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狼狼狼狼狼狼狼狼狼娘  作者: 宵闇レイカ
一章 白い運命
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運命的 白






 泉雫(いずみな)(つき)――という一般的な男子高校生の話。


 ……現在、木曜日の下校中。

 今がいちばんダルい気持ちになるタイミングだ。人によっては「明日で今週最後だぜッ‼」みたいな感じになっているかもしれないが、あいにく僕はそうは思えなかった。

 日常一環の下校中。重たく煩わしい学生ブレザーが、ボタンを擦り合わせて鬱陶しい音を立てる。それが気になって仕方ないほど、既にもう頭はまいっていた。

 優秀でなければ特に特徴もない。それから巧みに立ち位置を維持できるほど、交友が充実しているでもない。


 ――そうだ。先ほどからそれとは別に、どうにも気になっていた。

 いつもの速度が出ない。速度というのは、自分の乗っている自転車についてだ。ずっと使っている乗りなれたものだが、さて随分と調子が悪いな……。

 今朝見た時は電灯が壊れていたし、そろそろ本格的に整備してみるか……?

 それはそうと。

 どうやら、やはりタイヤが見事に『パンク』しているらしい。学校から家まで、道のりは一五キロくらいになるだろうか。車なら大したことはないが、原付免許すらない高校生では優に四〇分くらいかかる。

 学校からの帰り道、学校を出てだいたい三キロくらいの所に自転車屋が在った筈だ。もっとも、今は学校を出て二〇分くらいの所。学校から八キロ位のところまで帰ってきてしまっているのだが。

 全くタイミングの悪い話である。もっとも、考え事をしていて気付かなかった僕が悪いのだが。

 ――やれやれだ。

 どうにか家まで辿り着けるだろうか。もし不可能なら、時間は掛かるが手で押して帰ればよい。それでも大変そうだが、なんならパンクした自転車は鍵だけ掛けて放置しても良いが…。

 とりあえず可能な限り漕いで帰ろう。

 まったく、自分の判断がこんなにも信用ならないものだと知ったのは久しぶりだった。











 あれ……?


 できるものならば神様(、、)にでも直に訴えたいところだったけど……。

 一体何なのか。どうしてこうなったのか。イマイチ記憶が無いみたい。

 視覚は鮮やかな人間のもの。こうして詳しく余分なことを考えられるのも、やはり人間のもの。しかし、その真っ白な姿がどう考えても……

 『狼』だ。

 自然にあり得ないような真っ白な『狼』。

 何もしていなくても、処理が追いつかなくなるほどに『匂い』による情報がいくらでも傾れ込んでくる。

 そして、青い臭いの道端には似つかわしくない白狼が、夕暮れの中に独り放置されている。

 もちろん白狼は私自身のことだ。

 何故こんな状態でこんな見知らぬ場所に……?

 経緯を思い出そうとして、思考が停止する。岩のようになった記憶はほんの数秒より前に遡れない。覚えていないというよりも、『わからない』。

 常識も習慣も思い出せない。住処も、頼れる人も、……名前も。なんだかマズい感じに記憶が飛んでいる気がする。

 しかし、まあ、思い出せないとなればひとまずより詳細に現状確認しよう。

 自分の全身を視ることはできない。当然である。視ることのできるのは、自分の前脚。それと、ちょっと首が苦しいが、身体を捻じれば後脚と自分の腰辺りも見ることはできる。

 部分的に自分を見たところ、どうやら全身白一色の毛並みをしているらしい。多少の土汚れはともかく、雨や泥の染みすらない。見れば見るほど純白で、初雪のような輝きと、深雪の重厚な白がやはり風景に映える。

 そもそも、失った記憶の中にある自分がどんなだったのかわからないが、日々、丁寧に手入れされていたのかもしれない。

 それ以外に目に入るのは、名前も知らない普通の雑草と、その下に構える少し湿った大地、分厚い紙の足場と、そして整備された一面の『黒い岩』。

 鼻を近づけると少し焦げたような臭いがある。それから鼻をつくよくわからない不自然な臭い。少なくとも自然に馴染んでいるとは言えないが、それでもひび割れ、両端が土に埋まりつつあるのを見ると、風景としては何年も昔からあるらしい。

 まるで違う文化の異世界に来てしまったような感覚。

 さて、どうしたものか……。

 ――どうすることもできない、よね……。

 純粋な瞳で通りがかる人間を見つめていれば連れていってくれるのだろうか。そう考えたところで近くに人は一人とていないし、こんな未知の世界で誰とも知らない人に関わるのも正直怖い。

