メイド喫茶へ行こう!
「おかえりなさいませ。ご主人様」
お決まりのフレーズで出迎えてくれるメイドさん。むむっ、黒髪ロングメガネだとぅ……鉄板じゃないか!
「こちらへどうぞ」
メイドさんに案内されて窓際の席へ。ふふぅ、極楽でござる。
さてさて……メニューは何があるのかしら……。
「お決まりになられましたら、そちらの赤、緑、黄のスイッチ。どれかを押してください。外れたら罰ゲームです」
あ、はい。わかりましたー……って何?! そのシステム!
ってー! もうメイドさん行っちゃった! お勧めとか聞きたかったのに!
な、なんだ、このメイド喫茶……オーナーに敵情視察に行って来いと言われて来てみたが……
私はこの新装オープンしたメイド喫茶の向い側……普通の喫茶店にしか見えない執事喫茶で働いている。
先程のメイドは私の事を男だと認識していたようだが……私は歴とした女だ。ちなみに大学生二十歳。
別に見た目が男っぽいという訳では無い。私は男装が趣味なのだ。そして今も兄貴の服を借りて男装している。バスケをやっていたせいか……身長は兄貴と変わらないしな……ちょっとダブいけど。
まあ……最近大き目の服着るの流行ってるし……
「ふむ……メニュー自体は普通だな……ホットケーキに絵書いて貰えるサービスもテンプレ通り……ロシアンシュークリーム……お、カレーライスは本格派とか書いてあるな……カレーにしようかな……」
さて、メニューが決まったわけだが……三つのボタンの内、一つを選んで押さなければならない。
間違えたら罰ゲーム……なんだろう、この緊張感。爆弾の同線を切る時のような緊張感……いや、そんな危ない経験ないけど。
よし、私は青が好きだ。というわけで赤にしよう。
ポチっと押してみる。
『大当たりー! メイド全員、十五番テーブルに集合だぁー!』
は? 何それ。なんか周りの男性客が総立ちし、カメラを構え始めた。
ちょ、この店撮影可なの?! ウチの店は指定日以外の撮影は御断りしてるのだが!
「にゃーん! 大当たりおめでとうにゃ~」
「き、来たくて来たわけじゃないんだからっ!」
「お呼びになられましたか、ご主人様」
「ハァ……ハァ……ご主人様……私に罰を……」
「私を呼ぶとは……いい度胸だわ! 膝まづきなさい! 犬!」
「わ、私の事……好きって言ったのに……言ったのに! も、もう私の物だけにするわ! 覚悟しなさい!」
総勢六名のメイドが私のテーブルに勢ぞろいする。っていうか最後の子! 包丁構えんな! 怖い!
なんか四番目の子も怖いけど!
「ではご主人様。ご注文はお決まりですか?」
呆気に取られる私に冷静な態度で接して来る黒髪ロングメガネメイド。
え、えっと……じゃあカレーで、と注文。
「ドリンクは何にするにゃー? お勧めはメイドのミックスジュースにゃぁー」
猫耳メイド……ここに兄貴連れてきたら楽しそうだな……琴音さんがヤキモチ焼くだろうけど……。
ふむぅ、ドリンクか……何があるんだろ……
ミックスジュース
コーラ
カルピス
お茶
エネルギー缶
牛乳(佐藤入り)
メイドのスペシャルお勧めジュース
……え、えっと……牛乳の佐藤入りって誤字だよな……佐藤さんが入ってるわけじゃないよな……。
まあ頼まんけど……すっごい気になるけど……。
ここは無難に……
「えっと……お茶……」
「メイドのスペシャルお勧めジュース! それ一択でしょうお! おにぃさぁん! ねえ! そうでしょぉうぉ!?」
包丁を構えながら脅してくるヤンデレメイド。おい、これ下手したら刑事事件だぞ。……メイドのスペシャルお勧めジュースって……ぁ、値段他のと変わらないな。じゃあ別にいいか……
「じゃ、じゃあそれで……」
「ありがとにゃー。じゃあ記念撮影するにゃ」
ふむ、大当たりを引いたからか……いいだろう、全てのメイドの中央に立って堂々と撮ってやられるわ!
