姫&白
やや遅れての昼食の後は真っすぐそれぞれの部屋まで戻った。真っすぐとは言っても各々必要なものを調達するためにコンビニに寄るくらいはあったが。
ホテルに戻って、それから施設を見て回る。F市に着いてからはだいぶ時間が経っているが、まだまだ時間がある。今日は何か予定があるわけでもないから、後は時間を潰すだけである。
――そういうつもりだったのだが。
《ていうか狼の彼女は完全に向こうサイドだったぞ?》
うすうす感じていたことを、部屋に戻ってベッドに腰掛けた途端に雁啼が言う。
正直なところ、このホテルの施設は恐ろしくつまらなかった。いうなら、「都会にお済みの皆様に我々都会人が提供する都会人の都会人による都会人のための田舎を!」といったいい加減な施設だった。
雁啼は普段から俺に憑いている霊なワケだが、一度魂がエライコトになってからはどういうわけか自由に出没できるようになった。ただ、出現の権限はこちらにあるという条件があるが。
「なんか仲のいい姉妹になってたな。前からヒメには懐いてたが」
以前、センラと二人で星夢に会ったことがあったが、その時は割と人見知りしていたように思える。初めて会った時も義母さんや俺にも隔てがあった。まあ、初めから無茶苦茶な狼だったから判断に迷うところだけど。
ただ、ヒメには初めて会った時から当たり前のように懐いていた気がする。流石はヒメだ。
F市に着いてからは部屋を分けた都合で、ヒメとセンラが一緒に行動している。そのためセンラの世話はヒメに任せているわけだ。
先も、コンビニで色々と買い込んでいたが、完全に姉妹旅行になっていた。こっちからの景色はいいものである。
「あとは明日だな。それまでは別に何があるでもないから休んでおこう」
《俺は別にどうでもいいんだが。まあ…》
雁啼はそう呟きながらベッドに横になった。確かに彼は既に霊体であるから休む必要はないし、やはり気分の問題だろう。
「じゃあまあー…」
そう言って俺は部屋の浴室を見に行くことにした。最初に部屋に入った時に一通り見てきたが、使うとするならもう一度見に行こう。暇だから、というのは内緒である。
やや早い気もするが、汗を流すとするか。割とこういう機会では、夕食前の入浴がしばしばある気がする。
部屋にもどり、最初にシャワーを浴びようということになった。
「ナツキさんはだいぶ先に戻っちゃったけど…」
ヒメは浴室で声を響かせて言う。この部屋は三人部屋と言う話だった。確かに押入れには三人分の布団があったし、湯飲みや座布団はそれぞれ三人分以上はあった。
浴室の隣には異様に大きい洗面台の備えられた部屋があった。私が今いる部屋だ。
洗面室と言うのか脱衣所というのかよくわからないが、そういうための部屋か。三人分の分厚く大きなタオルが一人当たり大小二枚ずつ備え付けてあった。
「ご主人は何してるのかなー…」
一枚タオルを広げてみる。折り畳まれた状態でも確かに異様に大きかったが、広げてみると予想以上に大きい。分厚さもさることながら、面積があるので丸ごと身体を覆えてしまえそうだ。
「ナツキさんはホテル内を見て回るとか言ってたけど。すぐ飽きそうだよね…ココ。向こうも夕食前にシャワー浴びてるんじゃない?」
「すぐ飽きるの?」
シャワーの音が止んだ。ヒメの方は済んだら次は私の番だ。
部屋は一応『和風』ということだったが、とくに浴室なんかはモロな『洋風』というヤツだった。違和感は変わらずのようだ。
ふしゅっという音を立てて、光沢のある軽い扉が開いた。お湯や蒸気が部屋へ漏れないように密閉されているらしい。
「まあ、ホントの田舎から来てるんだし、見ても面白くはないかもしれないね」
密閉空間の扉が開いたことで、ヒメの声から反響がとれた。ヒメはわざわざ私が手に持っているのとは別のタオルを取り出し、髪を拭き、身体の雫を拭う。
そうして次は私もシャワーを浴びることにする。
想定通りでしかない。
《ぬおっ⁉》
廊下の方で雁啼が頓狂な声を挙げていた。こちらはシャワールームに居るわけだが、脱走してセンラやヒメのいる部屋に行こうとするのは予想できない筈もなく、射程距離を作っておいた。
雁啼の声は俺にしか聞こえないようにしている。霊感がある人間だけが声が聞こえる、なんてのはありふれている。
存在可能距離はだいたい数メートルしかない。かつて雁啼が顕現したときは俺の方が動けなくなってしまったということがあった。
今回はそれを逆に利用している。
雁啼の権限を俺が持っているから、彼は逆に俺から離れれば離れるほどに存在が薄くなってしまう。一定以上離れようとするとリードで繋がれたように動けなくなるというメカニズムだ。彼も単純なら仕組みも単純なのだ。
「ほら、消えたくなければ戻ってこい」
着替えを済ませるとそのままベッドまで戻った。引きずられるように雁啼が戻ってくるが、霊体ならば壁くらい容易くすり抜けられよう。そのまま部屋の中まで戻ってきた。
「…お前変わってないな」
《こっちは思春期男子チームだろ。そういうイベントがなくてどうする》
「どうもしねぇって」
雁啼の相手をしているのではキリがない。そう思って何気なくスマホを手に取ったところ、
『ナツキーご飯に行くよー』
と、今度は短文ながら若干テンション高めのお姫様からの連絡があった。
なんだか今日は食事ばかりな気がする。
そうしてどうにか一日は終えた。
だが、本当に骨の折れる一日はこの日ではなかった。




