白い白
最初に、まずは場所を変えた。
『その件』の場所から海岸側へ海岸まで歩いただけだが、波止場に腰掛け、足だけを海の方へ放り出して、三人並んで『その件』の話をすることにした。
「つまり、だ。ナツキさん。」
俺が三人の真ん中に座っているのだが、その俺の左から右に座るセンラへも伝える意思を込めた口調で星夢は口を開く。
「正直なところ、私にもよくわからんのだよ。その、なんだ。理屈というか、原理というか。」
「僕には理屈と原理の明確な違いも判らないわけだが。語彙力的に。」
「要はどうしてあそこで拳が止まるのかわからない。だが、止まるという現象は予測できていた。」
仮説みたいなもんだが。と聞き捨てならないことを呟き、正解の反応でバッと振り向いた俺と右に座るセンラを無視して星夢は続ける。
「センラちゃんが気付いていたのか分からないわけだが。気付いてなかったよね?」
片手を付いて後ろに姿勢を崩し、星夢はセンラへ問う。
ちなみに前からセンラへ視線を飛ばそうとすると、重心の関係上多分海に落ちる。
「気付いてって…?何の、こと?」
「まあ、気付いてなかったわけか。私がナツ君とそしてセンラちゃんに出会ってからすぐ、俺はコッソリ、センラちゃんに足を引っかけていたんだ。…あー、ちょっと躓くくらいに、だよ。その時にはセンラちゃんが何者なのか分からなかったわけだし、どれくらい冗談を許容出来て、どんな性格や言動なのかを探った、ってことだよ。」
俺はその星夢の言葉を受けて、特に何かを求めるでもなくセンラへ視線をやった。だが、当のセンラはこちらどころか正面すら向いていない。
センラはその『昔話の化け狸の要領で残る』尻尾を隠すために、スカートと、後ろに長い羽の様なパーツの付いたデザインの上着を着ている。だが、この今は足を投げ出すようにして、さらにコンクリートの上に座っているため、尻尾の具合が落ち着かないらしい。
右から自分の後方へ首を回し、座ったために布の余った上着の羽パーツとスカートの中での尻尾調節に夢中になっていた。
イチオウ、星夢の話はちゃんと聞いているようだから、それならそれでと放っておいた。
「で。そっからどうやったらさっきの状態に行き着くんだ?」
「当たらなかったんだ。」
僅か数秒にして、十分に長い沈黙が続いていた。
「え?」
当のセンラも意味が解っていない。当然俺だって解っていない。
「星夢、説明頼む。」
俺の注文に頷き、星夢は立ち上がり、俺の後ろを回ってセンラの右側に座り直した。
少しだけ不安の様子を見せていたセンラだったが、単純に星夢の意図が気になっただけかもしれない。
「見た方がいい。」
星夢は拳でも掌でもない手を、センラの額の辺りに翳した。もっと具体的に言うなら、デコピンの構えである。
文字通り、ピンッ!と効果音の付きそうな仕草で、星夢は中指を弾いた。
「っ‼」
センラは反射反応にも似て目を瞑るが、俺は視認できる状況にあった。
親指に弾かれた星夢が中指は、距離と速度、それと必要性にて回避の可能性はない。
だが。
金属を叩く音はない。
柔らかい緩衝材のそれとも違う。
衝撃によって個体と液体の性質の両方を持つにしても、そもそもセンラの額から星夢の指まで、最大でも5cmの隙間と、そこに満ちたごく一般的な空気しかない。
ピタリ。と。
星夢の指は、センラに一切触れることなく静止した。
「……?」
恐る恐る片目だけを開けるセンラ。
恐らくセンラから見れば星夢の腕の部分だけが視界を埋めているのだろうが。
ほんの一瞬という表現がまさしくその通りだった。
見間違いでも十分通るような時間だが、確かにほんの一瞬だけセンラは白く柔らかい光を纏った。
センラの肌、髪、衣類などの、その表面上を薄く覆う様に纏われた光。厚みは大体10mmくらいか。光だから1mmとも30mmともいえるわけだから、目安の様なものであるが。