その時、カメラ小僧達が私に対して注文してきた。
「き、きみ! じゃま!」
「そ、そうだよ! 僕達はメイドさんを撮りに来たんだから!」
「男なんて邪魔なだけさ! どいたどいた!」
な、なんなんこのカメラ小僧共……! 好きなアングルで撮りたきゃ当たり引けや!
今はこのメイドさん達は私のなの!
そのままネコミミメイドと黒髪ロングメガネメイドを両側に立たせ、肩を抱きながら写ってやる。
くふふ、羨ましそうな顔しおってからに!
あぁ、っていうか生きてて良かった……私が本当に男だったら、今頃全員、○○にしてやるのに……
そのまま写真を撮り終え、席に再び着席する私。メイドさん達は一礼して帰っていくが……何故かネコミミメイドだけが私の向いに座り、そのまま動こうとしない。
ん? な、なんだ? 何か用か?
「お兄さん……お姉さんにゃ?」
ビクーッ! と体が震える。 やばい! あれか、調子のって肩抱いたから……手の感触でバレたのか!?
し、しまった……手を見ただけで女って見抜く人も居るくらいなんだ、油断した……。
「大丈夫にゃ。僕も実は……」
と、スマホで画像を見せて来る。
そこには、拓也顔負けの可愛い男の子が……ってー! まさか!
「そうにゃ。僕も……お姉さんと同じ趣味にゃ……」
なんてこった! この狭い岐阜県で……! こんな素敵な男子二人と出会えるなんて……
【注意:岐阜県は大きい方です。北海道を含め、七番目に大きな県です】
く、くそぅ……正体バレたが、これはこれで嬉しい気もする……。
ちょっとお友達になれないかしら……
「ねえ、LUNEのID交換しない? 良かったら友達に……」
「いいにゃよ。普段はダメにゃんだけども……お姉さんにゃら大歓迎にゃ」
【注意:LUNE=L○NEみたいなコミュニケーションアプリです。適当です】
おおぅ、可愛い猫耳メイドゲットだぜ……ふむふむ、自己紹介文もちゃんと書いてるな……年齢は、二十一。私より一個年上かぁ……って、年上?! 全然見えん! 拓也と同じくらいだと思ったのに!
「ふむふむ、お姉さんは僕の一個下にゃんだね。よかったら、今度コスプレデートしたいにゃーっ、憧れだったんだにゃー」
おおぅ、別にいいけども。拓也とも結構してるし……。
ぁ、そうだ、拓也の女装写真も見せてみようかな……同じくメイド服姿の拓也を……
そっと猫耳メイドに拓也のメイド服姿を見せてみる。
目を輝かせながら、画像に食いつく猫耳メイド。
「ふぉっ、可愛い子にゃー! も、もしかして……話の流れ的に、この子も……」
「うん、私の友達で……女装が趣味の高校生だよ」
「こ、ここここここうこうせい?! お姉さん犯罪者にゃ! お巡りさーん! こっちにゃー!」
いや、別にそういう関係じゃないし……ただ単なるコスプレ仲間だし?
そうこうしている内に、注文したカレーとドリンクを、ヤンデレメイドが持ってきた。
「お、おまたせぇ……ほら、食べなさいよ……食べて私と一緒に旅に出ましょうぉーっ」
怖いわ。でも頂きます、と手を合わせて一口……むむっ、執事喫茶より美味い気がする。
流石女子がメインのお店だな。細かい所にも気が行き届いてる感じするし……。
「は、はぃぃぃぃ、メイドのスペシャルお勧めジュース……さあ、飲んで!? 私の愛の雫を沢山入れておいたわ!」
な、なに入れたの?
