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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第2章・オバケ少女と坑道探険
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11・アイゼネルツ坑道

 アイゼネルツの町は観光地の色合いが強く、石の白と草花の緑とで調和の取れた綺麗な街だった。

 だが、鉱山に近付くに従って、次第に牧歌的な街並みから殺風景な鉄と岩の窪地へと変わっていく。長い時をかけて切り出され、人の手で作られてきた……設定の道だ。足を進めるに連れ風に鉄と煙の匂いが混じってくる。

 辺りには採掘された鉱石を加工する為の建造物が並び、中から金属を叩く甲高い音が響いていた。

 荒く削られた岩肌にはレールが敷かれており、その行き先は崖にあるエレベーターに続いていた。


 シェルティとパーティを組んで、私達は町から坑道に降りるエレベーターに乗っていた。

 町外れの崖っぷちに造られた運搬用の物だ。これで採掘された資源を運び出している設定なのだろう。バス1台くらいは軽く乗れそうな広さがある。簡単な柵があるだけで、そこから見える景色はとても良い。原動機の駆動音と共に私達はゆっくりと降りていった。




 ギルドを出た後、私は防具屋で手甲とすね当てを買った。


 攻撃を正面からガードするよりも、斜めに当てて衝撃を受け流す方が腕のダメージは少なかった。

 さらに、攻撃が当たる前に真横から力を加えて、軌道そのものを変えてしまえばほぼダメージは無いようだった。

 それでも敵の攻撃を捌く為に手足のHPは保護しなくてはいけない。念には念を入れておく為に、防御力がもう少し欲しかったのだ。

 鋼鉄製でやや重いが、腕と脚だけなのでそれほど負担はない。

 ちなみに代金はシェルティ持ちだ。依頼を出す側だ、という事で押し切られた。


 装備しても体術熟練度の補正が唯一受けられるという武器、ナックルと爪を見てみた。攻撃力は低めだが、補正のおかげで総合的には長剣くらいの攻撃力になるみたいだ。

 重さもほぼ感じない。恐らくナイフ以下だ。

 しかし、上がるのは打撃力だけみたいだ。投げ技や極め技を使う際メリケンサックの様に握って使う物はかえって邪魔になる。なので遠慮した。

 装備すると体術熟練度の上昇速度も落ちるみたいだし。


 シェルティの装備も見繕おうと思ったんだけど「私はいいんです。これ以上は持てませんから」と変更はしなかった。軽装に見えるけど、よほど筋力が成長しにくいのかな。


 そうこうしている内に、エレベーターは大地にポッカリ空いた大穴へ沈んでいった。




 ゴツゴツした岩のトンネル。壁は木の柱で補強してあり、そこにかけられた小さなランプだけが明かりを灯していた。それでも不思議と明るく視界は良好だ。


 そして、正面の壁にそびえる大きな扉。


「ここから先がインスタンスダンジョンです。覚悟はよろしいですか?」


 シェルティが緊張を含んだ声で呼ぶ。

 私は頷いた。

 私達は扉を開くと、真っ暗な闇の中へ足を踏み入れた。


「ここ、アイゼネルツ坑道の適正レベルは9です。私は一応10なんですが、通常のフィールドより強い敵が現れるので気を付けて下さい」


「……え。私、レベル7」


「ええっ!?」


 驚愕に彩られる私達。


「ロックウルフだって普通のフィールドの動物達ですけど、適正レベルは9なんですよ!?」


 それもこんな不遇キャラじゃなく、最低でも2人パーティを組んでいる状態での話。

 ちなみにインスタンスダンジョンは4人以上のパーティで挑むのが常識の難易度なんだとか。


「私より強いかと思ってました……」


 あからさまに肩を落とすシェルティ。君はもっと本音を隠せ。気分と一緒に姿を薄くするんじゃない。

 というか、逃げ回ってたんじゃなかったのか。

 聞くと、ブッシュコボルトを延々狩っていたそうだ。あの悪そうな顔は何だかやっつけたくなるとか。……まぁ、わかる。


「ん……?」


 そんなやりとりをしていると、通路の奥から何かがやって来た。

 小石を蹴る音と共におぼろげな影が近付いてくる。

 とたんに不安そうに不透明度を下げながら、私の影に隠れるシェルティ。


「フゴッ!」


