幽霊と白
狼系ケモ耳ケモ尾少女が約二名。
「……部屋が狭い」
率直な感想である。
この部屋は一人部屋だが、何分過疎な地域であるからか、比較的空間は広い。都市の学生向けアパートの部屋が二つかひょっとしたら三つ入るだろう。
しかしながら、狭い。
「―――…んぅ……?」
俺が部屋に入ってきたことに反応したのは黒い方だった。センラの寝ている横でしっかり布団に入り込んで勝手に寝ていたのだ。
「ふぁ……あ……? なに……?」
メイナ――黒い方の狼少女は半分体を起こして面倒くさそうに応える。
「『なに?』じゃあない。何から言うべきか分からんが、とりあえずそれは僕の布団だ」
しっかりセンラの布団と使い分けているあたり、流石は超嗅覚がウリの狼といったところか。
メイナは身体を起こしきってから、妹センラに尻尾をだき抱えられていたことに気付いた。それからセンラを起こさないようにゆっくりと尻尾を引き抜いたあと、布団を片付け、顔を洗って、髪を整えて、勝手に冷蔵庫を開けてセンラのおやつのプリンを手に取って、センラのものだと識別したらしく元に戻して、それから満足いくまでたっぷりミルクを注いだコーヒーを飲んだ後、布団のあった場所へ座って、ようやく話をする気になったらしい。
「で、何でしょう。新しいご主人様?」
「誰がご主人様だ」
「なんなら肉体的なg」
「やめてマジで」
とりあえずメイナはどこまで本気で言っているか分からない危険人物だとわかった。二度と会うことはないだろうが注意しておこう。
「で、何から話せばいいのかしら?」
「……そっちが素ってことでいいか? ならまずは……、何でここに居るのかを教えやがれください」
「あれ? 聞いてなかったの?」
メイナの小首を傾げる仕草がヒジョーにあざとい。やはり彼女の言動はどこまでが素でどこから演技なのか、ロクに女友達もいない俺には分からない。
「だから一件でご主人様……いや、哭沢を離れることができたってこと。『ドサクサに紛れて』ってことにはなるわね」
大体は分かっているのだ。要は、元々彼女は俺とセンラがそうであるような関係であり、そんで彼女の仕えていた『ナキサワ』は主従関係を楽しんでいたらしい。特に理由は解らないが、彼女ら狼娘ふたりは何らかの法則で人を『主人』としているらしく、F市の一件で、善く思っていなかったその関係を離れられたということらしい。
「待て、それってナキサワが僕に恨みを持つ理由には十分すぎるぞ。それこそ、また突然襲われたりしないだろうな」
また行きの電車内の様に襲われたら、今度こそ一発であっさりやられてしまうかもしれない。向こうが何者なのか知らないが、こっちは暗殺のエリートではない。ただの高校生である。
正直、あの襲撃も、その時は冷静に努めるのでいっぱいだったが、今考えると相当狂った異次元だったのではないか?
「大丈夫よ……(きっと)」
「おい、最後にボソっとなんか言ったろ」
「……いえなにも」
顔に出てるし。なんなんだこの狼娘は。
とりあえず二人も養えるほど余裕もないし狭いし心の落ち着く間もないし彼女にはさっさと出て行ってもらおう。――と言うわけにもいかない。
もう完全に俺を『主人』扱いしている彼女は簡単に出て行ってくれないだろうし、そもそも困り果ててここに住まうことにした(らしい)彼女を追い出すなんて、そんな薄情できないのが私泉雫月の性である。あとなんかホントなのか分からないけどセンラの姉らしいし。その辺もまあ気にならないといえばウソになる。
「で、なんだいなんだい。人の善心(と、あと好奇心)に漬け込むとか卑怯な」
「ふふふじゃあ決定決定ドウゾよろしくご主人サマー☆」
ひとまずその日は三人で寝ることになった。もう遅くなっていたし、ノリの部分が多かった気もするが、方針は決まったのだ。
布団は二つしかないので、床に敷き詰めて、三人で詰めて寝るカタチになる。変態紳士幽霊こと雁啼がやたらうるさいが、マナーモードにしておこうか……。(たぶん人外の)美少女二人がすぐ真横で寝息を立てているわけだが、さあこれは一体何の罰ゲームだ。心臓に悪い。
で、なぜ俺が一人だけ眠れずにいるのかと言うと。
……寒い。
センラは割と寒さに強いタイプだった。雪の降りしきる中で見つけた粗末な山小屋の床の上でもぬくぬく眠れそうなくらいには。ひょっとしたらマジの雪国育ちなのかもしれない。狼化していれば外で生活したって問題なさそうだし。
とはいえ、なんだって一番寒さに強そうなもふもふの二人が、貴重な俺の分の布団も奪っていくんだ。敷布団だけではまだまだ肌寒い季節だぞ。
さすがに寒くて寝れやしない。傍で温か幸せ天国している二人を起こさないように身を起こし、抜き足差し足でクローゼットへ。
なにか、なんでもいいが掛け布団の代わりになるものが無いかを探していたのだったが……。
ガチンッッ‼‼
と、金属の激しくぶつかる音が静寂を割いた。
これは……、玄関扉の金具の音か? それも風や虫の出す音ではない。明らかに何者かがドアを強引に開けようとして鍵のパーツがぶつかっている。
玄関へ続く短い廊下を歩いていて途中で気付いた。
狼化しかけている俺の鼻で探る限り、有機物、生物のにおいがしない。ドアの向こうには今もなおドアをガタガタと鳴らす者がいる筈なのに、一切それにふさわしい生物のにおいが無いのだ。
一件で、匂いの階層化能力と軽く一〇〇~一〇〇〇倍の嗅覚を得たはずだ。それでも探知はできないとなると、ほとんど無臭の……、例えば軍事用の特殊素材のロボットとか?
