祠と白
「なんだってこんな夜中に墓まで来ないといけないんだ…」
いざ墓場まで足を運ぶと、夜も遅いこともあってか、それともホンモノの幽霊が約二名ほど漂っているからか、不気味にしっとりした雰囲気を感じざるを得なかった。
「ふわ…ぁ…?」
《あ、あの……ホントに、…その、ごめんなさい……》
ちなみにこの場にいるのは幽霊あわせて三人ではなく、さらに二人ほどの狼姉妹が付いて来ている。メイナが強引に寝たままのセンラを連れ出してきたわけだが。
欠伸に目を醒ましたように見えたセンラは、先頭を行くオドオドしい女性霊を目にするなり、夢か何かと勘違いしたのか、またすぐに姉メイナの背中で寝落ちてしまったようだ。なんで連れてきたんだ。
「…ていうか。なんかセンラがちっちゃくなってないか?」
「ただ体積が神狼になってるだけよ」
メイナの背中に、同じくらいの体格をしたセンラが収まるにしては、明らかに見た目の比率がおかしい。メイナがそういうように、確かに狼化したときのサイズにも見える。
少なくともセンラの普段はそんな現象は起きたことがないが、メイナがそういうのならそうなのだろう。俺の知っている人間の中で、一番彼女たちの体質|(?)に詳しいのはメイナなのだ。
玄関先から外階段を降りようとした際にメイナに呼び止められたわけだが、彼女の言うには、彼女たちのルールでは基本的に『主人』に付いて行かないとならないらしい。…センラはともかくメイナは勝手に俺を『主人』扱いしているらしいが、いよいよ俺が変態趣味みたいになってきた。
「あんたらの体質にはもうツッコまないけど。付いて来てどうすんだ?どうせ様子見だけして明日また来る予定だぞ?」
墓地へ続く、角の丸くなった石段を上がりながら、メイナは全く関係いといった様子で返してくる。
「センラちゃん重たい」
「会話ができないようだな」
そりゃ割と急な石段を、体積は減っているとはいえ人間(狼?)一人を背負って上っているわけだ。
荷物の重量としては重たくても仕方ない。
《なら俺が――》
「お前には絶対に背負わせない」
当然というかなんというか。やはり雁啼が食いついてくる。彼にセンラを引き渡したらそのままどこか連れていってしまいそうだ。
「実際のところ私の方がずっとパワータイプよね」
やはり人の会話の流れなど気にせずに、メイナは振ってくる。
単純な筋肉量で俺とメイナを比較すると、性別の差を超えて、メイナは肉食獣的な一面を持つからか、それともそういう生活をしていたのか、彼女の方が筋力はありそうである。複雑だ。
《あ、あの…なんなら私が…。浮かんでるから段差の影響を受けませんし…》
「もう半分上ってるんだけど」
「女性に頼むわけにもいかないだろう」
幽霊の彼女は変わらず申し訳なさそうな調子で言ったが、流石に彼女に背負ってもらうという選択肢はない。
それからメイナの、私も女の子なんですけど、という台詞と共に俺がセンラを背負っていく羽目になったわけだが。ホントになんで連れてきたんだ。
ちょっと気を抜いたら足を滑らしてしまいそうな湿った石段を上がり終えると、やや自然の斜面を残したままの墓地が広がっていた。
「初めて来たな、ここ」
広さはちょっとした町工場の敷地くらいはあるか。山を削ったのか斜面を残しながら広く敷地をとってあるようだ。
墓石の数は…すすんで数えたくないし数えられそうにもないな…。
《で、アンタの墓石があった場所は?》
雁啼がそーっとセンラを狙いながら女性霊に訊ねる。まったくコイツは懲りない。
《あ、あの、えっと…、向こうの奥のほうの…》
女性霊は途中まで説明したところで、直接案内した方が早いと判断したようだ。そのまま漂うように奥へと行ってしまうのを三人は追うことにする。
女性霊は意識して適度な速度で漂おうと試行錯誤していたようだが、どの速度が歩きやすいということもないのでやはり何事もなく奥へ奥へと歩いて行く。
暗闇に機能するだけの視野に足る域まで案内されるまま付いて行くと、明らかに奇妙な場所へと辿り着いた。
「なに?これ?」
「祠か…?」
通路の脇の方とか、逆に墓地の目立つ場所にあるのならばギリギリ理解できる。だが、祠の建っている場所が異様だった。
《見事に墓石に重なるようにあるな》
石と砂利で構成された、少し高い段。
本来ならばそこへ詰めるように墓石が配置されている筈の場所。
そこには到底調和しないだろう雰囲気を纏った小さな祠が建っていた。
