猫
消えた。
そういう他、表現の方法が思いつかない。
消えた、消えた、消えた。
それは、私の脳みそが情けないことに何も考えられなくなっているいうことも重なって
それしか出てこないのかもしれないが。
そう、消えてしまったのだ。
彼は忽然と姿を消した。
いつも爛々とした美しいブルーの瞳で私を見つめる彼が
柔らかい白髪を私の膝にのせ、気持ちよさそうに眠る彼が
愛していると耳元で囁いては、顔を真っ赤にした私をからかう彼が
ああ、どうしてなの… ?
瀬奈は頭を抱え、握り締めた拳に大粒の涙を落とす。
瀬奈がいつものように7時を少しまわった頃目を覚ますと、隣にあるはずの気配が感じられなかった。
慌てて布団をめくると、そこには誰もいない。
いくら彼が小柄だからって、この部屋で隠れることなんてできる筈がない。
彼が部屋でのびのびと過ごせるように、瀬奈が家具をベッドとテレビ以外全て取り払ったのだから…
だだっ広い、白を基調としたそのマンションの一室に、ぽつんと置かれたベッドとテレビ。
ほとんど使われていないキッチンは、缶詰をストックする場所へと変わっていた。
彼は変わり者で、缶詰を好んで食べた。
瀬奈は彼の好きな缶詰を、世界中のありとあらゆる場所から取り寄せては、
物置と化したキッチンに並べ、満足げに微笑むのだ。
そうだ、缶詰をこっそり食べているんじゃないか…?
そう考えた瀬奈は足音をたてないようにそっとキッチンへと忍び寄った。
もう…これで三回目だわ。あとでお仕置きしないと。
そんなことを考えて、にやにやと口元を緩ませながら。
「みぃーつっけた!」
元気良くキッチンをのぞき込むも、そこに彼の姿はなかった。
瀬奈の顔がみるみるうちに青ざめ、表情がこわばっていく。
「そんな…嘘よ…」
わなわなと唇を震わせ、ふと何かに気がついたようにベランダの方を振り返ると、
ひいっと1つ悲鳴をあげ、窓に歩み寄った。
そして、窓ガラスが割れているのを確認すると震える手でベランダの窓をゆっくりと開けた。
白目がむき出しになるほど大きく見開いた瞳でベランダの外を見下ろすと、
瀬奈は狂ったように叫んだ。
「あ…あああ…ぁああ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛」
そこには見るに堪えない、赤く染まった彼の体があった。
「容疑……見!げ……う犯た…ほ…す!」
薄れゆく意識の中、瀬奈は聞いたことのない男の声と、彼と瀬奈の聖域に土足で踏み込む足音を聞いたのだった。
「えー、先日、猫誘拐犯が現行犯逮捕されました。犯人は衰弱しており、警察は犯人の回復を待っているという状況です。次のニュースです。」
30代前後の男性アナウンサーの口から発せられる物騒な言葉が食卓に降りかかる。
「こわいわねぇ…精神病を患っているって話だけど…」
母親は頬に手を当て、ため息をつきながらそう言う。
漫画なんかに出てくる典型的な母親の図だ。
白い猫をさらっては虐待し、監禁する…とんでもなく悪質で気味の悪い事件だ。
目撃者のの話によれば「やっと見つけた…」「私は大丈夫。だからまた愛し合いましょう?」などと訳のわからないことを喚きちらし、猫をそのまま鷲掴みにしてどこかへいってしまうのだとか。
「猫を死んじゃった彼氏に重ねて溺愛してるとかってゆー噂だよぉ。」
「ネットのやりすぎ。そんなのデマだろ?」
あながちただの噂ではないと思う…俺は、だけど。
犯罪心理は常人には理解できないものだ。
だがしかし、犯罪者への落とし穴はすぐそこにあったりするもの…
私は大丈夫、そんなセリフ、当てにならない。
ほら聞こえる…
猫の鳴き声が…………