一定範囲内に存在する生命反応を発見する事ができる。
ただ、範囲は自分を中心とした半径5メートルとそんなに広くない。
さすがミスティックマスター。魔法の性能が低い。探索の本職ならもっと有効な性能があるんだろうな。
範囲を一方向に集中すれば20メートルとより遠くを調べる事も可能。
紙切れみたいな耐久力しかない私にとっては、不意討ちを避ける為必要になってくるはずだ。
修得可能レベルに達したのでようやく貯まっていたスキルポイントを消化できた。ミスティックマスターは習得可能になるレベルも遅い。
一応まだスキルポイントは余っていたし覚えられる魔法もあったが、今後の為に節約する事にした。
ちなみにシェルティはレベル12になってた。
そんなこんなで後ろ指を差されながら、私達は防具屋にたどり着いたのだった。
前の服は買ったのが始まりの町だったという事もあり、新調する事にした。
まぁ、よくもそんな装備でサラマンダーに挑んだものだ。
甘味の食べ過ぎでお金を使いすぎていたのもあるんだけど。
上はリボンタイを付けたグレーのシャツ。下は黒のパンツと膝上まである革のロングブーツ。
コートはフード付きの黒いダッフルコートにした。丈は膝上くらいの長さ。装備者のサイズに自動的に合わせてくれるせいか、フードは角の形に合わせて横斜め上に少しスペースが作られている。
長い後ろ髪をまとめてバレッタで留めてみた。ちょっとしたイメチェンだ。
手甲とすね当てはここで購入したというのもあって修理してもらった。ついでに服の色に合わせて黒く塗り直した。
シェルティもレベルが上がったので、いくつか装備を新調した。
初期装備だったスカートは黒いショートパンツに。
脚は股下まである黒のロー・ハイソックスと茶色い革のショートブーツ。ちょっぴり高いヒールがアクセントだ。
ローブも髪色に合わせた薄紫色の新しい物に新調した。
オマケにサイドテールにまとめていた髪留めも簡素な布から銀細工の物に交換した。
服が変わっただけで可愛さが3割は上がった。周囲にまとう光のおかげでちょっぴりエレガントでプレミアムな雰囲気を演出している。とにかくかわいい。
肩にとまっているハービィも誇らしげだ。
結局、私の4人パーティを結成するクエストは達成できていない。こっちの方が難易度低いはずなのにな……。
少し早いが、私達は次の町に行く事にした。
まだこの町にクエストはいくつか残っていたが、何より次の町に行きたかった。
だって飛行船に乗りたかったんだもん。
私達は町の上にある草原に向かった。
日は西に傾き始め、夕日が草原を光輝く黄金色に染め上げていた。
草原に着くと、湖のほとりにある発着場に何人かの利用客がいるのが見えた。
そして、その向こうに佇む大きな乗り物の姿が目に映った。
飛行船だぁ!
子供の頃、飛行船に乗るのが夢だったっけ。大空の旅に憧れてお父さんに「乗せて乗せて」とせがんだ記憶がある。
子供の頃見た物とは造りがずいぶん異なるけど、ふとそんな思い出が蘇った。
シェルティも目を輝かせて「すごいすごい!」とはしゃいでいる。
その度に私を揺さぶるのはやめてほしい。
ハービィも初めて見る飛行船に興奮気味だった。
近くまで行くとその大きさを見上げた。
ゴンドラである船体には大きな丸いガラス窓がはめ込まれ、展望はかなり良さそうだ。
船体はかなり古い様式の造りで、金属の補強が一部使われてはいるがベースは木造である。
その上には金属フレームが支える長球状の気嚢が宙に浮いており、気嚢と船体は幾多ものロープで接続されていた。
船体の両翼には推進用のプロペラが取り付けられていて、今は時折吹いた風でゆらゆら揺れている。
夢にまで見た飛行船が、ここにあった。
「あんだぁチビテメェ!? 帰ってくんな。テメェみてぇなヤツを乗せると風の神様がヘソを曲げちまう。船乗りのカンがそう言ってんだ。ほら、行った行った! チッ。クソが」
操縦士のオヤジは不機嫌丸出しでこちらをにらみつけ、犬を追い払う様にシッシッと手を振った。この野郎、トドメに地面にツバを吐きやがった。
操縦士のオヤジに声をかけたら、私はにべもなく断られた。
私が何をしたっていうんだ。
「う……ぐす……っ」
「ミケさん……。大丈夫ですよ。きっといつかわかってもらえますって。だから泣かないで」
「クウ……」
ハービィもどこか憐れみを含んだ声で鳴いていた。
別に泣いてないし。
いいもん。飛行船が出発したら、その方角に向かって山を越え谷を越え歩いて行くもん。何日かかろうとも絶対たどり着いてやるもん。飛行船なんかいらないって証明してやるもん。
オヤジがその鋭い目付きをシェルティに向けた。
「どうぞ可愛いお嬢さん。快適な空の旅を約束しましょう。大海原を駆ける夢の時間の始まりだ! さぁ、乗った乗った!」
「あ、はい! ありがとうございます!」
……なんでだよ!
え、私神様に何かした?
そういえば昔、お父さんとの旅の途中で空腹に耐えかねて祠のお供え物を食べちゃった事があったっけ。それか?
それとも年齢制限? イエスロリータ ノータッチなの? 私20歳なんだけど。どうして?
シェルティ。ねぇ、答えてよ。シェルティ。
「……あ」
思い出した様にシェルティはこちらをゆっくり振り返った。引きつった笑顔を見せると、気まずそうに姿を薄くしていく。
その時私がどんな顔をしていたのか、シェルティはついぞ教えてくれる事はなかった。
「え!? あ、ちょっ!」
シェルティはオヤジに強引に船内に押し込まれていった。どうやら話しかけると自動的に乗船が成立するようだ。
慌てたシェルティがこちらに手を伸ばす。
「ミ、ミケさぁん! ありがとうございましたぁ! またきっとお会いしましょう!」
そう言うと、シェルティは船内に乗り込んだ。離されまいと必死に頭にしがみつくハービィと共に。
間もなくプロペラが起動し、船体が浮遊していく。そして少しずつ移動を始めると、あっという間に天高く昇っていった。
その姿が見えなくなるまで、シェルティは船内から手を振っていた。
私も飛行船が夕日の向こうに消えるまで、手を振って見送った。
突然の別れとなってしまったが、シェルティの言った通りきっとまた会える。
人の出会いは一期一会。今回の冒険はとっても楽しかった。また会った時もきっと素敵な冒険ができるに違いない。
私は名残惜しさも感じながらも、その場を後にした。
操縦士のオヤジは呪っておいた。
次回投稿は14日午後8時予定です。
これで一旦シェルティとはお別れです。
やっとミケにも仲間ができたと思ったのも束の間。ミケにはまだしばらく1人旅を続けてもらおうと思います。
次回はオフ回です。第14話『ガールズトーク』
お楽しみに!