白に星
ご主人のそれよりもずっと黒味の強く、そして中性的に短くカットされた髪。その柔らかそうな髪が、僅かに明るい色の瞳をした目にかかり、ある種の神秘的な雰囲気を醸している。
肌色はご主人を基準に考えるなら『白い肌』と表現できる。私が初めて(そう感じただけで実際は記憶が一新されているだけ)人化したときはそこまで気にならなかったが、私自身がかなりの度合いで白い肌をしている。私と比較すると、ご主人寄りの色になる。まあ、それがどうだというわけではないと思うけど。
その人物が口を開いたのちも、やはり。女性と間違えそうな容姿と声質だった。
「ナツキっちゃん、どうしたんだ?こんなところで。しかも歩きとは…。」
対象は勿論ご主人だ。ご主人の友達だろうから当然だ。
「説明が聞きたいんなら長いが?」
「聞きたいな。」
「星夢は何か用があるんじゃないのか?」
「いや、今は帰り道だよ。気にするな。」
ご主人は一度だけちらりと私の方を見て、すぐに少しだけ考え込む姿勢をとった。ご主人の心情はよく解らないし、見当もつかないが、「星夢」とご主人が呼ぶ彼が話を聞こうと聞かまいと、私にはどちらでもよいことなのだ。
しばらくご主人と星夢さんは話し込んでいたが、それが意味のない交渉だと気付いたからか、ご主人は歩きながら説明することになったようだ。
目的地まで一緒に来るのか尋ねようかと思ったが、私の第一声がそうなのも変だし、挨拶なり挟んでもやはり変だし、よく考えればやはりどうでもよかったから止めにした。
それからは決定された通り、纏めて『説明』しながら行くことになった。そして私の予想通り、最初の話題は私についてだった。ご主人と星夢さんは学校で会っているはずだが、だからと言って私のことを話しているというわけではないのだ。
「で、ナツキ氏は知らない間に彼女ができたのかい?それにしてもここはデートスポットじゃないと思うけど?・・・てか日芽ちゃんがいただろう、君には。」
星夢さんが切り出し、対してご主人は特に会話に意味が無いことを汲み取り、返す。要は私の存在を問うただけなのだろう。そこらは私は星夢さんを知らないのだから、ご主人の反応から察しただけであるが。
「世間一般で言うところの『彼女』なんてロクなもんじゃないぞ。大半は性欲を満たすものか、他人に見せつけるために彼女彼氏をつくるんだよ。特にこの年齢層だとな。」
先に建前上の応えを置いて、ご主人は本題を続ける。
「一言でいうなら、コ イ ツ は 新 し い 家 族 だ 。入籍したとか子供だとかいうバカげたことは言わなくてもいいぞ。嘘偽りなく言う。この仔は僕が拾ったんだ。捨てられていたからな。」
当たり前と云えば当たり前なのだろう。ご主人のその真実でしかない回答に、「はいなるほど。」と納得できるハズもなく。星夢さんはなんと反応してよいか束の間悩んでいた。
彼はじっくり悩んでいたようだったが、正解はすぐに出たらしい。頭の回転がかなり速いのかもしれない。
「・・・・・・『証明』はないのか?」
ここで笑い飛ばしてしまわなかったことに、私は驚いたとともに、星夢さんがなぜご主人を好いているのかも解った気がする。
星夢さんは、ご主人をちゃんと知っている。
つまり、そういうことだ。
ご主人とて完璧な言動はできないわけだが、それでもご主人は間違うことは少ない。
ヒメから聞いたことではあるが。ご主人は比較的正論に長けているらしい。口論に強く、また、一歩先の視野の広さを持っている。それらは総じて機械的な評価をするなら正しいことであるのだが、ご主人が人と関わるときに、大抵はご主人の言動を疎んじたり、馬鹿にする。
ご主人が星夢さんの問いに答えた時もそうだ。
ご主人は変に誤魔化そうとせず、ありのままを話した。だが、違和感は確かにあったことだろう。……当然だ。
