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狼狼狼狼狼狼狼狼狼娘  作者: 宵闇レイカ
三章 白い憑き人
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超えるために、白く





 反映されなかった。そう表現するのが相応しい。

「……………ッ‼‼」

一切の行動を許されず、脱衣所とリビングを隔てる壁にもたれ掛かる様に体制を崩していた。

 眼前に襲われている少女があるにも関わらず、だ。


「―――ごっ……しゅ、じ………」


 彼女が脱衣所から出るやいなや、『それ』は躊躇なく襲い掛かった。背後から、それも狼の嗅覚をすり抜けて、だ。

 下手な殺人鬼よりもよっぽど残忍酷薄な、そして深く傷付けるだけの悪意を孕んだ行為。

 俺の頭の中には、怒りなのか、不安なのか、恐怖なのか、定まることの無い感情が渦巻いていた。


 倒れたセンラの上に馬乗りになっている、物理的に光を透過させる姿には確かに見覚えがある。鏡の前を通りかかるだけでも目にする、よく知った姿だ。

 決して意識だけが単純な意味で分離しているわけではない。

 俺の背には確かに壁の冷たい感触があり、意識に応じて眼球くらいは動かせる。センラの声と、その薄い『姿』が発する声のような空気の振動は、自分の耳を通して知覚している。

 それでも、動けない。身体が動かせない。

 まるで脳から腕や脚の筋肉への運動神経までの何処かを遮断したかのように、意思が身体に伝わらない。

「うくぅんん……っ‼」

その『姿』は明確な輪郭をつくらず、グラデーションが掛かった様に、景色に浮かんでいた。

 抵抗するセンラが最も野性的な、本能によるものであろう嚙みつきの動作を執拗に用いていたからか、『姿』は物理的に彼女の口を封じた。

 唯一認識が可能であった人の形を崩し、掌のない腕を元在った腕と別にさらに四本出現させたその内の二本である。


その『姿』の風貌は俺に瓜二つだが、行為はそうでない。


《分離と思っていい。そう自覚している筈だが?》


 直接的に脳に届く、その声は言う。ただし、この今はその声の主がわかっている。

 俺のその出現した方の『姿』だ。


《お前であり俺自身、お前に縛られていた『本来あるべき』意思だ…。》


 意味が理解できなかった。正確には理解できていないのは『理屈』。説明なぞできないが、何が起きているのかは、たった今知った。


 だからこそ、責任は全て俺に在ったのだとわかった。センラを救い出そうとしておきながら、そうなった根本的原因は俺自身だった。


 俺が動くことは許されない。

 そういう結果になっている。


 俺が動かなければならない。

 そういう『位置』に俺はいる。


 だから











 唐突だったからではなく。不注意とも違う。


 ダツイジョから出たときに待っているのはご主人の筈だった。雨に濡れた身体を温めるためにと、しかも先にと譲ってくれたご主人が、なんでもないように、当たり前に待っているだけのハズだった。

 第一に、帰宅後とはいえ、『家のドア』によって隔離された空間は、通常なら不可侵である。ただし、私の常識に基づく認識なので、それ自体が歪んでいるとされても仕方がない。

 第二に。器械的でないにしろ、私は勘に基づく察知はできる。嗅覚もそうだ。ご主人でない生体の匂いがあれば、私は本能的に警戒するだろう。

 そのどちらもすり抜けて。

 まるで武道のような、私の、つまり相手の体重や重心を利用した技を仕掛けられた。


 倒されて初めてそうだと気が付いた。そもそも私に武道の心得は無いし、少しも教わったことはないか、全て忘れている。

反射的に身を捻ったため、半ば俯せのような姿勢で押さえつけられていた。肘やお腹の辺りが衝撃で痛めたのかビリビリしている。

「―――くっ‼」

 できることは思い付くがままにやるしかないわけで、完全に押さえつけられてしまうまでに抜け出すしかなかった。

 冷たい床に爪を立てるようにしながらもがき、身をひねらせる。感触としてはずっと軽かった。だから、相当に軽いか、床に足をついているのだと、そう思っていた。そうならば私でも自力で抜け出せるのだ。

 しかし。

 いくら抵抗しても、私がその場から移動することすらかなわなかった。着実に腕脚の可動域が狭められていくような嫌な感覚が大きくなってくる。実際にじわじわと関節をとられているのかもしれないし、焦りが行動を縛っているのかもしれない。

 ご主人は今一体どういう状況なのか。助けを求めようとそう考えたが、嗅覚が否定した。否定してから気付く。私の上に乗っている者とはもちろん違うが、ご主人の匂いは確かに近くにある。ここでご主人が動かない理由は無く、そうであれば動けない(、、、、)と考えるほかない。