まあただのミックスジュースだろ……と思いながら飲んでみる。
うん、ただのミックスジュース……ちょっと甘すぎるけど……。
「じゃ、じゃあ……私帰るから……次に会うまでに……婚約指輪買っておきなさい! じゃないと穴という穴に刺すわ!」
何をだ、とそのまま去っていくヤンデレメイド。
あのキャラ……男に勘違いされないか? 変なストーカーとか付きそう……。
「お姉さんお姉さん、LUNEの自己紹介文に……レインセルの店員ヤッテマスって書いてあるんだけど……もしかして……スパイにゃ?」
ビクーっ! とまたしても体が震える。ば、バレた! しまった……そんな事書いてあるのすっかり忘れてた……!
「い、いや……スパイってわけじゃ……ど、どんな店か見ておきたいなーって……」
「それを世の中じゃスパイっていうにゃ。うちの店長とレインセルの店長……仲悪いって知ってるにゃ?」
ん? し、しらんぞ……あのメガネめ……そんな事私に一言も……。
「だから、お姉さんがスパイって分かったら……タブン、うちの店長激オコにゃ。無理やりロシアンシュークリーム全部口の中に詰め込まれるにゃ」
な、なにその恐ろしい処刑……勘弁してほしい。
「というわけで……黙ってて欲しかったら僕もレインセルに行ってみたいにゃーっ、もちろん女装していくにゃ」
お、おおぅ、お客様ゲッツ。
まあ仕方あるまい。ロシアンシュークリーム詰め込まれるよりマシだ。
スパイでも何でもしていけばいいさ!
「じゃあ、僕お昼で上がりにゃ。それまで待っててほしいにゃ」
そのまま奥へと消えていくネコミミメイド。
ふむ、あんな可愛い男の娘……しかも年上をゲットできるとは……私は運がいいな!
拓也と並ばせて……メイド服着せたりしたら……あぁ、ヤバぃ、鼻血でそう……。
カレーを完食し、時計を確認する。午前十一時半。遅めの朝食が昼食になった。まあ休みの日はいつもこんな感じだけど……。
そろそろネコミミの上がりの時間かしら、と思っていると、向かいに可愛らしいお嬢さんが……白のセーターに紺のロングスカート。それに綺麗な黒髪ストレート。
え、どこのお嬢様?
「お待たせ。じゃあ行く?」
「え、えっと、どちら様?」
クスクス笑うお嬢様。手でウサギのモノマネをするように頭に当てて
「もう忘れちゃったかにゃー?」
ぁ! ね、ねこみみめいど?! ま、マジか! むっちゃ可愛いにゃ!
こんなお嬢様にも変身できるなんて……す、すげえ……本当に男か?!
「ぁ、お姉さんは女の子として行ってほしいんだけど……大丈夫?」
「ん? あぁ、うん、じゃあ一回家帰っても良い?」
勿論、と頷くお嬢様……。マジか……私、こんな彼女が欲しかったんだ……。
そのまま徒歩で十五分程歩いた所に、私が住まうマンションがある。
シスコン兄貴が購入したマンション。時々兄貴も泊まっている。彼女が出来てからは減ったが。
「すごいねー、こんな大きいマンションに一人暮らしなんて……お金持ち?」
いや……兄貴が結構いい会社に居るから……そして私貢がれてたから……。
エレベーターに乗り、五階のボタンを押す。
エレベーターはガラス張りになっており、外の風景も見る事が出来た。
「なんか……こういうエレベーターってさ、イヤラシイ気分になるよね」
なんで?!
「いや、なんか……男と女がこれから……キャッ!」
な、なに言ってんの、この男の子……それって私が襲う方? それとも襲われる方?
そんなこんなで五階に到着。
鍵を開けつつ、中に入る。ちなみに3LDK。
「おぉー、広いーっ。僕のアパート1Kだから……羨ましいなぁ……」
ベランダへと向かい、外を眺めるネコミミメイド。歓喜の声を上げている。
「これから時々遊びに来なよ。私も大学とバイト以外は、家でゲームしてるだけだし……」
そのまま兄貴の服を脱ぎ捨てて下着姿に。胸を潰してるサポーターを取ると、一気に空気が美味しくなる。
ぁー、喉乾いた……お茶でも飲むか……。
「うんうん、じゃあ時々お邪魔しようかな……って、う、うわぁ!」
ん? なんだ、Gでも出たか?
