郷の夢
そもそもの話、墓地のこの場所には周囲と何ら変わらず墓石があったのである。
若干の偶然は絡むが、その墓地を寝床としていた自縛(?)霊の百合上綿里。彼女をひとまず疑わないとしよう(幽霊は嘘が苦手らしい)。
彼女の話をそのまま参考にするならば、墓石の在った場所に、全く気付かない程の短時間で件の『祠』が出現した。墓石が無くては女性霊百合上さんが休めない。そこで胡散臭い心霊現象よろしく真夜中に幽霊からのラヴコール。
さて試しに見に行ってみると、どうにも俺だけではどうにもならず、センラとメイナの双子姉妹もお手上げである。幽霊つながりに俺に憑いている雁啼にも探ってもらったが、最終的に得られた情報は、尋常ならざる理由でこの祠は作られたということ、中には揺らぐ光があろうこと。その辺り。
そういうわけで、依頼したのは百間星夢。それから彼についてきたネコミミ『日本製の悪魔』、神針焔。
星夢の判断と、それに従う焔ちゃんの趙火力による一撃で(仮に悪意あるトラップなどがあったとしてもまとめて)扉を破壊することができた。
そして、ようやくお目にかかる内なる世界なのだが…。
「おいおい……」
俺は思わず呟いていた。
「焔ちゃん、なんか変な事でもした?空間が歪んでるぞー?」
「せいむ様は冗談がつまらなさすぎるのです」
焔ちゃんは長めの尻尾で星夢を小突く。
「ご主人様、これは…」
《ひとまず直接的な危険は無いな》
「向こう側がどうか知らんがな…」
俺はおおよそ意見を締めくくる。
まず仕切り役とは言い難いが、もうさっさと行動に移すとする。こればかりは話し続けるよりも、十分に安全を確保しながらできる限り試してみよう。
ちなみに百合上さんは浮遊しながら呆然としているが、もう一人会話に参加していなかったセンラはというと…。
「ご主人―。これ、…?」
センラは――、手をついて四つん這いになったうえで、『それ』に興味津々であった。その姿たるや、とても誇り高い狼とは見えない。ていうか猫かっ‼
「お前なぁ…好奇心に任せて…。イギリスじゃ死んでたぞ」
「ははっ、センラちゃんそれ誘っ」
「どんな感じです?少なくとも往復はできそうですか?」
焔ちゃんは『それ』よりもセンラの行動に興味を示す馬鹿主人を放っておいて、センラに合わせて『それ』を探る。
『別世界』…いや、どこへでも行ける不思議なドアみたいなものか?…ピンク色じゃないけど。
祠の中には明らかにおかしな空間が広がっていた。手前半分は元々墓石があったであろう地面そのものだが、奥側半分は全く別の空間が広がっている。向こう側はどうやら室内のようだが、さてこれは映像トリックなのか、それとも遠い地やパラレルワールドなんかと繋がっちまっているってのか?
できれば「これはトリック映像ですね」で済ませてしまいたがったが、センラさんの高等な実験(空間の境目に野草をつんつん)によってどうやら行き来ができてしまうことが証明されてしまった。
「し…じゃない、せんら、手を触れるのはやめときなさいよ」
姉メイナは妹センラを適度に見守っているようだが、二人にやや割り込むような形で星夢が躊躇なく腕を突っ込んだ。センラの使った草の様子から人体でも大丈夫だと判断したらしい。
「別に何か高度なワナってこともなさそうだね。そう考えると誰かが行き来するためにあるのかもしれない。大きさも一般的なドアくらいだし」
「どこかから誰かがここへ訪れるための装置ってことか?」
まったくそろそろ頭がおかしくなりそうだが、どうやら認めざるをえないらしい。最近どうも特大の不幸が重なっていないか…?
