10・パーティ募集
私は『冒険者ギルド・アイゼネルツ支部』に来ていた。
酒場と兼用されている屋内には、昼前から飲んだくれている連中がチラホラいる。リアルでの仕事はどうした。私が言えた義理ではないけどさ。
食べ物が美味しく楽しめるのと同様、酒にも酔えるという。しかし、その魅力はとても中毒性が高いとの事で、1日に飲める量に上限が設定されている。
上限解除はリアルマネーを課金する事で可能なのだとか。ある意味その方がよほど危険な気がするんだけど……。
冒険者ギルドとは、主に『クエスト』を発行している施設だ。このゲームの基本的な知識や、この世界の歩き方なんかも勉強できる。戦い方を練習する訓練所も併設されている。
私達プレイヤーはこの世界では冒険者という肩書きで旅をする事になる。同じプレイヤー同士で情報交換をする憩いの場としても、ここの酒場を利用できる。
私はギルドの掲示板に貼り出されている『クエスト』を吟味していた。
『クエスト』とはギルドから発行されている仕事や依頼で、クリアする事で報償金と経験値。稀にアイテムなんかも入手できる。
内容はモンスターの討伐、アイテムの収集、配達などが主となっている様だ。
大体この町周辺で可能なものが多い。ロックウルフの討伐やその毛皮の収集なんてものもある。あ、毛皮なら倒した時に手に入れたものがある。後で受けておこう。
『チュートリアルクエスト』なんてものもある。
これはゲームのシステムを理解する為に運営が用意した初心者用のクエストだ。
なになに?
『4人以上のパーティを結成せよ!』
「うちは間に合ってるよ」
「幼龍? ミスティックマスター? 残念だけど、すまないね」
「ぎゃははっ! なんだそれ。マゾいキャラ作ったなぁ! いらない!」
「お、お嬢ちゃんかわいいね。デュフフ」
「イロモノ!」
「イロモノ!」
ダメだ。どいつもこいつも幼龍ミスティックマスターなんかイロモノとしか見てくれない。一部のヤツなんか危ない匂いしかしない。
パーティは最大5人まで登録できる。だから4人なんて楽勝だと思ってたのに。
パーティを募集するだけでこんなに涙があふれてくるなんて思いもしなかった。
私は悔しさを紛らわせる為、テーブルに着くと酒を注文した。
「嬢ちゃんにはまだ早いぜ。ミルクにしな」
マスターがグラスを磨きながらぶっきらぼうにそう言った。
失敬な! これでも20歳だ! 20歳なんだ! ええい! どいつもこいつも!
NPCは相手の外見的特徴を見てリアクションを変えるらしい。体型はリアルの体をスキャンしたままなのに。20歳の体なのに。
もう強引に酒を出させた。
「あ、あの。パーティを募集してるんですか?」
半ばヤケになり酒をあおろうとしていた時、不意にかけられた声。その内容を反芻すると、私は喜びにうち震えながら振り返った。
そこには、幽霊がいた。
「お、オバケ……?」
「ち、違いますよぅ……。精霊族ですぅ。半透明なのは仕様ですよぅ」
なんとも気の弱そうなオバケかと思ったら、違うそうだ。
話しかけてきたのは半透明な女の子だった。
ご丁寧に紫色の鬼火の様な光まで漂っている。どう見ても幽霊だよ。
『精霊族』。確かキャラメイクの時に見た覚えがある。
このまとっている鬼火みたいな光は小精霊というらしい。
MPが無く、その分HPに大幅なプラス補正がかかっているという大きな特徴がある。そして、スキルはHPを消費して使用する。
ただ、筋力、体力、魔力全て並み以下といった性能。属性値も全て均等で並み以下。スキルをMPの代わりにHPで消費する為、HPの管理にかなり神経を使う。なかなか扱いの難しい種族だ。
その精霊族の女の子にそっと目をやる。
薄紫色の髪を簡素な白いリボンでサイドテールにまとめており、綺麗な白い肌だが気弱そうな顔をしている。確か精霊族は肌の色を青や赤などかなり自由自在に設定できるみたいだけど、この人は普通の肌色だ。
身長は私より高いけど、縮こまっているせいか同じくらいになってしまっている。
服装は白い軽装のローブを服の上に羽織っているだけ。中の服は黒いTシャツと紫色のアクセントが入った初期装備のスカートと靴だ。
武器は見当たらない。ローブの中に仕舞える程小さい物なのかな? 魔法職なのかも。
潤んだ瞳でじっとこちらを見つめてくる。ちょっとグッとくるものがあるな。
でも、半透明だとビックリするから普通の濃度まで上げてもらった。調節は自由にできるみたいだ。
「あ、あの! 私とパーティを組んでくれませんか!?」
意を決した様に声を上げる女の子。
そう、それ。私も望んでいたので願ったり叶ったりだよ。
「あ、名前まだでした。私、シェルティと申します。ビーストテイマーやってます」
『ビーストテイマー』
モンスターを使役して戦わせる事ができるっていう職業。モンスターを捕まえたり、支援するスキルを習得する。
モンスターにはキャラクターにない特殊能力を持つものも多く、より複雑な戦術をとる事ができるらしい。
ただ、自身のステータスは低めとなっている。
見た所、使役しているモンスターは居ないようだ。
「……私はミケ。龍人族。ミスティックマスター、です」
「ネコちゃんみたいなお名前ですね」
ネコちゃんっていうな。そっちだってワンちゃんみたいな名前じゃないか。
「パーティ。私もメンバーを探していた所」
「あ、ありがとうございます! 私、パッとしない精霊族でビーストテイマーなのに、まだ使役する動物達がいなくて……。だからパーティ、誰も組んでくれなかったんですぅ……」
あ、お気の毒。
「よかった。私……クエストで4人以上のパーティを組みたいんです」
「えっ。……それは、難しいと思いますよ……。私ももう全員に断られてますし」
な、なん……だと……?