「ち、違う! な、なんでお姉さん僕の前で下着姿に……っ」
ぁ、しまった……女の子にしか見えんから……急ぎ自分の女物の服を出す。
ガウチョスカートにブラウス、それにMA-1のジャケット……。
着替えつつ、男用のメイクを落として……っと。
「ん? お、お姉さん……もしかして素の時はお化粧してないの?」
「あぁ、時々軽くファンデするくらい……」
「ぐっ……僕より可愛い女の子が居るなんて……」
いや、何を言うとるんだ。君の方が全然……って、ぁ、そういえば名前まだ知らねえ……。
「そういえばまだ自己紹介してなかったよね、私は真田 晶。貴方は?」
「僕は、兵藤 幸太郎……。はぁ、もっと可愛い名前にしてほしかった……」
いやぁ、いい名前ではないか。
うんうん、と頷きつつ時間を確認。本日は日曜……そしてお昼か。もしかしたら拓也……今日もメイド服着てるかな……。髪をポニーにしつつ、幸太郎へと
「じゃあ行こうか。そろそろ……」
「あーっ!」
な、なんだ?! どうした!
「いいないいな、僕もポニーテールにしてほしい! なんでそんな自然に出来るの?」
い、いや……何でって……結構昔からしてたから……。
ふむ、ならばしてやろう、ポニーテールに!
「よろしくにゃ」
そのまま櫛を通しつつ、髪の毛を纏める。むむっ、すげえサラサラ……エクステだと思ってたけど……もしかしてコレ……地毛?
「そうだよー。手入れはちゃんとしてるよー」
マジか……こんな綺麗な髪……女の子でもそうそう居ないぞ……琴音さんくらいしか知らぬ……。
ポニーにしてやり、ついでに可愛い蝶の髪飾りも……むむっ、こ、これは……想像以上に可愛いな。
「おぉー、やるね、晶」
いきなり名前で呼ばれた……まあ気楽でいいんだけども。
「えへへ、じゃあ行こっか。いいね、いいね! 僕ずっと……こんなふうに、お出掛けするのが夢だったんだーっ」
そのまま手を繋いでくる幸太郎。うおっ、マジで普通の女友達みたいだ……ちょっとキュンとしてしまった!
その後、再び駅前に出る。何やら珍しい音楽の信号機の横を通った。
「この音楽……なんだっけ? エリーゼのために……?」
「いや、メリーさんの羊じゃない?」
【注意:念の為補足しますが……この二曲は全く似てません】
そのまま執事喫茶レインセルの前へ……っていうかどうしよう……あのメガネになんて報告すれば……まあ、別に普通のメイド喫茶でしたーって言えばいいか……。
執事喫茶の扉に手を掛けて押し開く。
小気味いいカウベルの音と共に一人の執事が。
「いらっしゃい。って、晶ちゃん。敵情視察は終わったの?」
対応してきたのは、オネエ系執事の誠さん。現在三十五歳、フリーター。
茶髪のソフトモヒカン。実はフランスの元傭兵だったらしい。
「えぇ、なんとか……ぁ、今日はお客としてきたんで……席空いてます?」
「空いてるわよ。それで? 隣りの可愛い子は友達?」
あぁ、うん、と頷きつつ幸太郎の顔を見る……って、ん? 顔赤くないか?
ま、まさか……幸太郎……
「あ、晶……」
私の背中に隠れる幸太郎。やっぱりか……この子……
ビビってるんだな……誠さんの見た目に!
ごつい体にソフトモヒカン! そしてオネエっぽい喋り方!
ビビらないわけがない! 私も最初あった時ビビったさ!
