紅梨ちゃんと濃ゆい人々
H.26.11/01 投稿
紅梨は泣いた。半裸の女子に抱き竦められているという事に、下着姿のクラスメイト達に見られているという事にも気付かずに大声で泣いてしまっていた。
嬉しかったのだ。自分を“理解してくれている”その存在がただ嬉しかったのだ。
鎖骨の窪みから溢れた滴は胸の谷間を濡らし、臍部に触れた時、半裸の少女は暖かな笑顔でこう言った。
「…じゃあ、脱ごっか?」
「………エッ?」
意味が解らなかった。今までの凄く良い話の流れから何で「脱ぐ」に繋がるのだろう。理解が追い付かず混乱している紅梨のタオルケットがガシッと掴まれ、一気に上へと引き抜かれた。
「……エッ?………エエーーーーーッ!?」
「ちょっ……何よコレ…」
咄嗟に背を向けた紅梨を羽交い締めにすると無理矢理皆の居る方へ振り向かせて叫んだ。
「皆、コレ見て!紅梨ちゃんの、大っきくなってるーーーーーッ!!」
室内がザワッとなり、いっせいに視線がある一点に集中する。
「嘘ッ…何で…」
「本当だ……ちょっとだけだけど」
「うわっ…マジ…?」
女子生徒達が眼を見開いて見詰める先。それは紅梨の腰のあたり………よりももっと上。端的に言えば胸だった。
「わっ…、まだちっちゃいけどホントにオッパイがある」
「可愛い……先っちょ綺麗なピンク色だよ」
「アアーッ、ズルい!私も触りたい」
「ダメだよ、紅梨ちゃん。いくら小さくてもちゃんとブラはしないと。擦れて痛くなっちゃうよ」
「っちょ…皆、待っ……触っちゃ……」
全員が瞳を爛々と輝かせて迫って来る。何人かは明らかに“触る”を逸脱した手つきで近付いて来る。ハッキリ言って怖い!まるでお腹を空かした肉食動物に狙われているようだ。
嗚呼、これなら晒を巻いてでも男子側の授業に参加した方がマシだったかもしれない。少なくとも彼等と着替える際には皆、背中を向けてバリケードのように囲ってくれる。妙に息が粗かったり、全神経を集中させて聞き耳を立てていたり、明らかに良からぬ妄想をしているのが手を取るように判ってイヤだけど、少なくとも直接的な行動をとってくる事は無かった。
いや、体育教員にはこの体質の事を話してあるので水着にならずに長袖の体操服で日蔭で休ませてくれたに違いないんだ。
自分を男子だと思いながらも胸が膨らんできた事で我知らず男子達にチラ見でハァハァされるのを警戒していたのかもしれない。
今度彼等と一緒になった際は痛みを感じないよう一撃で沈めてあげよう。それがあの友愛溢れる変態紳士どもへの感謝の印となるだろう。
だってやっぱり何か気持ち悪いし……さ。
そんな現実逃避を考え無ければならない程クラスメイトに玩ばれるささやかな膨らみからもたらされる甘く未知なる刺激は強烈だった。後ろから羽交い締めにされていなければ既に腰を抜かしてへたり込んでいるに違いない。
女子は同性どうしでスキンシップを繰り返すとは聴いていたがよもやこの身に起きるとは思わなかった。
「お前達!いつまでチンタラやっている。とっくに予鈴は鳴っているぞ!」
微妙にユリゆりしい艶笑の宴は“神(女性体育教員)の雷(怒号)”によりその幕を閉じられた。
キュッ!キュッ!キュッ!