その白く淡い光に、どの光量からか接触した瞬間、星夢の指は一切のエネルギーを失い、静止した。
「星夢。正体とか分からないのか?」
「分かってたら先に説明してる。私にも何か分からないから実験したんだ。」
星夢が不意打ちの様なカタチでセンラに殴り掛かったのも、その検証の意味があったのだろう。特に、どれくらいの強度なのか、加えてセンラの意思が関係しているかどうかも検証したのだろう。
「ちなみに今判明かってるだけで言うと。」
右手の人差し指で髪を耳に掛けるような女性的な仕草で、星夢はこめかみを指さすようなポーズをとる。初めて会っただけの人間なら、何の違和感もなく女性と勘違いしてしまうかもしれない。
「そうだねー。取り敢えず私がやった実験は三つ。いや、今ので四つ目。」
「え?私鈍過ぎない…?」
多分、星夢はコッソリやっていたのだろうから、気付かなくても仕方ないと思う。だが、俺も気付かなかったから、口には出さないことにした。
「一つ目は会った最初。センラちゃんにこっそり足を引っ掛けてみたときだ。目的こそ違ったが、見事に弾かれてしまった。…弾かれた、って表現が正しいのか分からないが、センラちゃんの脚に触れる前に、彼女、まるで間に液体でもあるかのようにすり抜けて、気付かないまま過ぎてしまったよ。」
センラはその時の事を思い出そうと首を捻っていたが、星夢は構わずに続けた。
「二つ目は歩いてるとき。後ろを歩いてた時、こっそりと小石を放ってみた。」
こっそりばっかりだなーと適当にコメントしてみたが、結局星夢に構う気配はない。
「勿論小石は弾かれて地面に落ちたよ。一つ、妙な挙動でな。」
「って言うと‥。」
「壁に当たって跳ね返ったのとは違う。」
左手で投げた石の挙動を示しながら、星夢は説明を加える。
「空中で静止してその場に落ちた。まるでそれ以上の運動を拒んだように。配管工のゲームで、ゴールした途端に敵キャラが消えて得点になってしまう様に。」
自身の顔の前に白い指が浸入し、途中まで横に進んだところで指を折り、運動の消失を示す。
「それがまた、さっきの時も同じだったんだよ。私の拳も突然止まった。それこそ思い切りやったつもりだったんだけどね。」
その言葉を受けてのセンラはというと、
「……⁉」
やはり本気で殴っていたのかこの野郎。と言いたげな目をしていた。
センラの性格からして、今日会ったばかりの星夢に嚙み付くことは無いだろう。比喩としても、物理的にも。
フツーのラブコメなら、大体俺の立ち位置は嚙み付かれ役だが、そんなことは無かった。そもそもまともな羞恥心すら無さそうだったわけだが。
「つまりな、当たらないんだよ。どんなことをしても。」
「待て。」
「あ、あのっ…。」
俺が当然の疑問を持ったのと、センラが気付いたのは同時だったらしく、二人揃って星夢を遮って入った。
「ぁあ、」
星夢は強引に話を続けるべく、つまり答えを導くべく俺とセンラを制した。
「『攻撃』だけを遮断できるようなんだ。他者からの攻撃を。」
「…。」
「こうげきって…。…?」
センラからすればもっともな疑問だろう。俺はセンラを攻撃したりしていないし、センラは人に会うことすらほとんどなく、攻撃意思を向けられることなんてなかったのだ。
それは星夢の仮説を裏付ける材料でもある。もっとも、星夢の言うことならそうそう外れやしないのだが。
「忘れる筈もないわけだが、私はセンラちゃんの耳を触ることはできた。月氏はセンラちゃんに触れられないってことは無いだろう?月氏が一体どんな関わり方をしてるのか知らないが、君がセンラちゃんに攻撃しようなどと考えたりしないだろう。」
「その通りだな。」
やっぱり、と、星夢は指をクルクル回しながら続けた。
