王女様と傀儡の天使
H26.10/30 投稿
「有難うございます、委員長。でもボクは一人っ子ですよ?」
学園に新たな七不思議が誕生した瞬間だった。
――時は流れてお昼休み。
クラスの男子全員が力無く机に突っ伏して「……水着の紅梨」と呪詛を涙を漏らすという異様な風景の中、午前中の授業は過ぎ去り楽しい憩いのひと時である………のに男子達は未だにショックから立ち直れないようだった。
弁当の中身を掬えないまま一定速で上下させる者、拡げた弁当の蓋を閉じてまた開けてと繰り返す者。果ては購買部を求めて幽鬼さながらに彷徨う者までいる。
ハッキリ言って気持ち悪いので今すぐ正気に戻って欲しい。
(斜め44゜から振り下ろしたらどうにかならないかな……)
「あはは…あまり松崎くんを基準にしない方がいいよ、紅梨ちゃん」
何故心が読めるのかと訝しんでいると「ところで、昨日のニュー……」と夢乃がここまで口にした瞬間に夏彦が横に立っていた。
「おお!委員長も観たのか。あの子凄ェ可愛いよな、俺ひ数日前に偶然動画を見付けて即行URL拡散させて同志を集めてファンクラブ立ち上げたぜ」
そして一昨日隣町の一番大きなホールでライブがあると知り、駆け付けたらしい。無駄に行動力のある男だ。
「生のあの子はこの世のものとは思えない程だったぜ。煌めく銀色の髪に雪のように白い肌。上気て羞恥に染まる頬、白とピンクを基調とした舞台衣装の裾から覗く艶やかな漆黒のレギンスに護られた絶対“神”領域。ああ、アレに頬擦り出来たら俺はもう……」
「なら、タヒねッ!」
パイルバンカーのように轟音を発てて炸裂した肘鉄に夏彦は錐揉み状態で窓から飛んで行く。ちなみに紅梨達の教室は校舎の四階である。
「フフフ…。好評みたいだね、アノ衣装」と夢乃が訳知り顔で微笑む。
「好評みたいだね……じゃないよ!短過ぎるでしょあんなの。ちょっと動いたり屈んだりしただけで見えちゃうじゃないですか!」
「だから取って置きの可愛い見せパンも用意してあげたのにレギンスなんて穿いて…」
もうお解りだろう。話題の主である超級新人アイドルは紅梨であり、夢乃はそのプロデューサー兼マネージャーである。
そもそも紅梨の神名代家と夢乃の櫻坂家は遥か以前から旧知の仲であり、事の発端は旅の途中でタヒに病にかかった櫻坂家の先祖を神名代家の先祖である女衆か助けた事に起因する。
彼女の没後、櫻坂の男は小さくはあるが神社を建立し、彼女の御霊を奉った。これが紅梨の実家となる神名代神社の謂れである。
また神社を建立されてからの神名代家には不思議な力を持つ者が産まれるようになり、櫻坂家の光となり陰となって神託を与え、その繁栄をもたらしてきたのだ。
――そして現在。
櫻坂家の一人として帝王学や経営学を学び取ってきた夢乃はFXなどの株取引やアクセサリーの製造販売を通じて自分の自由になる“お小遣い”を稼いでおり、先日の会場の箱代もその中から賄われている。
「しかし、これ程までに特徴的共通ポイントが山盛りであるのに誰一人として気付かないなんて……この国の将来は危うくないですか…」
それにメイクだってパール系のシャドーとリップグロスをひいただけのほぼ素ッピン。目立って違うのは髪型ぐらいだ。
「ボクとしては変に騒ぎ立てられるよりはいいけどネ」
キッカケとなった動画は先月の母親の誕生日パーティーでプレゼント代わりの余興として要求されたもので、十何年か前に彗星のように現れ、当時僅か14歳で出す曲全てミリオンヒットという偉業を成し遂げたにも拘わらず、たった一年半で突如芸能界から引退した伝説のアイドルの歌を歌わされたらしい。しかも衣装付きで。
恥じらいながらも一生懸命歌い踊る姿に『か…可愛い過ぐる』『マジ天使』だのというコメントの中に『女神再臨!』『似過ぎだろ…』というものが混じっていた。
既に動画サイトからは消されているが“あかりタンLove×2”などというフザケたユーザー名である以上、身内だと特定しやす過ぎるにも程があるので賢明な判断といえる。
「ところでその公式サイトのセキュリティーは本当に大丈夫なんですよね?」
「フフン……私を誰だと思っている」
――夢乃は少しだけ口角を上げ、したり顔での説明はこうだ。
―楽曲のDLは公式サイトより有料の一度きりでコピー不可。対象は個人名義の端末のみで法人契約機は不可。
もし違法コピーやハッキングなどの不正行為を行おうとすれば即座に世界中のサーバーへの無限ループトラップが発動する。
「その際に“たまたま”各国の軍事サーバーに“うっかり”足跡を残してしまい、不正行為者が国際テ□リストとして認定されるやもしれませんが……」
「やり過ぎですッ!最悪、第三次世界大戦の火種になるかもしれないじゃないですか」
「そうね……じゃあ、世界中のあらゆる金融機関の黒いリストに“うっかり”個人情報を連ねる事にしましょう。これならクレジットやキャッシュカードの使用や新規契約が出来なくなるだけですしね…」
「ええ…それなら……」
思わず同意しかけたが、つまりはネットショッピングは勿論、果てはオンラインゲームや携帯アプリの課金決済にまで著しく制限がかかるのではないだろうか?それはネット廃人にとってタヒ刑宣告と同義である。しかも口座が凍結されたら現金も引き出せないじゃないか!
