表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート

つり橋の女 (ショートショート63)

作者: keikato

 山間部にあるその村は風光明媚な名所として知られていた。

 訪れる観光客は年間を通して多い。

 一番の目玉は深い谷に渡したつり橋だった。高さ五十メートル、長さは三百メートルを超える。


 その夜。

 公園管理事務所のテレビの前で、警備員の目はある地元ニュースに釘づけとなっていた。村にひとつだけのコンビニに、強盗が押し入ったそうである。

 犯人は店員を刺殺して逃走中。

 真紅のフルフェイスヘルメットで顔を隠した姿が、店内の防犯カメラに写し出されていた。

――この村も、ぶっそうになったもんだな。

 警備員はつぶやいてから、夜間の見まわりに出ようと立ち上がった。

 と、そのとき。

 ガラス窓の外――薄暗い駐車場に、女のうしろ姿を見た。

 女はつり橋の方へと歩いていく。

――まさか……。

 警備員は直感した。

 公園の営業時間はとっくに過ぎている。こんな時間に、しかも一人でつり橋に来る目的はただひとつ。自殺しかないことを……。

 ここは飛び降り自殺の名所としても知られ、まれにその目的で来る者もいる。そうしたうちの数人を説得し、寸前で助けたことがあった。

 警備員は事務所を飛び出すと、走って女のあとを追った。


 女はつり橋の中央付近にいた。フェンスにもたれるようにして、じっと谷底をのぞきこんでいる。

 ためらっているように見えた。深い谷底に飛びこむのだ。おじけづくのも当然であろう。

 女の足もとには脱いだ靴がそろえられてあった。

――やっぱりだ。

 警備員は女のもとにかけ寄った。

 足音に気づいて、女が振り向く。

 端正な顔立ちの若い女だった。

「こんな高いところから落ちたら、美しい顔がグチャグチャになりますよ」

 警備員は女に向かって声をかけた。

 こう言えば、たいていの女は思いとどまる。

 そのことを、警備員は経験から心得ていた。死んでも美しくありたいと思う女性には、これが一番いい説得方法なのだ。

「……」

 女がその場に泣きくずれる。

――もうだいじょうぶだ。

 警備員は確信した。


 警備員は女を連れ、深夜の管理事務所にもどった。

「どうして?」

 それとなく理由をたずねてみた。

「わたし……」

 女がポツポツとしゃべり始める。

 恋人と別れて間もないこと。その恋人に、取り返しのつかないことをしてしまったことを……。

――どんなこと?

 警備員は内心ひそかに思った。

 だがそれを、あえて問いただすようなことはしなかった。こんなときはなにより、そっとしておいてやるのがよいのだ。

 とはいっても……。

 飛び降り自殺の恐怖は、女の記憶に刻んでもらわねばならない。このつり橋で、二度とバカなことをさせないためにも。

「谷底を見たとき、さぞ恐かっただろ?」

「はい、とっても」

「あんなところから落ちたら、めちゃくちゃに顔がつぶれるんだ」

 警備員は念を押すようにおどしをかけた。

「イヤですね、そんなことになるなんて」

 女は両手で、ほほのあたりをつつんだ。

 おどしがきいたようである。

「だからね、もう変な考えは起こさないように」

「はい。貴重なお話、ありがとうございます」

 女は立ち上がると深々と頭を下げた。

 ご迷惑をおかけしました、失礼します……と言い残し、事務所を出ていく。

――どうやって来たのかな?

 警備員は首をかしげた。

 駐車場には一台の車も停まっていない。さりとてふもとの村から徒歩で来るにはかなりの時間がかかる。

「車じゃないみたいだけど?」

「バイクです。近くまでバイクで来たんです」

 女は振り返ってほほえんだ。

 警備員は窓辺で、立ち去る女のうしろ姿を見送っていた。

 女が闇に消えるまで……。


 翌朝。

 女は死体となって発見された。つり橋の中央付近の下、岩だらけの谷底で。

 美しい顔には傷ひとつなかった。

 真紅のフルフェイスのヘルメットに守られて……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 丁寧な作り、見事な作品です。感服しました。僕には書けない。 [一言] Keikatoさんのポイントの付け方に感動しました。失礼ながら真似してもよろしいでしょうか?今度お返事下さい。
2017/11/06 17:53 退会済み
管理
[一言] 割と以前の作品ですね ランキングチェックしてたら 見覚えのあるハンドルネームがw 良く出来てると思います 星新一先生の作品と言われたら信じるレベルかと ただ落ちがよめてしまうのが残念です…
[良い点] 綺麗な作品でした。短いながら大変こなれていて上手だなあと思わずうっとりしてしまいました。描写が写実的で且つ美しく名画に触れた想いです。
2017/02/27 11:22 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