だが、星夢さんはご主人がこのタイミングで意味のない冗談を言うことは無いと解っていたのだ。
ご主人を、知っていたのだ。
だから、星夢さんは彼にとっての最適解を繰り出した。
そしてそれは、ご主人にももちろん解っていたのだろう。ご主人は答えた。
「『証明』なら彼女自身だな。」
あ、センラは名前ね。と付け加えて、ご主人は私の被っていた帽子を剥いだ。ご主人の判断で、往来の人々に私の『耳』を見られると騒ぎになるから、と、硬めの生地の帽子を被らされていた、そのものだ。
「この通り、こいつがまるでゲームキャラクターやライトノベルの登場人物みたいに、『人の耳を狼のものに、さらにしっぽを追加』した状態なんだ。必要が無いと思うし服が乱れるからしないけれど、まるごと狼にもなれる。その狼形態の時に路傍に段ボール詰めで居たのを俺がケガさせちまって拾うことになった。それからは朝起きたら人化してたり色々あって、今は『海』を知らないらしいから見に行こうってことになって歩いてるんだ。」
そのままに、私のことを説明してくれた。私が口を開く機会も無かった。
一通り説明し終えてから、俺は内容を吟味する星夢を割とテキトーに見ていた。相手が星夢なら変な方向に状況が転がったりはしないだろう。そう思っていたからだ。――そう思っていたのが間違いだったわけだが…。
センラが被っていたワークキャップ型の帽子は星夢の手にあった。観察するのなら(センラの嫌がらない程度に)好きなだけすればいい。と、そういう意味だ。どうせこうしておけば、帽子を被せ直すか手渡すためにセンラに近寄るだろうから、センラとしても星夢としても疑いがいくらか晴れることだろう。
そう思っているうちに、星夢は考えを纏めたのか、俺の視界から外れた。センラのいる方だ。彼女は俺の後ろにいるのだから、センラの方へ行けば星夢が視界から外れるというだけだ。山道で疾走する車が多いこの道では、ちゃんと前を見て歩く必要がある。別ルートなら全くと言ってよいほどに人通りは少ないのだが。
これで星夢には説明し終えたか…。などと考えていたのだが、先の考えに俺の予想していなかった事態が起こったのだ。
ぎこちない、センラの声が聞こえる。
「あ、あの。よ、よろしく?」
「センラちゃん。ナツキっちは大変だと思うけど、悪い奴じゃないからよかったな。」
そんな笑いの混じる星夢の声が聞こえる。どうやら星夢は特に疑ってはいなかったようだ。それに続く会話から察するに、星夢としてはセンラに興味津々の様子だ。
「星夢さんってけっこう…ひゅうんっ⁉」
「へー…。やっぱ耳は耳だね。コレ。」
……星夢は確かに稀に見る鬼才だ。大抵のことは並外れてこなし、俺がどんな土俵で挑んでも全く歯が立たない。
「あっ、あぅう、っあ、あの…っ!み、みわぁあ…。駄、あ、ダっ、メ…っら くしゅぐったあぁわわ…っ⁉」
「あ、ゴメン。知らなかっただけでつい…。」
・・・だが、今まで見たことも聞いたこともないセンラの生態を、星夢も俺も知っているわけが無かった。というか、ゴメンと言いながらセンラの狼耳を触るのを止めない星夢。恐ろしや。
「きゅわああああああああああ⁉あっ⁉しぇいっ…む、しゃ、さ、ぁあああ⁉」
センラは耳が弱点。覚えておこう。
しばらく混乱したままついてきていたセンラだったが、ちょこちょこふらふらしながらついてくる様子が、なんだか可愛かったのでそのままにしていた。
「うー…ぅううー…。みみゅー…?」
結局星夢が帽子を被せ直したが、流石に唐突過ぎたのか、目の焦点も微妙にあってない。まあ、多分大丈夫だろう。多分だけれど。
ちなみに、しばらくして勝手に元に戻った。やっぱりダイジョーブだった。
僅かだが磯の香りが漂ってきた。海が近いということだが、星夢はまだついてきていた。
