月と夜
部屋は豪奢の一言に尽きた。文化の都合か調度品は何の為、どんな所以でそこに在るのかもわからないものばかりだが、雰囲気は和風というに相応しい。ただ、多少文化が異なるにしろ、それが計り知れないほどに高額な品ばかりであるのもまた、見て取れた。
「いや…夢白さん、」
「夜とお呼び下さい。『夢白』は神名です」
「夜さん」
「さんも不要です」
「それでは呼びづらくてたまらないな」
「……わかりました。して、まずは何を答えればよろしいでしょうか」
目の前に正座を崩して座っている美しい女性が、俺に用があるために『祠』を生み出した張本人、夢白夜。あの『夢』に出てきたのは、曰く、彼女本人であったという。
鮮やかな色彩が中にささやかな幸と幾重の微睡を擁し、重ねられた色の柔らかな着物にたおやかな四肢を秘めた佳麗の姿。その息をのむほどの美しさに、しかし俺の興味は一点に収束される。
「なぜ僕なのか、とまずは訊ねたかったけれど、それよりもまず訊きたい。二人を知っているんですね?」
彼女もまた、その姿だった。
ほんのりと桃色がかった、流れるような長い白髪。そこから覗かせるのは、センラやメイナのものと同じ、イヌ科のミミであった。
生物として、よく似た環境に過ごす生物は、例えば耳の大きさだとか尻尾の様子が似通ったものになりやすい。
センラも夜さんも、ミミの大きさも様子も非常に似ている。
それだけで彼女がセンラやメイナと同族だとは言い切れないが、彼女は二人のことを『故友の娘』と呼んだ。たまたま夜さんが異種族の狼人間と知り合いでもなければ、彼女もセンラと同じ種族だと考えるのが妥当だ。
…それにしては若いが…。
「二人は…、二人の母親は、私の母の親友でした。双子の娘の貴女方がまだ幼い頃に病気で亡くなられたと聞いています」
うん?娘…か。道理でセンラ質の母親世代には若すぎるわけだ。そうなると、『故友の娘』とは彼女――夜さんの母親目線になるが、その心は…
「私は……、あなたに会ったことがある…」
思考を遮るはメイナの声か。
「はい」
それに呼応するような調子で、夜さんは短く答えた。
「メイナ、それでずっと考え込んでいたのか…。昔に体験した匂いにこの場所のそれがあったってことだな」
「ほとんど覚えていなかったから、ここが何処かも匂いだけでは判らなかったの。少し似ている程度では誤魔化せないような嗅覚なのに、ここが判らなかったから。郷そのものの匂いもここには混じっているけれど、私には母の、家庭の匂いが記憶に強かったのね…」
メイナがセンラと出会った時はすぐに彼女が妹だと気付けたらしい。ずっとそばにあった匂いからだろうが、しかしこの郷の匂いも同じだろう。
この場所は夜さんの家なわけだが、当然この郷の匂いも混じっている。階層化された嗅覚はそれを捉えるのだろうが、しかし曖昧にしか覚えていなかったとなると、相当幼い頃にしかここ『九狼神郷』には居なかったのだろう。
メイナが寂しげに言う余韻が薄れた頃に、少し姿勢を崩して夜さんは続ける。彼女にとっても好んで話したい内容ではないのか、それとも焦りなどの精神状態のブレの表れだろうか。
「すぐにでも本題に入りたいところなのですが、月様は私のことは当然ご存じないかと思いますので、まず『九狼神郷』のことから説明します」
「なあ、夜さん。私らは月君と違って貴女の目的に沿わずやってきた訳だけど、ここで帰った方がいいのか?」
「いえ。貴方もそちらの彼女も、話を聞く程度であれば全く問題ありません。ただし、少なからず問題には巻き込まれますが。…(…私はできるなら貴方にも手を貸していただきたいのですが)」
「…わかった。それと…、いや、なんでもない」
「せいむ様」
「…では。一から説明いたします。その方が私も…話しやすいですから…。」
やや、彼女には躊躇うような様子があった。
夜さんはその出で立ちや身の回りからして手の届かないような存在に思えていたし、未だに住む世界が違うような不気味さも残る。しかし、その精神性の制御がおぼつかずに緊張を見せたりと、いくらか年上といえ、そうは思えない程には若く見えるが相当に苦労人らしい。言いようによってはまだ幼い少女のような可愛らしさも残ったままである。
「そもそもこの場所は、あなた方から見れば『秘境』といった表現が相応しいのでしょう。確かに貴方がたの住む場所から陸続きの場所にあるのに、内からも外からも境を跨ぐことはできません。一部の例外はありますが」
「さっきの『祠』と、センラ――この二人が『向こう』にいたのもそうなのか」