 得策は思い付かない。

 都合のよい展開が転がり込んでくることも無いだろう。

 ただ、少しでも拘束から抜け出せれば変わるかもしれない。そう考えることしか出来ない。単純な動作であるが、床面を泳ぐ様に這うしかない。


 だが。


 先手を打たれた。


 私の上に乗るその何者かは、私が無駄であろう抵抗をすることを煩わしく思ったのか。そして知っていた(、、、、、)のか偶然か。

 思 い 切 り 私 の 尻 尾 に 掴 み か か っ た 。


「んくあぁっ‼⁉」


 急所。

 感覚の鋭敏な部分。

 私にとってなのかすべての生物でなのか。尻尾が平衡感覚などの普段の運動に重要な器官であることに違いは無い。背骨の延長とも重要感覚器官ともいえる尻尾だが。

 触れられてよいところではない。


 その私の抵抗ができなくなった隙を見逃してもらえるはずもなく、一度仰向けに転がされた後、完全に手脚を固定されてしまった。

 重さからくる痛みこそないが、その者の両脚、特にそれぞれ足首の辺りと膝の辺りを使って、脚だけを使って動きを拘束される。


 辛うじて脚だけは動かせるが、それでもどうしようもなかった。地を蹴っても状況は変わらず、膝を突き上げてもどういうわけかその者には当たらない(、、、、、)

 不用意に近づけられた手に牙を立てるが、それも当たらない。まるで空を掬う感覚のまま、嚙み付くこともできない。

 いくらかまるで私の行為そのものを弄ぶように手を泳がせた後、よもや理屈など考えてもいられないが、『三本目』と『四本目』の腕が私の口を強引に塞ぐ。ただ機械的に。






 そこからは私はいかなる抵抗もできなかった。唯一動かせる両脚をどう動かしても状況が変わらないままである。そのうえ、仰向きになったことで尻尾は圧迫され、拘束状態。つまり、『変身』もできない。狼化できればまた脱出手段はあったものを。


 みぞおちから下腹部にかけて冷たくくすぐったい感触が奔る。無論そうだといって何の反応すらできない。精々、意味もなく目を瞑るくらいの反射反応くらいか。

 鼓動は小刻みに深くなり、嫌な汗が全身から溢れる。睡眠中の汗をうまく逃すか吸収することに特化した寝衣を着ていても気持ちの悪い感触だ。

「―――ッ‼⁉」

口を塞がれるとともに、頭部ごと床に押し付けられていたのでは、自分の姿すら見ることができない。だが、空気の具合でもわかるわけだが、一つずついたってゆっくりとした動作でボタンが外されていくのがわかった。

 これは確か、ヒメが話していた内容だった。

 私の常識とヒメが言った常識はズレる。要は、衣類の意味である。

 例えば、体温を保持する、外気と隔離する、などと言った意味は私が知っている様な常識である。それと別に。『身体を隠す』意味。ただ私はそうヒメが言ったために従うだけだった。それと、ご主人もソレに近いことはいつも言っていた。

 意味することが解らないのは確かだ。

 そうであっても、絶対に超えてはならない一線であると教わったためか、未知の刃物のような恐怖が在った。

 此の今着ているだけの寝衣を完全に脱がせられることはあってならない。






 力技でも駄目だった。そもそもにおいて脳からの命令がここに在る肉体へ正常に送られているかも解らない。

 正直、それ以外の方法は思い付かなかった。だが、それで良いわけがない。

 『姿』は何本かある腕を蠢かせ、脚だけで必死に暴れるセンラを完全に弄んでいた。それをただ見ていることしか出来ない。

 憎い。

 怒りも覚える。

 それでも、意図して冷静を保つことが最善だ。思い切りぶつけるのは全て解決させた後だ。それまでに好きなだけ怒りを溜めさせておけばよい。


 説得する?

 言葉は出せない。


 寝たら全て?

 そんな幸運は無い。


 助けは?

 都合のよい展開は在り得ない。


 時間制限は?

 ヤツの態度から見て恐らく無制限。


 解決したビジョンから考える?

 あれば苦労しない。


 棚が倒れてくる?

 たとえそうなっても方向が違う。


 異能力は?

 ―――『防壁』‼

 だが、そうやって伝える?

 手段が無い。センラは思い付かないのか?

 自動発現が起きていない。恐らく不発。


 奇跡は―――?

 ―――ない。




 それも、すべてが霧散した。

 『姿』が彼女のパジャマのボタンに手を掛けた瞬間に。










 その瞬間に、俺のすべての思考が吹き飛んだ。

 その瞬間に、私を襲うその者の動きが止まった。



















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