川
それから右京は、おっとりと
草履履きで、屋敷から出て
川沿いの、いつもの散歩道を歩く。
江戸前のこのあたりは水路も多く
柳の垂れ枝、風に靡いて心地好い。
茶店がいくつかあり、町娘が
かいがいしく働いている。
右京を見つけ、愛らしく会釈をする娘。
右京も、微笑む。
草履に感じる、土の感触が心地好い。
浪人は気楽なものだ。
と。
街道ではない川沿いの散歩道に、不穏な雰囲気。
道の中央を、顎をのけ反らせ
太った役人が歩く。
お付きの者が左右。
若い者だろう、痩せぎすの役人。
右京は、視線を合わさずに
川沿いの、蕎麦屋の屋台に。
さっきの役人ふうは、右京を
訝しげに一瞥。
「椿 右京か」と、高圧的に
右京は、それには答えずに平然と
蕎麦で冷酒を一杯。
微笑みを浮かべ、川に浮かんでいる親子鴨を
眺めている....
子分のひとりが、何やら気色ばむが
右京の耳には入らず。
悪辣な目つきで、役人は
足音を遠ざける。
直後。
さっきの町娘の悲鳴。
右京は、視線を向ける。
役人は、右京と町娘が親しいと思ったのか
娘を虐めて、右京に因縁をつけようとしたのだろう。
右京、静かに杯を置き
静かに、役人の子分のところへ歩く。
低い声で告げる「よせ」
役人はだみ声で「邪魔だてはまかりならん」
悪辣な笑いを含み。
右京、左手の刀に手を掛ける。
腰は落ち着き、半身の構え。
子分どもは気色ばみ、喚くが
右京の気配にたじろぐ。
修練を積んだ侍。
死の
気配。
役人も、ただならぬ脅威に怖じけづく。
おのれ、椿、覚えておれと
踵を返し、砂に足を取られながら逃亡。
右京は、構えを解く。
川風、さらりと
柳を流す。