第四話 店内
久しぶりです。何か月放置してたんだろ。
見てたかた、ごめんなさい。
なぜこんな轟音が響いてくるのか。
その答えはすぐ分かった。
「ほーっほっほ!不味い!なんて不味いうどんだ!ありえない!」
……別のところにしよう。
この声、明らかに最初出会ったやつだ。
何て名前だっけ?
あんなに怖い事があったのに、すでに忘れてしまっているとは……。
「この声……魔王ヘリアか!?」
ユアさんが驚いたように言った。
そうそう、そんな名前でした。
「その眼を見た人間は一人残らず石化してしまうというのに!」
え?私思い切り目を見てましたけど。
もうここまで来ると自分が何なのか分からなくなってくる。
「……や、やめ……て」
店の中から微かに声が聞こえた。
「まずい!」
黒い人がとてつもない速さで店の中に突入した。
「ちょっと!イフ!」
ユアさんが止めようとするが、イフという人は聞く耳を持たない。
仕方なく店の中を覗いてみる。
部下とおぼしき人(?)はみなのびており、イフさんは……えーと……ヘリアと戦っていた。
決して名前を忘れていたわけではない。
「ククク!油揚げが入っていない店等、潰れてしまえばいいのです!」
そう言いながら攻撃を仕掛ける。
理由が、とても、くだらない。
どうしてこうもくだらない事で怒れるのだろう。
正直訳が分からなかった。
「ふざけるな!そんな理由でキレてるのか!」
イフさんが剣を交えながら吐き出すように言った。
同感です。
私にもなにかできることはないだろうか。
よく見ると、倒れている中に違った服装の人が見える。
あの人を助けないと、このままでは巻き込まれてしまう。
「ちょっと降ろすよ」
ユアさんが私に声をかけた。
「あ、はい。あの人を……」
「わかってる」
服が違う人のところへ駆け出して、すぐに連れ帰ってきた。
髪は少し短めだが、耳の近くだけが長い。
料理人ではないのかエプロンなどはしておらず、体から生気が感じられない。
「め……面倒くさいなあ」
イフさんの呆れた声が聞こえてきた。
「ほほほ!それは誉め言葉ですよ!」
誉め言葉なんだ、それ。
もはや2つの台風がぶつかり合ってるようにしか見えなくなってしまった。
「………!」
倒れている人がゆっくりと目を開いた。
「え……?」
驚くのも無理はない。店内がこんな状態なのだ。
「……ああ、やっぱり違った……」
ぼそりとそう呟いたのが聞こえた。
「大丈夫!?一体何があったの!?」
私がいつになく取り乱して質問した。
まさか私がここまで取り乱すとは、さっき助けてもらった時以来だ。
……案外よく取り乱しているようだ、私は。
「変わった人が入って来て、『なぜ油揚げが無い』って怒りだして、吹き飛ばされて今に至ります」
どうしてそんな迷惑なところだけ一貫しているのだろうか。
ああ、なんてツイてないんだろう。
考えたって無駄な事ばかり考えてしまうのは、悪い癖だ。
私が悲観していると膝にのせた頭から声が聞こえた。
「もう無理かなぁ、お店」
確かに、店内は机が散乱し、紙片がぐしゃぐしゃになって文字が読めなくなっている。
顔を見るとこの子がわざと笑おうとしているのが伝わってきてしまった。
思わず私までもらい泣きしそうになった。
「……あれいつまで続くんだ」
パーカーの人がぼそりと呟いた。
今はお互いに距離をとっているが、緊迫した空気は何も変わらなかった。
「おやおや!そこにいるのは先ほど私に無礼を働いたものではないですか!」
いきなりぎょろりとした目でこちらを睨まれた。
「丁度良い!全員まとめて皆殺しです!!」
「どうかな」
今の出来事は誰にも見えていないだろう。
イフさんの周りで風が巻き起こり、剣に謎の液体が付着していた。
「ぐ、ぐふっ……私に手傷を負わせるとは!」
よく見ると……ヘリア?の腹部から先の液体が零れ落ちていた。
……あれって血だったのか。知らなかった。
というかここに零してほしくはない。
「今日はここまでです!さらば!」
その言葉と共に部下とともに消え去ってしまった。
辺りには鳥の羽が散らばっている。
「ごめん、取り逃がした」
イフさんは散々暴れたようだったが、建物がイフさんに傷をつけられた箇所は一つもなかった。