お泊りの白
結局、続く奇襲は無かった。
一時間余り経て、機械的なアナウンスと共にF市に到着した。
駅を出てからはひとまず旅館を目指す。宿泊用の嵩張る荷物があるし、休息が必要でもある。
「そもそも本気でヒメを引き取る気なら自分チに泊まらせるよな…」
「逆にここまで来て見え見えの優しさがあっても困るけどね」
そう言いながら大通りを歩く三人。
ミニミニのトロリーケースを転がすヒメは先頭を歩く。
ヒメには対向車が近くを通るような道は歩けない。無理にでも突き出したなら彼女は世界の終わりを見たように硬直してしまう。
ヒメが時折立ち止まりながら先頭を行くのは彼女にとって一番都合がいいルートを検索しながら歩いているためだ。こちらはその後を付いていくだけの役なのだが、荷物は俺が二人分持つことになっている。我が家の分だ。
「ヒメー、あとどれくらい歩くの?」
白い狼少女はウロウロキョロキョロしながらどうにか付いて来ている。丁度今はヒメが確認のために手に持っているスマートフォンの画面を覗き込んでいる。
ところで画面を操作してルートを確認するために、三人は道端に集まっている。一人は腰まで伸びた発光している様な純白の長髪挙動不審。もう一人が、茶髪・赤髪・白髪・黒髪等々混ざり合った髪のお嬢様。
もちろん俺はごく普通の典型的一般人ですと言うつもりではないが、異様な集団な気がしないわけがない。
「あとー…。…三〇分ぐらいかな?もうすぐのハズ」
その割には地図を見るのに時間が掛かる。うまく車通りの少ない道なり広い歩道のある道を探すのに手間取っているのかもしれないし、ひょっとするとこの出不精お姫様は地図を読めないのかもしれない。
「とりあえずはここの大通りでいいんじゃないかな。ココとココだけコッチの道で。後はヒメが言ったルート使って」
センラはもちろん物珍しさに覗き込んでいるだけ。当のヒメもこの最先端溢れる都会かつ実験都市の不可解さにやはり混乱していた。
俺が提案したのも最短ではないだろう。そもそも最短ルートを求めるには数学の問題の様な図形計算になってくる。
F市の街並みは単純に平面的な道ではないし、蟻の巣状地下やスタイリッシュ歩道橋の異常な数もさることながら、『歩道橋を渡っていたら地下を歩いていた』なんて言うことがふつうにあり得るという。
この街を歩くということで下調べをしていたが、そうした奇怪な現象が起こり、『何を言っているかわからねーと思うが(以下略)』なんてことがしばしば起こるらしい。
それから結局一時間くらい歩いて、ようやく旅館までたどり着いた。
ヒメは三〇分くらいだと想定していたが、倍近く時間が掛かってしまった。しかも、ご主人の修正を含めて、である。
この街はいつも過ごしていた常識の世界からも群を抜いて技術が進歩した『実験都市』としての一面もあるらしいが、正直なところ私には違いを感じることなどできない。ご主人に拾われる前の記憶が無いにしろ、そもそもこの生活は私が身に染みた『常識』を逸脱している。
「はー…こりゃまた…」
ご主人が飽きれつつ見上げて言う。
旅館の見た目は極めてわざとらしい『古風』だった。私がそう感じる程に古臭い雰囲気をしているのだけれど、所々に金属というよりもはや化学製品感を全面に示すような材質の機械が並んでいた。それはもう近付くのも畏れるほどに。
一応玄関扉は引き戸だったが、触れる前に勝手に開いた。見た目に反する機能に驚いたが、よくよく上の方へ目をやると、小型の機械が光を発していた。感知機だろうか。
そして中へ入るとすぐに裏切られたような感覚に陥った。いや、外見の違和感から既に覚悟はしていたが。
外見は巨大な茅葺き屋根の屋敷だったが、台無しな機械式玄関をくぐってからはしばらくゆるい下り坂だった。そのままだだっ広い受付が待っていて、ご主人やヒメが受付を済ませた後はさらに地下へ行くようだった。
ちなみに、見た目重視の茅葺き屋敷部分も、割増の料金を払えば泊まれるようになっているらしい。ただし明らかなボッタクリなのだとか。
「それじゃあそっちは二人で。昼食には連絡よろしくー」
「……あえっ?」
さらりとご主人は私とヒメにそう言って部屋に入っていってしまった。扉が閉まるのと同時にガチャリと複雑な音が含まれる。玄関の扉といい、こちらも自動で鍵が閉まってしまうのだろう。
