12・サラマンダー
「そういえば、モンスターの使役って……どうやってするの?」
トンネルに空いた横穴を潜りながら、私はシェルティに尋ねた。
ここは自然の洞窟のようだ。水晶の様に直線的で滑らかに輝く岩がいくつも連なってこの空間を支えている。
「えっと、まず戦って相手を弱らせます。そうしたら体のどこかにあるポイント。ビーストテイマーにはそれが見えるんですが、それに触れて捕獲スキルの『キャプチャー』を発動させると仲間になってくれます」
「なるほど。簡単」
「そんなに簡単じゃないですよぅ……! 運が絡んでくるんです。HPが少ない程成功率は高くなるらしいですけど、成功するまで何度も接近しないといけないんですから」
ステータスの低い後衛職には確かにキツい。
私達は横穴を抜け、そこに広がる広大な空間を見上げた。
地層の様に積層された柱状の岩盤。
平らな岩盤が床を形成し、滑らかな表面が鈍く光を反射している。それらは階段状に連なり、いくつかは小さなバルコニー位の広さの舞台を作り上げている。
あるいはそれが地殻変動で起き上がり、天を仰ぐ無数の剣の山となっていた。
岩の壁にはそこかしこに輝く水晶が夜空の星々のごとく瞬いている。
それは温かいオレンジ色に染まり、その光源の存在を私達に教えていた。
空間の奥。剣の様に立ち並ぶ岩山の頂にそれはいた。
大きさは大型の猛禽類程度か。鋭い爪を持ち、コウモリの様な小さな翼をはためかせた不思議な獣。体は爬虫類の様な白い鱗に覆われているが、背中側はオレンジ色の毛が炎の様に揺らめいている。その主は熱い輝きを放ちながら優雅に宙を舞っていた。
「いました! サラマンダーです!」
「あれが……」
この薄暗い洞窟に巣くう魔物の主。そしてこのインスタンスダンジョンのボス、サラマンダーだ。
すぐに戦闘態勢を取る私。
「キレイです……。もうちょっと見てましょうよぅ」
目と周囲を漂う小精霊の光を輝かせるシェルティにすがり付かれて、気勢を削がれてしまった。
でも確かにこの暗闇を太陽みたいに照らすサラマンダーは、綺麗だった。
しかし、やはり悠長に構えてはいられなかったようだ。
「……ブキィ……」
岩山の影からまた聞き覚えのある唸り声が聞こえてきた。
「ひぅいっ! また出ました!」
「……数はオーク5。サラマンダー1。サラマンダーの動きに警戒。大丈夫。さっきと同じ様にやろう」
「わかりました……!」
敵意剥き出しのトンネルオークがそろってハンマーを構え、サラマンダーも輝きを増しながらこちらに向き直った。あちらも戦闘態勢だ。
私は体勢を低くし、爪を立てた猫の様に左手を前へと構える。
その頭上を閃光と化したシェルティが駆け抜けていった。
「フラッシュリーパー!」
同時に私も大鎌が斬りつけたトンネルオークに組み付く。
「プリズムアロー!」
その脇から奥に向けてプリズムアローを放つ。連続して3体のトンネルオークの顔面を氷の結晶が覆う。
しかし、サラマンダーは火の粉を残して飛び去り、躱されてしまった。
暴れるオークの腕を取り、足運びのなっていないその体を思いきり背負い投げる。ゲームでなければ背骨が折れてるはずの衝撃を背中に受けながら、それでもハンマーを振るトンネルオーク。
私はその顔面を踏みつけその場から跳躍する。
同じ箇所を、降り下ろされた大鎌の刃が刺し貫いた。
その時だった。
光の粒となって消えていくトンネルオークの死体に、突如炎の塊が降り注いだ。
次の瞬間爆炎が上がり、弾けた飛礫が襲いかかってきた。
反射的にかざしたガードが間に合い、手甲に弾かれた礫が甲高い音を立てていく。どうやら質量の小さい石ころ程度なら手甲の防御力を貫通できないようだ。腕自体のHPには損害がなかった。買ってよかった。
「うぅ……」
「シェルティ!」
攻撃直後の隙を突かれたシェルティはあの爆発の直撃を受けていた。
「すぐ回復する」
シェルティにヒールをかける。
かなりの威力だったのか、HPは全快していない。回復ポーションを重ねて、全快させた。
HPの高い精霊族のシェルティが、一撃でその半分を持っていかれた。あれを私が食らったらまず即死は免れない。
「……す、すみません」
サラマンダーの放った炎の塊。遠くから放たれスピードもある。その威力は戦局を左右するに十分な威力があった。
「どいて下さいッ!!」
不意にシェルティは私を突き飛ばした。
鋼鉄のハンマーが私の頭を掠め、シェルティに当たる寸前で大鎌の柄に防がれた。
「フ……ッ!」
