そっと、ただ、白く
泉雫には為す術が無かった。
既に、手遅れであったのだ。ほんの少しだけ体温が残っているが、どう考えても生体の熱生産は停止していた。血色は酷く、循環せずにある程度酸素が使用されたということが、センラが見ても判る。
何よりも、確実にセンラがナツキの死を確信した理由は、他にある。
首が折れていた。
うなじが異様に骨ばっている。触るまでもなく、目で見て判る程に。
そもそも『骨ばっている』という表現が該当するかも怪しい。明らかに砕けた骨が異様な形で皮膚の下に在るのだ。
首に縄を掛けて、首吊りの様に準備する。それから高所から飛び降りる。
ナツキはこの方式を採った。ほぼ即死であり、また確実性もただの首吊りよりも高い。死体の見た目がもっとも有名な『首吊り』状態であることも考慮していたのかもしれない。異様な死に様は避けたのだろう。
それはセンラにとっては理解しがたいものだった。
首が折れて絶命したことは判るにしても、センラには『首吊り』が判らなかった。センラには『首吊り』の知識はなく、また、ナツキの部屋にテレビが無かったが為に、『首吊り自殺』自体を新たに知ることが無かったのだ。
しかし、ナツキの、センラが主人の容態を視て、もう手遅れであることなど直感で判ったのだ。
センラはただ涙を流すことしか出来なかった。
ただ、ただ『死』の現実の前に。
「自分にもっと知識があればひょっとしてご主人を救えたのでは。」と、その疑いがセンラの頭に過る。今まで、ナツキと出会ってから。初めての事だった。
自 分 の 記 憶 喪 失 を 悔 や ん だ の は 初 め て だ っ た 。
失われた過去の記憶。それは己が主人を救える方法であるなどと、そんな証拠はない。そうである予感すらもない。そうして意識を逸らすことが精一杯の抵抗であった。そう思い込みたかっただけであった。
――号泣することもなかった。
叫び、悲しみをあらわにすることが、何を解決することもないと悟っていたからだ。
――助けを呼ぶこともなかった。
走って助けを乞うことはできるかもしれない。しかし、手遅れだと解っていたからだ。
――責めることもなかった。
責は何人にも非ず。誰かを責め、この愁傷から逃れることもできなかったからだ。
――動くことができなかった。
もはや何をしようにも、その気は起らなかったのだ。
ただ、ひとつ単純な愛の動作を除いて―――
そっと、その身体を強く。ただ強く、抱きしめた。
時が刻まれても、センラは決してそのただ一動作を変えることはなかった。
――そしてその瞬間、センラは気付くことはなかった。
二人の身体を、センラを起点として煌々たる聖の白光が包んでいたことに。
少女は――
力を緩めることもなく。強めることもできず。
ひたすらに、その温もりを抱きしめ続けていた。
涙のみが動的に流れ。
その時、その場には静止した二人の空間が在った。