高さは墓石よりも少し低いくらいのものだろうか。しかし、そこに墓石はすっかりなくなってしまっていることから察するに、ゲームでよく見る座標バグで元々あったオブジェクトが消えてしまったように、元々あった墓石は消えてなくなってしまったらしい。そう幽霊の彼女も言っていたしな。
《あ、あの…、ここに、いままでは私達のお墓があったんです…。でも、昨日ここに帰って来てみたら…、この通り墓石が無くなってしまって……》
「…代わりに祠ができていたのか」
そこにある祠は縦長の建物だ。脚のようなものは無く、防空壕やイモ穴にあるような、低いが人の通れそうなほどの扉が取り付けられている。
物置き小屋にしては小さすぎるし、工事現場の仮設トイレを彷彿とさせる建物だ。
で、こんなものをただの高校生にどうしろというんだ。勝手に撤去したりしたら法律に引っ掛かるだろコレは…。
《あ、…その、この祠…?をどうにか…してもらえないでし》
「無茶言うな」
幽霊の彼女が言い終える前に断ってしまったことで、彼女は口を開けたまま硬直してしまったが、そんなことを気にする素振りも見せずにメイナは祠を調べ出していた。
「……んー」
やや警戒しながら祠に近付き、メイナはイヌ科らしく最初に鼻を摺り寄せて中身を探っているようだった。
臭いに関しては少なくとも俺の立ち位置からは何も感じないわけだが。
「ご主人様。この中…」
「なんか気になる匂いでもあったか?」
メイナは一通り祠を嗅ぎ探ると、壁板の隙間がないかを探し始めた。祠は割と造りがしっかりしているため、そうそう中を覗ける隙間は無さそうだが…。
「透過する分には…中に『光』があるみたい。人工の光というよりも、炎のソレみたいにゆれてるわね」
《炎だぁ?》
中で何か燃えてるのなら臭いで判る。そうでないということは…これは一体…?
「扉は開かないな。……いや。これは…」
扉が開かない。ただしここから見た限りでは錠は掛かっていないし、構造的に中がどうなっているのかもわからない。
そうなると、内側に鍵があるか、単純に何かがつっかえているか。その辺りだ。
《中の扉付近の様子がわからないか?》
「ああ…」
一通りメイナもチェックしているが、改めて俺は扉付近に鼻を近づけてみる。
そうして内部を探ってみたはいいものの、中に知った匂いは無さそうだ。日陰の土の匂いと木材の匂いだけか…。
「変わったモンは…閂か?コレは…」
金属――これは鉄か。扉に接続されているとしたら中から閂が掛けられているのか?匂いから判断できるサイズと場所は一致しているし、扉が開かないことも納得できる。
《中から確認しようかね?》
ひとまず扉は空きそうにないことが確認できると、次は雁啼が探ることに。ただ、その前に硬直から復帰した女性霊が口を挟む。
《――あ、あの…っ。中は…あまり、見ない方が…いいかと……》
中は見ない方がいい?それはつまり、
「中に何があるのか知ってるのか?」
「知ってたらご主人様を連れ出したりしないわよね?」
メイナがそう言うが、そんなことは流石にわかっている。
重要なのは祠の中に何があるかではなく。こんな場所に恐らく突然だろう、現れた建物が何なのか、だ。直接的に答えが出なくとも、女性霊の口振りを見れば俺やメイナ達よりも事情は把握していそうなのだ。
「何か知ってるんだな?」
そう訊ねると、女性霊はややため躊躇う様子を見せたが、すぐに様子を切り替えて応えた。
《えぇと…。私も詳しく知ってるわけじゃないんですが…。その、なんというか…、少なくとも常識的ではない目的があるみたい…、で……そのー…》
《幽霊の特性、か?物品に込められた意図は、神霊としてある程度感じ取れる》
「八百万の神々や言霊とも同じか…。それじゃあなおさら放っておけないワケだが、まー…、アレだ。どうせ今日|(二六時)は何もする気なかったし?」
何にしても行動するなら明日だ。連休三日目だし、なんなら一日掛けられるだけの暇はある。
「し…妹も完全にお休みモードだから…。明日ね。…明日やるわ明日きっと」
「ニートみたいな台詞は止めろ…」
女性霊はやや納得のいかないといった顔をしていたが、雁啼含む周囲が帰宅の雰囲気だったため、|(生前の嫌な記憶のせいか)渋々同意を示さざるを得なかったらしい。
そんなわけで。
メイナ的判断。明日やるよ明日。今日はおやすみなさーい。