「誠さん、友達が怯えてるから。あんまり威嚇しないで」
「してないわよ、失礼ね。来なさい。こっちよ」
そのまま壁際、柴犬がすぐ近くで鎮座している席へ。
ヴェル様が不思議そうな顔をしながら、幸太郎の前まで迫って来た。
「わっ、なんで犬が……って、咆えたりしないんだね……可愛い……」
「あぁ、うん。一応お風呂にも入れてるから。触っても綺麗だよ」
ウー……と唸るヴェル様。ぁ、失礼な事言っちゃったかしら。
幸太郎は、そんなヴェル様の頭を撫でてみる。気持ちよさそうに目を細める柴犬。
暫くすると、幸太郎の膝へと顎乗せしてきた。
「わっ……人懐っこいねー……よちよち……」
マジか……この犬……幸太郎が男だって気づいてないんだな……。
しかも顎乗せ……今まで琴音さんにしかしてなかったのに……。
美人にしかせんとは! なんてスケベな犬だ!
幸太郎がヴェル様に夢中になっていると、執事服姿の拓也がお冷やとオシボリを持ってきた。
ヴェル様が顎乗せしているのを見て驚いている。
「お嬢様、おしぼりです、どうぞ」
「ぁ、ありがとう……」
そのまま幸太郎はおしぼりを受け取りつつ、拓也の顔をジーっと見つめる。
どうやら気づいたようだ。私がメイド喫茶で見せた写真の男の子だと。
「ご注文はどうされますか?」
私はホットだけでいいや……カレー食ったし……。
拓也にホットコーヒーを注文し、幸太郎は少し悩みつつ
「じゃあ……ビーフシチューと……飲み物はオレンジジュースで……」
「畏まりました。暫くお待ちください。ヴェル様、程々にお願いしますよ」
拓也がそういうと、ヴェル様は残念そうな顔を浮かべつつ定位置に戻っていく。
執事の中でも、ヴェル様が言う事を素直に聞くのは拓也だけだ。
私が「いい加減にしろぉ!」と言ってもヴェル様はガン無視する。
「なんか落ち着く雰囲気だね。メイド喫茶より入りやすいかも」
「まあ、オーナーの眼鏡の方針が入りやすい店だから。前に爆睡しちゃった人も居たくらいだし……」
その爆睡するお嬢様……まあ、琴音さんの事なんだが……。
あの時は面白かったな……メガネが耳元で囁いた瞬間に跳ね起きて……。
「いいなー、僕もここで働こうかな……でも店長怒るかなぁ」
そりゃあ怒るだろう。ただでさえウチの眼鏡と仲悪いなら……尚更……
「正直……メイド喫茶のハイテンションには付いていけないっていうか……来る客も……いっちゃ悪いけど、マナーの悪い人多いし……」
あぁ、今日も私、いちゃもん付けられたな。アタリ引いたのに……どけって言われたし……。
「ここなら女の人ばかりで……落ち着いてるし働きやすいよね」
「んー……変な客はそれでも居るけど……まあ働きやすいね」
いいなーいいなーと羨ましがる幸太郎。
そこまで言うなら転職してしまえ。
「いや、でもなぁ……まだオープンしたばかりだし、メイド喫茶……今辞めるわけには……」
その時、いつの間にかビーフチューを持ったメガネ執事が横に立っていた。
私達の会話が終わるまで待っていたのか……つーか怖え……相変わらず気配が無い……。
「成程そういう事ですか。晶さん、ウチは大歓迎ですよ。しかし……あのメイド喫茶の店長はクセ者です。おいそれと店員を手放したりはしないでしょう。ましてや……こんな可愛い男の娘を」
ぁ、流石……見抜いてるわ。
し、しかし……何処で働くかなんて、本人の自由じゃないっすか。
「それはそうですが……やはり面白くないのも事実です。ぁ、どうぞ、冷める前にお召し上がりください」
ビーフシチューとオレンジジュースを幸太郎の前に置くメガネ。
うーん、なんとか……穏便にメイド喫茶から引き抜けないかしら。
「一番手っ取り早いのは……袖の下ですかね」
袖の下って……賄賂っすか……
「しかし、その場合、また後から要求される事もあります。あまり賢い解決方ではありませんね」