 現れたのは「トンネルオーク」と表示された豚頭の巨漢だった。


「ひぅい……! モンスターですぅ!」


 この子は獣型のモンスターは動物達、人の形をしているものはモンスターと呼び分けているみたいだ。声にする時の調子が全く違う。

 カタカタと震えながら、私にしがみついたまま離れない。動けないんだけど。


 トンネルオークは今まで相手にしてきたモンスターよりやや大柄な体格をしていた。

 肩には柄の長い鋼鉄製のハンマーを担ぎ、それを扱う全身の筋肉も相応に大きい。腹は大分ダブついているけど。

 上半身は裸だけれど、下半身にはボロボロな灰色の作業ズボンを穿いている。

 一応人型の体はしているが、黄土色の皮膚、下顎から突き立つ牙とその豚頭が人間でない事を主張していた。

 その目からは残った乏しい知性すら踏み潰す様に、下品な笑みがにじみ出ている。


「シェルティ。怖がらないで。大丈夫、私達なら勝てる」


「は、はい……。よしっ! がんばります!」


 ポンと肩を叩くと、シェルティの顔に元気が戻った。小精霊もキラキラしてる。

 意外と切り替えは早いみたいだ。シェルティは自らの頬を叩いて気合いを入れると、アイテムボックスから武器を取り出した。


「重いから普段はアイテムボックスに仕舞ってるんです」


 これは本の挿絵かなんかで見た事がある。農夫が草を刈る為に使っていた物だ。一揆とかでは武器としても使われたという実績もある。

 それより、死神が魂を収穫する為手にしているという印象の方が強い。鈍く輝く刃は、気弱なシェルティに似つかわしくなく思えた。


 武器は、大鎌だった。


「ミケさん。私が牽制するので、後はよろしくお願いします!」


 シェルティはその長い刃を後ろに下げると、居合い抜きの様な構えを取る。

 瞬間、閃光と化しその姿がかき消えた。


「フラッシュリーパー!」


 刃の煌めきが残像として線を引く、その先。


「ブギ!?」


 長大な刃がトンネルオークの脇腹に突き刺さった。わずかにトンネルオークの体がグラつき、苦悶の表情を浮かべる。

 しかし、トンネルオークは構わずシェルティに視線を向けると、右手に持ったハンマーをにわかに持ち上げた。


 攻撃を放った姿勢のまま、シェルティの体は固まった様に全く動かない。


 私はまっすぐ駆け出した。

 シェルティは動かないのではなく、動けないんだ。あの攻撃は反動が大きく硬直するんだろう。

 私は目一杯加速すると、トンネルオークの鼻っ面に飛び蹴りを見舞った。


 トンネルオークは衝撃でのけ反り、掲げていたハンマーはあらぬ方向へ振り回された。

 堅い。動きは遅いけど力とタフネスは今まで戦ってきた敵とはケタが違う。

 蹴りつけた反動で跳び退き、着地すると同時に鳩尾に順突きを叩き込んだ。


「フゴォ!」


 それを鬱陶しそうにハンマーで薙ぎ払いにくるトンネルオーク。こちらの攻撃は全く意に介さないのか。それを屈んでやり過ごすと、背後に回り込み無防備な後頭部を手甲を着けた腕で殴りつけた。

 グルリとこちらに向き直るトンネルオークが三度ハンマーを振り上げようとする。


 しかし、その首筋に長大な刃が滑った。

 シェルティがトンネルオークの背後から急所の首を攻撃したのだ。


「ミケさん! 大丈夫ですか!?」


 光の粒となって消え行くトンネルオークの向こうに、泣きそうなシェルティの顔が見えた。

 なんだかこの戦いの場に不似合いな表情に、思わずくすりと笑みがこぼれた。


「……大丈夫だった、でしょ?」


「あ」


 私が親指を立てると、シェルティはぱっと笑顔を見せた。


「……はいっ!」




「その武器……」


 坑道を進む。

 通路は広く、地面にはいくつものレールが敷かれている。時折採掘した鉱石を運び出す為のトロッコなんかも見かける。

 天井から落ちる雫が静かな空間に音楽を奏でていた。


「これですか? 私、実家が農家で。草を刈るのに使い慣れてるんです。上手くなれば機械にだって負けないんですから。ふふん」


 あの似つかわしくない得物はそういう理由があったのか。今時大鎌を使ってる農家がいるとは珍しい。

 あと、色々使ってみたけど他の武器は上手く扱えなかったらしい。元々あまり器用な方ではなく、慣れていた大鎌じゃないとどうしても動けないらしい。何故なのか私にはちょっと理解できなかったが、シェルティが誇らしげだったのでそれで満足した。


