輝と黒と白
場所はわからない。
知った匂いはもとより、手掛かりになるにおいは全くない。
まわりを森に囲まれた広い場所だが、見覚えがあるはずもなく。
「センラちゃんッ‼自動防護はアテにしないで‼」
姉が叫ぶ。
対峙するは『輝白』。僅かに黄金の輝きを含んだ黒い髪。男物の九狼専用の着物は眩しい程の黄金色で、手首や肩、頭、脚、指、身体中に黄金の装飾。
溶けた黄金の波。姉は『武白』の攻撃性で、私は自動防御から発展させた圧縮防護で、身を護る。
私は詳しくは知らない…いや、正確には覚えていない、のだけれど、『武白』、つまり私達の能力は『対人戦闘』。
「っ…う…⁉」
「大丈夫⁉どうにか耐えて‼」
姉は前線を張る。戦えない私を庇ってか、姉は武白の能力で液体の黄金を砕く。
同じ『九狼』に対して攻撃できるのは、本来、武白だけの特権。それを本来不可能な筈の輝白が、理由もわからないままに行っている。
「武白…。後はお前だけを消せば…」
輝白は黄金を操る九狼。本来は装飾や特殊な武具を作ることを得意としているらしいけど、今は明らかに私達を殺しにきている。
九狼としての本来の性質と異なっているのは私達も同じ。そもそも郷から離れていた私達『武白』は、武白としての性質からも離れていた。…私にとってはご主人の元こそが故郷というべきだろうけれど。
「姉っ‼」
全開の輝白との衝突。武白の能力――簡単に言うならば、素手の攻撃を補強・強化する能力は、本来ならば無類の破壊力を示す。
対して輝白。大量の溶解した黄金を出現させ、自材に操り、凝固させた巨大な塊を単純にぶつけてくる。先からの様子を見るに、黄金を、液体とも固体とも操れるらしい。詳しい性質は私にはわからないけれど、ふつうの環境では固体でしかない黄金も、彼の能力の前では自在らしい。
ゴゥゥゥンッ‼‼
と、低い金属音が辺りに響く。
姉は黄金に比べてはるかに小さい一点を殴り抜いた。武白と輝白の能力が衝突り、しかし姉の武白の方が押している。
「『防護』は…使わないようだな…」
輝白は押し負けながら、しかし含みのある表情であった。
直後、
「姉っ‼‼」
黄金。ご主人の以前話していた話が正確ならば、性質は地中。
思わず、私は全力で走り出していた。自分はこの場で火力になることはできないにもかかわらず。
駆ける勢いをそのままに、必死で姉に飛びついていた。
そのまま押し飛ばすように、姉を『黄金』の狙いから外す。
「――地中から…⁉」
「ご主人が言ってた。ゴギョウソウセイ、金属は土の中から出てくる性質って…」
話をするだけに十分な時間もない。
次々に襲いくる、地中からの蛇のようなうねる黄金。
「――ッ‼」
正直なところ、私には戦闘に十分な反射神経は無かった。というよりも、これまでの生活で身に着ける機会は無かったのだ。
ほとんど餌食になるような恰好だったが、私のほうの能力ならば、姉の背後を護る盾にはなれる。十分に分厚く武白の『防護』を纏えば、黄金の攻撃は防げる。自動の防護だけでは貫通されたが。
「センラちゃん‼あなたは怪我が‼」
ずっと姉が前に出ていたのは、私が能力的に闘いに向かないというよりも、輝白の初撃で怪我をした私を庇う意味が大きかった。
それに私は甘んじているわけにもいかない。闘いなど進んでしたくはないし、得意でもないけれど、姉だけが危険な目に合うのは間違っている。
「…大丈夫。私は姉を護る…‼」
愚かかもしれない。滑稽かもしれないけど、私が今できるのはそれだけだったから――。
結局、このまま夢白邸まで帰るというわけにもいかなかった俺は、創白の娘、期沙さんを連れたままセンラとメイナを探すことにした。
「匂いが見つからない…。たぶん匂いは間違ってないのに…」
「気にしなくていいよ。一応聞いてみただけなんだ」
ついさっきまで、この廃村に着くまでは、センラはずっと俺の背中にいた。彼女のわがままで俺がずっとおぶっていたわけだが、それ故に俺にはセンラの匂いが十分に付いている。性別が違うし、そもそも何故かセンラはいい匂いがするから、多分期沙さんでも判別できるだろう。
ちなみに、俺の方では匂いは探知できなかったためにより嗅覚の優れる期沙さんに、狼化してもらいまでして頼んだのだが、やはり匂いの痕跡は無かった。
「期沙さん、体調は大丈夫?」
「あ…、はい。少ししんどいけど、まだ大丈夫」
幼さか、下手な嘘はつかない。きっと夜さんとかヒメならここで「大丈夫」と言い切っていただろう。
九狼は変化の際に体力を使う。といっても、マラソンなんかで消費する体力とは別のものらしいが、その辺は本人たちにしかわからない。
期沙さんにはすこし疲労した様子があった。息もやや荒い。
全然悪いことではないのだが、彼女は他人に気を遣って嘘を吐くということはしないようだ。なんだか昔を思い出すな…。
《やっぱり上からも見当たらないな。見えるのは奥にある広場くらいだ》
透明化して幽霊の雁啼は出現させていた。期沙さんに余計な気を遣わせなくてもいいように姿は見せずに、しかし上から何か見えないか、浮かばせていたのだ。
(広場?)
