1・入院生活
初めての作品になります。
遅筆なので週1回くらいの投稿を予定しています。
よろしくお願いします。
白い天井。
白い壁。白いベッドに白いシーツ。チクリと鼻を刺す消毒薬の匂い。
四角く切り取られた狭く無機質な部屋。
唯一命の鼓動を知らせる電子音だけが、このひっそりと寂しい部屋で一定のリズムを刻んでいた。
ここは病院の個室だ。
ベッドには一人の人物が寝かせられていた。
寝かせられていた、というのはその人物がどう見ても自力では動けない体をしていた為だ。
全身を包帯で巻かれ、その身に多くの傷を受けている事が見て取れた。
両腕、両脚はギプスで固定され、顔はガーゼや包帯で隠されて左目だけがかろうじて覗いている。
まるでマンガに出てくるミイラ男の様な出で立ちではあるが、その小さな体格は女性。それも子供のものだ。
その体には幾多ものチューブが繋がれており、呼吸も機械が酸素を送り込まなければままならない。内臓もいくつか損傷しているようだった。
それが、私の現状だった。
私は唯一動く左目で病室を見回した。
私が認識できる世界は、この狭い病室だけが全てとなっている。
視線が世界を一周すると、私はつけないため息をついた気分に浸った。
こんな体になってから、私はヒマだった。
見ての通り全く動けないんだから。
動くのは左目だけ。というか、無事なのが左目しかない。
できる事なんて左目の筋トレくらいだ。でもそれは入院してから5秒で飽きた。
どうせどう足掻いてもベッドから出られる訳でもない。
少し考えるのを止めようと思い、左目を閉じた。
自分では何ひとつできないこの体とこの状況。
せめて、周りに何かしら変化でもあれば、少しは面白い事が期待できるんだろうけど。
そんな時だった。
ふと、閉じた左目を再び開けて病室の入り口に向けた。
特に何の変哲もない白い扉。
数秒の後、その扉が勢いよく開かれた。
「お~い! 元気してる~? シェリル~」
入って来たのは赤い髪の女性。
ショートカットの赤髪で、服装は着崩した黒いスーツとだらしなく緩めたネクタイ。
病院に似つかわしくない元気すぎる声を上げながら、そいつは笑顔でズカズカと部屋に入ってきた。
手にフルーツの盛り合わせがぶら下がっている所を見ると、一応はお見舞いに来てくれたらしい。
この姿を見て元気に見えるのか。ちょっと眼科に寄ってくればいいと思う。
「相棒のリシアさんがお見舞いに来てあげたぞ~。相変わらずヒドイ格好ねぇ。ほら、アンタパイナップル好きでしょ? 買ってきてあげたわよ」
赤髪の女性はケラケラ笑うと、果物ナイフを器用にクルクル回しながら手に取った。
「…………」
「……アンタが無口なのは今に始まった事じゃないけど、大事な相棒に返事もしないのは感心しないわよ? あ、もしかしてパイナップル嫌いだった? じゃ、仕方ないっか。アタシが代わりに食べたげる」
ちょっと待て。パイナップル大好きだから。私の格好をちゃんと見て。
抗議の意見を出したいけれど、生憎アゴの骨も砕けている為できなかった。
コイツ初めからそのつもりだったな。仕事をサボる為の口実に私を使わないでほしい。まぁ、食べられないから別にいいけどさ。
せめて意志だけでも伝えようと左目でにらむ。
この赤髪はリシア。
これでも警察官だというから信じられない。
この前はパトカーのGPSを勝手に取り外し、それを何も知らないタクシーに取り付けて代わりに街を走らせていたというお上をも恐れぬ不良警官だ。
そして私、シェリル・キアの同僚であり、相棒だ。
こんなナリだけど、こう見えてれっきとした20歳の成人。警官やってる。休職中だけど。