ふむぅ、ならばどうしよう。
金意外で……
「わ、ビーフシチュー美味しいー! 僕こんな美味しいの初めてだよ!」
パクパク美味しそうにビーフシチューを食べる幸太郎。
確かシチュー系は……厨房のグラサンシェフが作ってたな。あの人も謎多いけど確かに料理は美味い。
「こんなに美味しい料理も出してくれるんなら……僕なら絶対メイド喫茶じゃなくてコッチに来るよ!」
幸太郎の言葉にメガネは嬉しそうにお辞儀する。
その仕草に見惚れている幸太郎。まるで恋する女の子だ。
「ねね、晶ちゃん……僕決めた! メイド喫茶辞めて……ここに転職する!」
まあ、止めはせんけど……。
でも君は結構人気ある方だろう。そんな子を簡単に手放すとは思えんのだが。
「大丈夫にゃ。本当は男でしたーって言えば皆ドン引きしてクビになるにゃーっ」
そんなこんなで……やってきました、再びメイド喫茶。
何故か私も同伴。幸太郎がどうしても一人では無理! というので付いてきた。
裏口から入って事務室らしき所へ。
「ぁ、猫娘。どうしたのじゃ。今日はもうシフト終わってるぞよ」
なんか独特の喋り方する人が居た。
見た目からして小学生くらいの女の子。いやいや、しかし私はいい加減慣れている。
作者はロリコンだ。実はこの小学生が店長というパターンなのだろう?
「ぁ、この人は違うにゃ。ロリババァに成り切ってる高校生バイトにゃ」
高校生?! もしかして拓也と同じくらいかしら……。
「それでどうしたのじゃ、猫娘。暇で遊びに来たのかの?」
「違うにゃ。店長に話したい事あるにゃ。店長何処に居るにゃ?」
なんだろう、ロリババァと猫娘の会話……。異世界に迷い込んだようだ。
「店長なら今買い出しに行ってるぞよ。何の話かえ? もしかしてメイド喫茶辞めたいとか?」
「にゃ! にゃんでそれを……」
ぁ、バレた。いや、まあ別にいいか。
このメイド喫茶、結構従業員は居るみたいだし……ここで猫娘が一人辞めた所で……。
「儂も辞めたいんだけど……向かいの執事喫茶って知ってる? あそこで働きたいんじゃ」
ってー! 猫娘と全く同じ理由で辞めようとしてる奴が居る!
ま、まじか、大人気だな執事喫茶……。
「にゃ、にゃんだって! ダメにゃ! 私もあそこで働きたいにゃ! ロリババァには無理にゃ!」
「フフウ。これだから若者は……」
溜息を付きながら首を振るロリババァ。言っちゃなんだが猫娘の方が年上だ。
「実は執事喫茶に知り合いが働いてるんじゃ。その子の紹介で入るんじゃ」
知り合い? 誰の事だろ……。
「にゃ、わ、私だってそうにゃ! 今ここに居る晶ちゃんの紹介で執事喫茶に入るにゃ!」
いや、まあ……そういう事になるのか。
「儂の方が先じゃボケェ! 私の知り合いは執事喫茶のエースなんじゃ! こっち優先じゃ!」
執事喫茶のエース? ぁ、まさか……この子、拓也と同じ高校の子か!
「そ、そんなの卑怯にゃ! 晶ちゃんだって執事喫茶じゃ偉い部類に入るにゃ! あれ? っていうか……ロリババァ、女の子だよにゃ?」
「何言ってん。当たり前じゃ。儂の何処が男に見えるんじゃ」
ニヤリ、と不気味に笑う猫娘、もとい幸太郎。おもむろに着ていたセーターの前を開き……
「括目せよ! 僕は実は……」
「ただいまー」
と、その時事務室に入ってくる一人の男性。
人が良さそうな三十代前半くらい。なんだろう……どっかで見た事のある顔だな。
上下ジャージで両手にエコバックを抱えている。
「ん? 何してんだ、お前等」
店長を前にして猫娘は固まっていた。今から自分が男だという事をカミングアウトしようとしたのだろうが、いざ店長を前にすると躊躇ってしまうようだ。
「店長、儂、ここ辞めさせて欲しいんじゃ。向かいの執事喫茶で働くねん」
そこにロリババァが我先にと店長に進言する!
