妖刀
蕎麦屋の娘は、後ろ手に縛られ
その後ろに、昼間出会った役人が
悪辣そうに笑っている
「椿右京、よく来たな」
「娘を離せ。関りなきゆえ」と、右京は
静かに押す。
「蕎麦屋の租税が溜まっておってな」と
片笑いの役人。
右京は、刀に手を掛け「お上の租税である、お主が受け取るは筋違いであろう」と、ははは、と笑う。
その時、階段を登って来る足音は
草履でなく、靴だった。
「出納掛でもない。物納をお上は許しておらん」
「おお、源の字か」右京は笑顔になった。
「この件は蕎麦屋の主人もな、娘も了承済みよ。租税を払えないなら店を畳まなくてはならん」と、役人は高笑いし、娘の着衣に手を掛けた。
娘は、身体を硬くして身をよじる。
「ふ、モテない男はこれだからいかん。
お上の権力にかこつけて。違法だろう」と
源は言う。
「貴様、わしを愚弄するのか」役人は娘を離し、立ち上がる。
頭に血が上ったのだろう。
「やかましい。罪なき町人をいたぶる
おのれは最早、人ではない。叩っ斬ってやる」
白刃が夜闇に煌めく。
幾度も人の生き血を吸った妖刀、それ自体が
血を求めて彷徨っているかのようで
光の軌跡が緩いカーブを描き、天上を指す。
役人は、慌てふためく。
「皆の者、出合え、出合えー」
だが、お付きの者も用心棒も
逃げ帰ってしまった(笑)。
「おのれ、右京」わなわなと震えながら刀を取ろうにも
娘をなぶろうとして、腰から抜いたまま(笑)。
ほれ、と源が刀を投げてやった。
「丸腰を討ったのでは、右京の名に差し障る」と、源は笑った。
役人は鞘を投げ捨て、定まらない太刀を構える。
「鞘を捨てるとは。既に帰らぬ心持ちか。」と
右京は笑う。
半月の構えに、右京は太刀を下ろす。
捨て鉢になった役人は、大声で叫びながら
右京に斬りかかる振りをして
階下へ逃れようとした。
階段を下りかけた。
破裂音。
源が、拳銃を懐から抜き
役人の脳幹を撃った。
蘭学者だけあって、急所を上手く撃ち当てた。
「すごいのぉ、その、拳銃は」と、右京は
笑いながら刀を納めた。