私はハンマーを持つ手を踵で思いきり踏み抜き、取り落とす事に成功した。
だが、周囲はトンネルオークの包囲が既に完了していた。
シェルティを引っ張り起こし、互いに背中合わせになる。
頭上にはサラマンダーが旋回しながら次の攻撃の準備をしていた。
「助かりました……」
「お互い様」
4体のトンネルオークがジリジリと包囲を狭めてくる。どうやらもう回復する暇も与えないつもりらしい。
「シェルティ、こっち」
私はシェルティの手を握ると壁、否、板状の岩盤が重なった足場をよじ登った。必死で登る私達の足をハンマーが掠め、岩を砕く。
岩山の頂上にたどり着き、足下にすがる豚頭を見やる。
私の背後に隠れるシェルティの足下から、落ちた小石が下方へ吸い込まれていく。息を飲む音が聞こえる。耳元に息がかかってくすぐったい。
追い詰められた。
でも、籠城している場合じゃない。
「シェルティ!」
私はシェルティの腰に手を回し、ギュッと抱き締めた。
「えっ!? えぇっ!?」
途端に真っ赤になって狼狽するシェルティ。
「跳んで!」
「……! はいっ!」
私の声を瞬時に理解してくれたシェルティと共に、私達は即座に頂上から身を投げた。
そして何もない空間を落下し、しかし遠くに見えた岩山にシェルティは思いきり大鎌を伸ばした。
刃が剣状の岩盤に引っかかり、私達はその岩山の中腹に降り立つ。
先程までいた岩山はちょうど頂上に炎の塊が激突し、迫っていたトンネルオークごと爆散していた。
「あ、危なかったぁ……」
すぐに私達のいる場所にも爆炎が撃ち込まれたが、寸前で山を駆け降りて事なきを得た。
「どうしましょう? あんなに高く飛ばれたら届きようがありませんよぅ」
情けない声を上げながら姿を薄くするシェルティだったが、確かに難しい。炎の塊を打ち出す前後でしばらく動きを止めるみたいだけど、いかんせん高さが足りない。
私も成龍形態に進化すれば空を飛べるのに。
「……そうか」
閃いた。
「シェルティ。攻略する。オークを任せたい。いい?」
キョトンとするシェルティ。だが、すぐに力強い笑顔を見せてくれた。
「……1分。1分だけ凌いでみせます。精霊族の奥の手と農家の誇りに賭けて!」
私も小さな笑みで返す。
私達はそれぞれの標的を見定めた。そして、一気に飛び出した。
「『ライフドライブ・筋力転化』ッ!!」
叫ぶと同時にシェルティの体が紫色の光を放ち始める。
「今から1分間、HPを筋力に変換します! その間全力でお守りします!!」
精霊族固有の専用スキル『ライフドライブ』。MPが無い代わりに高いHPを、一時的に各ステータスに自由に振り分ける事ができる。
代償は減ったHPをさらに削りながら戦わなければならない事だ。全体的に平均以下のステータスしかない精霊族だが、これによって一点特化したピーキーな性能に様変わりする。これも扱いづらく敬遠される理由であるが、特化させたステータスは他種族を遥かに圧倒する。
次第にシェルティのまとう小精霊が火花の様に激しく弾け、大きくなっていく。
シェルティはアイテムボックスを開くと、取り出した物を手に構えた。
そして、迫り来るトンネルオークの群れに飛び込むと、シェルティは大幅に増した筋力で2振りの長大な刃を振り回した。
「大鎌二刀流です! 草刈りで鍛えた底力を思い知れッ!!」
さながら竜巻のごとくシェルティはトンネルオークを巻き込んでいった。
私は駆け抜ける。そびえる剣の山を飛び越え、その向こうにいるサラマンダーに向かって。
高度を取って逃げ回り、隙あらば炎の塊を放つその一瞬を。私は見逃さない。
サラマンダーの攻撃パターンで気付いた事があった。
飛行高度には限界がある。
サラマンダーはより自分に近い相手をターゲットに選ぶ。
こちらの動きが止まった瞬間にのみ炎の塊で攻撃してくる。
そして、攻撃には射程距離があり、一定の距離まで近付いてくる、という事だ。
岩山の頂上に立ち、迫り来る炎を見据えながら私は叫んだ。
「……獣身覚醒ッ!!!」
爆発するかの様に、全身から赤い闘気が迸った。
獣身覚醒。一時的にステータスを大幅に上昇させる獣人種の切り札。龍人族には多大な代償もあるが、その効果は他の獣人族を遥かに上回る。
そして、覚醒時のみの短時間。移動速度が強化され、獣じみた跳躍力が備わる。
進化できないならば、自分で進化してやればいいんだ。
まるで体が中から燃え上がるようだった。ゲームのスキルではあるけれど、確かに力が湧いてくる実感がある。