先を越された! 猫娘まだ固まってるし!
「向かいの? あぁ、央昌のとこか。理由は?」
「客がウザい、ヤンデレ娘が五月蝿い、あと昨日トイレに蜘蛛が居た」
なんだその理由……前の二つはいいとして?
蜘蛛って……。
「まあ、お前はまだ高校生だしな。自分の働きたい所で働けばいいさ。いいぞ。そこの店長に連絡しとこか?」
「いや、友達が既に働いてるんじゃ。その子の紹介で入る」
了解、とロリババァの転職は認められた。
そのまま嬉しそうにロリババァは去っていく。
さて、次は猫娘の番なのだが……。
「で? 猫娘、お前はさっきから何してんの」
幸太郎はセーターのボタンを半分外した所で固まっていた。
ササっとボタンを直す幸太郎。そのまま顔を真っ赤にして俯いてしまう。
あぁ、こりゃアカン! とても辞めるとか言い出せない雰囲気だ……。
「て、店長……お願いがあるにゃ……」
お、言うか?
「却下」
え!?
「にゃ?! にゃんでにゃ! まだ何も言ってないにゃ!」
「どうせ辞めたいとか言い出すんだろ。お前は簡単に手放すワケにはいかん」
そ、そうなのか。やっぱり猫娘人気あるのか? いや、そうでなくても幸太郎はかなり可愛いし……。
「そ、そう……でも、店長は僕の秘密を知っても……同じことが言えるかにゃ?!」
「実は男の娘でしたーって?」
ビクっと固まる猫娘。
マジか、バレバレだったのか……。まあメガネも一発で見抜いてたしな……分かる人には分かるのか。
「にゃ、にゃんで……」
「気づかないとでも思ってたのか。っていうかそれも込みでお前を雇ったんだ。こんな可愛い男の娘……他に居ないだろう?」
ま、まあ拓也も相当可愛いけど……幸太郎といい勝負だな。
「し、知ってたにゃんて……知ってて、僕をずっと笑ってたんだ……店長……」
ん? 幸太郎の声色が……男に!
結構低いな、男だから当たり前なんだろうけど……ちなみに拓也は地声も高い。
「笑ってねえよ。男の娘って部分も込みで雇ったって言ってるだろ」
そのまま店長は壁ドン……え、えぇ! こ、このシチュは……!
「て、店長……」
震える幸太郎。
目を反らし、顔を赤らめ……心音が周りに聞こえるのではないかというくらい……
って、なんだこのナレーション……。
「て、店長……だ、ダメ……ぼ、ぼく……」
「俺は知ってんだぜ。お前が……こっち側って事くらい……」
あぁ! やばい!
これ以上はヤバイ!
ご、ごめんよ幸太郎! 私はここで退散させて頂く!
これ以上は観覧制限付くから!
それから数日後、我が執事喫茶に新しいメンバーが増えた。
一人はロリババァこと七草 知美
そしてもう一人は猫娘こと兵藤 幸太郎
ちなみに……あのままBL展開になるのかと思いきや、幸太郎は恥ずかしさのあまり店長の股間を蹴りあげ、そのまま辞める! と言い放って出てきたらしい。
しかし一気に賑やかになったな。
ロリババァも執事か。しかしキャラはロリババァのままで行くようだ。
一方幸太郎は……。
「にゃんにゃん~! 似合うにゃー?」
猫耳執事になっていた。
ポニーテールに猫耳……ヤバい……目の毒だ!
「おい、猫執事。お前より儂の方が先に入ったんじゃ。先輩に気使えよ」
「にゃんだとう~。そんなロリババ執事にはお仕置きにゃ~」
二人が絡み合うのを微笑ましい笑顔で見守る私達。
さて……今日も仕事だ。一日頑張ろう。
『おい、央昌……お前……弟の店から店員引き抜くとか何考えてんだ』
『心外ですね。元はと言えば……向かいに店を建てるのが悪いんですよ』