そんな事が本当に可能なのだろうか。いや、櫻坂夢乃が口にした以上、それは雑作も無い事なのだろう。
「ちなみにDLの代金は何処に振り込まれるんですか?」
「スイスに在るとても信頼出来る銀行よ」
某ヒットマンも御用達というアレか…。なら間違いないだろう。
「あの…次の……」と今後のイベント予定を確認しようとした時に丁度お昼休み終了のチャイムが鳴る。
「あらら、残念。教室デートの時間は終わりですね。じゃあこれからも頑張ってね………ルージュ=ペァ」
委員長の顔に戻った夢乃は擦れ違いざまにボクの耳元で妖しい微笑みを浮かべてそう囁いた。
「ルージュ=ペァだって!?」と窓から飛んでいった筈の夏彦がギリギリのタイミングで滑り込むように戻ってきた。制服は多少汚れていたものの身体は全くの無傷。その地獄耳といいタフさといい、彼なら本当に戦場でも生き残って現実を伝え続けられるかもしれない。
あ、ちなみに“ルージュ=ペァ”とはボクの芸名なんだけど、紅=Rouge、梨=Pearで全く捻りすらも無かった。
ボクがその惨劇に気付いたのはクラスの女子に抱え上げられた後だった。
2時限目終わりの中休みにボク専用に設えられたシャワールーム付き多目的トイレで女子の制服に着替えていたので5時限目の男子の水泳の授業でセミヌードをお披露目するという惨劇は回避出来るが現実はなお非情だった。
「……お昼ご飯を食べてない」
委員長である夢乃との打ち合わせに時間を費やし、昼食を食べる暇が無かったのだ。
「さあ、行こうぜ。紅梨」と片手で軽々と担ぎ上げたのは一番大柄な柳生=エルダー・橙子さん。性格は豪放・快闊、全てにおいて大きい人だ。
まず、身長が183cmと背が高く、140cm程のボクとでは二回り以上は違う。次にお尻も胸も大きくガッシリした体格の人で、本人曰く「Gはあるな」だそうだ。しかも全くタレてない。
そして声も大きく、お弁当も大きい。多分、男子と同じくらい食べてる。
そんなワイルドな彼女なので「柳生じゃなくて野牛じゃね?」などと陰口を叩かれても「ガハハ、違ぇねえ」と笑っている。どうも母方のお祖父さんが北欧系の方らしく、「爺ィはバイキングの末裔らしいからな」と気にもしていないようだ。流石、器もデカイ…。
「ところで降ろしてくれませんか?自分で歩けますから。っていうか、見えるぅ!見えちゃいますからーーッ!!」
この学園の制服は基本的にスカートの丈が短めで、しかも後ろ向きに担ぎ上げられているのでどうしてもお尻を突き出す形になってしまう。するとどうしてもお尻側の裾が擦り上がる訳で……。
悠々と廊下を歩く橙子さんとすれ違う男子達がポカ〜ンとした表情で「マジで攫われてんじゃん」「まんま違和感無ぇ〜」とか言ってるけど、テメェら鼻の下延ばしてんじゃ無ぇ!こんなの見えても嬉しく無いだろ、ボクにだって同じようなモノ付いてんだぞ。
スカートのお尻辺りを必死に抑えながら脚をバタつかせて抵抗するも逃げられる筈も無く…。
「イヤァーーッ、自分で歩くーーーぅ」
もう駄々をこねる幼児の気分だった。
「おいおい、あんまり暴れるなよ。そんなリフティングするみたいにアタシのオッパイ蹴られたら妙な気分になるじゃないか。何なら行き先を体育倉庫に変えてもイイぜ」
そんなトンデも無い事を言ってボクのお尻を撫でて太股にキスをしてきた。「ミニャッ!?」っとおかしな悲鳴を挙げただけで最早観念したボクは羞恥に堪えておとなしく搬送されるしかなかった。
―体育館横女子更衣室前―
「アタシだ、入るぜ」
ノックをして声を掛けるあたり女子として気遣い出来るのは流石だと思うけど、相手の返事も聞かずに扉を開けてしまうのは如何なものか。
ガラッと勢いよく開け放たれた瞬間、お喋りが止んで一斉に視線が集まるのが判る。視線の先は勿論抱え上げられたボクだろう。
「ちょっと、早く閉めてよ。男子に見られちゃうじゃない」
いや、ボクもその男子だよ。こんな格好だけど、橙子さんの腰あたりで揺れる銀髪確認出来たよね?ボクだと認識したよね?