「『好意』だとか、『気遣い』なら問題ないんだ。ナっちがセンラちゃんにしたことは大体そうなんだろう?私がセンラちゃんに触れられたのもそうなんだ。興味や好奇心はあったわけだが、それがセンラちゃんにとっては『好意』にとらえられたんじゃないかな。自身が注意を向ける必要は無いようだが。…それで、同じように興味や好奇心で私がしたことでも、センラちゃんにとって『攻撃』と捉えられるような行為は無意識化に無効化される。原理も何もわからないが、理由と現象方法は一部、これでわかった。ってことかな。」
最期に首を傾げるところはいかにも星夢らしい仕草だった。しっかり保険を掛けているのか。
正直、俺もセンラも「へぇ…」としか言いようが無かった。
幸運か、分かっていたということは無いと思うが、星夢の好奇心が報われたというべきか。俺だって知りようのなかったことを、しかも超常的な事実を、星夢は的確に提示してくれた。
「やー、そうは言っても僕にもセンラにもあんまり関係ないわけだが。」
「私もどーでもいい。」
「おいおい。確かにそうかもしれないけど、折角私が見つけた事実なんだ。知っていて損はしないし、妙なトラブルも防げるぞ。」
ちゃっかり『私が見つけた事実』とするあたり、流石は星夢である。
まあ、確かにそうではある。
「『攻撃意思』ってのがどれくらいの範囲でどんなものを指すのか分からないな。下手に何でもかんでも防御してしまうんなら、あんまり積極的すぎる奴らと会わせるのはマズイだろうな。」
「んー…?」
一番理解しておいてほしいセンラが解っていないようだ。
「この田舎の世界じゃあそうそう頻発するもんでもないが、旅行なりで都会でも歩いてみろ。ナツキ様なら大丈夫かもしれんが、センラちゃんはどう見ても、ものっっっそいかわいい。金目的で絡まれるよりも確率は高く、センラちゃん自身を目的に間違いなく絡まれるぞ。」
「えぇ?私が…?なんだっ…てにゃああああああああっぁあ⁉」
真面目な解説を口にしながら、星夢は興味深そうに、スカートのスリットからはみ出るセンラのふさふさしっぽを手にした。
敏感にビクゥ‼と反応するセンラ。
やはり星夢はすぐに手を離しはしないようだが、今度は耳の時と異なり、耐え切れなくなったセンラが座った姿勢から転がる様に悶えだしたので、流石に星夢も手を離した。
星夢はそれでも物珍しそうに観察しているわけだが、最終的にはその件をデリートするように、俺が話を続けることで収拾した。
「……ふむ、路地裏とかで絡まれてセンラの『光の防壁』が自動発現するんなら、『おいおいコイツァどうなってやがるんだー。さわれもしないぞーがやがやわいわい』ってなるな。」
「棒読みにツッコむべきか悩むが。そうなるとセンラちゃんは間違いなく箱入り娘化決定だ。」
もとよりセンラが人化できる狼であるという点は超常現象だ。それだけでもなるべき人目に触れないようにしたい気持ちはある。
加えて発現的異能力も持ち合わせているわけで、そうなると単純に人前で披露してしまう可能性もグンと上がる。
それでいて、俺としてはセンラをずっと箱入り狼娘にしておくつもりはないし、そんな選択肢を採りたくもない。
「『研究』か。」
「んんー…。なんだか、その響きは今すぐにでも逃げ出したくなる……。」
「まあ特別に何かをする必要はないんじゃないかな。なるべく人目を避ける必要はあるが、箱入りと呼べるくらいまでにしなくてもいいだろう。私も気になるわけだが、センラちゃんは定番の様に研究機関とかに攫われるかもしれない。でも、ちゃんとナっつが気を付けていれば、そうそう現実で考えた際の超展開にはならないと思う。」
要するに『まー大丈夫でしょ』くらいのものか。なら、まー大丈夫なのだろう。
それから星夢に昼をご馳走になったのち、その場で星夢とは別れ、別ルートで帰路についた。
ちなみに星夢はじっくりとセンラの食事の仕草なんかも観察していたようだが、センラとしては気にしていなかったのでやっぱり、まー大丈夫 なのだろう。色々と。




