舞の夜
創白の治める村から、同じ創白領地内の山中廃村へと、およそ直線で結んだ内のある場所。
山道に差し掛かるより少し前の、小さな林を抜けたあとの開けたその場所で、百間星夢、神針焔、夢白夜の三人は咄嗟に身構えた。
数は五十余り。ゾンビのような動きは、一斉に飛び掛かられるようなことには繋がらないが、一人一人がただひたすらに殺すためだけに向かってくるということでもある。
全員は黒い衣装に黒い仮面を被り、硬い布のパーツは一切の肌を見せない格好で統一されていた。
「夜ちゃん‼とにかく安全策で身を守れッ‼」
星夢は何人も同時に相手をする必要が無いように、一旦後ろへ下がり、『敵』を一人ずつ並べる方法を採った。
走って後ろから回って夜の元へ行くという方法を採らなかったのは、
(一人一人を取り囲んで始末、ってか…。この状況で最も――)
五〇人どころではなかった。
すでに、数百という数で周りを囲まれていた。
「何ですか…?まともな生者には見えないですし、そもそも魂魄すら感じないですが…」
焔が文句を垂れるのに聞く耳も持たず、徐々に迫ってきていた『敵』の一人は、生気の無い動きで焔に掴みかかった。
『……』
「セクハラですか?…生憎、私が許せるのはせいむ様だけなのです」
焔は鬱陶しそうに片目だけ閉じて肩を鳴らした。
ところで、掴みかかった、という表現は確かだが、肩に、ではない。
仮面を被った『敵』は、ゾンビとは違って嚙み付くような攻撃は仕掛けてこないようだった。単純に、直接的に、首に掴みかかって、そしてへし折るか絞め殺すつもりなのだろう。
その行為は、相手が『日本製の悪魔』、神針焔でなければ、殺害に成功していただろう。
焔が抵抗すらしなかったのは、必要が無かったから。
「さっさと消えるです。鬱陶しい」
ズドォアッッ‼‼‼‼
と、軽い動作で焔は『敵』を地面に叩き付けた。いや、あまりに速度がつきすぎたために――
「うん?頭だけ取れちゃったですか…。……にゃ?」
「――ッ‼」
夢白夜は咄嗟に防御に走った。
ガギッ‼…と、腰の辺りのスリットから取り出した鉄扇で『敵』の拳を受け止める。
(重…っ⁉)
想像以上の攻撃の重さに、半ば弾かれるようなカタチで夜は引き下がる。
一撃目を防御された『敵』は、やはり生気の無いが鋭い動作で夜に掴みかかる。
掴みかかれては防御できないと判断したのか、夜はもういちど跳び退いて距離をとってから、着物のボタンに似た留め具を外す。
(夢白…護身の舞…)
後ろへ下がって開いた分の距離を詰めんと、『敵』は迫る。
対し、夜もまた、しなやかな動作で踏み込んだ。
「せ――ッ‼」
鋭く、しかし一切の無駄なく、鉄扇を開きて舞うは夢白家伝統の『護身術』。
ゆらりと先端の独立した着物の裾は、いっそ危うい程の白い肌を覗かせ、舞を妨げんとする『敵』の手は、身の一部と化した鉄扇の、丁寧に磨き上げられた面に沿わせて逸らされる。
(いける…‼)
その、一つの藝として完成された舞を乱すことなく、十分に、しかし意図してつくられた隙を捉え――
ズガッ‼‼
と、舞の一部として閉じた鉄扇が、『敵』の仮面ごと頭部を打ちつけ抜いた。
それ一撃では『舞』は終わらない。
ド‼ドッ‼‼ガッッ‼‼‼…と、閉じた鉄扇は美しく軌跡を描いて炸裂する。
(これで…)
夢白に限った話ではないが。九狼の能力は、基本的には人を殺すために使われはしない。幼少期から武術、護身術を極める九狼だが、それらも同様で、相手の急所を的確に突き、確実に無力化する為の術を習得するのだ。
一五年以上も夢白の『舞』を極めた彼女に、まず失敗は無かった。重ねて急所を突き、如何に屈強な男であれ、そこらの格闘家ですらしばらくは動けなるほどの鋭い連撃。
その一連の『舞』を魅せ付けられて、仮面にヒビの入った『敵』は、大きくグラリと揺れた。
―――が。
「――ぁ…が……っ⁉」
不自然な方向に曲がったままの『敵』の腕が、夜の細くたおやかな首を捉えていた。
夜はそれでもどうにか判断を失わなかった。
「…ぁ……ッ‼」
スドンッッ‼‼‼…と、渾身の鉄扇の一撃が、『敵』の側頭部を穿った。
それでも――
「…ッ‼……⁉‼」
今度はもはや、『敵』は揺らぎもしなかった。関節がおかしな方向へ曲がった両腕は夜の首を絞めつけながら、ついには彼女の脚は、地から離れる。
(…これ…っ……死――)
軽い金属音を立てて、鉄扇は浮いた夜の足元に落ちる。
(―――)
創白領地の山中。ずっと昔の廃村で。
「お、おい…、センラ…?」
ここで、創白が創り出した『奥義』である『白の門』を探し出さなくてはならない。
その効力を持って、輝白が引き起こした一連の事件を、ショートカット手段で解決する。
―筈だったのだが…。
いない。
「メイナ…?」
つい先ほどまで傍に居た筈の二人が、メイナとセンラの、『武白』の二人が、いない。
嗅覚に集中して、匂いを追って探そうとも思ったが、来た道以外に匂いの痕跡は無かった。同じ道をたどったわけでもない。その程度は具合で分かる。
「雁啼。上空から見えないか?」
幽霊、カリナを出現させる。測ったことは無いが、彼なら結構遠くまで行ける。それも幽霊なのですり抜けを合わせれば、前後左右上下全方向まで移動できる。
《視力に限度があるから見渡すにしても精度はビミョーだぞ?》
「…ヒントになるものでもあれば」
俺もまた、カリナの視野を借りて廃村全体を大まかに見渡す。目は二つしかないので、結局同じ場所しか見えないが。
「センラもメイナもいなければ、『門』も見当たらないな」
《いや、あれは…》
カリナが目線を向けた先。
今にも倒れそうな廃屋の陰。ここからの距離はそう遠くない場所だが、
「誰だ…?」
小さな影だ。物陰に隠れて、ごそごそとしているが…。どうにもこちらを意識しているように見える。
《狼だな。つまり》
「創白の…娘?たしか」
《キスナちゃんだな》
創白期沙。創白当主の期規さんの娘だ。まだ能力を継ぐにも幼過ぎるという話だったが…。
「とりあえず会いに行こう。俺らが敵じゃないことを伝えに。それに、本当の敵から保護しないと」
そうなりゃやることは簡単だ。会うだけなのだから。
ただし、カリナが危険なのがただ問題だ…