ダムダムダムッ ダンッ! ガシャ…ガシャ……
球技独特の音が体育館内に響く。女子の授業はバスケットボールならしい。三チームに別れ、一試合10分間の練習試合形式だ。
現在くじ引きで割り振られた紅梨のAチームとCチームとが試合中である。小回りの利く紅梨が器用に相手チームをすり抜け、緩急織り交ぜたトリッキーな動きで翻弄している。
「クッ…、流石は紅梨ちゃん。“揺れ”のブレが無いからひとつひとつの動作が流れるように速い」
「フ…、乳なんて所詮飾りデス。エロい人にはそれが解らんのデスよ」
どこぞの整備スタッフのような名言を放つのは貧乳にカテゴライズされる少女で、先日勇気を振り絞って告白したものの「俺、巨乳派なんで」とアッサリとフラれたと噂の娘だった。
だがフッた巨乳好きな男子も何故か“Angelic Lover”の会員に名を連ねているのだ。……解せぬ。
ゴムとシュシュで束ねた銀髪を煌めかせて紅梨が右へ左へと疾走する。その姿はまるで妖精の輪舞。
「行けーーーッ!紅梨ぃぃぃぃッ!!」
夜店の水風船の如く自在に操り、勢いそのままに飛翔する紅梨がゴールネット目掛けてボールを……
「ホイッと」
橙子にアッサリ奪われた……。
「……ですよね〜〜」という空気がギャラリーに流れる。紅梨の鍛え続けた男子的な筋力をもってしてもその身長差は埋める事は出来なかったようだ。
「おのれ、サイコガ○ダムMk-2。折角の紅梨ちゃんの見せ場を……」
「さっきから思ってたけど、貴女がフラれた本当の理由、実はガノタだからじゃないの?」
信じられないと言わんばかりに眼を見開いている。
「そ…そんな馬鹿な……。ガ○ダムを嫌いな男子がいるなんて……」
隣の女子は生暖かい眼で「嫌いなのはガ○ダムじゃなくて、ガノタな女子なんじゃ……」との言葉を胸にしまい込んだ。
「ホラ、戻れ〜」
橙子はコートの真ん中くらいに落ちるようごく軽くボールを投げると餌を投げ入れられた鯉のようにメンバーが集まっていく。
ふと視線を落とすと紅梨が涙目で見上げながら頬を膨らませている。素でこんな表情をするから可愛い小動物みたいに愛でられてしまうのだが本人は気付いていないようだ…。
「そんな顔で見るなよ、疼いちまうだろ」
橙子がネット下にいる限りシュートは尽く邪魔されて誰もポイントを入れられない。だがこれは仕方が無い処置なのだ。橙子が攻めに廻るとダンプカーに撥ねられるようなものだ。普通の女子では大怪我をしかねない。
そして自軍ゴールからダイレクトに相手のゴールにボールを投げ入れる事も出来るがそれだと誰もプレイを愉しめないしチームを組む意味も無い。
「育ち方…間違えたか?」
橙子は溜め息を吐くしかなかった。
「わ、いい匂い。私にも貸して」
「へへ、新発売のを買ってきたんだぁ」
体育の授業が終わり、女子生徒達の話題はデオドラント商品などで持ち切りだ。やはりお年頃なので自分の臭いには敏感にならざるをえないのだろう。
実のところ男子は女子が考える程気にしていない。それは中等部とはいえ、女子が心身ともに早熟であるのに比べ、まだ男子は体が大きくなっただけのガキのままだからだ。
むしろこういった努力を「色んな香料が混じって臭い」と罵るだろう。
で、その中身がガキなままの一人である筈の紅梨はこの場に居ない。専用多目的トイレで絶賛シャワー中である。
一般的に汗には雑菌が含まれており、それが繁殖する事で悪臭を放つようになるのだが、同時にフェロモンも含んでいる。それは色々な面で影響を及ぼす事が知られているが紅梨の場合は困った事に性的興奮を促す作用が強いのだ。 所謂“媚薬”“惚れ薬”な類である。老若男女問わず影響するので何度か危険な目に遭っており、デオドラントスプレー等では汗の臭いを消せてもフェロモンを無効化出来ない為にこうしたケアが必須なのだ。生徒や教師達にも通達されているので遅れても文句を言う者はいない。
「すみません。遅くなりました」
6時限目が10分程過ぎたあたりで紅梨は教室に戻ってこれた。急いだのであろう、洗った髪がまだ若干ペタっとしている。
(風呂上がりの神名代、色っぺぇ〜)
(クゥ〜。髪を掻き上げる仕種、萌え!)
視覚的に及ぼされる影響まではどうしようも無いようだ。たまに本当に無効化されているか不安になるが、襲われるには至ってないので変態を見るように冷たく睨め付けておく。
(そこの男子、まるでご褒美のように悦ぶな!)
