new start for 3 years (後編)
信じがたい事実に男は脳内パニック状態だった。
銃弾のスピードに目が追いつくのか?
少なくとも電話しながらだから反応が遅れているはずだ。
それでも銃弾を弾くなんて…
なんだ、こいつ!?
「…はぁ、わかったよ……そんじゃ、約束だからな?……ったく」
スマホをポケットに戻した胡蝶は口角を上げてニヤケ、ラケットを男に向けた。
「日本で入手できる銃弾の秒速は平均350m…それを超える速度を扱う人間からみたらそりゃあ反応出来るよねぇ、例えば」
目にも止まらぬ速度で手元のラケットを投げ飛ばすと、そのラケットは男の顔の横を勢いよく通過し、バスのフロントガラスを豪快に割った。男は恐る恐る背後の割れたフロントgラスを振り返るが、右頬からツゥーと流れる血液に、さらに増して顔が強張った。
「音速、とか?」
右頬の釣り上ったまま、少年は予備のバドミントンラケットをブンブン振り回し、男にラケットを向けた。
「前言撤回、見なかったことにはできなくなっちったわ。わるいね」
男は胡蝶の様子が変わったことに気がついた。先ほどまでの平和の象徴みたいな優しそうな目つきは寅のようなハンティングする鋭い目つきに変わっていた。やがて彼の身体に黒の閃光がバチバチとつかばしる。
人間倫理を超越した特殊能力を備えた神に選ばれし人間
人間機能をフル強化し、音速を超える速度を実現させる彼のエミテッドの名は《黒雷音》
一歩ずつ、一歩ずつゆっくりと死へ誘う死神の如く近づく胡蝶。彼の威圧に銃を持つ手は震えた。
もはや戦力差は歴然としていることを把握した男は再び女子高生に銃口を向けた。希望の光が差した彼女の顔はまたしても恐怖色に染まった。
「おっと…」
胡蝶の足も思わず止まる。しばらくはにらみ合いが続いた。ただただ静寂が流れるだけの戦場。男は右頬をニッと引き上げると同時に銃口を胡蝶に向け、バンっ、バンッと何発も発砲した。羽雪は全銃弾を手のひらで転がすようにラケットですべてを弾き、一つの瞬きで男との距離を縮める。男の拳銃をラケットで弾き飛ばすとラケットをその場に捨て置き、胸倉を掴んでは体重差を感じさせない軽々しさで男を背中に背負った。
「よっと」
ドシーンときれいに背負い投げが決まり、左手を軽々と捻じ曲げながら押さえつけた。
「ふぅ、終わったかな…あ、君、怪我とか大丈夫?」
胡蝶はいまだに抵抗する男を押さえつけながらも、銃口を向けられた女子高生を気にかけた。
「あ…は、はい」
「よかったぁ」
胡蝶の目は優しい目に戻っており、笑顔すら浮かんでいた。そんな笑顔に女子高生は少し照れと安心が顔にでていた。
「え~と、まぁ、なんだろう。まだ少し動揺しちゃうと思うんだけれどもうちょっとだけ頑張ってもらってもいいかな? カップ麺出来上がるぐらいの時間待っていれば警視庁前に着くと思うからさ」
彼女は無言でコクコクと頷くと羽雪は頭にポンと手を置き、頭を撫でた。
「ん。ありがと」
羽雪の言葉に彼女の顔色は安心と照れが入り混じる赤になっていた。
「っくそぉ!何なんだよぉ!てめぇは!」
男の悲痛なる叫びに女子高生はびくっとしたが胡蝶は冷静に一言「うるさい」と言葉をお供えし、右腕をさらに捩じりあげた。ぎゃぁああと悲痛から苦痛へと変化した。
「えーと、そうだな。申し遅れました」
スマホの入っていたポケットとは逆の左ポケットから真っ白な警察手帳を取り出し、男に見せ付ける。
法を正させる者の証明証を。
「千葉県警刑事部SIF課の」
笑顔で述べた。
「胡蝶羽雪です」