出発の白
当日早朝である。
案内場までが遠い。バスの始発が六時なので、家を出るのはそれよりも三十分早く、起床はなお早い。
センラは俺の持つ一式用品入りスポーツバックの肩紐を支えにウトウトしているし、ヒメはその重心移動で倒れてしまいそうな真っ白狼娘の背中に隠れている。
「で、早くないですかねヒメさん?」
「あうあうぅ」
弁解もないらしい。
ヒメが行こうと決めたのはついこの前のことだが、よく考えるだけの時間もなかったらしい。ある程度はゴマカシで大丈夫だと言っていたが、流石にそうそううまくいくものでもない。
つまるところ、停車位置までうごいただけのバスも、『対向して接近する車』にあたるらしい。
「ホラ。センラも起きろー。乗ろう」
ヒメは彼女で動けずにいるが、センラも寝たまま動かない。というかなかなか器用なことをする。立ちながら寝るとは。
俺はただ単純に彼女の深く被るフードに手を突っ込んだ。中には人化しても消えないオオカミミが隠れている。
「―――ぎゅっ」
「ふぎゃああああああああああああああぁぁぁ――っ‼⁉」
ビヨンと間抜けな効果音を伴いそうな挙動で跳ね起きる白狼。当然バランスは崩すが、支えるのに苦労はしない。ちなみに女性の体重など基準すらわからないが、彼女は恐ろしく軽かったりするのだ。
大抵寝起きの悪いオオカミさんにはこれでいい。正体不明の憑き者の竜板氏が興奮して出てきそうになるのでできれば避けたいが、まあいいだろう。他の手段もないことはないが、何となく面倒なのだ。
ついでにセンラが勢いよく跳ねたことで手が離れたのは目を瞑ったままのヒメ。当然センラに隠れていたのだから衝立なしでエンジン音に震える車体側に放り出されることになる。漸く目を開いた瞬間に出会ってはいけない車体と御対面。
「ひっわ…っ…‼‼」
「はいはい」
さすがに手を出しておこう。このタイミングで今回のメインである姫君にリタイアされてはどうにもならないのだ。
だいたい予定調和だろうか。そうでもないかもしれないような気がしないでもないかもしれなくもない。
それからおよそ二時間。途中に二回サービスエリアでの休憩を挟み、着いたのはK市。
その間はただひたすら降車することもなく無遠慮に熟睡するセンラと、通路側座席で抜け殻になっているヒメが居た以外に何もなかったので、ただひたすら人類には早すぎる実況をするのでなければ次は鉄道となる。
ここからは鉄道だが、実のところ俺はよくわからない。旅行もしないし学校も近い田舎学生にはそもそも最も近場の駅の切符売り場が何処にあるかも知らないのだ。この都会の駅なぞ入った時点で迷いそうで怖い。
結局なにがどうしてどうなのかさえ分からないわけだが。今言えるのは俺やセンラが『嗅覚』という武器を持っていたからよかったという成果か。
「・・・どうして付いてくるだけで二回も迷うの?」
いろいろあって(ざっと省略)、どうにかこうにか電車内の個室までたどり着くことができたので、ようやっと反省会が開ける。
ちなみに現在午前九時。センラは充分に二度寝を溜めたハズだし、自動車類もないのでいつもの鴻野日芽も戻ってきた。これでいくらか俺も楽になるだろう。
「結局幼馴染の匂いを追う、という少々変態じみた方法で二度ほど助かったわけだが」
「言葉にするとちょっと引きそうなので止めた方がいいと思う…」
「…、…?」
駅はどうしてあんなに広いのですか。教えて山のおじいさん。
「まー、しばらくゆったり乗ってればいいわけだ。どうしようか。べつに泊まるわけではないけどお嬢様は気を利かせてくれて個室を予約してくださった、と」
室内にはベッド…とまではいかないが、そのままベッドとして使えそうな形状のソファが一つ、低めのテーブルを挟んで向かいに一人掛けのソファが二つ並べられている。四人部屋を三人で使うのだからこれでも豪華なくらいなのかもしれない。
センラは一人二人掛けソファの上に横になっている。というよりも完全にリラックス体制のイヌ科である。間違っていない辺りが恐ろしい。
この部屋には鍵を掛けられるし、カーテンもあるので隠していた尻尾と耳も解放できる。それまで押し込んでいたと考えると、少々窮屈過ぎたかもしれない。考えものである。
「まずは朝食かなあ」
一通り荷物の整理を終えてヒメが言う。
大丈夫だと言っておきながら大丈夫ではないだろうと予期して、バスの中で食べることは予定していなかったらしく、持ち込みはないらしい。ちなみにこちらもセンラに電車内食堂で食べてもらうように了承してもらった。
それはそうだが、
「ここに栄養補給食品があるじゃろ?」
「問答無用!」
やはり面倒なわけだ。そのままずるずると引き摺られて食堂まで連れていかれることになった。
力仕事はセンラの役らしい。このオオカミ、やっぱり地味に強力な筋力が売りなのか。