「しっかし、アンタがここまでやられるなんて今でも信じらんないわ。怪獣の軍団に1人で挑んだとか、それともついに生物じゃ飽き足らず宇宙戦艦とタイマン張ったのかって噂になってるわよ?」
リシアがパイナップルの皮を剥きながら私の姿に目を落とした。
ちょっと心外。私を何だと思ってるんだ。
でも、警官やってるんだから格闘技術にはそれなりに自信がある。
いや、あった。まぁ、こんなナリで言っても信憑性に欠けるんだけどさ。
入院してから数週間だけど、もうずっと昔の事の様に思える。
ここに入院するハメになったのはある事件で重傷を負ったからだ。名誉の負傷だ。
かろうじて間に合った応援が無ければ命を落としていたに違いない。
今では子犬にかじられただけでも死にそうな体になってる。不幸中の幸いか、脳神経に異常がなかったのは救いかも知れない。
仲間のおかげで無事解決はしたが、自分の無力さを痛感させられた。
「そうだ。アンタにいい話持ってきたのよ」
私のパイナップルを頬張りながらリシアは手を叩いた。
「寝たきりでもできるちょうどいいリハビリがあるの! バーチャルリアリティって知ってる……訳ないか。機械苦手だもんね。アンタ」
悪かったな。脳筋で。
「脳波をスキャンして意識をコンピューターの中に作った世界に送るんだけど、そこでは現実と同じ様に体を動かす事ができるの。これなら寝たきりでも復帰した時カンが鈍らないで済むでしょ」
何かで見た覚えがある。電脳世界とか仮想現実とかいうヤツだっけ。頭にコードを差し込んで、意識を現実そっくりな世界へ行ったり来たりさせていた映画があったな。
極めて現実に近い夢。いや、むしろどこか別の世界へと旅行に行っているくらいの感覚だそうな。
へぇ、現実は映画に追い付いたんだ。でも頭に電線を突き刺すんだったら、怖いな。
「そのバーチャルリアリティを利用したゲーム。VRMMOをやってみる気、ない? もちろん頭に電線なんて刺さないから安心して」
心を読まれた。ゲーム? MMO? つまりネットゲーム?
ゲームなら近所の子供とたまにやってたから少しわかる。
「じゃあ決まり! 先生には許可取ってあるから。機材はパソコンとネットに繋ぐ機器諸々。そして脳波をスキャンするヘッドギアだけだからすぐ準備できるわ」
待って。うんって言ってない。
病院のスタッフをこき使ってリシアは着々と機器の準備を始めた。
狭い病室にゾロゾロと人が入って来て機材が設置されていった。
「準備オッケー」
私の頭にヘッドギアが被せられ、リシアは満足気に頷いた。
ただでさえチューブだらけのこの体にまた線が増えるかと思ったら、時代はワイヤレス。安心した。
「じゃあ簡単に説明。電源を入れて『アクセス』って頭に思い浮かべるだけでいいの。機器が脳波を読み取って仮想世界に意識が飛ぶから」
なるほど。簡単。
「自分のキャラクターを作って名前をつけたら後は適当に始めて」
ちょっ、はしょり過ぎ。どういうゲームかも教えて。
「じゃ、がんばってね。そろそろ場所を変えないとボスにバレるから!」
待ておい! 仕事に戻れよお前!
リシアはヒラヒラ手を振りながら病室から去っていった。
1人になってしまった。また。
心電図の電子音以外静寂に包まれた、いつもの病室に戻った。
リシアのやつ、嵐の様に現れ脱兎のごとく去っていったな。いつもの事とはいえ疲れる相棒だ。
でも、感謝してる。
せっかく用意してくれたんだ。ゲームを起動してみよう。
私は心の中で「アクセス」と呟いてみた。
ずっと寝たきりで退屈な毎日を過ごしていたんだ。仮想世界とはいえ久し振りに体を動かせるのが楽しみなのは本当。
とてもワクワクしていた。
私の意識は光に包まれその奔流となり、一瞬で場所が切り替わった。
こうして私は新たな世界に旅立つ準備を終えたのだった。