「ふむ…。月クン。どうやら、その認識では真逆のようだ…」
星夢はすっかり向こう側へ入りきってしまった後、周囲を見渡してからそう言った。向こう側は室内のようだが、横の方の景色がどうなっているのかはその場へ渡った星夢にしかわからない。
星夢の言うがままに、ならば俺達も向こう側へ渡ることにした。不思議としか言いようがないが、やや揺らぐ境界はそのまま素通りできた。水カーテン程の抵抗もなく。
そうして、『向こう側』。
見回すと、やはりどこかの室内のようで、来た道――空間の境界は、繊細に装飾された木枠に縁どられて在った。部屋は六畳ほどか。室内だが松明によって灯りが灯され、やや設置面積の多い木の格子は換気用とも見えた。ちなみに外は元の場所と同じく夜のようだ。
たぶんこの『儀式』の様なもののためにつくられたか改造された部屋だろう。俺達が普通に暮らすには感性がズレている。
「…ドア、か」
部屋の右側には木製の頑丈そうなドアが一つ。それ以外には出口らしいものは無く、他の壁は住み辛そうな彫刻に飾り立てられていた。先に進むならこのドアしかないだろう。
「メイナ、ドアの先とか分からないか?匂いとか、なんなら勘ででも」
「………」
「…メイナ?」
「えっ?あっ、なに?」
「どうかしたか?気分が悪いのなら」
「い、いや、大丈夫よ…」
…彼女は大丈夫だとそう言うが、どうにも様子がおかしい。こちらへ来てからずっと何やら考え込んでいるようだ。
「少なくとも私の覚えてる限りの匂いにはないみたい」
センラは代わりに答えてくれたが、しかしそもそも記憶の無い状態で拾って来た狼娘さんには大体どこだって新しい匂いの場所であろう。
「まあ、つまりアレか。『境界』で空気の行来は無いと。空気や匂いなんかも完全に別物、か」
「地図アプリは沈黙してるね。ここからじゃあ庇と木が邪魔して星空も見えないな…。焔ちゃん、ここの座標がわからないかな?」
一部の超人や一部の昆虫なんかが星や太陽、月なんかを見て自分の居場所を特定するらしいが、その『一部』に星夢も入っているらしい。もうなんか納得できてしまうのが恐ろしいが…。
「現在時刻と偏光からすると日本かせいぜい周辺の海か大陸海岸あたりみたいなのです…。直接見えないのでいくらか間接的特定ですが」
日本、ねえ…。スマホの地図アプリは星夢のものだけでなく、俺の方も駄目なようだ。他にも試そうと思ったが、電話すら通じない。
「…あ、圏外になった?」
「せいむ様、つき様。わたりが…」
焔ちゃんの言葉に振り向くと、幽霊百合上さんが『境界』に弾かれてこちら側に来れない状態に陥っていた。境界面に手を着けられる辺りを見ると、彼女だけはこちら側へ渡ることはできないようだ。
「雁啼、お前は?」
《問題なく通過できる。ユリちゃんだけみたいだ》
幼馴染みたいに呼ぶのなこの女コマシ霊。
そうなると、幽霊だから、というよりも個体として彼女だけなのだろうか、それとも人に憑いているとくっ付いて来られるのか。
『ユリちゃんなんなら私に憑りつくかい?それならおおぉぉ…?』
隙あらば交渉に走る星夢は焔ちゃんに引き摺り戻されていた。ちなみに境界は音波を通さないらしく、向こう側に半身突っ込んでいるカリナの耳を通さなければ星夢の声は聞こえなかった。ていうかどんな状況でも星夢と焔ちゃんの一連の流れは変わらないのか…。
「せいむ様。いい加減にするですよ…」
「……へい」
『ユリさん、悪いけど、とりあえずそこで待っていてくれ。どうやらそういうことらしい。』
恐らく、いや、まったくの推測だが、彼女は境界を維持するうえで向こう側にいないとならないようだ。
彼女が要素なら、こちらへ渡ってしまうことでエラーが起きるのを防ぐようになっているのか。吊り橋を唯一渡せないのは此岸の固定具だということなのだろう。
そうなると、他のメンバーが解決なり対策なり、それとも調査をしなければならない。
周りを改めて見渡すと、星夢は焔ちゃんに嚙み付かれているし、センラは、仰々しい木の扉も唯一外を目に出来る格子にも興味を示さず、マイペースに彫刻に夢中だった。メイナも何やら考え耽っているようだし、そうなると扉を開けるなら俺か。
「メイナ、星夢、開けるぞ。先に進もう」
装飾がこれでもかと施された仰々しい扉だが、材質が軽い木だからか、割と小さな力で開いた。
「通路?いや、廊下という方が――」
そうまで言って、気付いた。
続く先に唯一あるのは、高級感あふれる襖。だが、その隙間からは灯りが漏れ出し、それ以上に奥からはひとの匂いがあったのだ。
「(誰か居るみたいだ。そのまま会う。付いて来てくれ)」
星夢とセンラは黙って頷いた。メイナはなお一層考え込んでいるが、付いては来ていた。焔ちゃんは星夢に付き添うから彼に倣って行動するのだろう。
薄暗い廊下は距離にして一〇メートルほどの長さがあった。ぼんやりと光を放つのは、松明と提灯の中間みたいな家具だ。炎を光源としている割に、インテリア程度にしか光量が無い。実用性はビミョーなところだ。
やや冷感を返す床はやんわりと沈み込むが、ギシギシといった不安を駆り立てる音は無かった。どういう判断で言うべきかわからないが、たぶん良い造りをしているのだろう。
「……」
黙って、襖に手を掛ける。無礼かもしれないが、そのまま静かに、しかし勢いに躊躇なく襖を引き開けた。
柔らかい光がやや目を眩ませ、痛々しくない程度に視界が奪われる。時間にして一秒とあっただろうか、徐々に視界が確保されるにつれて、どこか甘く芳ばしい香りが感覚を充たしてゆく。
真っ先に認識できたのは――美しく、豪奢な調度でも、自分の相対的存在が縮小されるようなその広さでもなく――、
「――ようこそ、『九狼神郷』へ御出で下さいました。泉雫月様、そして武白が継承者、故友の愛した九狼が双娘よ。」
俺は会ったことが――、いや、違う。あの夢の中で――
「貴方の力が必要です。どうか、吾等がこの郷を、救ってはいただけないでしょうか」




