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志
「坊や、お母様が亡くなられて淋しいでしょうね」と、蕎麦屋の娘は
眉を潜めた。
かわいそう、と。
右京は、蕎麦屋で
いつもの盛りと冷や酒である。
客の居ない時間なので、右京の近くで
娘は、その役人の息子の話を聞いていて
それで、淋しいでしょうね、と
愛らしい娘らしい感想。
右京は、次の言葉を言えなくなった。
役人の息子は、侍として士官を目指す、両親のようにはならないと
そう言って、志を新たにした。
むしろ、両親が居たら
汚濁の役人、後継ぎにさせられた事だろうから
彼にとっては幸運だったかもしれない
親の死であった。
志とはそのように、事によっては
我が身を呈しても守るべきものなのだろう。
潔い少年は、しかし少年故に割り切れるのだ。
両親とて、はなから汚濁の人生であった訳ではなく
役人という職業がそうさせた。
とも言えるので
清廉なる役人であると、寧ろ商人たちが
困惑するのである(笑)。