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武士
その時、北町奉行所の表が騒がしくなった。
「何奴」と、奉行は表を伺うと
事務方が、そそくさと奉行の側に寄り
何やら耳打ちして、離れた。
「如何なされた」と、右京が尋ねる。
奉行は「いや、あの男の女房がな。失踪したのは不審と申し立てに来たらしい」
叫び声が、何か聞こえる。
太い声の叫びで、それだけに憎ていに聞こえる。
申し立ては、書面に認められ
奉行に届けられた。
失踪ではなく、誘拐か拉致だとの主張。
奉行は思う。「武士同士の果たし合い、だしのぉ。」
町人の娘を拉致、猥褻な行為を強要。
役人の立場を悪用して、の話であるから
その場を逃れても、切腹であろう。
余罪はあるに違いない。しかし。
「何故、危うき手にて右京を呼び寄せたのだ」
謎である。そんな事をしてまで。
だが。
武士として、許す訳には遺憾。
「女房子供は、奉行所で面倒を見てやろう」
悪い父親などいない方が、子供は正しく育つであろう。
奉行はそう考えていた。