と、同時にずいぶん久しぶりな感じがする。そうだ。少し前までは当たり前だったこの感じ。神経の隅々まで力が行き渡り、焼き切れる寸前のエンジンを完璧に制御している様なギリギリのこの感覚。
これはそう、怪我を負う前の全盛期の体に戻ったみたいな感じなんだ。
これなら、届く。
私は岩を蹴り一気に飛んだ。
岩山に当たった爆炎も後押しし、強化した跳躍力でついにサラマンダーの翼に手をかけた。
翼にかかる私の手に変化があるのが目に入った。
髪と同じエメラルドグリーンの鱗に覆われ、黒いカギ爪のある大きな手。
頭の角は大きく延び、耳を覆う鱗の範囲が目尻にまで迫っている。さらに長い龍の尾と、普段は隠している小さな翼が背中に現れていた。
左頬の紋様が赤い輝きを放ち出す。
そして、縦に裂け金色に変わった瞳が、振り返り驚愕に染まったサラマンダーの瞳を射抜いた。
私は一気に拳を撃ち下ろした。
「シェルティィーーーッ!!!」
トンネルオークを左右から大鎌で刺し貫いた所で、もう1体のトンネルオークに殴り飛ばされ地面を転がるシェルティ。
大鎌を取り落としたのは右腕のHPが全損したからだ。1分にはまだ早いが、残り少ないHPが先に潰えそうだった。
「……まだ、諦めません」
片腕で大鎌を構えると、降り下ろされたハンマーを受け止める。筋力が増しているとはいえ、片腕ではもたない。迸る光も輝きが弱まってきていた。
鍔競り合いになりながらも、なんとか押し返そうと足を踏ん張った。
しかし、背後からさらにもう一体のトンネルオークが起き上がる。
「……フゴ……!」
もうボロボロでハンマーも失っているが、確実にこちらへ足を進めていた。
「……ミケさん! 行きます!!」
シェルティは力を緩めるとハンマーを受け流し、背後のトンネルオークに大鎌を投げ付けた。
シェルティは走った。受け流したトンネルオークの脇をすり抜け、逃げる様にまっすぐ。
トンネルオークはよろけた姿勢を直すと、ハンマーをシェルティ目掛けて振りかぶる。
「タッチ!」
目の前にサラマンダーが落ちてきたのと同時に、シェルティはサラマンダーの背から飛び出した私とすれ違った。
私も、シェルティもそれぞれの目標に駆け出していた。
私は迫り来る豚面を見据えた。今正に降り下ろされたハンマーを拳で弾き飛ばし、もう片方の腕でその持ち主の顔を殴り飛ばした。
回転して飛んでいくトンネルオークにさらに蹴りを撃ち込み、加速させる。
「はああッ!!」
そして、壁にぶつかり反動で跳ね返ってきたその体に、全質量を以て体をブチ込んだ。
岩の壁にめり込み亀裂が走ると同時に、トンネルオークは光の粒となって消えていった。
私は後ろを振り返った。
落下の衝撃で硬直しているサラマンダー。
シェルティは私とすれ違ったと同時にサラマンダーへ向かって手を伸ばしていた。
その手がサラマンダーの額に触れた瞬間、サラマンダーは意識を取り戻し炎を漲らせ始める。
炎の塊が放たれたのと、額に触れた手が輝き出したのは同時だった。
「キャプチャー!!」
直後、猛烈な爆炎と共に煙が舞い上がった。
炸裂音が側を通り抜けて洞窟内に反響していく。吹き荒れる岩の破片と火の粉に、私は腕で顔を覆った。
「くっ……。シェルティ」
爆発の直前、シェルティはスキルを発動させたはずだ。
もうもうと立ち込める煙。降り注ぐ砂埃から顔を庇いながら周囲を見渡す。
やがて爆発の余韻が収まり煙が晴れた頃、その奥で仰向けに倒れるシェルティの姿を見つけた。
私はすぐさまシェルティの下へ駆け寄った。
「シェルティ。大丈夫?」
倒れたままのシェルティ。私の呼びかけにわずかに反応したシェルティは、かろうじて動く左手を上げてゆっくりと目を開けた。
そして、笑顔で親指を立てた。
「大成功です。やってやりました……!」
傍らには温かい光を放つサラマンダーが、そっとシェルティに寄り添っていた。
次回投稿は11月7日予定です。
大鎌の二刀流はロマンです。絵に描く時構図に困りそうですが……。
やはり戦闘シーンを書くのは楽しいですね。特にキャラクターがボロボロになりながらも、逆境を跳ね返していくのは書いてて最も熱くなるシーンです。
人が死なないゲームだからこそ割と無茶な戦い方をさせられる、というのも題材をゲームに選んだ理由でもあります。
これからもっと無茶な戦いをさせられるミケに励ましのお手紙なんかを送ってもらえたら、きっと喜んでくれるでしょう。
次回第13話『飛行船』
お楽しみに!