ネコの炎
『もしもーし?月さんから掛けてくるなんて珍しいね。…しかも夜中に』
「……」
…しまった。第一声をまったく考えていなかった。
天才クン相手の会話は面倒なのだ。下手なことを言ったら揚げ足をとられるだろうし。
とりあえず挨拶…か?
「…もしもし?こちら泉雫ですがそちらは百間星夢さんでしょうか」
『なんだいなんだいナツキくん改まって。およそ君のそばに二人分くらい呼吸音が聞こえるけどもう一人ぐらい狼少女でも拾ったなら私が預k』
「これ以上電話するとこっちはえらく被害しか被らないんだが…」
やっぱりこの天才、ヤバ過ぎる。
どれくらいヤバイかってーと、『ヤバイ』としか言えないくらいヤバイ。電話越しに周囲の様子を探るだなんていったい誰が予想できる?しかも勘なのか洞察なのか、メイナのことまで言い当てていやがる。もう一度言う。ヤバイ。
「それは良いとして…明日は暇か?この場で説明するよりも直接見てもらった方が手っ取り早いわけだけど」
墓地に突然出現した『祠』をどうするかという相談だが、さて説明しようがない。なんせ俺もどういうことでどうすべきかが分からないのだ。…だから頭の出来が根本から違う天才クンに相談したいわけだが。
『別に予定はないよ?ていうかホントに暇だし、その要件は暇つぶしなるかい?』
暇つぶしにやることではない筈なのだが、天才クン――星夢のヤツならマジで暇つぶしで解決してしまいそうだ。
「じゃあ明日、墓地まで来てくれ」
限りなく怪しい注文に変わりないのだが、結局彼は快く承諾してくれた。まさかとは思うが既に解決策なんて思いついてないよな…?
そういうわけで、戻ってきました裏山墓地。狼少女が二名程いるので、集合はやはり夕方以降深夜以前の時間帯になる。
《あ、あの…っ…。その、何度もすみません……》
「…ずっとそうして浮遊してたの?」
墓地に着くと、例の『祠』のある場所に女性霊が漂っていた。幽霊である彼女は寝床として墓を使うのが常套手段らしいが、墓そのものが無くなってしまったという案件、彼女は一晩中こうしていたのかもしれない。
とりあえずさっと手に取ってきた線香に火を点けて、それから…
「ありゃ?線香は何処へやればいいんだ…?」
墓石のある場所に、今現在は小さな祠ができている。女性霊が言うに、突然現れたものということで、見て分かる通り、強引にもともと在った墓石を消滅させて祠ができてしまったらしい。まあ、人の手によって造られたものではないだろう。
ということは、つまり線香を立てる場所――そのまま『線香立て』というらしいが――も一緒に失くなっているわけで。
《あ…えっと…。それじゃあ、直接…私にください》
「おう?」
女性霊はふわふわ浮いたまま火の着いた線香を手に取り、そのままいい構図に匂いを得て、割と嬉しそうにやはりふわふわ浮いていた。
線香を墓や仏壇に供えるのは言うまでもないが、そうであるからか、幽霊の彼女は生者が好む以上に線香の香りが気に入っているようだ。容姿佳麗ながらに、丁度愛情を込めて育てた花に香りを嗜むような構図になる。
《そういえば、あのー…、他の方はいらっしゃらないんですか…?》
線香に和んでか、いくらか緊張の解けた様子で彼女はこちらを覗き込む。
雁啼は俺の『存在』を一部用いて現世できるだけであるから、そうでなければ『意思』の様なものだけを残して本当の死者と変わらない。だから、いわば俺が自分の意思によって脳内で会話出来たり、また出現させたりできる存在なのだ。要は、引っ込めてさえいれば傍目には居ないのと変わらない。
残りの狼二人(匹?)はというと、
「祠をどうするか、っていうと僕では判断できないから、もっと頭のいいヤツを呼んだ」
というのはもちろん星夢のことなんだが、
「センラとメイナにはその案内を頼んだってワケ」