「はい。そもそも正確な始まりこそ分かりませんが、私達の『常識』では、全ての始まりは九柱の神とされています。姿は狼、その性質を受け継ぐ九つの家系が現在も続いています。正確には直系でない場合がありますが、その話は今はよいでしょう。始まりの九神のうち一柱は私に、また別の例では彼女達に」
「夢白と、『タケシロ』の二つ、二柱か」
「…はい。そしてそれぞれの家系が末裔には神力が現れます。私ならば『夢』の力。お二人には異例ですが、分割されて『武白大神』に基づく『武』の力。それら九つの神力はある種権力を分立させて民を治め、現在に郷として残ったと謂われています」
「貴女の奇妙な力も、あの『祠』も、『夢』の力か」
「『夢白大神』から受け継がれた力は、『夢』。解釈としては『幻惑』・『疑似創造』の能力です。詳細は後々必要に応じて。しかしそれがあなた方が『祠』と呼ぶ一連の現象です」
「つまり、全て貴女の引き起こしたことであり、月クンや向こうで巻き込まれた人間|(幽霊)はあなたが為に、と」
「…ぅ、う…。…は、はい…。」
こんどこそ明らかに躊躇った。高貴そうな雰囲気を醸す彼女だったが、確かに星夢の言葉にたじろいだ。
それから星夢の隣に正座して話を聞いていた焔ちゃんはやや前のめりながら、
「まさかそれだけでせいむ様のお手を煩わせたというのですか?神様を祖先に持つクセに自力で解決できないからと本来あり得ない領分に手を出してまで助けを乞うておきながら、あろうことか何の説明もなく」
「うっ…で、ですが、夢を経由して人に会うにしても、あの、その、……(…月様が相手では)」
「聞こえたですからねっ‼意気地なし神様‼結果的につき様困らせてるじゃないですか‼しかもなんでほこらに鍵かけてるんですか‼全くてんで滅茶苦茶なご招待じゃないですか‼神力をもってしてそんないい加減だと祖先神様が泣きますよそんなだからせっかくこっちに来ても直接出迎えもできずにおそるおそるつき様もせいむ様もしんちょうにならないといけないですよまったくこれですから神様ってものは信用ならな」
「だ、だって、だって『夢』の力は私の心を元に造影するから、もし不安や拒絶が在ったりすればすぐに反映されちゃ、しまうんですっ‼‼わ、わらしらって、わざとそうしたんじゃっ…ぅ…っうぐっ」
…泣いた。あのやや我慢しながらもどうにか態度を維持し続けた夜さんが、ついに崩れた…。
「お、おいっ、それで僕に泣きつかれても僕はどうすりゃいいんだ…。ていうか焔ちゃん悪魔かっ‼」
「です。私小さいけれど悪魔です」
「月ちゃーん、美味しいタイミングでネタやってないでそこ代わってくんない?」
「…せいむ様も悪魔の悪魔を体験するですか」
「なにさ焔ちゃん。初めて会った時は勝手に間違って召喚されておきながら号泣しながら『お願いですから私と契約してくださいですぅう‼』って言ってきたのに」
「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんんん‼‼‼‼‼⁉」
「だいたい、いくら何でも一般人の前に来ちゃマズイじゃん?黒魔術に染まった(笑)中学生なら喜んだかもしれないけど、流石にあれは気の狂った夢だと思ったよ」
「にゃっ…にゃあぁあ…う、うるしゃいのですっ‼…しかも私が悪魔だと知るなり『ホントにそうならネコ娘くらいなれるよね?』って‼せいむ様驚くどころか弄んでたですよ‼⁉」
「うっ、ひぐっ…月くんん…」
「夜さん、貴女僕に手助けしてくれと呼んでおいて説明の途中で崩れないで…」
「ご主人、それはあまりに辛辣だと思う…」
騒がしい。
明らかにそんな雰囲気ではなかったはずなのだが、これも星夢の策略か、それとも焔ちゃんの悪魔っぷりが本当に暴発したのか。
「夢白さん、貴女、焦ってるんなら」
「…。メイナ、しかしコレどうすりゃいいんだ…」
困った。本当に困った。
夜さんはやや垣間見えていたが、相当に疲弊しているらしい。急遽、秘境の外から人を呼ばなければならないくらいの緊急事態に、彼女はこの郷の統治者も兼ねていたとなる。
しかし、俺には泣きながらすり付いてくるやや『年上のお姉さん』にどう対応してよいのかなど、分からるはずもない。
それからは護衛の屈強な男たちは主の夜さんが知らない男(泉雫月とかいうらしい)に文字通り泣き、焔ちゃんが号泣するのを見て困惑しきっては、星夢の提案で食事しながら話せば適度に気を紛らわせられて話しやすいだの、そんなこんなあって、最終的には大広間で六人プラス夢白の配下幾名で宴会(はて?)することになったのだった。