「悪い、悪い。ちょっと間違えて体育倉庫に行きかけちまった」
その場で降ろしてくれればいいものを両手で視界を塞いだボクはよりにもよって一番奥にまで連れていかれてしまった。これじゃあ逃げようも無いじゃないか。
周りといえば白、ピンク、薄緑、ボーダー、キャラプリ、中には黒や紫、果てはレースと中等部にしては攻めすぎではないかという娘もいる。
ボクは居心地が悪くて背を向けて壁と対話するように俯くしか無かったのだが何故か皆は何事も無かったように会話をしながら体操服へと着替えを再開する。
この場から撤退して専用個室に向かうにはこれらをしっかりと視認し、密集するムチムチプニプニに一切触れる事無く回避せねばならない。
「――絶対無理!」僅か1ミリ秒でそう決断する。
エエイ、こうなったら男は度胸だ!と鞄からタオルケットで作られたポンチョのようなものを被り、出来るだけ小さくなるように身体を屈めてコソコソと着替えを始めた。
――その時だった。
「ちょっと、紅梨ちゃん!」
「ハ…ハイッ!?」
大きな声で叫ばれた事に驚き、思わず立ち上がってしまった。
「だ…大丈夫、ボク見てません」
肩を掴まれ、強制的に振り向かされる。視界に飛び込んできたのは可愛らしいレースの付いたピンク色の上下で仁王立ちするクラスメイトだった。
「わっ!?わわ…ゴ…ゴメン」
慌てて顔を逸らして瞼を閉じようとする。
「違うわよ。貴方、コッチに来たなら女子として堂々と着替えなさい。せっかく気にしないようにしてるのに余計意識しちゃうじゃない」
しかし、そう言われても最初は自分の事を男だと思ってたし、まだ心の切り替えが完全じゃない。半分男子なのがどうしても罪悪感をもってしまう。それに下着姿のクラスメイトの女子に囲まれて堂々としていられる程度胸も無い。
「それに私達皆、貴方が水泳の授業を避ける理由を知ってるよ」
「紅梨ちゃんは極端に色素が少ないから日焼けしたら大変な事になるんだよね?」
そう言われた瞬間、紅梨は絶句し、そしてその眼からは涙がに溢れ、滝のように頬を流れ落ちていった。
アルビノである紅梨はメラニン色素の欠如により紫外線の影響を多大に受けてしまう。酷い時には本当に火傷したように水疱が出来て皮膚が爛れてしまう。だから夏でも長袖が必須であったし、スカートを穿くときはUV対策効果の高いストッキングが必要だった。
幼い頃、うっかり日焼け止めを塗らずに友達と遊びに出てしまった事があり、当然見る間に悲惨な状態になってしまった。事情を知らない子供達からは「吸血鬼」や「化け物」と罵られ、治療中も「ミイラ男」と誹謗され、虐められた。幸い直ぐに痣ひとつ無く完治出来たが、心に深い疵を負った紅梨は学校に行く事が出来無くなってしまった。
だから母親の故郷であるこの町に引っ越してきたのだ。
書き連なったのを1kbを目安に区切っているので読み難いかもしれません