傷
気付いたら数時間経っているくらいには作業に集中していた
気になってそれどころではなくなると思っていたので少し驚いた
「これで最後だね春くん」
「そうだな、お疲れ様」
「そろそろ時間だね、先に行ってるよ」
「わかった、俺も提出物出したらすぐ行く」
言うべきことを再確認する
今日でこの先の人生が変わるだろう
気持ちが何度も揺らぎそうになった
しかしここで変えるわけにはいかない
提出物を出し中庭に向かう
心臓の音が大きくなっていく
こういうのは本当に苦手だ...
中庭につくと既に未来と汐里がいた
お互い黙っているようだ
「ごめん、お待たせ」
「春くん、大丈夫だよ」
汐里は俯いたままだ
「早速だけど、汐里?決まったの?」
「...」
口を開こうとしない
まさか決まってない...?
「時間もらったのに決めてないの?それ春くんに失礼なんじゃないの?」
未来がこんなこと言うとは少し驚いた
「決めないとダメだと思うよ?」
追撃をする未来
やけに好戦的というか何というか...
「未来ちゃんも浮気してたくせに...」
汐里の一言目はとんでもない言葉だった
嫌な予感がした
「は?今それ関係ないよ?過去の話だし、だいたい私はちゃんと選んだ、けどあなたは選んでないよね?春くんのことキープだと思ってるんでしょ?都合のいい人って、春くんどれだけ悩んでるか知ってんの?あなたが負担になってるって気付かないの?早く決めて」
さすがに止めないとまずい気がする
このままだと最悪の結果になってしまう
「待て待て待て、別にいいよ、でも汐里?明日には決めるって自分で言ったよね、責めてるつもりじゃないんだけど、決めてもらわないと話が進まないんだ」
進められないわけじゃない、けれどそれは使いたくない手だった
それでも汐里は話さなかった
そこまで選べない話なのだろうか
「あなた黙ってればいいと思ってるの?いい加減にしてよ」
「未来、いいから、汐里?どうしても決められない?」
僅かに汐里が頷く
未来を見ると爆発直前といった顔していた
「じゃあ、俺から言わせてもらうね、正直こんな状態じゃ付き合っていくのは無理だ、選ぶ選ばないの問題じゃなかったんだけど決めたって言ってたから一応聞いておきたかったんだよね、どっちを選んでもこの先苦労すると思う、別れよう」
汐里は黙ったままだった
さすがに付き合ってられなかった
何かを言う様子もなかった
「それとね、未来」
「うん?」
「やっぱり未来とも付き合えない」
「え...?なんで?どうして?確かに浮気はしたけど今は...」
「...ごめん」
「そっか...」
人のつらそうな顔を見るのが何より辛かった
だから自分から振るのは避けたかった
けど中途半端な気持ちで付き合うのはもっと嫌だった
出来るだけ未来の顔は見ないようにした
「わがまま言ってごめん、それじゃ」
そういって立ち去る
少しでも早くこの場から逃げたかった
浮気したという事実がある限り、この先付き合っていてもそれを思い出して嫌悪感が出てきてしまうだろう
信じられないわけではないけど、心のどこかでそれを拒んでいた
だから、この選択にした
これ以上自分を追い詰める選択をしてはいけない
そんなサインを心が出していた
そのせいで何度も吐いたりニキビが増えたりした
医師からうつ病の傾向があると告げられたときはかなりショックだった
今は1人になる時間が必要だ
この傷を癒すのはどれくらいかかるかはわからない
数ヶ月かもしれないし数年かもしれない
もしかしたらもう治らない傷になっていることもある
それでも多少なりはマシになるはずだ
自分は臆病で何をするにも相手に合わせてきた
自分と付き合っている人に申し訳なかった
しかし、引っ張ってもらうのは嫌だった
そんな臆病な自分がとても嫌いで今回の件で恋愛は向いてないと悟った
けど、変わろうと思った
勇気を出して前向きになり、自分から引っ張っていける人に、頼れる人間になろうと思った
実現するのはかなり先かもしれないけど、少しずつ変えて行こう
未来と汐里には幸せになってほしいと思う
何より、もう浮気しないで欲しいと願った
この先何十年とある人生、一体誰と出会って恋をするのだろうか
どうなるかなんて全くわからない、けどその度に悩めばいい
急ぐ必要はない
今はこの傷を癒すことに専念しよう