始点の白
「で、なんでそんなまた唐突に…」
ご主人は呆れた顔でそう呟いた。スマートフォンを通してヒメに対して、だ。
通話は名前こそ知らないが、少し離れた場所で聖典を読む私にも聞こえる機能で行っている。内容は一応私にも関係あるものであるからだ。
『……ダメなの?』
「媚びなくてもノーとは言えないから喜べ」
『そうは言っても私に付き合ってくれるようなモノ好きはいないもの。でももう行くしかないし…』
「……いやな親戚連中だ」
『私もそう思う』
要は、ヒメのいくらか遠い親戚にあたるらしい。何年か経っているにもかかわらず、両親を亡くしているヒメを引き取りたい、と申し出ているのだとか。今更なその申し出、ご主人とヒメの会話を聞くに、今更気付いてロクでもない理由で引き取ろうとしているのだとか。
ご主人は頭を搔きながら手帳とカレンダーを交互に見、方針を確認する。
「まー日は空いてるよ。僕はヒメがそんな都会で歩けるのか、ってな」
『田舎者だから?失礼な』
「あーはいはい。で、『恐怖症』は大丈夫ってことでいいね?」
『基本的に歩道の広い大通りとか、一方通行とか、自動車進入禁止が多い都会なら大丈夫だと思う。人垣ができてたり、逃れる場所が十分にあったりでなんとかなる…と思う』
根本的な部分で、私にはどういうことなのかがサッパリわからない。ただ、目的のほかに「折角だから」ということで私の身の回りもそろえておこうとのことだ。何がどう必要なのかが私にはちゃんと分かっていない為か、ご主人はやはりヒメに付き添ってもらいたいらしい。
竜板雁啼―私の天敵的ヘン=タイとご主人はあの事件以来、さも当然の様に会話できるようになっていた。
当初はしっかり消滅して解決、したように見えたあの事件だったが、アレはどうにもご主人に憑いているらしく、全て権限はご主人にあるが、許可を得れば自由に出現したり会話したり、ある程度行動できるらしい。
今でもたまに襲われそうになる。ご主人の目が離れたちょっとした隙に。権限自体は確かにご主人が持っている筈なのだが、どういうわけか管理の目をすり抜けているらしい。
どうにもご主人もアレを放し飼いにし過ぎだと思うが、ちゃんと止めには来てくれる。
アレが言うには、あの時に薄い寝間着なんて着ていたからとのことらしい。あの性欲の具現みたいな存在は、そんなよくわからない理由で襲い掛かってきたらしい。この家には私のものは一日一着、ヒメからもらった服を全部合わせて五着程度しか衣装が無いため、ついでに買おうということだ。
というか、星夢さんの見つけた『能力』はもとより、私の弱点をしっかり把握していたのはご主人や星夢さんが明かしたためらしい。そんな伏線があっただなんて…。
「じゃあ。それで頼むよ」
『じゃーよろしくね』
ご主人は少し間を作ったのち、通話を切った。どうやら計画は決まったらしい。
私はとくに読むでもなく開いていた漫画を閉じ、身長ギリギリの棚に並べつつ確認する。
「結局……どういうことなの?」
「今度ヒメが彼女の親戚に会いに行くんだよ。で、大丈夫だって言ってたけど、不安は不安なんだろうな。付いて来てくれってことで、二泊三日だとお前を置いていくわけにもいかないし、三人で旅行ってことになる。ついでに遊ぼうってわけ。」
そこらは分かっている。わかっているし、聞こえていた部分を要約しただけに思える。
きっとご主人のことだから、私に理解できる程度に、必要最低限の情報をもたせて教えてくれたんだと思うけど、やっぱり納得とはいかない。
「F市って?ドコ?」
そう。そもそもどこに行くのか分からない。
まず地図なんて見ても私にはとてもわからない世界なのだ。区分すらもわからない。
「都市…がそもそも分からないか…。ここからまず2時間くらいかけてK市までバス…公共機関で他人と一緒に乗る大型のクルマで行って、それから鉄道だな。四~五時間かけて東京まで」
「やっぱりわかんないんだけど」
「いいよ、結局僕が準備して連れてくんだから」
ご主人はさっさと準備に行ってしまった。飼っておくものでも挙げるつもりなのだろうか。
ご主人はやや冷たくそう言うけれど、確かにそうだ。私が好奇心や興味だけで知ったところで、恐らく有用な知識にはならないだろうし、どうせご主人におまかせなのだ。私は後ろをついていくだけだ。
分からなければどうにかして理解しないとならないといけないわけじゃない。
「――そういえばご主人。ここは『何市』なの?」
そう問う私に対して、その後のご主人が氷のような表情をしたように感じられたのは、きっと気のせいなのだろう。ということにしておきたい。