行ってみる価値はありそうだ。この辺の軒並みとは違った意味がありそうだし。
そう思っていると、期沙さんが俺の服を引っ張りながら声を掛けてきた。
「ツキ様。呼びにくかったら『期沙ちゃん』でいいよ?」
……。
何だ?どういう意味だ…?
「え?」
「…」
期沙…さんは何も返してはこなかった。ただ、服を引っ張る力は明らかに強くなっている。
つまり、
「…期沙、ちゃん?」
「…♪」
服を掴んだままの期沙…ちゃんは純粋に嬉しそうだった。
そう呼んでほしかったらしい。夜さんもなんかそんな感じの雰囲気を見せた時があったが、まさか…。いや、流石にそれはないか?
「そっちに家は無さそうだよ?」
「広場があるみたいだ。『白の門』か、手掛かりがあるかもしれない」
その言葉に反応してか、期沙ちゃんはやはり服を引っ張りながら、
「それって、お父様の…」
「そうか、期沙ちゃんも聞いてたのか。期規さんの―君のお父さんのチカラ。僕たちも探してる」
「お父様の…『オーギ』?を、お父様に何かあったら、私はそれを探すように言われたの」
奥義。創白の能力を部分的に開放して出現させたらしい『白の門』。この郷で起きているすべてを解決させる手段。娘には緊急のために伝えていたのか。
そうなると、
「期沙ちゃんは何処にあるかも知ってるの?」
「知らない。私はツキ様は悪い人じゃないって信じてるから、知ってること全部教えてあげたいけど、どこにあるのか私も詳しくは知らないの」
だけど、と、彼女は可愛らしく付け加えた。
「お父様は『みんなの幸せを願いながらくぐればいい』って言ってた。それでみんなが傷付くことはなくなるって」
幼い彼女が、どんな思考をしているのか、俺には分からない。決して馬鹿にしているわけではなく、単純に年齢の差で、思うことは異なるというだけだ。
期沙ちゃんはきっと、『白の門』を使用すれば、人がそれ以上不幸になることはなくなると信じているようだ。それがどの程度真実で、どこまでが限界なのか分からないが。
ただ、『白の門』の使い方が判ったのは僥倖だった。
たとえ見つけても、大仰な儀式が必要となってはかなわない。『願ってくぐる』のが方法ということだが、一定の範囲内の『願い』だろう。夜さんもそれらしいことは言っていたしな。
「…そうか。なら、もし見つけたら期沙ちゃんがくぐるといい。君が使うのが一番いいだろうし」
「うん…」
やや不安そうだったのは、父親の意図を僅かにでも汲んでいたからか。期規さんも、望んで幼い娘にそんなことをさせたくは無かっただろう。すぐに発動させなかった理由はわからないが、本来は彼自身が使用するつもりだっただろう。
そんなことを考えていると、村を出て、川に渡せる橋を渡って、少し林を抜けると広場に辿り着いた。
何か手掛かりがあればいいのだが…。