星夢とはずっと話をしていたわけでもなかったが、さも当然であるかの様に混じっていた。さっきからちょくちょくセンラを見ているが、単純な珍しさからくる興味なのか、ひょっとしてなのか。結構『見つめている』感じではあるようだが。まあセンラの方が気にして無いようだから良いのだろう。
それはそうと、一つたった今判明したことがある。
『あの日』から、薄々感じていたことではある。元々人間は、訓練さえすればかなり鋭い嗅覚を得ることができる。だから偶然にそうなのかと思って納得していたのだが…。
ここ最近で、どうにも嗅覚が超凡になった気がする。
それも、徐々にそうなったのではなく、『あの日』から一度に、だ。
理由や原因はよく解らないが、よく考えてみれば、人間の分際では恐ろしいほどの優れた嗅覚を得たようである。
それ故か、いつもよりもずっと遠い地点から海のその匂いが近くできるようになったようだ。
「ふム。もうすぐかな?」
「距離ならあと1kmってところか。…ん?どうかしたのかい?」
さすがに、最近超嗅覚を得たようで、とは言い辛い。説明が面倒だし、ホントにそうなのかさえもよく判っていないからだ。
「いや、ただセンラがいるからか地図を意識しただけだよ…。」
「うん?わた…」
「ああ、そうかい。・・・今の植物の名前。『亜阿相界』。」
「知らん。」
「・・・」
なんだかセンラが若干不機嫌そうな雰囲気だが、これもきっと気のせいだろう。
それからたっぷり5分ほどかけて、水平線が見えるくらいまでに海の景色が見えた。目的地はさらに500mくらい先であり、砂の敷かれた海辺の公園を、海岸線に沿って歩いていくことにした。
「おおーー‼」
その延々と広がる水面の光景だけで、『海』を知らないセンラを興奮させるには十分だったようだ。
「!…へぇ、センラちゃん海見るのは初めてか。」
「・・・変わらねーなー…。」
センラにとって初めての景色であるのに対し、俺にとっては逆に懐かしい景色である。ずっと小さい頃に、義母と、ヒメとも歩いた道である。
義母の親族はこの辺りに住んでいた筈だ。そのために俺はよくこの辺りで遊ばされていた記憶がある。
ちなみにヒメの両親のどちらかの親族も確かこの辺りに住んでいたような気もするが。それよりも、俺がよく覚えているのは、ウチへ遊びに来ていた幼きヒメと、義母の気まぐれか何かでこの海辺を訪れたことがあったことだ。
たしかそういう時に義母はいつも傍には居なく、景色を眺めるときにだけ傍に居た…。と記憶している。そのことを考えようとしていたのだが、俺は外からの声に思考を遮られることになる。
「あー、その。後で承諾ぅもらうってことでいいか?」
俺は海の側を向いていた。そして三人は海岸線に対して平行に並んではいない。
つまり。
俺 が 星 夢 の 声 に 反 応 し て 振 り 向 く ま で に 数 秒 か か っ た 。
ザッ‼という機敏な脚さばきに呼応した砂の音が生まれる。
スゥー…。と意識して発声を真似たような呼吸音がつくられる。
「っァァアアッ‼‼」
まるで超人スパイ映画の裏切りシーンの様な光景だった。
センラよりも後ろに立っていたはずの星夢は、教本の図解にそのまま掲載されそうなほど完璧な姿勢で、その少女の様に白くか細い腕を振るっていた。
勘なのか匂いなのか。センラは俺よりもほんのo.5秒ほどはやく振り向いていた。
俺が振り向き終わり、視界が完全に安定したときには拳はセンラに衝突する直前であった。視界こそ安定すれど、思考どころか認識すらも追いつかない程の『超』短時間。
センラの視界にはどう映っていたのだろうか。恐怖や危険くらいは感じるヒマがあったかもしれない。もちろんその時の俺には、悠長にそう考えるだけの時間は無かったわけだが。
ただ、『結果』は俺の認識や思考が十分に追いつけるだけの時間をくれた。
まさか、そんなことが⁉と意外に思う程の前提もなく。




