第三話 救出
「おい貴様、起きろ。」
「ん〜〜?」
寝ぼけた声ですっとぼけた音を出した。
「ひひひ……いやあ、もうちょっとで大好きな奴隷販売所につくからねぇ」
……あくまでも個人の感想です。
目の前まで思い切り顔を近づけてニヤニヤしている。
よく見ると歯が数本欠けている。
「まあ、こいつが羅針盤だという確証はないが、少なくとも半人族は捕獲対象だからな」
武器を砥いでいる黒ずくめの人が言った。
結構大きい武器だ。私じゃ動かせない。
実は私はここに来る前は高校を中退して引きこもりをやっていました。
だから人付き合いがあまり上手くないし、力もない。そして運が悪い。
3拍子そろったスーパー残念人間、それが私だ。
うう……自分で言ってて悲しくなってきた。
ただ、ポジティブさとマイペースさでは誰にも負けない。多分。
だからこそ、あの大きな武器は動かせない自信が―――
事は起こった。
2,3人の武器を持った人が近くの崖を下ってきた。
「な……何だ!?」
黒ずくめの人が武器を手に立ち上がる。
「ひ、ひいいいいい!!」
歯の欠けたひとは情けない事に蹲っている。
ただ、私は事の重大さを全く理解していなかった。
寝ぼけていたせいだろう。
「えっと、これって何ですか?ドッキリですか?」
私が放ったこの一言で、場が完全に凍り付いた。
誰もが私を見てぽかんとした表情をしている。
しかもなぜか、私が一番「え?」という顔だった。
少し経って、自分が言った事がわかった。
顔がみるみる赤くなっていく。
もういやだ、太陽に焼かれてしまえ、私。
このどうしようもない静寂を破ったのは襲撃組の一人だった。
視認できない速度で黒い人の背中に回り込み、首筋に剣を添えた。
ぴたりとくっついて隙が無い。
私の方は、白い髪のメイドさんに助けてもらっていた。
メイドさん……かわいいなあ。
「大丈夫?」
気を遣って私に聞いてくれた。
「あ……は、はい。え、えっと、あありがとうございます」
さっきの醜態が頭にこびりついて離れない。どうやって話せばいいのか。
また再び顔が赤くなりだした。
「………?どうかした?」
「え……いや、さっきの……」
正直話したくなかったが、誰かに話さないと気が済まないという矛盾が発生してしまった。
「さっきの……?」
キョトンとしている。
「わ、分からないならいいです……」
さて、助けてもらった人たちにお礼を言ってここを去らなくては。
「本当にありがとうございました!」
そう言って頭を下げると、にこにこと笑いながら
「いいっていいって!気にしないでよ」
と言われた。
この人がさっきまで本当に戦っていたのかと思うくらいに優しい顔だった。
「ありがとうございます……それじゃ、また」
私はすぐさまここを立ち去るつもりだ。
が、立ち上がって数歩で、足腰に力が入っていない事が分かった。
「え?あ、あれ?」
途端に前のめりになって転倒してしまった。
「ちょっと、君大丈夫か!?」
そういえばご飯がまだだった。
そもそも昨日食べたかどうか……。
「あ、あはは……」
なにも見えなくなってきた。
目の前の風景はやけにぐにゃぐにゃしている。
「ユア、この娘にご飯を食べさせるから背負ってあげてくれ」
さきほど助けてもらったメイドさん、ユアさんに軽々と背負われた。
「……さっきから泣きそうだが、そんなに俺達が怖いか」
「え?」
すぐ後ろから声が聞こえた。
白い髪だが、ところどころに赤い色が混じっている。
着用している服は鼠色のパーカーだったが、ズボンの材質は全く見たことのないものだ。
「怖いか、と聞いている」
単調な口調だ。きっといつもこんな感じなのだろう。
「いいえ……ただ、助けてもらってばかりだなあ、って、思って」
「まあまあ。僕だって助けてもらってばかりなんだ。人は助けてもらわなくちゃ生きてけないよ」
黒ずくめの人が柔らかい表情でこちらを向きながら言った。
なぜか、この人の言葉で気持ちが少し落ち着いたような気がした。
「しっかし、ここらへんも変わったなあ……。あ、あそこにしようよ!」
ユアさんが石造りの建物を指差す。
うどん屋。
……言ってはなんだが、すごくミスマッチだ。
このどう見てもファンタジーの世界の街並みに、うどん屋。
今まで魔法とか、そういったものしか見せられていないこの状況で、うどん屋。
ここまで慣れ親しめない世界観は初めてだ。
「じゃ、入ろう」
パーカーの人が何の抵抗もなく入っていく。
店内から、派手にテーブルを蹴飛ばす音がした。