「ど、どうして!?」
「それは……やっぱり不遇種族ですし。職業ですし。もう皆さんこのゲームを始める前に攻略サイトで情報収集してらっしゃるんでしょうね」
ネット上で公開されている、有志で集めた情報をまとめた攻略サイトか。
だから皆似たり寄ったりの初心者なのに、こうも断られるのか……。知らなかった。
あまり攻略本とか見たくない主義なんだけど、種族や職業についてくらいは調べておこうかな。自分では他の種族と職業は体験できないんだし、パーティを組む際の参考にはなるだろう。
「でも、シェルティさんはどうして? 調べたんでしょ?」
調べたならなんでそんな不遇キャラにしたのか。いや、少なくともあちらは後々モンスターさえ使役すれば変わるのだろうけど。
「私、動物が大好きで。だからたくさんの動物達と一緒に旅がしたいな、と。
動物達を使役する精霊って、なんか神秘的で素敵だな~って思いませんか?」
「そ、そう……」
まとっている小精霊の光がよりキラキラ輝いて見える。
とりあえずパーティ募集のクエストは保留、かな。
「そうだ! ミケさんに手伝ってほしくてパーティ組みたかったんです」
「……私?」
なんだろう。
「はい! 実は『クラスクエスト』を手伝っていただきたくって」
『クラスクエスト』。職業別に受けられるクエストだ。
ちなみにミスティックマスターは攻撃魔法と回復魔法の両方を覚える、という簡単なものだった。
「私、ずっとソロで。ここに来れたのもなんとか逃げ回ってたどり着けたんです。
でも、ミケさんがたくさんのモンスターに囲まれて戦っているのを見たんです!
もう誰に声をかけても仲間にしてもらえなくって。そんな時にミケさんが現れて。もうあなたしかいないんですぅ……!」
だんだん涙目になってきた。ちょっと声大きいから。
戦ってる所見られてたのか。ちょっと恥ずかしいな。ロックウルフには結構ボロボロにやられたし。
「闇夜を照らす月明かりの下……。すごい格好でコボルト達をやっつけるあの勇姿! 未だ目に焼き付いて離れません!」
そっちかッ! そっちだったのかッ!! 見られてたのか!! 声大きいから!!
「その件は……それより、クエストの内容は?」
流れを変えよう。話を元に戻す。
「は、はい。『アイゼネルツ坑道でサラマンダーを捕獲、使役せよ』でした」
坑道って確かこの町の下にあるっていう。ダンジョンなんだ。
「アイゼネルツ坑道はインスタンスダンジョンです。私一人ではとても攻略できる気がしません……」
『インスタンスダンジョン』。パーティ専用のダンジョンだ。組んでいるパーティで入ると、他のパーティとは異なる世界にいるみたいになっていて決して遭遇しない。
パーティで入る事が前提になっているので、総じて難易度が高い。
「……わかった。行こう」
「ほ、本当!? ありがとうございますぅ! よかった。よかったよぅ……!」
泣きながらすがり付いてこないで。このゲーム、鼻水まで再現している。
「わ、わかったから。私がついてる」
とたんにパッと笑顔になるシェルティ。かわいいな。これ。子犬みたいだ。
とりあえず準備をしよう。
そう考えながら、鼻水だらけになったシェルティを引き剥がした。
次回投稿は24日午後8時予定です。
今回、ミケにシェルティという新たな仲間が出来ました。
ところで、キャラクターを作る時、私の場合は身近な人物や既存のマンガ、アニメのキャラクターをモデルに性格を作っていたりします。それをベースに設定を組み合わせて、一部を変えたり削ったり、また別の何かとくっ付けたり。なるべく原型を残さない様に噛み砕いて消化するのがコツ。
そうして自分のキャラクターを完成させていくのです。
ちなみに、シェルティのモデルは昔飼っていた雑種犬です。
次回、第11話『アイゼネルツ坑道』
シェルティも戦います!
お楽しみに!