いや、馬鹿言っている場合ではない。誰だせっかく寝ついた狼シスターズを邪魔する奴は。
「――なんだ?」
声に出してそう疑問としたことに、特別に理由はない。
しかし、意外にも返答はあった。
いや、それは返答と呼べるものか……?
―――カ……エ、セ。
夜でなく環境音の騒がしい昼間だったなら聞き逃していただろう。
『――返せ! 返せェ……‼』
と、ひたすら、ゆっくりと静かに繰り返すその女性の声。これは……、
《よく心霊番組でいるよね。こーゆーテンプ霊》
「テンプレの幽霊ってことか?」
そうなると心霊番組は本物も混じっているということになるが……。まあ既に本物の霊に憑かれている俺が言えたことではない。今もまさに話し相手になっているわけだし。
「実際にいるんだな……ってそうじゃなくて!」
どうする? 面と向かって話ができるタイプか? それともバトル漫画よろしくエンカウントか?
これはどうしたものか、声からするに幽霊の彼女。わざとらしくなるがとりあえず怖がった方がいい?
「返せって……、僕は亡くなった人間から特に何も借りてないぞ」
扉越しに返答してみる。が、特に反応はない。
待っていても埒が明かないし、いい加減狼娘(姉妹セット)が起きてしまう。
もうこうなったら仕方ない。遠慮なく玄関扉の錠を外し、スッと扉を開く。だいたいこの手の心霊は、扉を開けるといなくなると相場が決まっているのだ。
実際の所、開けるのに合わせて姿を消したり、もしくは上の方に逃げてしまうから、『開けるといなくなる』なんて心霊現象が出来上がるのだろう。いや、消えたり宙に浮かんだりってそのものも心霊現象なのか。
しかして、相手を選び間違えたな幽霊さんよ。こっちには同じ幽霊の雁啼がいる。先に外に回して捕まえるくらいわけない。
返せ……返…っえ……っ⁉ な、なん……っ⁉ ……ちょ、っと⁉ やめ…、……っ⁉
……なんだか滑稽なことになってしまった。
だが、そのまま放っておいたら毎晩毎晩悪質な嫌がらせを受けることになるので、ここは悪く思わないでほしい。
――っわ⁉ ……ば……っ、っ⁉ 変なトコ触るな……っ‼
……雁啼のヤツやり過ぎだ。幽霊仲間だからと言っても相手は女性だというのに。
玄関先、上の方の屋根にめり込む形で、白い服の女性の霊が雁啼に捕まっていた。逃がさないようにしているつもりかわざとなのか、不必要に彼女に触れない方がいいだろうにコイツは……。
「で、お宅は何用ですか」
《い、いや、その……》
《『返せ』って言ってたろう》
見た目二十代前半(亡くなった時の姿なのかな)くらいの弱気そうな女性の霊は、雁啼に並んで玄関前廊下の手すりに腰掛けていた。性格とビミョーにマッチしていない気もするが……、幽霊とはそういうものなのかもしれない。生前に出来ないことをやってみたいとか、ちょっとでも生者を見下してやりたい、とかいったことなのかもしれない。
「僕は貴女から何も借りてないと思うが。それとも何か、雁啼がいるのを知っていて誰かに言伝なのかな?」
《そんな雰囲気でもなかっただろ》
《うぅ……》
彼女はまた俯いて黙り込んでしまった。これでは話が出来そうもない。
どうしたものか。俺もそろそろ眠りたい時間帯なんだが。
「うーむ……」
《何もなくは無いだろう》
《……ぅう》
自分で訪ねたとはいえ、まさか男二人に囲まれるなんて予想外だったのだろう。確かにこれでは話辛い。
《仕方ないな…》
そう呟いて雁啼は後ろへ倒れ込むように手すりを離れた。生きた人間だったらそのまま下の道路へ落下している動きだ。
それから雁啼は、静かな動きで女性霊の後ろへ回り込んだ。
《えいやーっ》
《ひゃわ……っっ!!?》
「バカ! この変態幽霊が!!」
勢いあまって本当に落っこちそうになった女性霊は、雁啼から逃げるようにこちらへ飛びつき、それから飛びついたのがやはり知らぬ男だと気付いたのか、行動に困って結局俺の後ろへ隠れてしまった。
「悪い……。本当にすまない。ウチの幽霊はだいぶ頭がおかしいんだ……」
《ぅう……どうして死んでからもこんなことばかりなの……》
女性霊はこれまでで一番落ち込んだ表情を見せた。彼女、ひょっとしてセクハラにあって……命を?
いや、勝手にそういう詮索をするのもよくない。いずれ知らないといけなくなったら、その時でいいだろう。
「今日は止めて後日落ち着いて話すことにするかな? これじゃまともに……」
《い、いや、大丈夫です。……今ので少し緊張も解けましたし……》
《つまり俺のおかげだな》
いや、それは絶対に信じたくない。方法としては最悪だ。しかもこいつは多分予定通りというよりも狡猾に女性にくっつく口実を見つけただけだろうし。まったく。
《と、取り敢えず……あの、裏山の墓地まで……来ていただけませんか?》
「なんだって?」
ここのアパートのすぐ裏手には墓地がある。規模は大きくも小さくもない程度のものだが、血のつながった身内は一人も知らないので、全く縁のない場所である。
そこに用があるというのか。
「墓地に、何か…?」
《その、私の…墓石が……》
酷い傷や汚れから、それとも落書きか。ヒビが入ったか割れてしまったか、そう予想を並べてみたが、どれも当たりはしなかった。
《……無くなってしまったんです。すっかり》