二人は墓地から少し山を降りたところ、墓参りのときなんかに利用する水道などの雑設備がある辺りにいる。言ったとおりに星夢が墓地までくるので、そこから具体的な祠のこの場所まで案内を頼んである。
《あ…、やっぱりお二人も…、その、いらっしゃるんですね…》
「うん?都合が悪かったか?」
たしかに彼女からすれば得体の知れない二人かもしれない。
《い、いえ…。そういうわけでは無くて…。その、あなただけでも随分に迷惑を掛けてるのに…》
なんだ、そんなことか。まさに口振りから察せられる性格通りの意見だ。
「アイツら、そういう思考らしいね。なんのこだわりなのか知らんけども」
《はぁ……》
女性霊は選ぶ人を間違えたと言わんばかりに、やや距離をとるようにふわついて行ったが、祠の辺りまで行くと途中で引き返してきてやっぱり近くの適当なスペースに漂うことにしたらしい。雁啼やメイナがそういうように、祠の内が得体の知れないのでは迂闊なことはできない。幽霊の彼女は真っ先に祠を探っただろうし、また、幽霊であるならば雁啼ができるように定番の壁抜けも試みただろう。そう考えると途中で違和感に気付いて止めた、って感じか。
…もっとも、なんだってこんな場所で空間が歪んでいるんだ。国家予算レベルの大金が掛かった研究設備でだってできやしないだろうに。
「――お、いたいた」
そう考えていれば、やや緩やかな斜面になった墓地の中に、声と共に星夢の姿が見えてきた。先をセンラが歩き、星夢の後ろを歩くのは…確か、焔ちゃん、だったか。
神針焔ちゃん。どこからが名前とかそういう類の区別はないらしい。見た目八~一〇歳くらいの少女だが、さて見た目に過ぎず、自称『日本製の悪魔』とか言っていたな。星夢との詳しい関係はよく知らないが、星夢と一緒に住んでいて、星夢に懐ききっていることは分かっている。あと見た目はちっちゃい代わりに、よく本物の猫耳と尻尾が生えていたりする。
「…あれ?メイナは?」
センラはいるが、メイナは姿が見えない。
「姉は後で来るって」
「……せいむ様があんなもふもふに誘惑されるからなのです…」
「うん?焔ちゃん怒ってない?」
そう言って苦笑いの星夢だが、この男相変わらずケモ娘に目が無い。
ミニ悪魔焔ちゃんは不機嫌そうにそわそわと猫尾を振りまくりながら、
「めいなとかいうのは犬の姿になって散々暴れてたので着替えてから来てるです」
「仲は…良くなさそうだね。メイナと何かあった?あとあれはオオカ――」
「私の方が毛並みが綺麗だからって嫉妬しないで」
遅れて登場したメイナがそのまま会話に割り込む。やや顔を赤らめながら星夢を警戒しているのは、やはりセンラがそうだったように、星夢から不意打ちならぬ不意もふを喰らったか。
どうにも焔ちゃんは、主に合わせてのその容姿よりも、他人のメイナのが気に入られたことに不服らしい。どちらかというと星夢のそれは、焔ちゃんよりもメイナの方を好んだというよりも、焔ちゃんに対する『慣れ』みたいなものだと思うが。
「さて、ナツキくんの視線に触れるのが依頼主さんかな?こちらからは何も見えないが。今度は幽霊の方かな?」
改めて確認しておこう。この、一見すると特殊属性にデレついている女たらし男――百間星夢は天才である。
ここに『自称』は付かない。一定の好成績を叩き出せるだけの能があることを意地悪く誇るような結果主義者とも、カリスマに担ぎ上げられた存在でもない。
もはや、ここまでくると、ヒトという括りにおいて、生物学的種が変わらないことが不思議である。
まるで人間が外的な観察を経たのちにタコやイルカに成って操作するような、その生物が持てる性能を、本人が操りえない部分まで把握しているかのような。
「…せいむ様の仰る通りなのです。……『存在』を可視化するに、女性のようですよ?」
「うわお美人」
「星夢」
…正直、やはりこんな『天才』は信じたくないが…。