で。そこが重要ではない。
「あれ?ご主人は別なの?」
そう。何の疑いもなく、私は三人まとめて一部屋だと思っていたし、旅行の脳内想像図でもそうだった。
でも、どうやらそういうわけではないらしい。部屋の広さの都合かとも思ったけど、そうでもないらしい。
「正直なところナツキさんなら別に何もないだろうし相部屋だろうといいケド。受付だったり部屋から出入りするときの人目が怖いらしいよ」
「ふーん……?ナンデ?」
ヒメは若干不服を嚙み含めてそう言った。
実は同部屋を期待していたのを外に漏れないよう隠しているみたいだが、しっかりつかめるくらいには漏れていた。そうならご主人を押し切って同部屋にしてしまってもいいのに。ヒメはやはりそうはせず、別部屋に落ち着いたようだった。
部屋に入り、ベッド周りやクローゼット・引き出しと浴室やトイレを一通り調べてからベッドに腰を下ろした。
つい数時間前に割と命にかかわるようなこともあった気がするが、流石に冷蔵庫の中からコンニチワしたりはしないだろう。…まあ、一応チェックはしておいたが。
《わざわざ別部屋にするのな。かの狼ちゃんも姫さんも寂しそうだったぞ?》
人目が無いから別にどうしてくれても構わないが、隣のベッドに雁啼が現象し、横になる。彼には電車の中で一度お世話になっているから、勝手に出てきてもらっても今回は構わないワケだ。
「だーれのせいだと思っているんだよ…」
建前上は『人目があるから別部屋にした』と言うことになっているが、実際の所は雁啼がまたセンラや今度はヒメに、色々な意味を含めて襲い掛かったりする可能性があるからだ。
俺の方は別に何でもいい。向こうの二人はどうか知らないが、少なくともヒメもどうとは言わないだろう。仮に同部屋がいいと思っていても、そんなことを堂々と言ってしまうと、流石に危ない女性に思われてしまう。
雁啼がテキトーにそう言っているのかもしれないが、ここまでずっとセンラといたのだから、あの純粋系白狼娘はおそらく寂しがっているというので間違ってはないだろう。
べつに自惚れと言うわけではない。単に、これまで当たり前に共にいた人間から離されてしまうこととはそういうものである。まあ、そう知っていながら迷惑掛けたこともあったが。
《そういえばここの旅館と銘打ったハイテクホテル。確か機械的にいくつも並んで少人数用露天風呂があるらしいね》
「あれか?ひとつひとつは職人が汗水たらして宝石みたいに丁寧に仕上げているのに、まるで運動部が汗を流すシャワールームみたいに並べちまったってヤツ。基本的に一団体ごとに入れるけど、団体数が多いと共用になったりするんだっけ?」
まあ、俺は入らないけど。
ちなみにこの旅館…もといホテルか。ここはその手の『量産的風流』がウリらしい。
『風流な施設を味わいたいけれど知らない誰かと一緒はヤダ』って人向けらしい。ちなみに我々は、ヒメの『親戚』とやらがこのホテル近辺に住んでいるらしいので予約が取れたこのホテルにしただけだ。特徴的な施設も今回は利用する気はない。
《あの二人は露天風呂とかいかないのかねえ?行くんなら俺は――》
「仮に二人が行くにしても覗きに行かせはしねえし、そもそもオオカミミ尻尾がいるんなら無理だろ。完全に個人用じゃないんだろうし」
《なんだよー…。じゃあこっそり部屋を覗きに行くだけかー…》
それもさせるかよ!とツッコみたいところだが、どうせそんな無駄な会話は不要だろう。雁啼の行動権自体はこちらで制御ができるし、センラの方は一度雁啼に襲われているから雁啼を怖がっているようだ。二度目があったらどうなることかわかったもんじゃない。
それからほんの三〇分くらいして、ヒメから連絡があった。
『地図送ったからエントランスで。』
…淡泊すぎる。
ヒメからは短文メールの連絡だが、あまりにも短文過ぎやしないか。
《以心伝心できる彼女とはステキじゃね》
「こんなデジタルな以心伝心があるかバカタレ」
添付されているデータは地図アプリで開くことができる。棒付きの飴玉みたいなアイコンが目的地を指しているが、
《…随分な豪華ランチだ》
どうやらかのお姫様はずいぶん懐が暖かいらしい。




