ナツキ懐きは白の役
一同改めて集合。
俺とヒメはそれぞれ一人掛けソファに。センラは二人掛けソファの右側に右の半身を寄せて正座している。訊くに、椅子に足をなげだして座ると、特に柔らかい椅子だと尻尾が引っ掛かるらしい。いつだかの海岸ではコンクリートに座っていたが、その時も若干無理をしていたのかもしれない。
そんなことはいい。それよりも猛毒のヘビさんが問題だ。
「…どう思う?」
「同じだと思うんだけど」
ヒメは答える。やはり先のスズランを仕込んだ『彼』か。
『彼』が本当に毒殺を試みたのかもわからないが、どうせこの場に居ないのだから疑うだけ疑っておこう。ただし、別の人間がコブラをこの場に持ち込んだ可能性もあるし、
「偶然逃げ出した…なんてありえるのか?」
「私は扉のあそこから出てきたのしか見てないよ」
センラは証言する。彼女の見間違いでなければつまり外から入ってきたということか。一度外に出るなり通気口に入るなりしてからもう一度中へ入ってくるとは考えにくい。
まさに今話題の中心になっているコブラはヒメの膝の上に乗っている。やはりラノベ主人公の才能があるらしい。うりうりと頭を撫でられているようだが。
「このコはもちろんと言っちゃそうなんだけど、さっきまで誰かと一緒にいたみたい。飼い主と言うより、数日くらい前からかな?別の人にたらいまわしにされてたみたいで、そのまま放り込まれたのかもしれない」
「やっぱしどんな感覚で『会話』してるのかわからないけど。そうならやっぱり誰かが目的を持って部屋にいれたのか。まさか引き取ってくださいってワケじゃあないだろう。捨て犬じゃないんだから」
「え?私がなに?」
「捨て狼さんよ」
目的…と言うと、ロクなものが思い付かない。猛毒のヘビを一体どんなステキな理由があって部屋に放り込むというのだ。
動物と会話すらできるヒメが居たのは偶然だろうし、センラに懐いていたのも、彼女が半分狼だからか?いや、それは関係ないか。やはり偶然になる。
それでいい。
結果が良いのならひとまずは落ち着いていいだろう。
なら、思考を切り替えないとならない。
「問題は――」
「ただ大人しくしてればいいってワケじゃないみたいね」
さらりとヒメは答える。
そうなると一つ厄介なことがある。
「ある程度向こうにも足を踏み入れないと、か」
食堂車。
映画やらの作り物の軍隊のように物陰から様子をうかがい、非合理かつ十分すぎるまでに警戒しながら、ここに戻ってきた。
流石に『彼』はいないようだった。あれからいくらか時間は経っているし、用がないならばいつまでも居ることもないだろう。席には全く別の人間が座っていたし、食器も片付けられていた。
ただ、こちらとて馬鹿ではない。
「アイスコーヒーと…、いや、それだけで」
不自然の無いようにすべきではあるが、何だと注文する気にはなれない。
席は。先ほどセンラが座っていた一番ハシの席だ。そこだけが空いていた。
ご主人は部屋から再び出て行った。
『毒』がどうのと言っていたけれど、詳しい事情まではよくわかってはいない。そもそも話の途中から大蛇と遊んでいたということもある。
大蛇はヒメの膝の上から降りて、机上の硝子の器を弄んでいた。毒蛇だということなのに随分と人懐こいのは飼われていたからかもしれない。
「ヒメー、このコは何をしてるの?」
構図としては椅子に沈み込んだ私とヒメが近付くでもなく蛇を眺めている状態だ。当の蛇な彼は八角柱をしたガラス容器に巻きついたりはまり込んだりしている。
「私に聞かれても困るんだけど…。部屋からは出ないように言ってるから暇つぶしにあたるのかな」
ヒメがそう言うからそうなのだろうけど、自然から切り離した生物はこうなってしまうのか。かくいう私もご主人の元に生活を始めてからは似たものかもしれないが。
「ふーん……?」
しばらくはご主人が戻ってくるまで待つしかないだろう。別の見方をすれば、到着まで待つと考えてもいいかもしれない。
しばらく特にこれという会話もなく数分が過ぎた。
することといえば二人揃って大蛇の暇つぶしを眺めるだけ。ある程度時間を経ると蛇もワンパターンになってくる。
「――うー」
さすがに退屈してくる。うだーと天板の位置が低い机に伏せ込んで、首だけを回して蛇を観察することにした。毒蛇とはいえ私達を攻撃しようとはしないし、何しろ仕草が可愛い。
それが興味をひいてしまったのか。私の方を向いたまま、蛇はピタと動作を止めた。
「…う?」
蛇は別に攻撃しようと動きを止めたわけではなさそうだ。
椅子――特に『ソファ』と呼ばれる――の上に正座している私は、最も落ち着く状態、すなわち尻尾を前へ回して膝上に置いていた。私専用の、誇りあるもふもふだ。ご主人までなら接触可。
「あえっ……?」
のっそりと蛇は再び動き始めた。今度は透明容器で暇つぶしではなく、一度机の縁まで向かうと、器用にバランスを取りながら私の座っている『ソファ』まで渡ってきた。
ところで彼は、どれくらい鮮明な視覚を持つのか。――どうにもご主人に拾われてからはこういう役回りばかりな気がする。それ以前の記憶がないので何とも言えないといえばそれまでではあるのだけれど。
彼は、私の膝も方まで登ってきて、それから私が取り払うより前に。巻き付いてき
「きゅ…⁉…あっあぅ……⁉……‼」
どうにかなりそうだ。
おおよその部屋の間取りを再確認した俺は、半分ほど残っていたアイスコーヒーを氷ごと平らげた。カウンターテーブルに隠れる手元には、例の『スズランのにおいのグラス』がある。
「(…雁啼)」
明確に『会話』であるが、対象は俺に憑いているため、声に出して会話するわけではない。かといってただ心の内にあるだけでは伝わらない。
これは取引だ。俺に憑く『竜板雁啼』の存在権利を手にした俺は、彼を消滅させたりはしなかった。ただ、こちらの言うことを聞いてもらう、という条件だけを追加した状態にある。
《随分セコい作戦だな、オイ》
構わない。正々堂々と、スポーツのように対抗する必要なないのだ。
俺はこの食堂車まで戻ってきたわけだが、目的は今、手元にあるグラスの回収だ。
確保したなら、次は見つからずに持ち帰らなければならない。その為には雁啼を使うのがベストだろう。霊体の彼なら姿を消して動けるだろうし、センラを襲った時には物体に触れることもできていた。つまり、物影をうまく経由すればバレずにグラスを持ち出せる。
それからは順調の運びだった。こうも計画通りにいってくれるとは思わなかったが、成功だ。
グラスは身体の陰に隠している。普通なら中身がこぼれてしまうが、雁啼がいれば別である。そのまま部屋まで戻るのに、大して苦労はしなかった。
部屋のドアを開ける。そこにはきっと暇そうに待っている二人と一匹がいる筈だった。