これだから不安定な思春期どもは度し難い。
(うう……、地獄だ…)
昼食を食べ損ねた上、体育でカロリーを消費した紅梨にはこの6時限目は苦行レベルに感じられた。空腹に加えて疲労まで重なり、全然集中出来ない。まして教卓の前という席なので眠る事も出来ない。
何故女子達は自ら食事を抜いてまでダイエットというこんな苦行にわざわざ勤しむのか理解に苦しむ。過度の食事制限はホルモンバランスを崩し、肌荒れや生理不順を引き起こすだけなのに……と紅梨は考える。
「で、あるからしてこの公式で求められる解は……コラ、ぼうっとするな」
教科書でポコッと軽く叩かれる。昨今、「暴力だ」「体罰」だとファビョる親も多いが、この学園にはちゃんと分別出来る生徒が多いので問題は起こっていない。むしろ叩かれた拍子に「くきゅる…」と紅梨のお腹が鳴ったので笑いに包まれた程だ。
「何だ、神名代までダイエットか?お前さんの場合はむしろ足りない位なんだからちゃんと食えよ」
フォローしてくれるのは有り難いですけどボクが欲しいのは胸やお尻の肉じゃ無くて筋肉です。あと身長です。
漸く苦難の6時限目が終わりを告げ、SHR。大した議題も無く、簡単な連絡事項の通知で終れた。幸いな事に掃除当番でも無いし、帰宅部なのでさっさとお家へ帰ろう。まだ陽射しが少し強いので日傘と帽子、あとは手袋を着用して……と。
ウン、何処のご令嬢だよ!まったく……。髪は纏めて帽子の中に入れた。あとは木陰で母様を……。
プルルル…
バイブレーションが着信を告げる。よく知っている番号からだ。
「ハイ、もしも……」
『イヤーーーン!!!!お家に帰るーーーーーッ!!あかりタンと一緒に帰るのーーーーーーッ!!!!』
スピーカーから発せられたのは幼稚園生のような駄々っ子モードの母親の声だった。
どうも携帯からは離れているようで声が遠い。なら誰が掛けてきたのだろう?
『もしもし紅梨様、百瀬でございます。実は奥様は緊急会議が入られまして…』
声の主は百瀬シノブさんという母様の古い知人で仕事上のパートナーなのだが、そう年齢も離れていないのに乳母みたいだと言われている人だ。
『だから、あっきー絡みだっつってんでしょ!』
『何してるの、すぐ行くわよ!』
手で押さえているのだろうがマイクが叫声をしっかり拾っている。
『……という訳で申し訳ありませんが』
「解りました、先に帰ります」
『ごめんネ、あっきー。…って、ちょっときらら待ちなさいよーーーッ!』
余程慌てているのだろう。口調が公私混同している。母様の幼馴染みであり、神名代神社の巫女頭であり、有能な秘書の苦労人。その自由奔放さと、こと我が子への恋人の如き溺愛ぶりに相変わらず振り回されているようだ。
「さて、お迎えも無いようだし……」
ここは一介の学生らしく、放課後を愉しむとしよう……。
「ン〜〜、美味し〜〜〜ッ!」
せっかくなので普段は足を延ばさない繁華街へとやってきた。まずは空腹を解消しようと果物屋さんの軒先でやってるクレープの屋台で“フルーツプリンセスの恋するチョコクレープ生クリーム添え”を購入する。なんで注文し難いネーミングにするんだ。
手慣れた所作で作るのはこの店の娘さんで製菓専門学校に通っているらしい。
普段は友人と近所のファストフード店か同級生の親が経営する喫茶店だけどたまにはちょっと違うものも食べてみたい。男子だと恥ずかしいけど今は女子だからいいよネ。
いや流石に果物屋さん直営だからフルーツが新鮮だし、良い物使ってる。生地も生クリームも甘さ控え目でフルーツの味を邪魔していない。そしてこのチョコソースのほんのりとした苦味がアクセントで更に甘さが……。あ、口の周りに生クリーム付いちゃった。これで少しだけ眼をトロンとしてやればクラスの男子達なら絶対ハァハァしてるに違いない。
うん、こんな馬鹿な事を考えられるならボクはまだ大丈夫だ。何が大丈夫なのかは知らないけど…。
建ち並ぶ店を覗き見ながら歩いているとショーウインドーにあまり育ちのよろしく無さそうな三人組が何やら話しているのが映った。
「ネェ、そこのカノジョ〜〜」
うん…まあね