焔ちゃんの能力か何かだろうが、どうやら星夢も女性霊の可視化に成功したらしい。俺はカリナから、センラ・メイナは何故か最初から視えるようだが…。
それからしばらく名探偵某みたいに女性霊をじろじろと眺めていたが、一言「うん。満足」とだけ言うと今度こそ祠の方へと興味を向けたようだ。
「へえ、中に光が灯ってるね。かといってどう見ても火事ではないし、そもそも温度に極端な変化は無い。電球でもないんだろうね。発光ダイオードの偽装かい?」
「外部からの電線やパイプは無いし、内で水・風・熱・化学反応の装置はなさそうだった」
「…そりゃあセンラちゃんからの情報かな?」
…星夢は、俺に探りを入れているのではなかろう。
既に知っている、のか。それが推理によるものか、焔ちゃんの魔術か何かか。しかし少なくとも俺が従える幽霊雁啼なり、超嗅覚なりの異能を手にしていることを、星夢は知っているようだ。
どうせなら、説明しておくべきかとも思ったが、向こうが探るならまだしもこちらからしなくてもいいか。その辺りをどうするべきかと思っていたが、
「生体の匂いや科学物質、機械的な臭いも無かったわね」
「そうなりゃいよいよ開けてこの目で確認するのがいいかもね。ナツキちゃんが幽霊を視認して、キッチリやり取りできるっていうのは、まあ胡散臭い霊能力者とは比べ物にならないのだろうし。大方自分の手で魂を取り出したりしたのかい?」
星夢はメイナの言葉を最後の判断材料に、余計な(的中してる)考察を付け加えやがった。
しかしそれも『ついで』に過ぎないのか、星夢は本筋を逸れない。
星夢の目配せに応じて、焔ちゃんは祠の壁に手を当てて、
「一応確認するですが、この祠の所有者に心当たりはないですね?記念に保存しておきたい、などの意見もないですか?……えっと、」
「あ、あの、百合上綿里、と申します…。その、私でも…、ずっとここに居た筈、の私でも気付かなかったので、えっと、あの、どかしてもらえれば、どうしてもらっても大丈夫かと……」
「さらっと名前を探る辺り、星夢に影響されてる?」
「どうせロクな関係にならないです」
「それってつまり星夢さんが浮きゃんっ‼⁉」
人の多さにやや慣れないと見えたセンラだったが、ここにきて余計なことを口走り始めた。焔ちゃんの爆発に似たビーム(?)をまともに受けても自動的に白い光に防護されているわけだが。
「それでは皆さんは離れているですよ」
いまいち感情の波が判別しがたいが、星夢が傍にいる限りは当初の目的をしっかり果たすようだ。祠の施錠されたらしいドアの前へ一人位置をとった。
ここぞとばかりに『悪魔』らしく、そして『日本製の』と称するだけあって、わざとらしく魔法陣が幾重かに現象し、濁った色の光を伴って煙状のオーラが出現した。
「真空にでもなっていたりすれば吸い込まれるかもしれないですけど、思いつくような仕掛けが見て取れないとなると扉を破壊する方が手っ取り早いです」
やや面倒くさそうな調子でそう言うと、ミニ猫悪魔のとった行動は単純だった。
――ッドンッッッッ‼‼‼‼
という衝撃そのもののような破壊音は、そうであって破壊のその音ではなかった。
妖しく気体状の光を纏った彼女の細腕は、疑似的に体積を増した上で、軽く見積もったとしても生物最速といわれる蝦蛄の数倍はくだらない速度で祠へと激突した。
「――ッ‼⁉」
女性霊――百合上さんも含めて、その場の誰もが絶句する中、音の消えたその世界でただ星夢だけが愉快そうに一人大笑いしていた。この野郎焔ちゃんの性格をわかりきってやがったな。
そう考えてみれば焔ちゃんの展開した魔法陣のいくつかは衝撃波や破壊を必要以上に散らさず、しかし予想外の展開を極力減らすために扉という一部分だけに最大級の火力を放ったということなのだろう。これが『日本製の悪魔』だっていうのか…。
やや時間を置いて、砂煙が晴れる。十分に視界が確保できるようになった先には、
「おいおい……」




