わたしのヒール(第8章)
広場に着くと、噂のクリスタルのヒールを一目見ようと人だかりができていた
もちろんそればかりではなく、謎の美女が現れることへの期待もあるのだろう
王家の召し使いはクリスタルのヒールを前に声高らかに叫んだ
「このクリスタルのヒールを舞踏会でお忘れになった女性はおられぬのかーっ」
広場の群衆はざわつくばかりで、誰も名乗りをあげる者はいなかった
痺れを切らした召し使いは更に大きい声で叫んだ
「このヒールを履ける方は、王子様の妃になれるのだぞーっ!」
その時、クリスタルのヒールに向かって歩き出した女性がいた
『姉』だった
姉の美しさは謎の美女の噂に決して負けるものではない
姉を見た群衆から感嘆の声が漏れた
謎の美女は姉だと言うことを説得するだけの雰囲気が姉にはあった
姉はクリスタルのヒールの前に立ち、王家の召し使いが促すままにクリスタルのヒールを履きはじめた
群衆は固唾を飲んで見守っていた
拍手の準備をしていると言ってもいい
姉は優雅にクリスタルのヒールを履こうとした
だけど…止まった…
姉から優雅な趣は消え、焦りの顔になった
群集はざわつき始めた
ざわつきは大きくなり、姉に対する誹謗中傷になった
姉は焦りからイラつきに変わり、召し使い達に何か懇願していた
そしてそれが受け入れられないと知るや、姉は悪態をついて広場から逃げるように出ていった
そこに優雅な姉の雰囲気などどこにもなかった
わたしは不思議な気持ちになってた
姉を守りたいという気持ちではなく、邪魔者がいなくなったような気がした
クリスタルのヒールは「わたしのヒール」のような気がした
あの靴を履けば、わたしの運命が変わる
姉は消え、わたしが選ばれたような気がした
昨日までとは違う人生が待ってる。あの素敵な王子様の妃になれる
あのヒールを履くだけで…
わたしはそのヒールに向かって歩き出していた