 大鎌は全武器中最長の射程距離と攻撃範囲があるのが特徴。攻撃力も大剣に次いで第3位と高い。

 しかし、トップの両手斧に次ぐ重量と攻撃後の隙があり、扱いにくい武器でもある。

 シェルティが装備を「これ以上持てない」と言ったのは、攻撃力が高く重い大鎌を装備する為に、防具重量を節約していたからだったんだ。


「それにあんなに早く動けるなんて思わなかった。居合い抜きの達人でも大鎌であれ程の剣閃を放てる者、私は見た事ない」


 農家凄い。


「あれ、『必殺技』ですよ?」


「……必殺技?」


 『必殺技』。それは戦闘において切り札となる強力な攻撃である。


 どうやら武器を使い続けると必殺技を覚えられるらしい。それまでの行動、攻撃パターンなどから算出され、戦っていると突然習得するそうだ。


 繰り出す際、発動には必殺技ごとに決まったモーションをする必要があり、そうする事でシステムによる補助が体を自動的に動かして技を放つんだそうな。MPを消費する事で、通常では不可能な超人的な動きで攻撃できる。また特殊な効果が付与されている場合もある。

 決して農家が代々奥義を伝える戦闘民族という訳ではないみたいだ。


 武器は使い続ける事で『武器熟練度』が上がり、一定値まで上がるとそのランクの必殺技が習得できる様になる。

 必殺技は武器の種類ごとに設定されているので、どんな種族、職業でも熟練度さえ上がれば習得できる。

 ただ、武器熟練度は体術熟練度と違い、攻撃力に補正はない。さらに、事前にチャージタイムがある魔法とは逆に、必殺技は攻撃後に硬直が発生するペナルティがある。なので、仲間の援護でその欠点を補いながら戦う必要がある。

 その代わりに、通常攻撃の数倍の威力を誇る強力な攻撃技を繰り出せるのだ。


「……なるほど。知らなかった」


「素手は必殺技ないですもんね」


 ないんだ。

 大鎌の必殺技はその重量に反して初速が早い技や、流れる様な連続技が使えるトリッキーさが最大の長所なのだそう。


「というか、居合い抜きの達人の方が珍しい気がするんですけど……」


「そう……かな?」


 昔、お父さんとの旅の途中、寝泊まりする場所を探していた時たまに見かけたけどな。カンバンは良い薪になった。


「ブキィ! フゴッ!」


 奥に進むと再びトンネルオークが、今度は3体現れた。


 先程と同様、シェルティが必殺技で前衛の1体を足止めし、私が反撃を封じ込め、再びシェルティがトドメを刺す。

 残った2体を背中合わせになりながら相手をする。シェルティが牽制し、私がそのシェルティを守る。


 その際、シェルティは大鎌の柄を引いて体に密着させる事でリーチを伸縮し、重心を巧みにコントロールして素早く攻撃していた。コマの様にクルクルと回り、足運びもとても重量のある大型武器を扱っているとは思えない見事な動きだ。

 そのまま次々とトンネルオークを切り裂いていく。

 その度に私に報告に来ては、まとう小精霊の光をキラキラさせて嬉しそうにしていた。投げたボールを拾ってきた犬か、君は。



 そうして暗いトンネルを進んで行くと、開けた場所に着いた。どうやらついに終着点に到着したようだ。

 そこはトンネルが掘り当てた、横穴への入口だった。

 次の投稿は31日予定です。


 大鎌はロマンです。


 オークを書いてて思い出したんですが、最近カレーは豚肉派に転向しました。

 今まで色々な材料を使って美味しいカレーを作ろうと試行錯誤してきたんですが、豚のブロック肉から出る油で野菜をじっくり、じっくり炒めるだけのシンプルなカレーが一番美味しい。


 さて、まだまだ戦闘回が続きます。


 次回、第12話『サラマンダー』


 お楽しみに!

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