 記憶が無いと、怖い。

 そもそも私はこれまでどうしていたのだろう。何カ月も何年も経ってはいないと思うけど。

 私によくしてくれる人や、こんな私が住める場所なんてあるのかな。

 そんなことを考えてうずくまっていると、次第にウトウトしてきてしまった。雨でも降ったら大変だろうけど、目を閉じても判る温かい日差しがそれを否定する。

 いっそ夢であればいいのだけど。起きたら『記憶を失くした夢を見るなんて』って日常に戻ればいい。自らが狼であることに抱く違和感も、夢だとすれば説明がつく。

 そうして私は、青い臭いと温かい斜陽に身を委ねることにした。












 これはマズイ。

 非常に、マズイ。


 だいたい、そんなことを一体誰が予想できようか。

 夕焼け自体は綺麗なもんだが、実は単純に薄暗くなってしまうという現象である。そう思い知らされる。

 朝、自転車のライトが故障したが、その運命的伏線が、まさかここで発動するとは……。


 ほんの数分前。

 流石にこれ以上乗り続けるのは危険だろうと予想し、僕はタイヤのつぶれた自転車を降りた。学校から一〇キロメートルくらい帰ったところだ。

 正確には、自転車を降りようとした、ちょうどその時のこと。

 速度を緩めるのと同時に、どういうわけかアスファルトの上に落ちていた『クギ』を、タイヤで踏んでしまったのだ。

 弾力の鈍ったタイヤが異物を踏めばどうなるか、誰だってわかる。


 バランスが崩れた自転車が、坂になった横道へ転がり出す。


 僕は咄嗟に飛び降りた。

 それ自体は確かに良い判断だったと言えよう。自分の身を護るのが第一だろうと、そう判断したのである。

 自転車は運次第で致命的な破損が生じたり、川の方へ落ちてしまうかもしれない。そうでないとしても、どこかの畑へ突っ込んだり、止まっている車にぶつけてしまうかもしれない。でも、骨を折るよりか比較的(、、、)マシだろう。倫理的にはともかく。


しかし、だ。この場合は身を挺してでも自転車を止めておくべきだった。


主を失った自転車の転がった先。


かなり大きいサイズの段ボール箱だった。底面は正方形。距離と汚れでロゴは読めないが、果実を卸せるくらいの大きさ――一辺は一メートルを軽く超えているほど。

そのつぶれた段ボールの中に、『動物』が見えた。

 それが僕の注意を全て掻っ攫う。


 白色に統一された毛並みが見えた。その特徴的な骨格も。

 

 『白毛の犬』のようだった。

 必死で坂を駆け降りるが間に合わない。

 夕暮れ時だ。小さな虫が目や口に入り、路傍から飛び出した小枝が浅く脹脛ふくらはぎを裂き小さく痛みが走る。もちろん、そんなことをイチイチ気にしている場合ではない。

 全力で走っていたとは言え、思考は実に暇なものであった。そんな余裕ももどかしいほど、人の身体はノロノロと鈍くしか動かない。

必死に先を見ようとしたときには既に、既に自転車は巨大段ボールに激突し、中に蹲っていたその犬の様な動物もろともを蹴散らしていた。











 ふと――私が目を開いた時には既に手遅れだった。

 間違いなく無事では済まない。こうして思考するのが精いっぱいの抵抗だったのだから。

 

 刹那、自分の運命が見えた。

 

 辛うじて思考しても、そう都合よいものでは無い。

 数える間もなく、右前脚に鈍く重い衝撃がはしる。

 脚を盾にするように飛び退くが、勢いを殺しきれない。

地面にたたきつけられるのを避けようとするが、『白い鉄柵』が邪魔をする。

 『鉄柵』にぶつかり、受け身を取り損ねた身体はまともに衝撃を受け、さらに『黒い岩』の上を転がる。切り傷だろうか、身体のいたる所で細かく痛みが走ったのは、かなりの距離を転がり終えた時であった。

 状況もわからず、とにかく安全な場所へ逃げ込もうと立ち上がるが、視界が揺れる。

 ものすごい勢いでぶつかってきた『何か』によって、自分の右前脚が折れているのに気付く。

 外的な傷から血が、白い毛を辿って滴下する。それでも感覚的に大きな傷は少ないようだ。荒い岩面によって細かい傷は付いているが、白い毛を汚して代わりになった部分の方が多そうだ。

 立ち上がろうにも立ち上がれず、しばらくうずくまっていた。

 そんな最中に、このとんでもない不意打ちを仕掛けてきた張本人が駆けてきたらしい。


「――ついてない」


 『彼』はそう言ったが、怒りは感じなかった。

 というのも、『彼』は至極辛そうだったからだ。まるで、自身の運命を呪うような、すべてに嫌気の刺した声。

 被害者と加害者であるのに、何故か心を打たれるような悲哀を感じた。


「――……」


 相手は『狼』。普通なら理解できるハズはないだろうに。

 聞こえない程小さく何か呟いて、無作法に私を抱え上げる。どうやら心配してくれていたようだ。

 人でなく狼といえども恐らく今の自分は荷物としては充分に重たいハズである。

 汗だくの少年は、私を抱えたまま急な坂道を上る。

 この不健康そうな細腕に、十分な力があるとは思えない。が、どうやらそんなこと関係ないとわんばかりに、自分に責任を感じているようだった。

 激しく揺れる腕は心地いいものではないが、彼の邪魔をしてはならないような気がした。

 直前まで寝ていた私にはよくわからないが、どうやら故意ではなく、偶然の『事故』らしい。

 それにしても原理が想像もつかないものだ。ぶつかった『あれ』は何で、どうしてこんな目に遭ったのか。少年とてこんなことをしたかったようには見えないわけで。

 少年はまず、私を道のさらに端の方へ横たえた。もはや道というよりも、叢のあたりへ。風圧とともに巨大な鉄塊がすぐそばを横切る。右前脚が痛み、恐怖に驚く余裕もない。

 それから少年は、自分の荷物を漁りに行ったらしい。

 その辺りで私の記憶は途絶えた。ぶつかった衝撃が予想よりも大きかったのかもしれない。







いつかぶりに書き直していこうと思います。


次話は書き直して更新するまで読まないでください。かなり酷いです。


でもこの部分だけならむしろ読みまくってほしい。

書き直して部分の感想ならばたくさんほしいくらいです。

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